第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・3b
どうやら愛梨紗はそのサーシャ少年と長距離恋愛の間柄のようだ。これは是が非でも応援してやらねばならぬと華は思った。
「余計なお世話かもしれないけど、私たちも力になってあげようね」
華がチームのみんなに声を掛けると、妙子もユズもしのぶも、やる気に満ちたうなずきを返した。それは同じチームの一員として、愛梨紗一人だけが孤独では今後いろいろ支障が出るかもしれないという懸念から来たものでもあった。
ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部の廊下には、今日の出初式のために召集されたすべての職員たちが慌ただしく歩いていた。華たちはいつしかその波に呑み込まれるようにして、歩調をさらに速めなければならなかった。
小走りになって進んでいく華たちだったが、気になる話題はもう一つあった。それは華には言い出しにくいことだったので、こういうときにはユズの行動力が頼りになった。
ユズは特に何も考えることなく、能天気にこう尋ねた。
「ところでしのぶさん、健太郎さんとはどのくらい進んだの?」
「はあ?」
しのぶは甲高い声を上げるなり、たちまちみんなから顔を反らすと、ごにょごにょと聞こえない声で何やら答えた。その声は、職員たちの群衆のざわめきに埋もれてしまった。
「ごめん、周りがうるさくてよく聞こえないんだけど」とユズ。
しのぶは、振り返って言った。
「うるさい、お前たちには関係ないだろ」
「関係ないことないよ、同じチームでしょ。私たちは一心同体じゃない」
ユズはしつこく食い下がる。華は心の中で、「ユズがんばれ!」と応援した。かつて恋のライバル同士だった関係上、しのぶに対してこの手の話題を出すのがはばかられるので、華はどうしても口をつぐんでいなければならない。
「都合のいいときだけ一心同体になるな。お前らはただの野次馬だろ」
「そんなことないよ。しのぶさんのことを大切に思えばこそ、なんでも知っておかなきゃって思ってるんだよ。いざというときに、いつでも力になってあげるよ。恥ずかしがらないで言ってごらん」
「キラキラした目で言っても説得力ないんだよ」
「ぐっ」
しのぶに目潰しを食わらされたユズは、両目を押さえてよろけているうちに、後ろから来た群衆の中に呑み込まれていった。
一人撃墜されてしまったので、華はネビュラを通して、妙子に「ごめん、お願い、妙ちゃんからも訊いてみて」とメッセージを送った。
「華ちゃん……」という言葉の下に困り顔の絵文字を添えて、妙子は返事を寄こしてきた。
しかし、妙子自身もものすごく興味があったので、表向きは申し訳なさそうにしのぶに訊いてくれた。
「ねえ、しのぶさん、それで結局、ロジャーさんとはどうなったの?」
「妙子、お前もかよ」
しのぶはショックのあまり絶句したが、妙子がまるで問い詰めてくる母親のように真顔だったので、そのまま押し切られてしまった。
「キスまでは……、ごにょごにょごにょだったよ……」
「え? なに? 聞こえなかった」
声を大きくして聞き直した妙子は、今度は母親から刑事へと変身した。そうして、まるで尋問するかのように、しのぶに向かって顔を寄せた。「ごにょごにょごにょとしか聞こえなかったけど」
「ごにょごにょごにょとしか言ってないもん」としのぶ。
「ごにょごにょごにょじゃわからないでしょ」と妙子。
しのぶは、放り投げるように手を振りながら言った。
「ようするに、そこらへんで平行線ってことだよ」
「二年間も一つ屋根の下で暮らしておいて、それだけってこと?」
今度は妙子が絶句する番だった。それはとてつもない自制心の賜物なのか、はたまた本当に相性が悪いのか、しのぶと健太郎がともに過ごしてきた年月の長さを思うと、それはあまりにもむごい時間の浪費だと妙子は思った。青春時代は有限なのだ。
「そんなの、あんまりだよ。今すぐロジャーさんに言ってあげなくっちゃ。はっきり決めないと、しのぶさんが可哀そうだって」
「いいんだよ、いいんだよ、妙子」
ネビュラで連絡を取ろうとしている妙子の肩を、しのぶは必死になって揺すぶった。次に彼女の口から出た言葉は思いもかけないことだった。
「うそうそ、今言ったことは嘘だから。……ちゃんとやることやったよ」
「え?」
と見返した妙子の目の前にいたのは、耳の先から首の下まで外に出ている部分をすべて真っ赤に染めたしのぶの姿だった。
華は、そこまで紅潮した人の顔を見るのは初めてだったので、思わず口から「わあ、素敵」と声が漏れた。
「うるさい! お前らなんか、もう仲間じゃない!」
しのぶはみんなに背中を向けて走り出した。さっき十字架を胸に抱いて逃げていった愛梨紗と同様、その後姿はみんなを微笑ませずにはいられなかった。
「なんだかんだで我がチームの未来は明るそうだね」
いつの間にか目の負傷から回復したユズが、すぐ横を速足で歩きながら、そんなことを言った。
そのとき、けたたましい警報音が建物中に鳴り響いた。赤い回転灯の眩しさと、音の割れたオペレーターの女性の声が、緊迫した状況をただちに伝えてきた。
「緊急出場命令、緊急出場命令、全航空宇宙消防隊員は可及的速やかに現場へ急行せよ。事故地点はクロノ・シティ近傍、多重事故発生によりケスラー・シンドロームが進行中。繰り返す……」
華のネビュラに、現場の情報が送られてきた。そこに描かれたクロノ・シティの立体映像には、たくさんの宇宙船が衝突し合って固まりになっており、そこから発生したデブリが周辺へ秒速十キロメートル以上で飛散する様子が表示されていた。そこで離発着しているすべての宇宙船が、そのデブリの巻き添えになる可能性が高い。
こんな大変な事故は、人類の宇宙への進出が始まって以来、初めてのことだ。華はまだ、これが現実ではなく、訓練かシミュレーションではないかという疑いが捨てきれなかった。
「華、さっきの命令が聞こえたか?」
ネビュラに聞こえるその声は、愛する龍之介のものだった。その真剣な声音が、華の中の現実感を取り戻させてくれた。
「龍之介さん、聞こえたよ」
「今回、君は第十八小隊として現場に向かってくれ。俺は第十七小隊として向かう。君の隊のブラボー・チームの新人五人は、俺が現場に連れて行くから、そこで合流してくれ」
「了解しました」
華はその新人五人について、資料では把握しているが、まだ実際に会ったことはなかった。
廊下では、職員たちがそれぞれネビュラで連絡を取りながら慌ただしく動き回っている。さっき駆け出していった愛梨紗としのぶも、急いで引き返してきた。
愛梨紗のワイシャツの胸ポケットには、お守りの十字架の鎖がしゃらしゃらと揺れている。
「みんな、消防宇宙船に乗りんしゃい。点検はさっき着いたときにやっといたけん、すぐにでも出せるよ」
「さすがは愛梨紗、頼りになるね」
華は思わず彼女の頭を撫でそうになったが、ここは一人の宇宙消防士として尊重しようと思い、持ち上げた手を敬礼に直した。
それは他のメンバーにも同時に向けられた。
「さあ、行くよ。第十八小隊としての初仕事、しっかり務めましょう」
みんなは一斉に「おーっ」と声をそろえた。この結束力は何物にも代えがたい。




