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楽園実験(後編)・1b

 クロノ・シティの住宅街は、おもにカントリー調のアメリカ様式を採用している。広々とした庭、背の高い切り妻屋根、小さな階段の付いた玄関ポーチに、シンプルな二階建ての木造建築が特徴だ。壁は白か淡い水色で、開放的で涼し気な景色が広がっている。


 四分の一球の形に湾曲した第一階層の東の島は、そのほとんどがこの都市で働く人たちの住宅で占められている。中心街にはいくつか商店があり、小さな繁華街のようなものもあるが、それは他の階層に比べれば極めてささやかなスケールでしかない。


 ちなみに他の階層はまったく異なる景色を見せてくれる。第二階層は農業や放牧、魚介類の養殖などが行われ、実験施設が多く建つエリア。第三階層は高層ビルが建つオフィス街であり、スタジアムや劇場や遊園地なども集中している商業エリア。そして、第四階層は富裕層が住む高級住宅エリアだ。


 そこからさらにクロノ・シティの中心に向かうと、トゥール・ビヨンという球形の浮遊施設に辿り着く。そこはこの星全体をコントロールする心臓部であり、中央官庁がひしめく場所でもある。許可を得た一部の者だけが、トゥールビヨンの内側に足を踏み入れることができる。


 島の西の端には海がある。そこで人々は水に親しむことができると同時に、大気との衝突で生まれる熱から人々を守る緩衝地帯になっている。

「今から海に行くよ、みんな」

 先頭を張り切って歩く沙織は、大きな声でそう言った。


「水着なんか持ってないよ?」

 晴香は困惑している。花柄の派手なアロハシャツに膝下丈のバミューダパンツという、一番海辺に合いそうな格好なのにも関わらず。

「水着なら、向こうで貸してくれるんだってさ」

 しずくが、ネビュラを使って一通り調べてくれた。「海辺のコテージで六人までゆっくりできます、だって」


 沙織が顔を輝かせた。

「いいじゃん、明日は休みなんだし、泊りがけで遊ぼうよ」

 それに対するみんなの反応は、賛成半分、嫌々半分といったところだった。一番嫌そうな顔をしたのは、やっぱり晴香だった。

「勤務明けで全然寝てないし、いつ呼び出しがかかるかわかんないんだからさ……」


 第一階層東区ファースト・フロアー・イースト第七十六分署に勤務する宇宙消防士の勤務体制は、おもに三交代制だ。大雑把に日本組、アメリカ組、ケニア組で二十四時間ずつを三日かけて回していく。勤務日の翌日は非番で、基本的に休みだが、招集が掛かれば出動しなければならない。その翌日は完全な休日で、よほどのことがなければ呼び出しを受けることはない。


 沙織たちのチームは、今朝の八時半まで勤務していて、その緊張感を保っているおかげでかろうじて動き続けていられる状態だった。しかも、ちゃんこ鍋をたらふくお腹に詰め込んだので、いつ電池が切れてもおかしくはないはずだ。

 ところがなぜか、チームのみんなは元気いっぱいなのだ。この元気のままならば、何日でも徹夜が可能なくらいに身体が燃えていた。その燃えっぷりは、部屋でじっとしていたら頭がおかしくなりそうなくらいだった。


 その不思議さに、翼はとっくに気がついていた。

「なんで、こんなに元気なんだろう? どうして、こんなに気分がいいんだろう?」

 翼は自分の胸を押さえてつぶやいた。心臓がどくどくと鳴っている。いつもと同じ自分の鼓動であるはずなのに、何か大きな力がそれを下から支えているような、不思議な安心感がある。喩えるなら、自分が蒸気機関車になってがんがん炉を燃やしている後ろから、新しい石炭が次から次へと運び込まれてきているような感じだ。燃料切れになることは、永久にないような気さえしてくる。


 横にいるスバルも、同じことを感じているようだ。

「ねえ、翼、私たち、もしかしたら……」

 スバルのその目には、明るい気分に支えられた楽観的な輝きと同時に、不安におののく揺らめきがあった。


 視線を交わし合った翼とスバルは、その視線を絡み合わせたまま、救命医の美穂のほうへと顔を向けた。

「ねえ、美穂さん、私たち、なんか変じゃない?」

 美穂もまた、すでに異変を感じ取っていた。麦わら帽子の下からピンクのロングヘアーを溢れさせている彼女は、慈愛に満ちた微笑みの向こうに、何やら不気味で大きな存在を見ているようだった。


「翼ちゃん、スバルちゃん、ちょっと驚かせちゃうかもしれないけど……」

 救命医の彼女は、チームメイトの身体の中をいつでも細部まで把握することができる。

「何かわかったの?」と翼。

「うん」と美穂はうなずいた。

「もったいぶってないで、早く教えてよ」

 スバルの口は、不安のあまりにあわあわと波打った。


 美穂は言った。とりあえず、翼とスバルにだけ聞こえるような、小さな声で。

「私たちの身体の細胞一つ一つで、機械細胞(マシン・セル)が燃えているの」

 翼とスバルは、同時に息を呑んだ。


 美穂は、さらに続けた。

「私たち人間を含む動物の細胞の中にはミトコンドリアがあって、それが酸素を使って人間の活動に必要なエネルギーを生み出していることは、みんな知っているよね? 植物には葉緑体があって、光と炭素から有機物を作ることも知っているよね? 今度はそこに、機械細胞(マシン・セル)が加わったみたいなの。それは、水素を利用して小さな核融合反応を起こし、私たちに直接エネルギーを与えてくれる、まったく新しい細胞小器官なの」

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