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ランチタイム

 ある日曜日の気持ちいい朝。ようやく夏日もなくなって、あー、過ごしやすくなったなあ、と思える気温になったから、よし、天気もいいし、散歩にでも行こーって、家の近くをブラブラ歩くことにした。まあ、住んでるのが観光地で有名なところで、ウチは中心地からちょっと離れてるんだけど、それでも、まあまあ、最近は人が多くて、うわマジかよ、オーバーツーリズムじゃんって、正直、ちょっと萎えてたんだけど、でも道を少し外れると、全然人もいなくなって、一安心というか、解放された―って感じになったわけ。そこら辺は住宅街だから、見るとこないし、それで人がいなかったんだろうけど、道の途中にぽつぽつと小っちゃな神社や仏閣なんかがあって、ほら、こっちはそういうの見るのが結構好きだから、のんびりと寺社仏閣を見て回って、お参りとかしてたんだよね。

 そしたら、割と時間も経っちゃってて、スマホを見ると、丁度、ランチの時間だっまからさ、そういえばお腹空いたなあって、何かご飯食べれるとこを探し始めたの。まあ、普段は大学の近くでしか食べないし、意外に住んでる回りのお店は知らなくってね。観光地から遠かったのもあるのかは分かんないけど、結構、歩いても店が見つかんなくて、うわあ、マジかよって、思ってたら、すごく急に、ずらーッと人の列が出てきたわけ。えっ? いきなり? ってついつい声に出ちゃうくらい唐突でさあ、今まで店のみの字もなかったのにって感じだったけど、スマホで調べてみたら、結構人気の洋食屋らしくって。星3.7とかかな。コメントもほとんど良い感じのばっかだし、そりゃあ、なんか悪い評判もあったけど、ぶっちゃけこれくらいならどの店でもあるでしょ、許容範囲ってレベルだった。それに、なんかクレーマーっぽい内容だったしね。とにかく、散々歩いてて、これ以上、他を探すのはなあ、ってなったから、列はまあまあ長かったけど、待ってみることにしたわけよ。それで列の最後尾で、スマホをいじってたんだけど、そこに並んでるのが外国人ばっかで、さっき、そこら辺、歩いてた時は全然見なかったのに、えっ? どっから湧いてきたわけ? って感じだし、てか、こんだけ海外の人ばっかだと、日本人、入りにくくない? みたいな、そんなこと思ってると、あー、そういえば、さっきのサイトのコメントも、コロナ前くらいのしかなくって、そこら辺から日本の人が行かなくなったのかも、って名探偵の推理をかましたわけ。そんで、試しに、海外の、まあ、グルメサイトみたいのがあって、そこは割と有名なやつなんだけど、やっぱ、英語のコメント激多でさ。おっ、やっぱりか、って予想が当たったのがちょっと嬉しかったり。にしそれはそれとして、観光客の人って、まあ、全然日本語できないでしょ? それもあるから、店員さんも、言葉が通じないとかでさ、ちょっと、イライラしてるところがあって、うへえ、大変ーって、ちょっと同情しちゃった。ぶっちゃけ、自分がここでバイトするのは割と嫌だしね。とか何とか、ぽつぽつ考えてると、確か、ニ十分くらいかな? そんくらいで中に入れてラッキー。思ったより、意外に回転速い。

 店員さんにカウンターに案内されて、何がイイか分かんなかったから、とりあえず日替わり定食を頼むことにしたの。写真で見ても、結構量があったけど、散歩でカロリー消費したし、胃袋の調子も良かったし、まっ、行けるっしょって思って、勇気のオーダーってわけ。注文を言うと、店員さんがちょっと驚いた顔をしだして、それで、あー、はいはい、またね、見た目がオリエンタルだから、多分、外国人とか思ったんでしょうなあ、はい、残念、とうんざりしたクレームを心の中で入れたりしたけど、だからって、はい! はい! 私、ジャパニーズ! とか強く主張したりなんかするわけもなく、だって、変でしょ? それでまあ、よくある菩薩の笑顔でオトナな対応をしたってわけ。そんなんだから、やたら日本語が上手い外人って思ったかもだけど、いやまあ、流石にその勘違いを訂正するのは、ねえ……。店員は伝票をスラスラ書いてたんだけど、それが終わってから、なんか急に、あれ? なんだっけなあ、って感じに眼球を上へ向けて、時間が止まったようになったんだよね。その感じが物忘れしたあるあるな顔だったから、うん? 何かを思い出してる、のかな? って。そんでしばし沈黙ってなると、店員が、あっと何かに気付いた風になってさ、「ああ、千人目だ」とぼやいてから、ビジネスな笑い顔で、「おめでとうございます、お客様。お客様で、日替り定食、千食目です」と朗らかに言ってきたわけよ。その声が、ここは板の上ですかあ? って言いたくなるくらいの、なんか想像以上にデカい声だったから、こちとら、びくーって体がマヒちゃったり。おいおい、勘弁してって。

「はあ、なるほど?」

「はい。つきましては、ささやかながら、お客様のご注文された日替り定食を無料させていただきます」

「えっ? 無料ですか?」

「はい。代金はいただきません」

「えっ! やったあー」

 無料と聞いて、さもしいけど、子供みたいに大きな声出しちゃって、自分でも驚き恥ずかし、あうー、と言葉は尻すぼみ。いやいや、いい大人が何しとんねんって感じ。と言っても、店員さんは、こっちの、まあ、ちょっと品がないよねえ、ってリアクションも全然気にしないで、ニコリとお辞儀して、キッチンに注文を伝えに行った。反応がないなら、ないで、こういうのはちょっと来るものがあったけど、よく考えたら、わーわー言われるよりマシ、なのかな? とか、近くの店員さんとか、お客さんとかの顔色を見ながら、ぼやぼや考えてた。

