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雨降る帰り道

「はあ、遅くなっちったよ……」

 男は、雨降る暗い夜道を家へ急いでいた。すすり泣くような雫が傘を叩く。雪溶かす程に生温い雨。ズボンも靴も濡れ、靴下まで浸食されつつあった。一刻も早く自宅へ辿り着きたかった。逸る気持ち、速まる足。遠い道のりを思って溜息をつく。街灯が照らす白い線を見る度、遅くまで残ったことを後悔した。やはり、仕事は明日に回すべきだった。はあ。また吐息。

 男は国語教諭であり、司書教諭でもあった。学校図書館の管理を担当し、最近は書庫整理に追われて残業していた。最初は、雨が降るからと早めに切り上げるつもりでいたが、やり始めると止め時を見失い、とりあえずあそこまで、とりあえずあそこまでとする内に、気づけば夜晩になっていた。空の闇。戸締まりを済ませて職場を出ると、案の定、雨に降られた。待っていても止みそうになく、雨宿りは無意味に思われた。仕方なく、重い心で家路に着いた。脳裏の後悔と濡れ鼠。

「たく、早く着かねえかなあ」

 じめじめした空気を掻き分け、男は嫌々と進んだ。鈍色の空の下、布団の感触を思い描いた。ああ、早く横になりたい。遠くの家を幻視。鍵を回す音。服を脱ぐ音。蛇口を捻る音。雨音。温かなシャワーが生温い水滴に変わった。現実に引き戻され、沈んだ気持ち。

 気を紛らわせるため周りを見回すと、桜並木が目に入った。幾つも散らばる丸い蕾。暖かい目覚めを今か今かと待ちわびている。

 桜だ。

 淡い幼さが男の心を和やかにした。立ち止まり、取り出したのはスマホ。フラッシュの光。眠れる桜がクラウドに焼き付けられる。月に叢雲ならぬ、花に叢雲か。訳の分からないギャグを思いつき、男は笑った。雨足は多少弱まっていた。暖かい滴が静かに落ち、柔らかく蕾をノック。花呼ぶ声に蕾はゆっくりと開き始めた。

「おお」

 思わず驚嘆した男は動画モードにして画面をタップした。撮影開始を告げる暢気な音。画面の向こうで桜は徐に体をほぐし、伸ばし、やがて艶やかな桃色を披露した。

「開くとこが見れるなんて珍し」

 興奮気味な男の言葉。その時、足音がどこからか聞こえた。独り言が恥ずかしくなった男は思わず振り返った。しかし、そこにあるのは黒い闇と街灯の明かりだけ。男は首を傾げた。また、足音。驚いて辺りを見回すが、やはり何もいない。肝が冷える気分だった。と、足元で水の跳ねる音。

「うわっち」

 男は飛び上がって、その場を離れた。バシャバシャ、聞き慣れた響き。そこで男は、自分の足音を怖がっていたと気づいた。途端に顔が熱く、熱くなる。じっとりと濡れ始めるうなじ。はずっ、と心中で呟いて、男はその場をそそくさと離れた。雨は徐々に強くなり、開いた花びらを散らした。桜吹雪。恥辱の記憶を拭うように、男は一層早足になった。道路には淡紅色の絨毯が敷かれ、踏みつける度、水の滲み出る音がした。

「げっ」

 靴に付いた花弁に、男は嫌な顔をした。さっきまであんなに綺麗だったのに、と地面に横たわる桜を哀れにも思った。桃色の地に泥の茶色。しかし、汚いものは汚い。帰って靴を拭かないといけない。増えたタスクに少し心が重かった。

 道の向こうに高架線が見えてきた。あの下に入れば一先ず濡れずに済む。男は足を速めた。歩道の脇に座る、白い卯の花。長雨のせいか、大半は黄色く変色し、瓣は腐り落ちていた。しとしと、しとしと嘆く雨は刻一刻と悲嘆の色を増し、いつの間にか大号泣に変わった。傘を食い破るような激しい降雨。男は舌打ちして疾駆し、高架下に潜り込んだ。道路を走る電車の電気。

