第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(後編)・1b
和馬は突然、宇宙に放り出された。
消防宇宙船のエアロックの扉が開いた瞬間、真っ先に目に入ったのは、視界いっぱいに広がるクロノ・シティの全貌だった。
まず目を引かれるのは、外側を回る二重の巨大なリングだ。外側のリングは縦に伸びる宇宙エレベーターを軸にして時計回りに回っている。内側のリングは九十度傾いて奥から手前に回っている(逆向きになったときには手前から奥に回っている)。
その中に、割れて開いた球体が四つ、少しずつ小さくなりながらマトリョーシカのように重なっている。それぞれの階層は、まるで向き合うスイカの皮のようだ。スイカを四等分してから、そのうちの二つを皮だけにして、まっすぐ向き合わせたような形をしている。隣り合う階層はそれぞれ交互に逆回転している。第一階層が反時計回りなら、第二階層は時計回り、第三階層はまた反時計回り、といった具合だ。階層と階層の間には二千メートルの隔たりがあり、回転によって大気が圧縮されたり引き延ばされたりすることによって、上空には雲が形成されている。
大気に包まれたクロノ・シティは、豊かな緑の大地と大きな湖を持つ、本物の生きた大陸のようだ。その中に点在する街の数々は、実際には大きいのかも知れないが、まるで箱庭のようにこじんまりとして見えた。
「和馬、ボーっとするな」
彼の後ろから気合の入った男性の声が聞こえた。それはネビュラを通して直接頭の中に響いたのだが、まるで宇宙空間の真空を直接震わせて届いたかのような臨場感があった。
「お前はこれをしっかり持っていろ」
その声の主が、和馬に太いロープを握らせた。和馬はその手を辿って、声の主の顔を見た。透明なヘルメット越しに、三国龍之介の引き締まった顔が見えた。太い眉毛に通った鼻すじ、こちらを見つめる目はあまりにも力強くて、和馬はどきりとさせられた。大先輩の龍之介は、まるでヒーロー映画の主人公のように頼もしい。自分もこんな男になりたいと、一瞬で相手に思わせてしまう魅力にあふれている。
「ボーっとするなと言っているだろ」
「すいません……」
龍之介が、余ったロープの先を和馬の身体にぐるぐると巻きつけた。和馬はされるがままになった。
和馬は両手に持たされたロープに目を向けた。それは白く、街の明かりを反射して闇の中にぼうっと浮かび上がって見える。手袋を通して伝わってくるざらざらとした感触と、そのロープ自体の重みに、和馬は圧倒されてしまった。ここには重力がないはずなのに、ロープは異常に重かった。
なぜなら、そのロープの先にはとてつもなく大きな網が繋がっていて、それを大勢の宇宙消防士たちが手で持って支えていたからだ。まるで突然に綱引きに参加させられたようなもので、和馬の身体はたちまちバランスを崩して回転を始めた。
「スラスターを吹かせ!」
「はい!」
自分の身体を押さえてくれている龍之介に向かって、和馬は高圧の窒素を噴射した。それは自動制御で身体を正常な位置に戻してくれたのだが、そうなるまでに彼は何度も窒素を龍之介に浴びせ、さらには肘鉄や膝蹴りも数えきれないほどお見舞いしてしまった。
訓練のときとは全然勝手が違う。ここまで自分がドジを重ねまくる人間だということに、和馬は初めて気がついた。顔から汗が吹き出し、ヘルメットの内側に飛び散った。
ようやく体勢が整ったときには、体力の半分以上を奪われたような気がした。それよりも、龍之介への申し訳なさと自分への腹立たしさで、和馬の心はバラバラにへし折れていた。
しかし、龍之介は笑って肩を叩いてくれた。
「新人のうちのドジは気にするな。俺だってバカみたいなドジを何度もやったんだ。誰だって、こういうものさ」
「すみません」
龍之介は微笑んだ顔を引き締めてから、こう言った。
「とにかく、この網から手を離すな。お前たち新人の仕事は、細かく散らばったデブリの回収だ。こちらの指示に従って、みんなで息を合わせて動け」
和馬の身体にぐるぐると巻かれ、手に握らせられた白いロープの先には、直径が百メートルほどはあろうかという円形の網が広がっている。その円周上に数メートルごとの間隔を空けて、宇宙消防士たちが網を支えている。
まさかこんな原始的な人海戦術が最初の仕事になるなんて、和馬は思ってもみなかった。
白い網の目は極めて細かく、滑らかな絹のようだ。そこに磁場を発生させることで、数ミリ単位の極小のデブリまでをも回収できるようになっていた。この網の素材は、炭素原子を六角形の格子状に繋ぎ合わせたグラフェン・シートだ。それを何重にも重ねて、頑丈な膜状にしてある。
もちろん、宇宙消防士たちもひときわ分厚い防護服に身を包んでいる。それは樹脂でできた丈夫な繊維を何重にも重ねたもので、機関銃の一斉射撃にも耐えうる防御力を持つ。
龍之介はもう一度、和馬に顔を近づけた。その凛々しい顔が自分のすぐ横に来たので、和馬はどきりとした。
「これから俺は自分の第十七小隊に戻る。お前は第十八小隊の指示に従え」
「どうもありがとうございました」
「お前は第十八小隊ブラボー・チームのリーダーとして、他のメンバーを引っ張っていくんだ。弱気になるなよ。お前ならやれる」
「はい!」
龍之介にもう一度肩を叩かれて、和馬は一気に気合を注入された。
もう一度お礼を言おうと振り返ったときには、龍之介の姿はもうどこにもなかった。
和馬のネビュラに、引き締まった女性の声が響いた。
「ブラボー・チームのリーダー、森崎和馬くん、こちらアルファ・チームのリーダー、桃井華。これからは私の指示に従ってもらいます。了解ですか?」
「了解です」
和馬はごくりと唾を呑み込んだ。広い宇宙で彼は孤独だが、たくさんの仲間が一緒にいてくれる。




