第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・2b
そのとき、鼓膜を突き破るような衝撃音が上空に轟いた。
ここは航空宇宙消防本部という場所柄、宇宙船や航空機の発着が盛んに行われている。その爆音はそれなりに聞こえてはいるものの、これほどまでに無神経な騒音は珍しい。
華が胸に抱きかかえていた幟は、音にびっくりするあまり目を剝いてフリーズしてしまった。手を繋いでいた纏は、母親の膝の後ろに隠れてしがみついた。
妙子の息子の遊星もまた母の胸に顔を埋めた。ところが、ユズの双子の娘たちだけは、なぜだか血気盛んにベビーカーから身を乗り出し、上空に向かって威嚇の雄たけびを上げていた。
強烈な衝撃音の余韻を残して、一機の戦闘機が建物の向こう側に降りていくのが見えた。
「あれ、たぶん愛梨紗だよ」
華が言うと、妙子とユズも同意のうなずきを返した。みんな深刻そうな顔をしている。
あの爆音のせいで保育園に集まっている子供たちが一斉に泣き出したり怯えたり騒いだりし始めたので、保育士たちはなだめたりすかしたりで大わらわだった。冴子先生は困った顔で華たちのところへやって来た。
「あれは愛梨紗ちゃんでしょう?」
もはやわかり切ったような口ぶりだ。
「ごめんなさい、あとできつく言っておきますから」
華は心から申し訳なく思って、深く頭を下げた。
「あまり強く責めないであげてくださいね。何か悩みがあるなら相談に乗ってあげるって、私が言っていたとお伝えください」
冴子先生はいつもの柔和な笑顔に戻って言った。
「最近の愛梨紗ちゃん、前にもましてずいぶん荒れているみたいだね」
妙子がそう言うと、華もユズもびっくりして、「そうなの?」と訊き返した。
「なんか、失恋したとかしてないとか……」と妙子。
「マジで?」ユズは強く興味をそそられたようだ。
かつての第十七小隊ブラボー・チームの五人の中で、愛梨紗一人だけがまだつき合う男性を見つけられていなかった。
「ユズ、あんた、愛梨紗に良い人が見つかるように協力するって約束したんじゃなかったの?」
そう言えば二年くらい前にどこかで二人がそういう会話をしていたような気がした華は、そのおぼろげな記憶を頼りに問いただした。
ユズも頭を抱えている。
「なんとなく、そう言った覚えはあるんだけど……、はっきりとは思い出せないんだよね。それより双子の世話で忙しすぎて、ほとんど外にも出られなかったし……」
それには妙子も納得した。
「そうだよね、ユズちゃんは大変だよね」
その会話が自分たちのことを指しているらしいことを察した檸檬と蜜柑は、心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。とても二歳に満たない幼児のする仕草とは思えない。今にも「私たちだってママのお世話で大変だったんだから」とでも言い出しかねない貫禄だった。
「さあ、そろそろ出初式が始まりますよ。職員の皆さんはお急ぎください」
冴子先生が声を掛けて廻ったので、親たちは我が子とひとまずお別れしなければならなかった。
「じゃあ、纏さん、幟さん、お母ちゃんは行ってきますからね。いい子にしていなさいね」
幟は冴子先生の胸に抱かれている。まだ九か月の彼はなんのことだかわかっていないようで、ただただ大きな目をくるくるさせて母親の顔を見返していた。華は、その柔らかなほっぺをつまんでぷるぷるさせてやった。ずっとそばにあると思っていたこのぷるぷるとお別れするのは、華だって寂しい。
一方の纏は、これから自分の身に何が起きようとしているのかわかり始めたらしく、じわじわと表情をゆがめ始めた。朝出るときの娘は楽しいお出かけ気分ではしゃいでいたことを思い出すと、華は胸が絞めつけられるようだった。
娘にとっては、親が仕事をしている間、長時間そばにいないことなど経験のないことだし、ましてや想像することなどできるはずもなかった。前もって何度説明しても、それをちゃんとわからせることは難しい。
華は娘の前にしゃがむと、目線を合わせて優しく言い聞かせた。
「纏さん、これからお母ちゃんが仕事しているときには冴子先生たちがお母ちゃんの代わりになるんだよ。寂しくなんかないから、いつもみたいににこにこしていなさいね。お友達もいっぱいできるから、きっと楽しいよ」
華が頭を撫でてやると、纏は顔をくしゃくしゃにし、涙をぼろぼろ流して泣き始めた。娘を持ち上げてしっかり抱きしめてやると、華も一緒に泣きたくなってきた。
「仕事が終わったら、ちゃんと迎えに来るから、待っていなさいよ」
他の親子連れもそれぞれにお別れに苦労しているらしく、あちこちから泣き声が聞こえてくる。うちの子だけが弱いわけではないことがわかるのは心強い。
冴子先生と手を繋いで、健気に「ばいばい」と手を振っている娘から離れるのは、華にとっても胸が潰れるような気持ちだった。
ユズの双子たちは泣かなかったようだが、妙子の息子の遊星はなかなか放してくれなかったようだ。華の後を追いかけてきた妙子は、目を真っ赤にしていた。
華と妙子とユズとが消防本部の廊下を歩いていると、ちんちくりんの小学生みたいな隊員がその横に走り寄ってきた。その子も階級章のついたワイシャツに紺のスラックスという、立派な正装を着ている。
それが佐藤愛梨紗だった。
「愛梨紗、さっき猛スピードで飛んできたの、あんたでしょ? 子供たちがびっくりしてたよ」
華が注意すると、愛梨紗はそのピンク色の頭を掻いた。彼女の髪はピンクと茶色が混じった不思議な色合いだ。それを緩めの三つ編みにして左右にまとめている姿は、まるで本当に小学生のようだった。
「ごめんちゃい」と愛梨紗は恥ずかしそうに、消え入るような声で謝った。
そんな声で謝られたら、みんな許さざるを得ない。
「ごめんね、愛梨紗、あなたに良い人を見つけてあげるって約束したのに、忙しくて何もできなくて」
ユズが、会った早々そんなデリカシーの欠片もないセリフを発すると、愛梨紗は気丈にも真顔で言った。
「よかとよ、私は一人でも強く生きていけるとやけん、心配せんでもよか」
彼女の強すぎる福岡訛りは、二年経っても健在だった。
「ところでしのぶさんは?」
華は、ここで急に思い出した。第十七小隊ブラボー・チームには、もう一人、忘れてはならない隊員がいた。
すると、まるで噂に導かれたかのように、その千堂しのぶが、廊下の背後から颯爽とやって来た。




