日記
男は気の良い、優しい性質だったんだけれども、でもまあ、それってえのは裏を返しゃあ弱気軟弱とも言えるわけで、いつかとんでもねえババを引くんじゃねえかと周りはヒヤヒヤしていたもんだ。すると予想通りと言うか何と言うか、悪い輩にコロリと騙され、あれよあれよと借金まみれになっちまった。顔面蒼白、ストレス最悪で、運の悪さを悔いに悔いたが、んなことで借金取りが諦めるわけもなく、奴さん、怒鳴り声をまき散らしながら日日やってくるもんだから、怖くて怖くて不整脈待ったなしの状態だったが、そうかと言って、自分で借りちまった手前、親やら友人、他人様に迷惑をかけられるはずもねえ。嗚呼、まさに八方塞がり。んな状態で数か月も経つと、男はすっかり参っちまって、満足に寝られねえわ、飯が喉を通らねえわ、うわ言みてえにブツブツ独り言しまくるようになるわ、髪は抜け抜け薄くなるわで、どんどん見目おどろしくなって、いよいよ、こりゃダメだ、死ぬしかねえ、死ぬ他ねえやと、ある夜、縊鬼に憑かれっちまったが、それでも変なところで、感性が残ってて、どうせなら子供時代に慣れ親しんだ、あの海で死のう。
はてさて人間不思議なもんで、死ぬと決めたら逆に元気が出てくる出てくる。さっきまで窶れ、萎れ、干物みてえだったとは思えねえ俊敏さで、部屋中引っ掻き回し、なけなしの一万円札を見つけ出す。家計は火の車どころか、焼尽してるってえのに、諭吉さんたあ、運がいい。今死ね、すぐ死ね、早く死ね。神様がそう仰っているに違いねえや。こりゃ、もたもたしてらんねえ。善は急げ、Lets' go, hurry up! 男はさっさと身支度整え、扉の覗き窓から人のいねえのを確認すると、アパートを忍者のように抜け出した。こん時ゃ、実についていて、借金取りもたまたま別んところに回ってたわけだ。そんなこんなで夜行バスに乗った男だが、ここまで来て、もうヤクザが来ねえと分かると、すっかり気が緩み、先刻まであれこれ心胆冷え込んでいたなんてえ嘘みてえに、座席でだらしなく、しどけなく、ぐっすり爆睡し始めた。前後左右の席に誰もいなかったのも、小さいながら幸いだったが、死んでやるって思い切った途端にツキが回って来るってえのも、なんつーか、この世の不条理、人生の遣る瀬無さって感じだねえ。
朝ぼらけ、高速バスを降りた男は出雲市駅でうーんと背伸び、久々の故郷の空気を味わう。駅舎は大社みてえな居姿で、ああ、懐かしさがこみ上げたが、今更、これくらいじゃあ希死念慮は収まらず。男も大したもんで、芯から死のうと決めてるわけ。と言っても、腹が減っては戦はできぬ、自殺するにも体が資本。そういうわけで近くのコンビニで、後先考えねえで爆買いすると、駅のホームで大喰らいに喰らいまくった。そしたら、食べ終わりと同時に線路が震え、目当ての電車がやって来る。そっから、ことこと揺られてニ十分、懐かしき多伎町へ帰って来た。
この町にゃあ、今でも両親が元気に暮らしちゃいるんだが、まさか自殺しに帰ったとは言えねえから、当然、顔出したりはできやしねえ。最後に一度くれえ、会っておきてえなあ、とふと思った途端、死後のことが気になって、葬式くれえはしてくれんのかなあ、なあんて侘しい感情がせり上がる。と同時に、待てよ、そういや死体の身元が分かったら迷惑がかかっちまう、そもそも、自殺だなんて知れたら、この町にいられなくなるかも……と、ちいっと考えりゃあ、すぐ分かることに今更、気付き、まあ、これも随分、お間抜けだが、精神追い詰められると、簡単なことも分かんなくなんのが世の常で、とにもかくにも、自殺と知れたら世間体も悪かろう。となりゃ、事故死、溺死を装うしかあるめえさと、海水浴に来たふりをすることにして、意気揚々、早足で海を目指したのだった。