「なんか、急に強くなったな」

 傘を閉じ、空を見上げた。虎が吠えるような激しい雨。道に散らばった桜も、卯の花も、すっかり洗い流されている。男は高架下を進み、逆側に辿り着いた。流石に弱まるまで待つか。唸る雨雲を見て男はそう考えた。その時、背後から足音がした。男と同じ革靴の音。存在を主張するような大声。さっきの記憶が蘇り、男は嫌な気持ちになった。カツカツ、と靴音は幾重にも、幾重にも重なって聞こえる。何かの勘違い、いや、誰かが来ているだけに違いない。理性はそのように判断したが、一度こびりついた恐れのイメージは簡単に消えなかった。貧乏ゆすり。足をドラマーのように小刻みに動かす。心臓は暴れに暴れた。靴音が近づく、近づく。男は唇を嚙み、ええい、と歌舞伎役者の気分で振り向いた。

 そこにいたの自分の学校の生徒だった。男子高校生が二人。興奮しながら昂る雨を笑っている。雨足はさっきより強まっていた。ほんのり、梅の匂いの幻。見覚えのない顔だから、授業を受け持っていない学年だろう。見たところ、兄弟のようだった。男は安堵して前を向いた。雨は少し弱まっており、これくらいならと男は傘をさして歩き始めた。

 空は雲に覆われ、月も見えなかった。ところどころに茶器のような亀裂。そこで煌めく光の束。もしかしたら天の川かもしれないと思った。牽牛が仕事納めにと牛車を洗い、織姫は天気を案じているのだろうか。男は明日の授業を思い出した。

 かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける。

 そういえば百人一首をする予定だった。鵲の橋とはアルタイルとベガを繋ぐものだが、歌自体は冬というのが面白かった。

「といっても、その面白さが上手く伝わるかなあ……」

 今年の生徒は、理系というのもあってか、古文漢文に関心がない子ばかりだった。受験対策のために仕方なくやっているというのが見え見えで、できれば理数に時間をかけたい気持ちが強く伝わってきた。将来があるから分からないでもないが、個人的には和歌や漢詩の深み、広がりに感銘を受けて欲しかった。しかしそれは、自分の高校時代を引きずった身勝手な欲望かもしれなかった。少なくとも、生徒や世間は古漢を必要と思っていない。

 はあ。

 男は鬱々とした気分になった。その想いに合わせるように、雨足は驟雨へ変わった。

「マジか」

 猛烈な勢いに気圧されながらも男は走った。跳ね返る雨は波となって、靴へ、ズボンへ襲い掛かり、靴下まで水浸しにした。雨の絨毯爆撃は胴にも及び、ネクタイやシャツさえ海月のようにたっぷりと水を含んだ。

 風邪を引いちまう。

 眉を顰めながら男はバタバタと駆けた。激しい雨音に紛れ、地面を蹴りつける音が聞こえた。どうやら、土砂降りに遭ったのは自分だけではないらしい。勝手に同情心と仲間意識を抱きながら、男は手近な店の庇の下に入った。

「ふうー」

 傘を閉じ、水滴を払った。そこは度々利用する定食屋で、既に閉店していた。消えた電気が物寂しい。男は空を見上げ、このまま降り続けるのかと不貞腐れた。ふと来た道を振り返る。轟々と落ちる雨は、まるで滝だった。あちこちに沼と見紛う水溜まりができ、荒れる水面に雷光が走った。遅れて神が鳴る。重く、鈍い音。

「……あれ?」

 男は歩道を見ながら首を傾げた。そこにいるのは雨の群れだけで、人っ子一人いなかった。虚空に響く雨の絶叫。不思議だ、さっきは足音がしたのに。雨が複雑なリズムを刻む。もしかしたら、この音を勘違いしたのかもしれない。男は、そう納得した。

 猛り狂っていた空も、暫くすると落ち着きを取り戻した。流れる雨粒は穏やかになり、緩やかになり、柔らかい軌跡を描いた。ハッピーエンドを見た時に、キラリと流れる涙のようだった。掌で空模様を確かめてから、男は傘を差し、歩き始めた。

