第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・4a
この二年間にさまざまな技術革新が起きた。
その中でももっとも大きなものの一つに、核融合があった。それまでつかめそうでつかめなかった大きな力を、人類はついにわがものとした。核融合の技術は大衆に一気に浸透した。それは発電所のような大きなスケールのものから、日用品のような小さなスケールなものまで広範囲にわたった。その発端は三年前から始まった機械細胞の普及だった。
二〇六四年に南極の地下研究所で生み出された機械細胞は、その細胞内に自立した知性と、核融合反応を起こすことのできる小器官とを備えている。彼らは炭素を主成分とし、柔らかな生命体としての機能と、硬い金属としての機能の両方を兼ねることができた。
機械細胞の持つ知性は、「エルピス」と呼ばれるネットワーク上の生命体だ。それは機械細胞の細胞一つ一つの中に独立して存在すると同時に、すべての機械細胞を統合した大きな知性体としても存在している。
三年前の大投票によって、人類は機械細胞との共生を約束した。その知性体エルピスと意志を通じ合わせることによって、人は機械細胞の持つ創造性とエネルギーの恩恵にあずかることができるようになった。
宇宙消防士たちの乗る消防宇宙船もまた、その部品の大部分が機械細胞によって置き換えられた。これまで大変な手間をかけて行われていた宇宙船のメンテナンスが、機械細胞の自己修復能力によってある程度まで自動的に済ませられるようになったのだ。
宇宙船のエンジンも、これまでのプラズマエンジンから核融合エンジンへと一気に転換された。自己修復機能を持つ核融合炉であれば、その危険性はぐっと小さくなる。核融合エネルギーをコンパクトにまとめることが可能になったことで、これまで莫大なコストが必要だった宇宙への打ち上げも、極めて低コストで行うことができるようになった。
しかも、その燃料として大量に必要となるヘリウム3や三重水素は、核融合炉の中で人工的に作り出すことができるのだ。
宇宙船の大幅な転換に伴い、宇宙船技師のしのぶは一から勉強をやり直す必要に迫られた。彼女は地上勤務を命じられた二年間を利用して実家のある横浜に帰り、同じく宇宙船技師を職業としている父親の下で腕を磨いたのだった。
緊急出場命令のアナウンスが、消防本部内に何度も繰り返し流れている。
本部の横に設けられた広大な発着場から、準備の済んだ消防宇宙船が次々と飛び立っている。
華とその仲間たちは、自分たちに割り当てられた消防宇宙船ロムルス号に乗り込んだ。
「みんな、ハーネスばしっかり締めとかやんよ」
操縦桿を握るパイロットの愛梨紗は、後ろの座席にいるアルファ・チームのメンバーを振り返った。彼女の小さな顔は、すっきりとした球形の透明なヘルメットで覆われている。
「大丈夫だよ、愛梨紗」
華が代表して親指をぐっと立ててみせた。
乗り込んだ五人は全員がオレンジ色の防護服とヘルメットを装備している。その背中には、薄い板状の生命維持パックがはめ込まれていて、そこから防護服内に十分な酸素が供給された。
チームのみんなを統率するリーダーの華は、自分のネビュラに映し出された各メンバーの状態をチェックした。
そこにはみんなの全身像と共に、チーム内の役割が書かれている。
桃井華:チームリーダー
天野妙子:救命医
千堂しのぶ:宇宙船技師
佐藤愛梨紗:パイロット
夏木ユズ:通信士
その健康状態は、「体温」「脈拍」「呼吸」「血圧」「意識レベル」の五つに分けられ、それぞれが、わかりやすい棒グラフとして表示された。正常であれば長い緑の棒グラフであり、異常があれば短くて赤い棒グラフになる。全員の棒グラフがすべて緑であることを確認した華は、チーム全員に向けてネビュラと口頭の両方で指示を出した。
「第十八小隊アルファ・チーム、これより離陸する」
通信士のユズが、その同じ文言を地上の管制官に伝えた。ただちに離陸許可が下りると、愛梨紗はエンジンを始動させた。
周囲にひしめき合っていた他の宇宙船たちが、ロムルス号に道を開けた。滑走路ははるか遠くまで伸びている。その向こうには朝日を受けて輝くガラパゴスの海があった。
その海が視界から消えるまで、ものの数秒しかかからなかった。愛梨紗自慢の急加速は、メンバー全員の魂を地上に残したまま、その身体だけを宇宙まで運んでしまうような、ものすごい勢いで宇宙船を飛び立たせたのだった。みんなの背中は座席に強く押しつけられた。
ロムルス号は三分後には時速四万キロメートルに達する。そこからさらに速度を増していき、事故現場となっている三万六千キロメートル上空のクロノ・シティに辿り着くまでは、およそ三十分かかる見込みだ。ただし、途中のデブリの飛散状況によっては、もっと時間が必要となることが予想された。
そうしている間も、多重事故による被害は着々とその範囲を広げている。