そんなこんなで海に出て、ああ、東京湾とは大違いだねえ、青緑の、沖縄にゃあ負けるが、それでも綺麗な海。潮の香り、髪のきしきしする風を感じていると、まばらだが他の海水浴客が目に入った。おっと、いけねえ、と人目を避けてブラブラし、果てみてえなところに行き着くや否や、砂浜に座って一息ついた。白波、小波、青海波。揺れては止まらぬ、人生の縮図。ぼうっと海を見ていると、俺の命は、悩みはなーんてちっぽけなんだろう、今まで、あくせくしてたのがバカみてえだ。ちっちぇ、ちっちぇ、人間ってえのはホントちっちぇ、あーあ、こんなにちっぽけなんだったら、とっとと死んでおくんだった、なあんて、ちょいとズレたことを感じてたんだから、いよいよ精神が頓智気だったのは火をを見るより明らかだが、それでもすぐ入水しなかったのはまこと幸運、そのおかげで、あるものを見つけられたのだった。
意識茫然、自我朦朧。言っちまえば虚ろなメンタル、海を眺めてた男は、何を思ったか、不意に視線を横に移した。鳥の声に反応したか、はたまたLuckyの思し召しか。すいーっと浜辺を眺め渡せば、ありゃ、おかしい、奇妙に積まれた石がある。どう見ても自然のもんとは思えねえそれが、何でか気にかかり、立ち上がって近寄ると、ありゃりゃ覚えのある形、石の塔。なんだっけ、なんだっけかー、うんうん悩んで数分経つと、不意に記憶が蘇る。ああ、そうだ、ここって確か。ぶつくさ独りで喋りつつ、周囲をぐるっと見てみると、間違いねえ。タイムカプセルを埋めた過去がしっかと立ち上がってくる。確か、小学三年生で埋めたんだっけと懐かしくなった男は、死ぬのはいつでもできる、カプセル、つってもクッキー缶か何かだったはずだが、とにかくそれを掘り出すことにした。まあ、スコップなんてえ洒落たもんは持ち合わせてねえから、仕方なく手で掘ってると、子供が埋めたもんだから随分浅く、拍子抜けするくらい呆気なく、すぐさま目当ての缶が見つかった。おお、これこれ、これだよ、タイムカプセル、いやあ、懐かしいーってな感じで早速蓋を開けると、中には、昔流行ってたトレカのレアカード、つっても輪ゴムで縛ってあるから、保存状態は激悪だ。他には玩具とか、食玩の人形、好きだった絵本、未来への手紙、そんでもって日記が一冊。……え? 日記? 男は当然、首を傾げた。日記、日記? 日記なんてえ、普通タイムカプセルに入れるもんかね。もっとさ、そん時ハマってたものとか、将来への期待とか、そういうもんを入れるってえのがタイムカプセルじゃねえのかい。不思議に思った男は、他の懐かしい品々は脇に置き、何より先に日記を開いた。
二〇〇〇年七月二十日
きょうから夏休みです。花火したり、海に行ったりしたいです。
二〇〇〇年かあ、と男はしみじみ思い出したが、記憶が正しいんなら、三年生だか四年生だかだったはずだ。てえことは、この日記は、多分夏休みの宿題かなんかで書かされたもんなんだろう。いやあ、懐かしい。確かに小学校の頃は、毎日、毎日、日記を書かなきゃならなかったが、今思い出すと、なーんでんなことしなけりゃならんかったのか、疑問しか湧いてこねえ。別に見返すわけでもねえし、そもそも日記なんてえのは日日つけなきゃあ、意味ねえんじゃねえのか? そんな風にちょいとひねたことを男は考えてたわけだが、いやあ、こういうことを思うようになるのが大人になるってえことなんだろう。まだまだ無知で無垢だった昔ってえのが可愛らしい。子供時代の思い出がじんわり滲んでくるように感じた男は、ボロッボロのページを次々捲ってはアルバムを見る親のような心持ちになっていた。
