桃井翼、ジャーナリストになります!(後編)・1b
ディビッド・リップマンとその家族が住む高級アパートメントは、アッパーウエストサイドの七十五番通りにあった。すぐ東にセントラルパークを臨み、北にアメリカ自然史博物館、南にダコタ・ハウスが建つ、文化の薫り高い地区だ。
リップマンのアパートメントの玄関口は大きな石造りのアーチになっており、見上げるような鉄格子の門がその入り口をふさいでいる。さらには一定間隔をおいて建物全体を警備員が取り囲んでいる。それぞれサブマシンガンやショットガンで武装し、通り過ぎる人々をつぶさに観察しては、こまめに連絡を取り合っている。
幸子たち一行は、セントラルパークの木陰に車を止め、茂みの向こうに身を隠して、リップマンのアパートメントを偵察していた。そうして目を光らせながら、みんなはさっきダウンタウンのデリカテッセンで買ってきたフランスパンのサンドイッチで腹ごしらえした。慣れないカチカチのパンと、警備のあまりのものものしさに、翼と智香はため息をついた。
幸子はピンクの女優帽の下に双眼鏡を隠して、アパートメントを隅々まで見つめている。
「なんか、前に来たときよりも人数が増えている気がするよ」
幸子がそうつぶやくと、
「幸子さんが前に来たから人数を増やしたんじゃないですか」と、翼は鋭い一言を投げかけた。
「君もなかなか言うじゃないか」
幸子は否定しない。「それにしても、はたして中にリップマンさんはいるのかしら」
「あれだけ厳重に見張っているんだから、中にいらっしゃるんじゃないですかね」と智香。
翼は疑問に思った。
「ねえ、幸子さん」
「なんじゃね?」
「あの警備の人たちは、この建物に誰も入らないように見張っているんですか? それとも、リップマンさんがこの建物から出ないように監視しているんですか?」
「それはいい質問だ」
幸子はサングラスを指先でくいと持ち上げると、翼の顔をしげしげと眺めた。彼女に自覚があるのかないのかわからないが、そんなきれいな目で見つめられると、誰でもどきどきして冷静ではいられなくなる。
「幸子さん、そんなじろじろ見ていないで、質問に答えてください」翼は顔が赤くなった。
幸子は真顔で言った。
「私が考えるに、リップマンさんはきっと建物の中にいると思う」
「どうしてですか?」と智香。
幸子はふんぞり返って胸をどんと叩いた。
「私の情報網を甘く見ないでもらいたいね。この太陽系すべてに私のアンテナは張り巡らされているのだよ。そこにリップマンさんの消息が捉えられないということは、彼はこの建物から一歩も出ていないということに他ならないわけさ」
翼は首をひねった。
「じゃあ、どうして、リップマンさんはここから出ようとなさらないんでしょう?」
「それはきっと、彼がそれを望んでいるからじゃないかな」
「政府に軟禁されているという可能性はありませんか?」と智香。
幸子は首を横に振った。
「彼は、それを甘んじて受け入れる人ではないと思うよ。たとえ政府に軟禁されているとしても、それにまったく抵抗しないということは、それが彼の望んだことだからと考えていいと思う」
翼は、手に持っていた食べかけのサンドイッチを力なく膝の上に置いた。それから、気弱な声でつぶやくように言った。
「それじゃあ、私たちなんかが会いに来たところで、どうにもならない気がする。リップマンさんが世間から身を引いて静かに暮らしたいのなら、それを邪魔する権利は私たちにはないよ」
最後のほうはほとんど聞き取れない独り言のようになってしまった翼のセリフに、幸子はしっかりと耳を傾けた。
「君がそう考えるのも無理はないよ。私だって、前に会いに来たときにあんなに拒否されるとは思わなかったもん」
智香は訊いた。
「前に来たときは、何をされたんですか?」
「あのときはさっちゃん号が四代目のときだったよ……」
幸子は遠くを見つめて言った。「ちょっと強引に空からお邪魔しようと思っただけなのに、大きめのミサイルを三発ほど食らわされてね……、セントラルパークのあの辺りに大きな穴が開いたよ」
そう言って幸子が指さした方向にひょうたんの形をした真新しい池があるのを見て、翼と智香は背筋がぞーっとした。ちょうど三羽の鳩が池のほとりで水浴びをしているところだった。




