楽園実験(後編)・2b
午後の住宅街は、外を出歩き始めた住人たちで賑わっている。なぜだか彼らは上機嫌で、かなり遠くまで届くような大声で喋りながら、目的もなく往来を行き来していた。
そこに混じって、西の海を目指している新人宇宙消防士六人もまた、不思議なエネルギーによって身体を動かされていた。
「それが、私たちの身体の中で燃えているの?」
「そう」
翼、スバル、美穂の三人は、歩きながら顔を寄せ合って小声で言葉を交わしていた。翼のささやくような問いに、美穂が大きなうなずきを返したところだ。
「でも、全然ニュースになってないよ?」
スバルは素朴な疑問を投げかけた。「そんな大変なことになってるなら、政府の発表もあるはずだけど、全然そんなことないじゃない」
「それは上の人たちも、どう対策したらいいかわからないからだよ」美穂は言った。
「ネビュラでも全然話題になっていないのはなんで?」とスバルはさらに問うた。
「それはね」と、翼が答える。「ネビュラは基本的に、小さな個人的な意見をフィルターにかけているからだよ。世論がもっと大きくなってからでないと、共通の話題として上ってこないんだ」
「じゃあ、マスコミも今ちょうど発表の仕方を考えているってこと?」とスバル。
「たぶん、そう」
翼と美穂が、声をハモらせてうなずいた。
「ねえ、あんたたち、何をコソコソ喋ってるの?」
先頭を突き進んでいた沙織が、突然思い出したように振り返った。「せっかくみんなで出掛けてるところなんだから、面白そうな話はみんなに聞こえるように話そうよ」
「そうだぞ、君たち」
アロハシャツにいつの間にかサングラスを合わせて胡散臭さを倍増させた晴香が同調した。
「別にコソコソしてるわけじゃないよ」
美穂は、両手を胸の前でぶんぶん振って否定した。「ただ、大事な話を段階を踏んで進めていこうと思っただけ」
「大事な話って?」と、しずくも振り返り、後ろ向きで歩きながら訊いてきた。彼女は白いタンクトップの裾をまくり上げ、それをパタパタさせて、剥き出しのお腹に風を送り込んでいる。
見れば、メンバー全員がふうふうと口で息をして、全身から汗を吹き出させていた。九月上旬のクロノ・シティの気温は二十度前後になるよう調整されていて、こんな風に暑さを感じることはないはずだ。
「ほら、おかしいでしょ?」
美穂は、翼とスバルに小声で言った。「実際の気温は摂氏十九℃なのに、まるで真夏みたいに身体が火照っている」
「体温はどのくらいなの?」
翼は急に不安になってきた。人体が持つ三十七兆個もの細胞一つ一つで核融合反応が起きているというのなら、そこから生まれる熱エネルギーはとてつもないものになるはずだ。人間の身体のタンパク質は四十二℃を超えた辺りから変質し始め、四十五℃で凝固し、五十℃で完全に死滅する。それは宇宙消防士としての当然の知識だ。
しかし、美穂は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと私たちの体温は三十六℃辺りでうまく止まってる。ミューオン触媒核融合体はすごく小さいし、それぞれが空気をたっぷり含んだ多孔性配位高分子に包まれているから、熱で細胞を傷つけることはないんだよ。それに、これまでだって、機械細胞が熱暴走を起こすような事故はほとんど起きなかったじゃない。もし、そんな危険性が放っておかれているんなら、翼ちゃんのお団子だって今ごろ燃え尽きちゃってるところだよ」
翼は、ハッとして自分の頭の上を触った。確かに、この栗色のお団子を作ってくれているヘアー・タイ・バンドはひんやりとしていて、とてもその中に機械細胞が住んでいるとは思えない。
「そうか、そうだよね。私たち、もうとっくに身近に核融合炉をいっぱい持っているんだもんね」
翼はそうやってなんとか笑顔を作ろうとするが、自分の身体から離れた道具類の中で核融合が起きているのと、自分自身の身体の中で核融合が起きているのとでは、理屈がまったく違うことを本能的に感じていた。もしも今、ほんのちょっとの熱が外に逃げ出して、自分の身体のタンパク質を変質させてしまったらどうなるだろうかと考えるだけでゾッとする。
脳が急に熱くなって固まったらどうしよう、目玉が急に熱くなって卵の白身みたいに濁ったらどうしよう、もしも背骨の神経が熱で焼き切れて全身が麻痺したらどうしよう、などと、想像し始めたらきりがない。
「ねえ、こいつを身体から追い出す方法はないの?」
スバルのほうは、不安を呑み込むことができなかったようだ。美穂の手を握って、小さな子供のように訴えた。「どうしよう、大丈夫かな? 私、怖いよ」
「大丈夫だよ、なんとかなるって。ここにいるみんなも同じ仲間なんだからさ」
美穂は、元気づけるためにスバルの頭を撫でた。
「そこの三人、またコソコソ話してる。いい加減にしなさいよ」
何も知らず、元気いっぱいの沙織は、楽しそうにそう叫んだ。




