桃井翼、ジャーナリストになります!(後編)・4b
カフェは閑散としていた。
七十六番通りにあるカフェ、ピッコロ・モンドはハンバーガーを売りにしている。その中でも四つの階層にたっぷりの具を挟みこんだクロノ・スペシャルは、人気・栄養・カロリーのすべてにおいてこの店のナンバーワン・メニューだ。
ウエイトレスが持ってきたメニューを開くと、立体映像のクロノ・スペシャルが飛び出してきた。それはまるで地球儀のように真ん丸で、ハンバーガーともサンドイッチとも言い難い、奇妙な塊だった。楕円形のパンを二枚一組にして、上下、あるいは左右から挟んでいる。パンと具で交互に挟み、四つの階層を成していた。
「私はいつもクロノ・スペシャルと決めているが、君たちはどうするかね?」
ディビッド・リップマンは、ウエイトレスとアイコンタクトを交わすだけで注文を済ませてしまった。
幸子たちはさっきデリで買ったバゲット・サンドを少しだけつまんだだけで、ろくに食事をとっていなかったので、良い機会だからと、この奇妙なクロノ・スペシャルをみんなで頼むことにした。
現在はダビデという名で通しているディビッド・リップマンは、隠遁生活を始めて以来、毎朝毎晩の食事をここで済ませるほどの常連だという。
「以前の私は宇宙中を所狭しと駆け巡っていたものだから、我が家のそばにこんな安らげる場所があるなどとは想像もしていなかったよ」
注文から一分も経たないうちに、テーブルの上には四つのクロノ・スペシャルが運ばれてきた。
リップマンは、自分の前のクロノ・スペシャルを大きな手でぎゅっと握りつぶして平たい円盤にしてしまった。皿に落ちた熱々の肉汁は、そのまま山盛りのフレンチフライのソースになった。
クロノ・スペシャルの具は、牛肉百パーセントのパテ、かりかりの厚焼きベーコン、目玉焼き、輪切りのトマト、オニオンスライス、たっぷりのしゃきしゃきレタス、溶けて混ざり合った五種類のチーズ、アボカド、ピクルス、そして香り高いマッシュルームというオーソドックスな取り合わせだ。それらが四つの階層の中に繰り返し現れては異なる組み合わせで挟み込んである。
真っ白なナプキンを太い首に巻き付けたリップマンは、四段重ねのクロノ・スペシャルにかぶりついた。彼がそれを目にも止まらぬ速さで平らげていく光景は、さすがの幸子さえも目を丸くして驚くほどだった。
午後のアッパーウエストサイドには静かな時間が流れている。昼食のラッシュアワーが過ぎたピッコロ・モンドの店内はお客も少なく、ゆったりとくつろげる雰囲気だ。店の周囲をぐるりと囲うガラスの向こうにはテラス席が並んでおり、性別や服装も様々な人々が午後のお茶を楽しんでいた。全体的に年齢層が高いのは、この都市全体の特徴だと言える。
「ここで君たちのような若い人を見るのはとても珍しい」
先に食事を終えてしまったリップマンは、首元のナプキンで口を拭きながら言った。
幸子、翼、智香の三人は、四階層のクロノ・スペシャルをフォークとナイフで食べていた。それがバーガーともサンドイッチとも言えない、この奇妙な球体の攻略法の一つであることが、メニューから飛び出した立体映像でも紹介されている。
「私のことは気にしなくてもよいから、おのおの好きな食べ方で楽しんでくれたまえ」
そう言って彼は、肉汁とケチャップで豊かな味付けがされたフレンチフライをぱくぱくとつまんだ。そして、その合間に一ガロンサイズのピッチャーから自分のコップへ何度もコーラを注いでは、あっという間に飲み干していった。
その食生活が、今のリップマンの身体のサイズを作り上げたであろうことは疑いようもなかった。
翼は様々な具をまず別々に分けてから、それらをバランスよく楕円形のバンズに挟んでミニバーガーを作るという方法で食べていた。
智香はまるでコース料理のように、それぞれの具を順番に片付けてから次に進むという食べ方だった。
そして、幸子はというと、最初はリップマンを真似てぎゅっと潰して一気にかぶりつこうとしたのだが、あまりの不器用さゆえに球体を空中で爆散させてしまい、すべてを台無しにするという醜態をさらしてしまった。新しいものを作り直してもらってからは、しょんぼりしながら翼と同じ食べ方に変えた。
ディビッド・リップマンは、彼女たちが悪戦苦闘しながら食べている姿を微笑ましく眺めながら、そのだらしない容姿からは想像もつかないような知性と落ち着きに満ちた声で言った。
「翼くん、君はさっき、ジャーナリズムとは何なのか教えてほしいと、私に言ったね」
「ふわい」
ちょうど口いっぱいに頬張っていたタイミングだったので、翼は「はい」とうまく言えなかった。恥ずかしそうに口の中のものを急いで飲み込んでいる彼女を、リップマンは手で制した。
「いいんだ、ゆっくり食べながら聞いてくれたまえ」
リップマンはまたコーラを一気に飲み干すと、重いピッチャーを軽々と持ち上げてコップに注いだ。そうしながら、こう言った。
「私は今、世間から身を隠している。それはなぜかと答えるなら、私がこれまでやってきた取材活動は古いジャーナリズムだったからだと答える他に言葉がない」
「古いジャーナリズムですか?」
ようやく口の中を空にした翼は、同じ言葉を返した。他の二人は、その会話を尊重してか、あるいは食事に夢中になっているためか、黙って聞いている。
「そう、私がやってきた古いジャーナリズムとは何かと答えるなら、それはまさに偏見に対して偏見をもって矯正しようとする強引なやり方でしかなかった」
「偏見ですか?」
「そう、偏見だ。別の言葉で表現するなら、ステレオタイプとも言う」
リップマンはコーラをまた飲み干した。そこにはまるでやけ酒のような雰囲気があった。「旧来のジャーナリズムは、その偏見に別の方向から光を当てて正しい姿を浮かび上がらせることを信条としていた。しかし、そんなやり方で真実を浮き彫りにすることは間違った偏見を新たに生み出すことにしかならないことがわかったのさ」
4cに続きます。