 バサッ。

 異様に大きい音。不随意の跳躍。驚いて後ろを見るが、誰もいない。いるわけがない。また、首を捻る。疲れてるのかも。帰ったらすぐに寝よう。不快な靴で地面を踏みしめ、家への道を急いだ。

 天蓋を叩く音は弱まり、今やノックのようだった。雲間に切れ目が入り、月明かりが列をなして降りて来る。白銀の葬列。依然、雨に降られているのに、健やかな月夜を散歩しているようだった。

 視線を移すと、遠くに山が見えた。黒い壁のような居姿。その頭頂部を月が幽玄に照らしている。天が投げ込んだ月光は、頂点から順々に台形を照らしていった。真っ黒な形象が、仄かな白へと塗り替えられる。まるで、雨滴に洗われているようだった。ああ、キレイだな、と男は感じ、この感慨を共有できないのを寂しく思った。

「……写真でも撮っとくか」

 いつか思い出になるかもしれないと考えながら、スマホを取り出した。シャッター音。写真は目で見る景色にとんと及ばなかった。ポケットにしまい、また歩き始める。背後から、バシャバシャ足音が聞こえた。こんな夜更けにご苦労様と男は心の内で共感した。

 男が歩き出すや否や、風が出てきた。雨の軌道は直線から曲線に変わり、傘を持つ手やネクタイ、時には首さえも濡らすようになった。台風でも来るんだろうか? もしそうなら、肩を顰めたくなる難事だった。その一方で、男は幼い興奮も感じていた。記憶の奥にある、纏わりつくような風の感触。昔は、風が強いだけでも楽しかった。あの時は何もかもが面白かったなあ……。自然と、含み笑いが浮かんだ。その時、傘に何かがぶつかった。

「え?」

 見てみると、何やら白い、繊維状の物がくっついている。どうやら植物のようだ。

「何だこれ?」

 不思議に思う男の足元に、べチャッと何かが引っ付いた。足を止める。傘のそれと同じものだった。取り上げて観察する。何のことはない、薄である。どうやら強風に煽られて飛ばされたらしい。

「たく、びっくりさせんなよな」

 笑いながら薄を放る。乳白色は風に運ばれ、高く高く昇天した。空を仰ぐと、白い線が幾本も空を走っていた。まるで流星群だ。

「マジかよ……」

 奇矯な景色に気圧されながらも、男は反射的にスマホを構えていた。何枚か撮ったが、どれも薄には見えなかった。やっぱり、ちゃんとしたカメラを買おうかな。いや、最新機種でもいいか。大した興味もない写真について、男はそんな風にふと思った。雨はポツポツと弱くなり、やがて止んだ。男は傘を閉じ、珍妙な光景を暫く見てから歩き始めた。また、雨が降ってきた。

「……だる」

 そうぼやくいて傘をさした。先程までと変わらず、後ろから足音がした。そこで、男は不思議に思った。あれ? 写真撮ってる時もしてたっけ? 雨は再び途切れ途切れになり、やがて止まったが、それも束の間で、すぐにまた降り始めた。小休止を挟みつつ断続的に歌う。冷たさが増し、肌寒さが感じられ始めた。冬の香り。だが、この寒さは雨のせいだけとは思えなかった。胸の辺りが何故か熱かった。赤く燃える炉のように。寒い寒いと思いながら、脇汗、手汗が酷い。傘を持つ手に力が入り、張り詰めた糸が頭を貫いた。男は唇を噛んだ。岩塊のような息を吐く。足は機械のようにスタスタ進んでいた。脳とその他が切り分けられたような感覚だった。何なんだ? 足音は、まだ聞こえてきた。雨音に隠れながらも奇妙にはっきりと。