二〇〇〇年八月九日
夏休みのしゅくだいの絵を書きました。家の近くでつかまえたセミをたくさん書きました。
二〇〇〇年八月十一日
日銀がゼロ金りせいさくのかいじょを発表しました。
二〇〇〇年八月十四日
日けい平きんかぶかが上しょうしました。
二〇〇〇年八月十五日
きょうはとっとりのおばあちゃんに会いに行きます。ヘビースモーカーというのがいきがいだって前に言っていました。今日も日けい平きんが上がりました。
二〇〇〇年八月三十一日
夏休みも今日でおわりです。明日から学校です。絵があまりうまく書けなくてざんねんでした。ゼロ金りかいじょから日けい平きんはずっと上がっています。千円くらいあがりました。
ああ、なんてえ微笑ましい内容なんだろう。ゆうくんかあ、懐かしい名前じゃねえか。子供ん時はよーく遊んでたよ。同じ合気道教室にも通ってったっけ? 警察署の上でさ、毎週火曜と木曜に……なんて感じに思い出に浸ってた男の目に、突然飛び込んできた異様な記述、日けい平きん、には思わず、うげえっとカエルみてえな、ウシみてえな呻き声を、人目憚らず漏らしちまう。あにい? 日経平均だあ? 小学三年生から出てくる言葉とはまるで思えねえもんだから、男は二度見、三度見したが、間違いなく、同じ手で日けい平きんと書いてある。男の頭にゃあ、エクスクラメーションとクエスチョン、意味が分からず呆然としたブランクってえのが混ざり合って爆発していたが、まあまあ、子供ってえのはおかしなことに興味を持つもんだし、こういうことが書いてあることもあんのかもしんねえと納得しようとする一面、いやいや待て待て、そんなビリオネアの子供じゃあるまいに、小学校低学年で投資・投機なんてあるもんかね、と極々常識的な感慨というか判断も働いていたのであった。そいでも日記は夏休みの宿題って話だから、これでしまいだし、特に気にすることでもねえのかもしれんと思ったのも束の間、ページは何と先に続いている。あれ? こいつぁ、どうしたもんかと、不安半分、興味半分で過去の海原、その沖合いへと泳ぎ進んだ。
二〇〇〇年九月一日
S&P500高とうする。ほぼさい高ねに近く、い後は下落き調。
二〇〇〇年九月七日
きょうは夏休み明けのテストがありました。けっこうむずかしかったです。
二〇〇〇年九月十一日
アメリカで同時多はつテロ。かぶかぼう落。
九月、日記にゃあ九月と、しかり書いてある。そんでもって、テストとも。てえことはと男は考えた。こりゃあ、恐らくは二学期の内容に違いない。なんでか知らねえが夏休みが終わっても日記を書き続けていたらしい。でもなんでだ? 日記をつけるなんてえ、んなマメな性格なわけがなく、宿題でもなけりゃあ、まずしやしねえ。それより何より、そんなことをしてたって記憶がまるでねえ。そうは思っても昔のこと、何せ小学校三年生時分となりゃあ、記憶違いってえことは随分あるお話だが、何だか違和感があるのもまた事実。今の自分と昔の自分は違ってるとは言ってもよお、流石に日記をつける奴からつけねえ奴に変わったりするもんかね? それにさあ、日経平均だのS&Pだの、すっかり大人になった今でもちんぷんかんぷん、訳わかめなデータをきっちきっちと記録しるってえのも、何かおかしいんじゃねえか?
