第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・3a
「おっはよー、諸君」
千堂しのぶはやけに軽快な足取りで、スキップしながらやって来た。彼女の背後には低く昇る朝日が差していて、まるで後光をまとった女神か何かのようだった。このガラパゴスにはいろんな種類の女神がいるのだ。しのぶの場合はさしずめ、女性化した太陽神アポロンといったところだろう。彼女はこの五人の中では一番背が高く、一番男っぽい性格だ。
少し波打った黒髪のショートヘアを弾ませて、しのぶは華たちの集団に追いついてきた。これでかつての第十七小隊ブラボー・チームの五人がそろったことになる。
「みんな、辞令は受け取ったの?」
しのぶがそう尋ねると、他のみんなは当然とばかりに真顔でうなずいた。相変わらずユズは無神経な言葉を平然と発した。
「しのぶさん、ロジャーさんと離れ離れになる覚悟はできてる?」
「はあ? 何言ってんの? 元からつき合ってないし」
しのぶはなんともないような顔をしているが、それが強がりであることを他のみんなはよく知っていた。
「ロジャーさん、今朝も泣きよらしたっちゃなかと?」
「あれはあいつのいつものあれだよ」
しのぶはしどろもどろになりながらも、気を取り直してこう言った。「それより愛梨紗、大事なものを忘れてたぞ」
しのぶが胸のポケットから取り出したのは、細い鎖のついた小さな十字架だった。ただ、普通の十字架と違って、上と下に短い横棒が付け加えられており、下の横棒は少し斜めに傾いている。その形はなんとなく主翼と尾翼を備えた飛行機のようにも見えた。
「親父が玄関のげた箱の上で見つけたんだ。お前のだよね、これ」
「あっ、ごめんね、しのぶ!」
愛梨紗はたちまち顔を真っ赤にして、しのぶの手から小さな十字架をひったくった。大急ぎで鎖をまとめて、胸ポケットに仕舞おうとしている愛梨紗の横から、いつものようにユズが無神経に覗き込んだ。
「それ、なあに? 愛梨紗」
「なんでんなかと。ただのお守りたい……」
愛梨紗は消え入るような声で答えた。
「お守り?」と、華も覗き込んだ。なんとなく調子を合わせてからかいたくなったのだ。
愛梨紗はさらに顔を赤くして、胸に仕舞った十字架を服の上からぎゅっと握りしめた。
「もう、よかでしょ、なんでもなかて言いよっちゃなかね!」
愛梨紗は叫びながら速足になって好奇の目から逃れると、その小さな歩幅であっという間に廊下の向こうへ走っていってしまった。
その姿があまりに微笑ましいので、華とユズは思わず鼻息を荒くした。
「なんか、めちゃくちゃ気になるよね、華」
「うん」華は深くうなずいた。
その様子を妙子はちょっと距離を置いて歩きながら見ていたが、ちょうどしのぶが横に並んだので、小声で尋ねた。
「ねえ、しのぶさん」
「なんだい? 妙子」
「ちょっと風の噂で、愛梨紗ちゃんが失恋したっていう話を聞いたんだけど……」
しのぶは怪訝な顔をした。
「いったい、どこ情報だい?」
妙子は声をひそめた。
「私の姉の幸子っていう人なんだけど……」
しのぶも一瞬ぎょっとした後、同じように声をひそめた。
「その人のことなら、ようく存じ上げておりますとも」
二人の間では、その「幸子」という名がまるで忌み言葉であるかのように扱われた。ときにそれは滅びや不吉と同等の意味を持つ、忌々しい言葉であることは間違いなかった。
「失恋だなんて、ずいぶんひどい言葉を使うんだな……」
「ごめんなさい、しのぶさん、姉には今度きつく言い聞かせておくから」
「頼むぜ、ほんとに」
「でも、本当に失恋じゃないの?」
しのぶは真顔で答えた。
「失恋じゃないよ。一時的に距離を置いただけさ」
すると、妙子はその美しい顔に柔らかな微笑みを湛えた。
