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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第三話「第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)」
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第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・1b

 海沿いの緩い坂道を自転車で下っていく。

 大きくカーブした道は広々とした海を背景に人工島を一周している。(はな)は自転車のペダルを軽く漕ぐと、あとはその勢いに任せた。自宅のある高層マンション街から、これから向かう中央官庁街までは六キロも離れている。制限速度いっぱいでなんとか間に合うかどうかといったところだ。


 ジャイロ付きの自転車は絶対に倒れることがない。前に赤ん坊、後ろに二歳の子供を乗せても限りなく安全だ。

 風を顔面一杯に浴びている(のぼる)は、まるで仏像のように固まっておとなしく座っている。一方の(まとい)のほうは、両足をぶらぶら、お目目をキラキラさせて、朝日を照り返している美しい海を夢中で見回していた。


 しばらくそうしているうちに、纏は目を両手でごしごし擦り始めた。

「まぶちい」

「そりゃ眩しいよ。あんまり明るいところばっかり見てると、あとでお目目が痛い痛いになるよ」

「いたいいたい、いや」

 纏は小さな両手で顔を覆った。


 ガラパゴス人工群島の海は風が冷たい。それは南極から流れてくるフンボルト海流が冷たい空気も一緒に運んでくるためだ。そのおかげで赤道直下という位置にあっても暑さで苦しめられることはほとんどない。むしろ日本の夏のほうが過酷なのだという愚痴を、妹の翼からよく聞かされた。


 最近は妹から頻繁に連絡が来るようになった。どうやら彼女は今年度を何かのインターンとして活動することに決めたらしい。その詳しい内容については、もったいぶってなかなか教えてくれないが、そのはしゃぎっぷりから想像するに、よほど楽しい仕事を見つけたようだ。


 華は久しぶりに宇宙消防士の制服を着た。いつものオレンジ色の防護服ではなく、白いシャツと紺のスラックスの正装だ。慣れないネクタイを、夫の龍之介に手伝ってもらいながら時間ギリギリまで結んで、なんとかみっともなくない形まで持っていった。


 華が着ているワイシャツの肩には金色の階級章が縫い付けてある。以前は一つだった星が、今日からは二つになった。それは平の宇宙消防士から、一階級上の宇宙消防副士長になったことを意味する。これまで下位のブラボー・チームのリーダーだった華は、今日から上位のアルファ・チームのリーダーになる――という話だが、彼女にはまだ実感が湧かない。


 先月、突然辞令が送られてきて、華はそれを否も応もなくありがたく拝領つかまつったわけだが、これから自分が小隊の十人を引っ張っていけるという自信はまったくなかった。アルファ・チームのリーダーという役職は、上の隊長と下の隊員たちを繋ぐ中間管理職だから死ぬほどきついぞ、と夫にずいぶんと脅された。龍之介は五年もの間その役職に就いているから、彼から学ぶべきことはたくさんあった。


 ガラパゴス日本区航空宇宙消防本部の本庁舎は、人工島の中央官庁街にあった。そこはガラパゴス日本区における立法・行政・司法の中枢だ。その権限は宇宙にまで広がっており、全太陽系で活動するすべての日本人に及んでいる。ガラパゴスの日本区は、「本土」と呼ばれている元々の日本からは切り離された統治機構を持っており、ほぼ独立国と呼べるほどの自治権を有している。


 そうした自治権を持つ各国の人工島がこの海域には集結していた。それらは総称して「ガラパゴス人工群島」と呼ばれている。その中心にあるのは、三十年前に建造され、地球と宇宙とを一つに結びつけた宇宙エレベーターだ。人々はそれを親し気に「ジャックス・ビーンスターク」という愛称で呼んでいる。


 宇宙エレベーターの周辺は飛行禁止区域となっている。そのため、広範囲が何もない海域となっており、そこは小太平洋スモール・パシフィック・オーシャンと名付けられた。各国の人工島の配置は、太平洋を囲む実際の位置関係に合わせてある。


 華たちの乗る自転車は中央官庁街に入り込んだ。曲がりくねった立体交差がたちまち日光を遮った。日陰を吹き抜けるビル風はますます冷え冷えとしてくる。

「纏さん、もう眩しくないから、お手手ないないしなさい」

 ずっと両手で目を押さえていた纏は、ようやく安心して目を開けられる場所に来て、ほっとしたようだ。


 顔面いっぱいに風を浴びていた幟も、眩しさのせいでずっと細めていた目をようやく大きく開いた。いざ開くとびっくりするほど大きな彼の目は、迫りくる高層ビルをすべて記憶に刻もうとするかのように爛々と輝いていた。


 子供たちが家からこんなに遠くまで出てくるのは初めてのことだった。今日から華と龍之介は現場に復帰する。両親が仕事をしている間、纏と幟は航空宇宙消防本部の中にある保育園で、他の幼い子供たちと一緒に過ごすのだ。

 二十四時間働いた後は二十四時間休みになるという、特殊な宇宙消防士の生活スタイルに、子供たちも合わせていくことになる。


 保育園の入り口は親子連れで賑わっていた。父親も母親も同じくらいいて、腕の中に幼子を抱えていたり、手を繋いで一緒に歩いたりしている。ここにいる大人たちのほとんどが宇宙消防士という職に就いていることは、その凛々しい制服姿を見れば明らかだ。その眺めは圧巻だった。今日は年度の初めということもあり、全員が正装で身を固めているのも、その印象をより強めた。


 保育士の冬樹(ふゆき)冴子さえこ先生が、優しい微笑みを湛えて新しい子供たちを迎え入れていた。華は彼女とは何度も面識があったので、安心して子供を預けられる。冴子先生の長身でスマートなスタイルは惚れ惚れするほど美しい。


「おはようございます、冴子先生」

 華が元気に挨拶すると、冴子先生もにっこりと笑顔を返してくれた。

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