二〇〇〇年九月二十七日
日けい平きんぼう落。い後、三年弱は下落き調。
二〇〇〇年十月八日
ゆうくんと金ぎんのたいせんをする。でんせつはダメって言ったのに、ルギアを出されてケンカになった。
二〇〇〇年十月十二日
運どう会でするしゅ目をみんなできめた。体育はあんまり好きじゃない。一〇〇メートルきょうそうになった。
二〇〇〇年十月二十日
きょうえいほけんがこう生とくれいほうをてき用しんせいしてはたん。
二〇〇〇年十月二十九日
秋の天のうしょうはテイエムオペラオーがせいした。
二〇〇〇年十一月十八日
運どう会があった。お父さんは仕事を休んでお母さんといっしょに来た。チーズとしょうゆの具がおにぎりに入ってておいしかった。
二〇〇〇年十一月二十六日
ジャパンカップをテイエムオペラオーが一着になる。
二〇〇〇年十二月八日
二学きさい後の算すうのテストがあった。むずかしくてあまりできなかったが、周りはそうでもないらしくへこむ。
二〇〇〇年十二月二十四日
有馬記ねんはテイエムオペラオーが勝りし、し上はつの秋古馬三かんたっ成。
日記を舐めるように見渡して、男は度肝を抜かれちまった。穴抜けではあるものの、陸続と記述は続いていて、学校や家であったことが雑多に書き散らしてあったんだが、依然、競馬やら経済やらについて色々と記してあって、ありゃあ? とますます首を捻った。小学三年生が、しかも男の幼き頃が、ここまで日経平均だの、S&Pだの、競馬だのについて書くのは奇妙を通り越して不気味なもんで、皺が刻み込まれちまうくれえに眉を顰めた。一体、こりゃあどういうことだ? 目の前のちょっとした謎、奇妙な味に、男は足りない頭で、その意味はなんなのかって考え出したが、まあ、よく分かんねえ。となると、どうもしようがねえから、とりあえず先に進んでみるか、と高校ん時の現代文の先生の言葉をフッと思い出したりしたんだった。そんで日記を繰って、繰ってどんどん読み進んでいくと、日米同時テロだの、イラク戦争だの、ギリシャ財政危機だの、あれやこれやの経済ニュース、GAFAMの株価の話に、大企業の新商品発売の話、変わらず競馬のことなどが、散漫に、まとまりもなくズラッと書いてある。コロナ流行も記してあった時にゃあ、男も興奮しちまったもんだが、それより何より気になんのは、ひらがなと漢字の使い方がずっと変な点である。そう、丁度、小学校低学年のガキが頑張って習った字を使ってるってような、そんなところがあって……とそん時のことだ。知能の足りねえ男の頭に、ふいに天啓、まっさしく神の祝福ってえやつが降りてきて、もしかして、こりゃあ予言なんじゃねえか? と勘付いた。普段の男なら、まあ頭の回転が鈍いし、とてもじゃねえが、そんな事に思い至ることはねえんだが、なんだか今日ばっかりは違っていて、やっぱり、死ぬって心にググっと決めちまったのが、良い作用なんだろうか? とにかく、ガキの時分に未来予知をしてたんじゃねえかとそういう結論に辿り着いたってわけだ。そして、そいつぁ恐らく当たっていた。子供の拙い手で、あれやこれやが全部が記してあった。受験の失敗、初めての恋人とは喧嘩別れし、就職も失敗、入れたのは低賃金のゴミ会社だけ。はあ、何にもうまくいかねえ。挙句、こんなに借金作っちまって……。一個一個読んでいくと、何だか走馬灯みてえな気分になり、ぜんぶ読み終わったところで、厭な気分になったが、それも束の間、ようよう思えば、こりゃ随分、惜しいことをした。だってそうじゃねえか、未来予知の力があるって知ってたんなら、こんな境涯に落ち込んだりしなかった。株だって債権だって上手く買って、売り抜けられる。競馬にしても勝率百パーだ。テイエムオペラオーの秋古馬三冠……。こん時に馬券を買ってたら……。あーあ、もっと俺が自分のことを、もーっとよく知ってたなら、こんな借金まみれの憂い生活を送る羽目にゃあならなかったに。自己分析、自己分析……。何だよ、結局、就活ってのは正しいのかよ。