「……」

 足音、足音、足音……。いや、何を考えてるんだ、帰る方向が同じなだけじゃないか。トンネルでのことが思い出される。そう、勘違いじゃないか……。それでも嫌な感覚は拭い難かった。拍動が激しかった。何なんだ、何なんだ……? 男は緊張を覚えた。教員試験の結果を待っていた時のような感覚だった。ストレスからの解放を願い、望む気持ちが、鉄砲水のように意識を襲った。

 男は不意に足を止めた。

 雨は未だ止まず、寧ろ強まる気配を見せていた。凍えた雫に混じって、砂金に似た白皙の粒子が現れだした。雹か、あるいは霰か……。時季外れの異様な天気だったが、男は気にも留めなかった。後ろの足音も止まったことの方が大事だった。瞳孔がみるみる開いた。指先が冷たい、冷たい。男の脳は混迷に侵されていた。今、自分はどういう状況にいるのか。そもそも何故、足音は止まったのか。まさか、自分を付けて……。振り向きたい思い、拒否する本能。矛盾した情動が男の意識を千々に裂いた。誰が、誰が俺なんかを……? ストーカー? それとも通り……。そこまで考えて思考を止めた。男は唾を呑んだ。擦るような足音が聞こえてくる。

「……!」

 胃袋がせり上がった。肌の粟立つのが見なくても分かった。地面を叩き、跳ねる、氷の結晶。足音は緩々と男に近づいていた。そろり、そろーり、そろーり……。

「あっ、くそ!」

 緊迫に耐えかね、男は思わず振り向いた。瞬間、足音は止まった。そこには雨と霰以外に何もなかった。何も、いなかった。

「は?」

 反射的に声が漏れた。それに応じるように、また、足音が聞こえた。他の音が消えたようにくっきりと。

 そこには雨と霰しかいなかった。動いているのは、寒気を運ぶ水分子だけ。

 けれども、足音は聞こえていた。

 幻聴だろうか? それとも聞き間違い?

 分からない。分からないから、男は全力で逃走した。

 はあ、はあと犬のように息を吐き、吸いながら、とにかく力の限り走った。邪魔な傘は閉じた。ずぶ濡れになる。それがどうした。熱が出たら嫌だな。それくらい我慢しろ。男は走る、走る、走る。まるでメロスのように。そういえば、現代文でメロスの授業をしないと。典拠は確か、シラーの「人質譚詩」だったけか。シラー自身はヒュギーヌスの『寓話』に拠っていたはず。授業でこの話をすべきかどうかだな。資料も配るべきかな? 典拠との違いを基に治の意図を探らせて……。いやいや、そんな文学研究みたいなことを高校生にやらせるべきか? もっと、本文を一言一句正確に読む訓練をさせた方がいいんじゃないか? というか、今頃の子供は太宰治のことを知ってるんだろうか? だの字も知らないとか普通にありそうだよな。あれ? でも確か、ソシャゲで有名なんじゃないっけ? なんだっけ? なんてゲームだっけ? ああ、くそ。ゲームなんてやらねえから分かんねーわ。授業のためにやっとくべきか? いや、待て待て、確かアニメにも治の出てくる作品が……。にしても、なんで古典も現代文もやらなきゃいけねえんだよ。はあ、人手不足め……。こちとら司書だってやってんだぞ。給料上げろよ、給料を! 教師だから高給取りだねとか、適当言ってんじゃねえぞ。こちとら、長時間働かされ……。顔は引きつり、息は上がる。恐怖に震える体は蟲のように蠢いた。それでも足は休まず動き、速度はますます上がる。運動不足とは思えない速度。これが火事場の馬鹿力というやつか。

 眼前の危険から逃げよう、逃げようと体が反射する一方、頭はまるで無関係な、能天気なことを考えていた。間違いなく、今、考えるべきことではない。だが、あの足音については何一つとして考えたくなかった。一つまみだって脳細胞を割きたくない。このまま逃げ切り、早く忘れてしまいたかった。足音のことを脇に追いやるべく、脳はわざと些事にリソースを割いているのだろう。恐らく、一種の防衛反応だ。場違いで素っ頓狂な思考だが、恐怖に竦むより、よっぽどいい。

