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神のお告げを聞いた男

 明治期に出版された作者不明の稗史『古奇談』には、元禄期の奇談・怪談がいくつか訳出されている。次の話はそこに収められたものである。

 信ずるに値する人々がお書き留め遊ばしたところによりざませば、山城国に、かつて大尽なれども落ちぶれなさいざました、いみじく優しき美丈夫がいらっしゃいました。この男、あまりに気前のよい、大らかなご性分ざんしたので、殊更糸目をお付けなさることもござあませんと、お布施にお寄進におあしをお使い遊ばし、御縁戚のお言葉をお聞き留めなさらず、借金の肩代わりなどしなすったものざんすから、御父祖伝来のお屋敷を除きましては何もかもをお失いになってしまわれて、やがてはお屋敷を維持するさえ、危のうおなり遊ばしたのでござあます。

 男はお手に汗してお働き遊ばしましたが、何分、負うた金額がひどく大きゅうござあますので、日々、お働き詰めになられざんしても、中々、借金の嵩は減りませんかったのでござんした。ある春の夜のこと、平時の通りに働き、お疲れ遊ばした男はお庭に置いてらっしゃいました、そうびの彫られた日時計のお近くで、おそろしく強い睡魔に襲われたのでざました。こんなところでお静まりにはなれないと奥にある小池でかんばせをおすすぎ遊ばして、お目を覚まそうとなされざましたが、その手前、林檎の木の辺りでお力尽きてしまったのでござんした。そうしますと、夢中に何やらけもじなるご恰好の人が現れざまして、男は御きもつふしになられながらも、よくよくお目を凝らし遊ばしたのでござあます。その人、身の丈は十尺近くでいと高う、すらりとした体格に、瞳は灰緑色、肌は浅黒ういらっしゃいまして、見覚えなき風体ざませば、人に化けた物の怪かと男はお背筋も凍る思いざましたが、その人影は一向、こちらにご興味をお寄せになさりませんかった上、ようようご覧なすれば、大層柔らかな面持ちでござんしたから、ご緊張はたちまち消え失せ、すっかりご安心遊ばされたのでござあました。お心持ち落ち着かれますと、一転、なんのために御人は現れなすったのかと、ご興味ご関心が高まっていかれまして、遂には、事の成り行きをご期待遊ばされるようになったのでござあます。夢の景色は徐々にはっきりとなっていきざんして、奇怪な模様が走る眩い部屋が立ち現れたのでござあます。その端で御人は小さく咳ばらいをなさり、あーあー、と呻き声のようなものをおこぼしになられてから、ひそひそ、尊きお声でささめ遊ばされたのでござあます。

「金はナガサキのコウライという島にある。……そうだ。……まあ、その可能性もある。……ああ、恐らくだが、万全を期すというか、複雑にするためだろう。何にしてもそこへ行ってみれば分かるはずだ」

 翌朝、お昼なられた男は、これぞ御神のお告げとご確信遊ばしまして、家中に眠るなけなしのおあしをおかき集め遊ばし、高麗島へのお地図をお求めになられるなどご準備をお整えになりざますと、長い長い探索の旅へとご出発遊ばされたのでござあました。

 山城より出でてからは、さしたる難事もなく但馬山までお越し遊ばせましたけれども、それでお心がお緩みになりざんしたのでござあましょうか、山越えなされざました折、今日日珍しくもありませぬ山賊の襲撃をお受けになったのでござあました。それは丁度、樹上にてお静まりになっていらっしゃった深更の刻限ざまして、さしたるご抵抗もできざんせんまま、お捕まりになった男は、山賊の根城があるという山中深くに連行されたのでござあます。さて、根城に着きざますと、山賊は、灯台の下にて男の顔をまじまじ拝見したのでござあますが、その容貌たるや、男と言うにはきゃもじ過ぎる上、その身にお羽織りなすっていたのは、植物模様が事細かに描かれておりざんした、淡紅色の、おそろしく優美な御召し物ざましたので、性欲芬々たる山賊達は、瞬く間に、沸騰せる姦淫の虜になってしまいざました。彼らは男を誰の妾にすべきか揉めに揉め、口論はやがて暴力へ転じ、結句、血みどろの内に絶滅してしまったのでござあます。