過去を知れば知る程、男の心は沈み行き、その沈下が底をついた瞬間、蒼い悲しみってやつぁ一気に反転、突然、ふつふつ怒りというか、なんだろうなあ、不甲斐なさ、苛立ちが突沸した。これほどの才を持ちながら、気づくことなく今日まで来ちまった事。無駄にした時間とお金。そのせいで、こんな惨めな、もう死ぬしかないやいっていう、どうしようもねえ所に来ちまってること。その全てに男は、苛立ち、あー、ムカつく! ストレスですっかり薄くなった頭を、抜け毛も気にせず掻きむしると、海浜の砂を掴んでは投げた。ブワッと衝動に襲われて、こん畜生、と日記を破り捨ててやりてえ衝動に襲われたが、すんでのところで思いとどまる。いやいや、待て待て、こいつぁ未来日記なんだ。てえこたあは、こん先のことも色々書いてあるに違いねえ。あぶねえぜ、折角のチャンスをゴミにするとこだった。表情が急に緩んで、にやけたものに変わった。口の端から我知らず涎が垂れちゃあいるが、当然、気づいちゃいねえ。はやる気持ちを抑えるように、それこそガキみてえな慌てぶりでページをめくりめくり、今より先の、未来を知ろうと、目玉をぐりッと動かしていく。興奮したまま一気に日記を読みつくし、そこにあれこれと色んな金儲けのネタやら、自分の人生のこと、例えば、そうだな、こん先、男は自殺に失敗し、地元の病院に入れられ、実家に引き取られる。うへ、マジかよ。そこで静養してから、本家の爺さんの紹介で、松江で仕事を始めるんだが、そこでまあ、良い感じの女ができる。おっ、なかなか別嬪じゃねえの。そんで、結婚って段になるんだが、運悪く闇金に見つかり、女と別れ、大阪に……って、はあ、腹がいたくなる。なんだい、意識高い系の奴らが作った、映画か何かかい? これが資本主義の闇っていうやつかい? 読み終わった男は憂鬱でいっぱいいっぱいだったが、すぐ気を取り直し、まあでも気にするこたあねえ、これも結局はあり得た未来、予定されてた未来に過ぎねえわけだ。今ここで日記を見つけた、それで予定調和は壊され、こっからはマーベルヒーローよろしく輝かしい未来が、希望が広がっていくってわけ。ビリオネアになって、松江にでも出雲にでも豪邸を立て、湊かなえみてえに、地元民とか役所とかからも気を使われ、崇められる、成功者の鑑ってえのを夢に見た。それが確実にこの手に収まる。そう思うと、笑いがとまりゃしねえ。はてさて、最初の儲け話はなーにかな、と改めて日記を読み直そうとしたんだが、神様、御身はとことん意地が悪い。今日この日、この時まではやれるだけ幸運をお授けになっておきながら、最後の最後でなんてえことを……。ここで、珍しく頭の冴えていた男は、そういや、とあることに気が付いた。この日記にゃあ、日記を拾ったってえことは書いてなかったなあ……。そう思った瞬間、変な、粘ついた汗が出てきやがった。ってえことは、だ。男は唾を飲んだ。この未来ってえのは、日記に生涯気が付かなった場合の未来ってことになりゃしねえか? もしそうならだ、今、この瞬間からの未来てえのは一体……。そう考えた瞬間、突然、ノートの記述が凄まじい勢いで書き変わり始めた。うわっ! 驚き、冊子を放り投げるや、そいつぁは白砂の上に着地、風のせいなのか何なのか、凄っまじい勢いでページがダラララッと捲れ始めやがった。その怪奇染みた有様に男は度肝を抜かれ、顔面は青くなるわ、歯がカチカチなるやらで、ああ、どうにもなりゃしねえ! そうやってフリーズしてる間に、日記は最後までめくられ、ほんで、パタンと閉じて静かになる。男の口ん中はすっかり乾いちまって、ネバネバした、やな感じだったが、だからって好奇心に勝てる道理もねえのが人間の本性ってえやつよ。男はおそるおそる、鏡を見た猫みてえに手を伸ばし、日記に触れ、ほんでまた、そいつを開く。瞳孔が、グワッと、グワッとだ。……肩に変に力が入った。ああ、確かに記述は変わってる。今や、男が日記を見つけるとしっかり書いてある。そんで、そんでだ、日記を見つけた後の男ってえのは……。