 しかし、足音が遠ざかる気配はなかった。ぴったりとくっつき、男の後ろを追いかけてくる。男はふと我に返り、その事実を認識した。恐怖が一層、色を増した。見ないようにしていた怖気が背骨を削る。雨は氷のように冷たくなった。唇に紫が差す。

「なんで、なんでだよ!」

 男は叫んだ。力を振り絞り、もっと速度を上げようとした。だが、一度、恐怖に気付いてしまうと、もう駄目だった。体は強張り、運動不足が負債のように圧し掛かった。全身が鈍麻し、徐々に失速。けれども、足音の速度は変わらない。少しずつ、少しずつ男の方へ、男の方へ……。

「うわっと」

 足が縺れた。バランスが取れず、転倒した。全身が水につかり、シャツは泥で汚れた。寒い。あまりに寒い。男は怯えながらも立ち上がろうとして、うわあ、と急に叫んだ。視線の先には水溜まり。雨の中、水鏡のように静謐で、波一つない水面。

 そこにおどろおどろしい角が映っていた。

 同時に足音が止まった。

 丁度、男の背後で。

「……え?」

 うなじの辺りに視線を、気配を感じた。こめかみから熱が抜ける感覚。あんなに五月蠅かった心音が、冗談のように凪いだ。目元から一筋の水滴。汗か涙か、はたまた雨水か……。気づけば雨は止んでいた。一帯を静寂が覆う。静かのノイズがぼんやりと鼓膜を撫でた。一刻も早く立ち上がり、全力で、いや、死ぬ気で逃げるべき。男はそう考えた。だが、意図に反し、体はゆっくりと反転を始めた。自らを追い回したモノの正体を知るべく、ゆっくり、ゆっくりと。何をしてんだ、相手がなんだってどうでもいいじゃないか、んなことより、早く、早く逃げ……。懊悩に逆らい、体は足音の方を向いた。否応なく、視界に空虚の姿が目に入る。ああ、やはりだ。やはり、何もいない。何も……。男の顔に苦悶と恐怖が刻まれる。

 と、その瞬間、パシャリと軽快な音が響いた。同時に、白い、眩い輝き。

「はあ?!」

 男は叫びながら、反射的に目を閉じた。パシャリパシャリ。馴染みのあるその音は何度か跳ね回ってから、突如、止まった。再びの閑寂。男はゆっくりと目を開いた。

「……」

 やはり、そこには何もなく、ただ、空虚だけがあった。茫然自失の男は闇と無を凝視した。すると、ひらひら、何か紙が空から降ってきた。タイミングよくキャッチする。それは光沢用紙だった。

「なんだ、これ?」

 暗がりの中、目を凝らして見てみると、それは写真だった。映っているのはモチロン、男でえ、ビビりすぎて、小便ちびりそうになってるオモシロ顔がー、ばっちり収められてたわけ。あはは、マジでナイスショットじゃーん。タイミング、神過ぎじゃね? てか、マジでおもろい顔なんだけど、こいつ。目とか、バーッて、バーッて開いているし、お前はゾンビかなんかかーっつうの。あはは、ウケるー。てか、シワとかも結構エグくない? いや、マジ、十歳くらい老けて見えるわー。ちょーオッサン。口んとこも、キッモ。マジ、キモ過ぎで、これ、SNSあげていいのか、心配になるレベルじゃん。ハハハ、ちょーウケる。マジの変顔ー。レベチっしょ、これ。てか、ドッキリで、こんなウケる表情してくれんなら、絶叫系なら、もっとヤバい顔でそうじゃね? うわあ、面白そ。今度、ガチで試してみたいわ。てか、遊園地の写真でも、同じくらいオモシロかったら、マジで芸人になれんじゃね?

「……」

 予想外の出来事に男は呆然とした。ただ只管、写真を見つめる。目は虚ろで、口は半開き。極度の緊張から解放された反動で、体はまるで動かなかった。意識は白く、白く……。

 凍ったように固まる彼の脇を足音は軽やかに通り過ぎた。少し歩いて立ち止まり、べとべと、と嫌味に笑った。


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