 それから、やたらと豪勢な日替わり定食がやってきて、いや、てか量、ヤバっ、ヤバすぎ。とりあえず写真撮って、どれから食べようかなあと観察することにした。ワンプレートにサラダとハンバーグ、あとはエビフライに、焼き魚、多分、ポワレ? が乗って、それ以外に。小皿でシーザーサラダ、コンソメスープに、ライス。これで一人前。料理の一個一個も、結構、大きくて、うーん、いけるか? 食いきれるか? って感じだったけど、いざ、実食! してみると、もう、舌の上が、ちょっと意味わかんないくらい、ヤバくって、えっ? てか、これ美味しすぎじゃない!? えー、ホント無理―って、感極まったドルオタみたいなテンションになちゃった。あんまり美味しいから、量とか何とか、そんなの気にする余裕? 隙? とにかく、もう、脇目もふらずにバクバク食べ進んじゃってた。もう、ホントに、いや、マジで美味しい、美味し過ぎ! 正直、こんなに美味しい料理を、ズバッと伝えられない、自分の語彙力の終わりっぷりが、すげえ物悲しくなるレベルで、あー、勉強って大事ナンスねえ、ハイ、って、そんな風になってた。味の激烈昇天しちゃうじゃんヤバすぎマックスに、自分のボキャブラリーの限界を突きつけられながら、がつがつ食べてたんだけど、一秒も箸が止まる時がないくらいの勢いで、水を飲むこともなく、ひったすらに食べまくってたら、アレ? もう終わり? って速攻、皿が空になって、えー、キョトンとしてしまった。見た時は残すかあー、 いや、流石にそれは、でも、腹が……みたいなことを思ってたのに、アレよアレよで、寧ろ、もっとよこせえ、って風だったから、我ながらびっくりびっくり。

 食後に、って運ばれてきた紅茶を飲みながら、ふう、美味しかった、また来よー、とか思ってると、うん? なんか、お腹に違和感が……。いてっ! 流石にやりすぎたか?

「うーん……」

 食べすぎかな? 消化されたら落ち着くかな? 少し待てばいける? とか思ってたけど、うう、まあ、見込みが甘い。お腹はどんどん痛くなって、いってて、ついに我慢できないレベルに! うげっ! 流石にこれはマズい! マズすぎってなって、慌ててトイレに猛烈ダッシュで駆け込んだ。あー、もうっ! ズボンを下ろすのももどかしくって、なんとかかんとか、チッ! って言いながら便器に座り込んだ時には、間に合ったー、ふう! って安堵感にいっぱいだったけど、正直、聞くに堪えない音が長々続いて、腹痛も収まる気配が、痛い痛い……なかったから、だんだん、憂鬱で、嫌な気分になってきた。

「……最悪」

 はあー。お腹を摩りながら、激しい痛みに必死で必死で耐えた。痛いけど、何て言うか、絶妙な痛みで、くうっ! とはなるけど、救急車を呼ぶほどじゃない。薬は欲しいけど、病院ねえみたいな。でも、下痢は断続的に出続けてて、もう全身に倦怠感的なサムシングが溢れかえった。くうっ! なんで急に……。今日、何かしたっけか? ナマモノとか、賞味期限切れとか、そんなの食べた記憶ないんだけど……。とか、あれこれ考えて気を紛らわせようとしたけど、痛いのは痛いまんまで、あー、もうっ! 無性に腹が立ち、

「何だよー! ほんとにっ!」

とトイレの中で一人がブチギレ、がなってると、怒りのパワーのおかげか、ちょっと痛みが引いてきたんだけど、丁度、そのタイミングで、コンコンってノックが響いて、体が痙攣しちゃった。

「はい?」

 苦痛と恥ずかしさがブレンドされた、でも切羽詰まってて、心しわしわって感じの、とにかく、ヤバいんすって風に、こう答えた。弱々しい反応を打ち返すと、しばらく静かになって、それから、

「お客様、トイレが長いようですが、大丈夫でしょうか?」

と、店員、多分、店員の呼びかけが聞えた。お店にトイレが一つしかないから、いつまでも出てこないのを心配したのか、迷惑に思ったのかして、様子を見に来たんだろう。悪いことをしてしまった。そうは思っても、すみません! トイレからは出れません、助けてえ! って感じで、苦笑がこぼれる。悪いことしてるなあ、恥ずかしいなあって気持ちで、なんか、ヤな汗が出てきたりもして、でも、ここから動くってのは無理だから、こっちの事情を察してほしいってもあって、できる限り、さっきよりも息ぜえぜえでの、悲しい感じの返事をする。

「急にお腹痛くなっちゃって。すみません」

 他に言いようがないし、隠すのも変だから、正直に答えた。それに、緊急事態って知ってくれば、薬とか出して貰えるかもだし……痛たっ! いや、無理! 痛い! さっきまで小康状態だった腹痛が、ここに来て、まさかの復活。苦しみは二割増しどころか、二倍って感じ。いよいよ、恥ずかしいから、お願いするのはちょっと……とか、言ってらんない状態になって、とにかく、助けを求めよう、と、鈍い痛みに背を押されて、そう決心し、「あのー」と声をかけようとした、まさにその時、

「千食目の当たりを引くなんてお客様、本当にラッキーですね。うっらやましいー! ハブ・ア・ナイス・トリップ!」

とか、ガッツポーズさえちらつく、底抜けに明るい接客ボイスで、鼻歌混じりに店員は去っていった。

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