 九死に一生を得ざんした男は次いで因幡の砂丘にお越し遊ばしましたが、そこでカブトムシとクワガタムシを混ぜ合わせざましたような不可思議な生物にご遭遇なされざんした。初めこそ、異形の姿にご警戒なされていらっしゃいましたが、蟲は大和言葉にて、よよとむつかり、その泣きぶりたるや、あまりに鬱々としておりざんしたから、おいとしくなられざました男は、何があったのかとお尋ね遊ばすったのでござあます。蟲は泣きつつも顔を上げ、男のみ顔を目に映しざましたが、その清らなること、菩薩が如きなれば、あまりの煌めきに、人間だからと邪険にする心持ちも起きざんせんで、あな訝しと思いつつも、素直に己が困却を語らいだしたのでござあます。なんでも蟲の鋏と角は慈石に似、そのため砂鉄が満々と付きざまして、動き辛く大変難渋とのこと。今までも砂鉄が付くことはしばしばござんしたが、さしたる量にはあらずして、大して問題になりませんかったけれど、最近は妙に西風が強く、想像だにしない量が付着し申し上げざまして、ほとほと困り果てておったということでござんした。これをお聞きになられざました男は、昔お仕入れ遊ばしたお知恵を披露されざんして、熱すれば御慈石も御力を失い、自ずから砂鉄は剥がれ落ちまするとお教えになったのでござあます。そこでかの蟲はお焚火を起こし、角、鋏を熱しざましたところ、無事、砂鉄は剝がれ、自在に動けるようになったのでござあます。蟲はお礼にと男を背に乗せ、黄砂の海を進みざましたから、男はおするすると砂丘をお渡りになられたのでござあました。砂丘と道の境で、蟲は、男を見えなくなるまで見送り奉ってから、ふと空を見上げざました。時は夕暮れ、空の半分は、紺に、紫に染め抜かれておりざまして、その暗がりを一筋、ひかりものが走りざんした。一瞬の輝きに男のことを思い出します蟲。かように恍惚としておりますと、俄に背へと朱塗りの錫杖が突き刺さりまして、そをとうくうが引き抜きませば、粘ついた体液が渾々と噴き出で、蟲はその場にうち伏してしまったのでござんした。黒々とせし貴なる袈裟をお召しのとうくう衆は、おちて骸と成りざました蟲の体を、お薬の材料にと引きずって行かれたのでござあました。

 港よりお船にお乗り込み遊ばした男は、波に揺られて五島灘までお越しになられざました。そこは、あと少しで高麗島というところでござんしたから、男は金の予感にお胸を膨らましていらっしゃいましたが、物事は平らかに進みまざませんで、ある丑三つ時のこと、衝撃にお昼なられざました男および船員一同は、廃寺の如きボロボロのお船がこちらへ体当たりしておる様をご覧になられたのでござあます。大穴が空きざましたお船は、たちまちご沈没し始めたのでござんすが、男はここで意を決し、鬨のお声をお上げになりざまして幽霊船へお飛び移り遊ばされました。そこにはしゃれこうべのご船員がたんとござんしたが、お相手方は斯様な展開を予想だにしておりませんかったから、男の強行に呆然自失のご様子。意識の間隙をお突きになりざました男は、懐中へお忍ばせになっていらっしゃいましたご焙烙玉を数多お取りいだし、お火をお付けになり遊ばしてから、次々とお投げになられざました。それらは甲板のあちらこちらで炸裂、爆発、耳つんざく轟音と共にお船が大炎上いたましたばかりか、男のお乗りになっていらっしゃいましたお船にも飛び火したのでござあます。幽霊達は勿論のこと、男を運び申し上げた船員も驚天動地の大童ざまして、火の舌を何とか押し止めようとし始めざましたものの、暗闇の中、赤き焔に照らし出された男の、麗しいことと言ったら類なきものざんして、例外なく誰もが見とれてお手を止め奉ったゆえ、案の定、お船は全焼、御沈の憂き目を見たのでござあました。一方、男はといいますと、大あか事も何のその、盗んだ小舟にお乗り込みなされ、泡の見送り受けながら、いそいそ一人、櫂を取り、高麗島へとお進み遊ばされたのでござあました。

