桃井翼、ジャーナリストになります!(後編)・2a
幸子のせいで生まれたクレーターによって、元からあった遊歩道が大きく迂回させられることになってしまった。なぎ倒された木々、吹き飛ばされた土を元に戻す代わりに、そこに新しい池と小さな東屋を作ることになったのは、幸子が多額の賠償金を支払ったからだ。
もしも、さっちゃん号の墜落地点がもう少し南に逸れて、ジョン・レノンの記念碑であるストロベリー・フィールズが破壊されるようなことになっていたら、幸子は恐らく永久にアメリカの土を踏むことなどできなくなっていただろう。
そんな恐ろしい女と同じ車に乗っていることを強く意識するようになった翼と智香は、はたして無事に家に帰れるだろうかと心配し始めた。運転席に座っている幸子は、背もたれに腕を掛けて大きくのけぞっている。そうして、帽子のつばで双眼鏡を隠したつもりでじっとリップマンのアパートメントを覗き続けているのだった。
「幸子さん、あの警備の人たち、どう考えてもさっきより人数が増えていますよね」
翼は、指をささないように気をつけながら、アパートメントのほうに視線を向けた。
「大丈夫だよ、だって、私たち何もしてないじゃん」
と言いながら双眼鏡を目から離さない幸子は、事の重大さに気づくのが遅れた。
「あなたたちは、ここで何をしているのですか?」
幸子が双眼鏡を下ろすと、サブマシンガンを携えた屈強な警備員が二人一組で立っていた。
「あらあら、失礼いたしました」
幸子は双眼鏡を後ろにぽいと投げ捨てた。それを空中で智香がつかまえて、さっと足元に隠した。
「何をしていらっしゃるのです?」
痩せた警備員と太った警備員がぐいと身を乗り出してきた。二人とも口髭を生やしているので、三十代か四十代くらいに見える。
「バードウォッチングですわ」
幸子は堂々と答えると、女優帽を脱いで敬意を表した。彼女はストレートの褐色の髪をさらりと胸まで垂らしている。その美しさに息を呑む音を漏らした警備員たちは、ただちにネビュラで仲間に報告した。
「七十五番通りとセントラルパークウエストの交差点路上に停車中のピンクの乗用車に三人の女性を確認……」
太ったほうの警備員が報告している間に、痩せたほうの警備員が身分証の提示を求めてきた。
「申し訳ありませんが、そういう規則になっておりますので」
「あら、私のことをご存じでなくて?」
幸子は動じずに、サングラスを上げたり下げたりしてその目を強調してみせた。
痩せた警備員は腰に両手を当てて溜息をついた。
「幸子さん、そろそろここから離れましょうよ」
翼は小声で幸子に呼びかけながら、警備員と握手をして身分証を提示した。ネビュラを使用している者同士で肌を触れ合うと、情報を直接相手に送ることができる。
幸子はサングラスをおでこに乗せて言った。
「だって、せっかくここまで来たんだから、何か成果を挙げて帰らないともったいないでしょ」
「あんまり口答えしていると、いつか射殺されますよ」
「ねえねえ、お師匠、幸子さん、リップマンさんに手紙を書いたらどうでしょうか?」
リップマンの名を聞いた二人の警備員の身体に、さっと緊張が走った。太ったほうの警備員が、ただちに通信をやめて、智香のほうに鋭い視線を向けた。
「今、リップマンさんとおっしゃいましたか?」
ここでごまかしてももう遅い。そう覚悟を決めた智香は、ヤンキースの野球帽を脱いでから、しゃんと背筋を伸ばして答えた。
「はい、私たちは、リップマンさんに一目お会いしたくて、ここにやって来たんです」
親友のその堂々とした態度に、普段は師匠面している翼は圧倒された。確かに、ここでやたらにごにょごにょとごまかしていたのでは、かえって立場を悪くしかねない。
「確か、さっきはバードウォッチングと答えられましたよね?」
痩せたほうの警備員が、皮肉を込めた笑みを浮かべて言った。
こんなときも幸子は動じない。
「ええ、この人間社会を観察することを比喩で答えたんですわ」
と、苦しい言い訳を堂々と言い切った。




