第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(後編)・3b
そんな学生気分は、本物の現場に入り込んだ途端に木っ端みじんに砕け散った。
十人の新人宇宙消防士たちの耳元を、すさまじい量のスペースデブリがかすめていった。その風切り音に、みんなが思わず身をすくめてしまったために、広げていた白いグラフェン・シートの網が大きく波打った。
同時に、鈍い衝撃が全身を立て続けに襲うのがわかった。透明なヘルメットに、とてつもなく固いものがぶつかって、首を後ろに持っていかれた。
この透明でシンプルなヘルメットは、一見無防備のように思えるが、人類の知恵とテクノロジーを結集した優れた発明品だった。その風防は樹脂を何層にも重ねたホイップルシールドになっている。それは層と層の間に空間を設けることで、デブリが衝突したときのダメージを拡散できる仕組みだ。このヘルメットの場合は、さらに層の間に液体樹脂が充填されており、衝突したデブリの破片を視界の外へ流し去ることができるうえに、開いた穴を自動的に修復してしまう。
だから、数ミリ単位のデブリであればなんの心配もないはずなのだが、実際にそれを顔面すれすれで受けるのは、初心者には怖すぎる体験だった。
さらに怖いのは、その音だ。
宇宙消防士が使うネビュラの標準アプリには、立体音響加工システムが搭載されている。真空の宇宙に、もしも空気が満たされていたとしたらどのような音が響くのか、コンピューターが自動的に計算して生成してくれるシステムだ。これを使うことで、物体の動きを音に変換できる。
この機能は消防の現場に入ると自動で起動するようにセットされており、それが始まった瞬間が現場に入った瞬間なのだと感覚的にわかるようになっている。
飛来してくる大量のデブリが、まるで機関銃の弾のようにみんなを襲った。ヘルメットにぶつかれば鋭い高音が響き、分厚い防護服にぶつかれば鈍い打撃音が身体まで伝わってくる。ロープを持つ手にぶつかれば、網ごと遠くに持っていかれるような感じがする。姿勢を制御するスラスターの音も、さっきまでまったく聞こえなかったはずなのに、今ではぷしゅっ、ぷしゅっとあちこちから聞こえてくる。
「みんな、何も心配いらない。防護服はこのくらいじゃ壊れたりしない。しっかり目を開けて、周りのみんなに動きを合わせるんだ」
十人を指揮する森崎和馬は大きな声を出した。その声が直接、ヘルメットを突き抜けてみんなの元へ届いた。
同期制御を使っている第十八小隊の男子五人は、とにかく気持ちを落ち着かせて微動だにしないことが求められた。それに調子を合わせなければならない第十七小隊の女子の五人は、それぞれ姿勢を崩したり戻したりしながら、お互いに声を掛け合い、呼吸のタイミングを合わせることでこの窮地を乗り越えた。
次第に状況に慣れてくると、網のしわを伸ばしてしっかり支える余裕さえ生まれた。
ここに来てようやく、事故に巻き込まれて大きく変形した宇宙船たちがはっきり見えるようになった。それはあまりに遠くにあったために、接近するまでそこに存在することすら認識できなかったものたちだ。
グロテスクな黒い塊がごちゃごちゃに重なり合っていて、その周りをたくさんの消防宇宙船が救助のために飛び回っている。
なるほど、こんなに土砂降りのようにデブリが叩きつけてくる領域では、きちんと備えてきた者でなければ簡単に命を奪われてしまう。
目の前で時々刻々と形が変わっていく宇宙船を見ることによって、その現実がはっきりと実感として隊員たちの身に刻まれていった。元はきちんと形を持っていたはずの宇宙船たちが、ピラニアの大群に食い荒らされる巨大魚のように、徐々に骨組みと内臓を露わにしていく。
デブリによって削られていく船体は、新しいデブリとなって後方へと飛散していった。それらを網で受け止めて、それ以上広がらないようにするのが、和馬たちの当面の仕事だ。
網にぶつかった小さなデブリたちは、磁場によってその場に留め置かれる。
さすがに壊れた宇宙船を丸ごと網で受け止めるわけにはいかないので、その飛行経路にぶつからないように自分たちの位置を調整する必要があった。あの大きな宇宙船の残骸は、他のチームが消防宇宙船で順次曳航していく手はずになっている。
だが、こうして待っている間にも、デブリにさらされている宇宙船の残骸はみるみる削られて小さくバラバラになっていった。中に乗っていた人たちはすでに運び出されているらしいのだが、もしもあんなところで救助を待たされたとしたら、自分ならどんな気分だろうと和馬は想像してしまった。恐怖が吐き気となって、口元まで込み上げるような嫌な感じがした。
さっきまで隣り同士の男女でペアを組んでわいわい騒いでいた新人宇宙消防士たちは、急に黙り込み、事故の深刻さを全身で受け止めた。
そして、その悲惨な現場のさらに向こうに見えるのは、飛来してくるデブリにさらされている空中都市のクロノ・シティだ。四つの層が重なって回転している球体の周りに、グラフェン・シートの網を広げている宇宙消防士たちが数えきれないほど集まっている。直径百メートルはあるはずの一つ一つの網が、まるでタンポポみたいに小さく見える。そのタンポポが一生懸命集まって街を守ろうとしているのだが、この街はあまりにも大きすぎるのだ。すり抜けていくデブリが、クロノ・シティの表面に無数のクレーターを描いていた。
これから自分たちが赴任しようとしているクロノ・シティが、他の宇宙船たちのように削られて丸裸になってしまうのではないかと、和馬たちは気が気ではなかった。
次々と新たな事故船が発生している。その情報がみんなのネビュラに刻々と表示されている。空気の摩擦のない宇宙では、一度勢いを持った物体はどこまでもそのエネルギーを保ち続ける。その破壊は、それをどこかで止めない限り永久に終わることはないのだ。
こんな事故が、この一回で済むとはとても思えない。これから先、人間が宇宙で暮らそうとする限り、このくらいの規模の事故は何度でも起こるだろう。前進しようとする人間の営みが事故を生み出すというのなら、あえてその事故を我が身に引き受ける人間たちもまた必要なはずだ。
それができる人間こそヒーローだ。
和馬は強く、そう思った。そんな志を同じくした仲間たちが、ここに大勢集まっている。
和馬は、ネビュラを通してみんなに呼びかけた。それはふいに、無意識から出た言葉だった。
「みんな、この景色を忘れないようにしよう。俺たちは、これから何度もこういう状況にぶつかるだろう。これは俺たちの子供や、孫や、もっと後の世代にとっても、けっしてなくなることのない試練なんだ。
誰かが、それに立ち向かわなきゃならない。誰かがそれをやってくれるのを待っていたら、きっと取り返しのつかないことになっちまうだろう。人に期待している暇があったら、自分から先に動くべきだ。きっと、ここに集まっているみんなは、そういう性格の奴らばかりなんじゃないかと思う。
この景色を胸に刻もう。けっして忘れないようにしよう。これから俺たちは何度も苦しい目に遭うだろうけど、その原点はいつでもここにあると思うんだ。
人間は前に進む限り、かならず試練にぶつかる。それを避けて通るわけにはいかない。それが人間の本能なら、それを受け入れるしかないんだ。だから、がんばろうや。俺たちの仕事は永久に続くんだから」
それを和馬が言い終えたとき、しばらく気まずい沈黙があった。
しかし、数秒後には、さざ波のようにみんなの声が湧き起こった。
その「了解」という言葉が、ここにいる誰にとっても、ひときわ力強く聞こえた。