 ひねもすお漕ぎなすって夜から夜へ、その身に鉛の疲れを蓄えながら、高麗島におうち着き遊ばしましたが、お島の人間はたいそうご警戒心が強いご様子、煤にまみれた男へと隠すことなく敵意を向けておりざんした。高麗島はさして人の訪問せぬ土地ざます上、相手は黒く汚れた夜更けの来訪者、その不審さから島の為政者は、柔和無害な男を怪しみ、その身に手鎖付けたまま、監獄に放り入れられたのでござあます。床には貝が敷き詰められ、その冷たさ、白さに男は境遇の御惨めさをいたくご実感遊ばしたのでござあました。朝になり、村の役人がおめもじに参りざますと、男は頬伝うしおめを袖もてお拭いなされ、そのため、お疲れから青白くなり、おやつれなさったかんばせが白日の下へ晒され遊ばしました。その容貌たるや、疲労の影がさして尚、目、潰れるほどにきゃもじざんせば、身構えておりました役人達も、さぞやんごとなきお方なるべしと、心根たちまち和らげ申し上げたのでござあました。進み出ました役人の長が、柔らかな声にて男へ質問いたします。

「貴殿はどのようなお方で、いずこよりいらっしゃったのですか?」

「僕は、山城国からやって参りました、高蘭王と申します」

「おお、なんと山城国ですと? あの、帝のおわす山城国?」

 役人は、やはりやんごとなき御方ざましたかと得心いたしました。

「しかし、そのような場所から、なぜわざわざ高麗島にいらっしゃったのですか?」

 男は真実を打ち明けるべきか否か、お迷いになられざましたけれど、素直にお話しするが御身のためとお思い遊ばし、ありのままをお答えになられたのでござあます。

「実は、ある人が夢に現れて、高麗島へ行けと言ったのです。そこに金があるようでして。ですが、この島へ着いてみますと、このように捕らえられてしまいまして。金というのは、どうやらこの手鎖のことだったようです」

 男のお言葉を拝聴しました役人は、やんごとなき御方はやはり世間知らずのようざんすとおかしく存じましたものの、ご無礼をしてお気分を害してはならぬと、表面上は取り繕って次のように申し上げました。

「なるほど、夢解き、あるいは夢合せというものでしょうか。それにしても、山城から高麗島まで来られるとは大変豪気な御方だ。私も貴殿ほど気力がありますれば、自分の夢の真偽を確かめに行くのですが……。いえ、実はですね、私も不思議な夢を、もう三度、見ておりまして、それこそ、貴殿のいらっしゃった山城の家が、毎回出てくるのでございます。その家には庭が存しておりまして、その庭には日時計がございます。その日時計の向こうには林檎の木があり、それを越えると綺麗な御池があります。その御池の丁度、中心でしょうか、そこを掘りますると、金に光る財宝が見つかるのでございます。その輝きと言ったら言葉にできぬほど。毎回、ため息をついて目を覚ますのでございますが、まあ、なんのことはない、夢の中だけの、とりとめない妄想だろうと思っておるのです。……いやはや、まことに詰まらない話をしてしまいまして申し訳ありません。それにしても、このような汚らしい牢屋に貴殿のようなお美しい方をお入れしてしまいまして、誠に相済みませぬ。夜半で暗かった上、煤でお顔がお汚れになっていらっしゃいましたから、ようくお顔が見えず、それゆえ、かような蛮行をいたしてしまったのでございます。今一度、お詫び申し上げます。どうぞ、お許しください。このような不手際をいたしました以上、何としてでも償いをせなばなりますまい。そこで、どうでございましょう、よろしければ、今しばらく我が島にご滞在してはくださらぬでしょうか? 島長も是非にと申しておりますし、山城よりいらっしゃった御方にご満足頂けるかは分かりませんが、心を尽くして歓待させていただきます。……それとですね、牢に入れた手前、誠に不躾なことですが、お一つお願いがございまして……。というのも、貴殿の美しさ、その端正な身なりから察しまするに、大変貴やかなご身分のご様子、となれば我々には想像もつきませぬ御教養をお持ちかと存じます。この島も辺鄙な地でございますから、如何せん、書物、教育は足りておりません。もしもご滞在いただけるのであれば、和歌や漢詩について何かしらご伝授いただきたく……」