「そうなんだ……、じゃあ、愛梨紗ちゃんにもいい人が見つかったんだね」
しのぶもつられて微笑みを浮かべたが、そこにはほんの少し不安も混じっている。
「まあ、それなりにいい感じなのかもしれないけど、向こうはまだ若いから、どうなるかわかんないよ」
「なんていう人なの?」
しのぶはぐいぐい食いついた。ある意味、ユズや華よりも強く好奇心を刺激されたようだ。
しのぶも誤解を招くくらいなら本当のことを言ってしまえと、開き直って答えた。
「ロシア人の宇宙船技師だよ。先月まで向こうの高等教育学校の五年生で、インターンとしてうちの親父の下で働いていたんだ」
「へえ、年下の子なんだね」
妙子は目をキラキラさせた。「でも、どうしてその子と愛梨紗ちゃんが?」
「そこにはいろいろややこしい事情があるんだよ」
「どういう事情?」
と、食いついてきたのは、いつの間にか話に加わったユズだった。その横では華も耳をそばだてている。
「もう時間がないんだから、きちんと説明しなさい、しのぶさん。あと十五分でセレモニーが始まっちゃうよ」
華はネビュラの時計を確かめながら、急かすように言った。見ようによってはリーダーの立場を利用した職権濫用とも取れる。
しのぶのほうも元より黙っているつもりはなかった。むしろみんなに相談して力を貸してほしいとさえ思っていた。だから正直に言った。
「実はうちの親父が健太郎のことを気に入っちゃってさ……、一緒に住まないかって、親父のほうからあいつを誘ったんだ」
「きゃー!」
と叫ぶユズの口を、華はしっかりと手でふさいだ。
「で?」と華は促す。
「私も宇宙船技師の勉強をし直そうと思って、横浜の実家で親父の手伝いをやっていたところだったんだ。そこにロジャーが転がりこんできたもんだから、私、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃってさ……」
「わかる、わかるよ」
と、妙子もうなずいた。「それで?」
「ロジャーはテストパイロットとして親父に呼ばれたんだ。毎日、山のようにある新製品の試験をする必要があったからね。でも、一人じゃあまりに大変だということになって、それじゃあ、もう一人テストパイロットを呼べば、対照実験もやりやすいし、いろいろ助かるんじゃないかって親父に提案したんだよ。本当はあいつと二人っきりになるのがちょっと怖かったっていうこともあるんだけど……」
「わかる、わかるよ」
と、今度は華がうなずいた。「それでそれで?」
「愛梨紗を呼んだら、ちょうどいい具合に暇だって言うんで、一年間たっぷりテストパイロットをやってもらうことになったんだ」
「へえ、それじゃあ、しのぶさんはロジャーさんと愛梨紗と同居してたんだね」と華。
「そうなんだよ」
華と妙子とユズは、まさかしのぶたちがそんなことになっていたとはつゆ知らず、ただひたすらに子育てに明け暮れていた二年間を思わず振り返った。華は、人それぞれにいろんな人生があるものだとしみじみ思った。
しのぶは話を続ける。
「それで、どんどんテストができるようになったもんだから、今度は技師のほうが足りなくなったってわけ」
「それで、ロシアから助っ人を呼んだんだね」
妙子は食いつくように言った。早くその名を聞きたくてたまらなかった。「それで、何ていう人なの?」
しのぶは答えた。
「私たちは、サーシャって呼んでたよ。そいつの本名はアレクサンドル・イヴァーノヴィチ・アレクセーエフっていって、銀髪のすごくかわいい男の子だったな……」
しのぶは、その名を口にするなり、急に遠くへ行ってしまった友のことを思い出して、胸に何かが込み上げてきたようだ。「サーシャは、ロシアの航空宇宙軍に正式に採用されて、本国に帰っていったんだ。だから、別に愛梨紗はフラれたわけじゃないんだよ。ただ、距離を置いただけさ」




