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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第一話「桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)」
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桃井翼、ジャーナリストになります!(前編)・2a

「あら、智ちゃん、いらっしゃい」

「おじゃまいたします」

 翼と智香が座敷に入っていくと、おばあちゃんはさっきと同じようにお茶をすすりながらテレビを観ていて、おじいちゃんも同じように新聞を熱心に読んでいた。


 女の子たちが部屋に入ってくると、途端に空気がぱっと華やいだ。

「あ、お師匠の事故の番組をやってますよ」

「おばあちゃんと同じこと言わないで」

 若さいっぱいの弾むような掛け合いに、おばあちゃんは思わず吹き出した。

「あなたたち、外は暑かったでしょう。そこに座ってゆっくりしなさい」

「ありがとうございます。この部屋はものすごく涼しいですね」


 汗みずくな智香は少しも遠慮することなく、冷房の風が直撃する場所に座り込んだ。礼儀もへったくれもなく、両手を後ろに突っ張り、足を思い切り広げている。

「智ちゃん……」

 翼は早く二階に上がって内緒の相談事がしたいのに、肝心の智香はしばらくここから動かなそうだ。

 仕方なく、翼は智香の隣りに横座りになった。


 おばあちゃんはポットに手を掛けそうになったが、ふと思い出したように、

「智ちゃんは熱いお茶はいらないんだったね」と言った。

 智香は明るく元気に、

「はい、おかまいなく」と答えた。

 智香は、持参してきた水筒からキンキンに冷えたスポーツドリンクを飲むと、「カーッ」と超音波のような声を上げた。


 テレビではまだディビッド・リップマンの特番をやっている。長かったグラス・リングの場面がようやく終わって、次は木星系を舞台にエウロパ人たちとのコンタクトを振り返り始めた。水の中に漂うヨーグルトのようなエウロパ人の姿は、リップマンが直接現場で撮影したものだ。


「お師匠はリップマンさんとはお会いになったことはありましたっけ?」

 智香が、唐突にそんなことを訊いた。

「ないよ。お姉ちゃんは何度かあるみたいだけど」

 姉の(はな)は宇宙消防士として、当時登場したばかりの核パルス推進宇宙船オデュッセウス号に乗って、木星への任務に赴いたことがある。そこに、取材のためにリップマンも同乗していた。


「私はグラス・リングに行って以来、宇宙とはご無沙汰だもん」

 翼は自嘲するように言った。両親もあの事故で宇宙がトラウマになってしまって、娘たちをあまり宇宙には行かせたがらなかった。

「お師匠、私なんか、一度も宇宙に行ったことありませんよ。一回行ったことがあるだけでも、大したもんです」

「でも、智ちゃんは再来月からクロノ・シティで暮らすんでしょ。すごいじゃん」

「えへへ」

 智香は素直に喜んだ。「これまで宇宙に縁がなかった分、たっぷり堪能させていただきますよ」


 クロノ・シティは、ガラパゴス上空三万六千キロメートルに存在する空中都市だ。宇宙エレベーターの中間地点に位置するクロノ・シティは、地球の低軌道を飛ぶ宇宙船の発着場となっている。遠く離れた月や惑星に向かうためには、さらに宇宙エレベーターを昇って高さ十万キロメートル地点にある宇宙港(スペース・ポート)から飛び立たなければならない。


 クロノ・シティは様々な国家や人種、民族や文化が混じり合う国際都市であり、この太陽系においてもっとも混沌とした場所だ。


「智ちゃんは、そんなところで刑事さんやるの?」

 と、おばあちゃんもテーブルに身を乗り出して話に参加してきた。

「はい!」

 智香は元気に答えた。「お師匠もご一緒にどうですかって、お誘いしているところなんですよ」

「へえ、それはそれは」とおばちゃんは興味津々だ。

「やめてよ、智ちゃん」

 翼は、口をあわあわさせて慌てて止めた。

「さっきは乗り気だったじゃありませんか」と智香。

「やっぱり、もうちょっと考えさせて」


 翼はますます悩みが大きくなるのを感じていた。元気な智香に引っ張られて、自分も刑事になろうかと少しだけ考えたりもしたが、やっぱり自分の中の本当の気持ちに従おうとすると、安易に刑事になりたいとは言い出せなくなる。

「智ちゃん、ちょっと上に来て」

「せっかく面白そうな番組をやってますのに」

「リップマンなら再放送でいつでもやってるでしょ」

「しょうがないですねえ……」

 智香は名残惜しそうに立ち上がった。

 黙って話を聞いていたおじいちゃんも、なんだか名残惜しそうに顔を上げた。


 二階には、翼や姉の華がいつ来てもいいように、布団や着替えなどが一通りそろっている孫部屋があった。

 熱気のこもった階段を上り、太陽でじりじり焼かれた孫部屋に入ると、二人の身体からどっと汗が吹き出した。

 翼は白いTシャツにランニング用の赤いショートパンツ、智香は黄色いTシャツにひざ丈の短パンといういでたちだったが、まるで土砂降りの雨に降られたかのように、二人は汗でずぶ濡れになった。


「お師匠、死んでしまいます。早く冷房を」

「ちょっと待っててね、智ちゃん」

 翼がネビュラで冷房のスイッチを入れると、ガアガアとやかましく風が吹き始めた。

 二人は畳に大の字で寝転がり、天井の木目を見つめた。

 そこまでの思いをしてわざわざ二階にやって来たのは、今日こそ進路についての悩みを解決したいと考えてのことだった。


「来週には八月になっちゃうから、今週中に決めなきゃならないの。週末までに志望を決めないと、また四年生を一年やることになっちゃう」

「一番弟子として、お師匠の悩みにとことん付き合わせていただきますよ」

 智香も覚悟を決めているようだ。「だけど、どうしても決まらなかったら、私とペアですからね。そこは約束してくださいね」

「わかったよ」

 二人は仰向けで寝ころんだまま、がっちりと握手を交わした。


 ガラス戸の外は澄み切った夏の空だ。さっきまで雨が降りそうな黒雲が接近していたのに、いつの間にか通り過ぎている。

 翼は、窓際に置かれている学習机に目をやった。これは姉と一緒に夏休みの宿題などをするためにお世話になった大切な机だ。


 その引き出しに、翼はちょっとした切り札を仕舞っていた。それは姉の華が去年の誕生日に贈ってくれたもので、どうしても解決できない悩みがあるときにはそれを使えと言われていたものだった。

 ただし、本当にどうしてもどうしても解決できない悩みでなければ、軽はずみにそれを使うことは厳禁だとも言われていた。あくまでこれは、どうしようもないときの最後の手段なのだと。


 それは引き出しの中の封筒に入っている。その中身が何なのか、翼は知らない。

 翼は、それを開けてみようと思った。智香が来てくれたことが、その決断の後押しになった。今こそ、こいつを使うべきときだ。

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