 夢について申し上げる役人には、幾許か嘲りの調子がござあましたが、男はさようなことを些かもお気になさらず、心良く歓待をお受けになったのでござあます。それから、島の皆々に請われるまま二週間ほどでござんしょうか、かつてあれこれ学んだ古今、唐詩、源氏、儒学のことなどご教授遊ばしまして、島中よりいたく感謝なされたのござあました。加之、男の麗しさは島中をどよめかせ、小さき村の宇宙に数多の混沌混迷を生んだのでござんすが、朴念仁のこの男は、さような嵐はつゆもお知りになられず、また、ご興味もござあませんから、ご薫陶の報いに頂戴したおあしを以て、後ろ髪も引かれず、山城国へお戻り遊ばされたのでござあます。かくして過ぎ去った男が、島の滅びに如何ほど影響を及ぼしなすったか、それは誰にもわかりますまいが、一つ断言できますのは、神以上の美を知り給うは無限の幸いにして悪なりや、ということにござあます。

 そして、男は、日時計から奥へ入ったところに生える林檎の木から更に向こうへ行った場所にある庭の御池の下に、夢の通りの財宝をお掘り当て遊ばされたのでござあました。そは南蛮にて使われる貨幣にいみじく似ておりざまして、表面には楔形の、奇妙不可思議な文様が彫られてござんした。色は明星様にも劣らぬ、おそろしく眩う金色ざますが、ときおり、あかがね色のけもじなる光線が煌めいておりました。その光輝をお目になられました男は、己が幸運に神恩をお感じずにはいられなかったのでござあました。それが如何なる物かは分からぬにせよ、貴金属には相違ありませんかったから、男は天にもお昇りになられるお心持ち、お羽がお生え遊ばしたようにお体はいと軽う軽う感じられ、大地が徐々に遠ざかってござあますのを、陽気な眼にお写し遊ばさられたのでございました。

「いやいや、流石に嬉しがり過ぎかなあ。気分が軽いというか、浮ついているっていうか? なんだか本当に空を飛んでるみたいだし……」

 図らずも男のお言葉は、真の理を捉まえていらっしゃいまして、欣喜雀躍に雀とござんす通り、お心は空を踊ってござあましたが、浮いているのはそだけにござんせんで、その身もまた、上へ上へとお昇り遊ばしていたのでござあました。足元のご感触が不確かになりざましたことにお気づき遊ばした折には、すでに地面を遠く離れ、京の街並みが足下にお見えになっておったのでござあます。仰天なすった男がお空を仰ぎ見られざますと、小さい円盤と大きい円盤をくっ付けましたような珍妙なる物体がござんして、そこに空きたる暗き穴が男を、高う高う吸い上げておるのでござあました。肝冷えた男は色をお失いになられましたが、その瞬間、頭の中に、夢で耳になされざました、あの霊妙なお声が響いたのでござあます。

「まさか、電波を受信した惑星原住民がいたとはな……。いやはや、驚いたよ。全く、我々が苦労して手に入れた財宝を掠め取ろうなどと、信じ難い蛮行だ。所有権の概念がないのか、法治精神が欠如しているのか、何にせよ、土民というのはこれだから……。にしてもお前、めちゃ美形だなあ。どうしよう、リリースしちまうのが惜しいなあ……」



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