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ガラパゴス・ガーディアンズ2 あるいは航空宇宙消防本部第十八小隊  作者: 霧山純
第三話「第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)」
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第十八小隊はクロノ・シティに配置されます(前編)・1a

 二〇七一年九月一日午前七時――

 桃井(ももい)はなは大あくびしながら目を覚ました。さっきから何度も何度も起きなければと思いつつウトウトしてしまって、いよいよ次に眠ったら後がないぞというときになって、ようやく動き出す決心がついた。


 すぐ横のベビーベッドで長男の(のぼる)がすやすやと眠っている。そのかわいらしさが恨めしい。ほんの二時間前まで、まるで人生に絶望したかのように泣きわめいていたくせに、今では何もかも忘れてしまったみたいに安らかな顔をしている。


 息子の太い眉毛は父親似だろうか。髪の毛は最近までつるつるだったくせに、この頃ようやく生え始めてきた。それにしても、なんなんだこの頬っぺたは柔らかすぎだろ。親の苦労も知らないで、このかわいらしさが憎らしい。


 もう一つ縦に並んでいるベビーベッドから、長女の(まとい)がむくりと起き上がった。目はまだ半開きなのに、上半身だけ直立不動だ。妙に真顔なのがなんだか可笑(おか)しい。

「おはよう、纏さん」

「おやよう」

「ちっこ出た?」


 華が布団をまさぐって娘のオムツを確認してみると、おしっこサインが青のままだった。出ていれば赤に変わっているはずだ。「おお、出てないな。えらいえらい」

 華が頭を撫でてやると、纏は「それがなにか?」というすっとぼけた顔をした。そんなの当たり前でしょ、と彼女は言いたげだ。


「これで連続三日間濡れてなかったね。さすがだぞ、纏さん。そろそろオムツは卒業かな?」

 そう言って褒めると、纏はじっとりとした半開きの目のままで、母親の顔をじっと見つめてきた。そこに不満なのか反抗なのかわからないが複雑な感情を見て取った華は、変に褒めすぎて娘の気分を害してしまったのかなと思った。


 しかし、別にそういうわけではなかったらしい。纏は、そのじっとりとした目つきのまま、急に身体をぶるぶる震わせ始めた。

「ちょちょちょ、ここで出しちゃダメだよ」

 華は娘の身体を小脇に抱えると、トイレ目指して駆け出した。せっかく朝まで我慢できたというのに、こんなところで漏らしたのではもったいない。


「ちっこ我慢、ちっこ我慢だよ」

 華がそう繰り返しながらトイレに向かう途中で、すでに身支度を終えている夫の龍之介とすれ違った。

「おはよう、お母ちゃん、ご飯できてるよ」

「あんがと、お父ちゃん」


 今日は二人とも二年ぶりのまともな出勤だ。同じ小隊の中で三人が同時期に妊娠出産し、父親も二人いるということで、第十七小隊は全員が二年間の地上勤務を命じられていた。今日は、その二年が明けた最初の日だ。


 母親の華がぼろぼろな寝起きで、父親の龍之介がすっきりしているのは、けっしてそこに不公平な取り決めがあったからではない。さっき夜明け前に幟が泣き始めたときに、どっちが寝てどっちがあやすかをジャンケンで決めたのだ。ジャンケンに勝った龍之介はたっぷり眠れた代わりに、すべての準備をやってくれていた。


 きっちりネクタイを締めた龍之介は寝室に入ると、一人残されている息子のそばにかがみこんで、その柔らかなほっぺにキスをした。幟は目を閉じたままで、キスされた場所を小さな手でこすった。

「お父ちゃん、今日から仕事に行くからな。お前も保育園の初日、がんばるんだぞ」

 龍之介が息子の頬をぷにぷにつつくと、幟はまた小さな手で同じ場所をこすった。龍之介はたまらず微笑んだ。


 龍之介のネビュラに、妻の華から甘えたような声が届いた。

「お父ちゃん、ご飯冷めちゃうよ。先に食べちゃうからね」

「すぐ行くから待ってなさい」

 わざわざネビュラでやり取りするのは、大声を出して子供をびっくりさせないためだ。


 まだ九か月の幟を一人で寝室に寝かせるのは心配なので、龍之介はベビーベッドを静かに押してダイニングまで移動させた。最新のベビーベッドは、床に埋め込まれた磁石によってベッドを宙に浮かせ、赤ん坊に音も振動も与えずに移動を可能にする。


 こうして家族四人は一緒に食事をとった。息子は寝ているだけだが、一人で放っておくよりはこのほうがいい。今朝は張り切って焼き魚を作ってみた。これで仕事も精が出るはずだ。


「お父ちゃん、ちょっと先に寄るところがあるから、母ちゃんは子供たちを保育園に連れて行ってくれるかい?」

「寄るところって、どこ?」

「今日から入る新人どもの顔を見に、寮まで行ってくる」

「ふうん」


 華は生返事をして食事に集中した。まだ頭は完全に目覚めてはいなかった。これまでずっと子育てにばかり明け暮れてきて、今日からいきなり宇宙消防士をやれと言われても、なんだか調子がくるってしまう。

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