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靴の中

 あー、飲み過ぎたあ、とザラザラした鑢みたいな声を上げ、額に手を当て眉を顰めたが、残念無念、そんなことしたって鐘の音みたいにゴーンゴーンとウルサい痛みが去ってくれるなんてことはなく、はーあ、酔っ払うだけ酔っ払って二日酔いにならない酒とか、アセトアルデヒドだっけ? とにかく頭痛の原因をスパッと取り除いてくれるナノマシンとか、そんなのを早く開発してくれないもんかねえ、と天井を睨みながら考えていたけれど、ふうー、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いっ! 悲しいかな、そんなこと考えたって、痛みが紛らわされることはなく、まあ、ただひたすらに頭が割れるように苦しいだけだった。この歳になって未だに浴びるほど酒を飲んでるってことを知り合いに話したら、笑い半分、引き気味半分で、分かってる、いい年して酒に溺れて恥ずかしくないのかって言いたいんだろ? しゃあねえ、しゃあねえ、家族やら子供やらがいて、自分の時間がないーとか言っている人間には孤独の寂しさなんて分からないもんよ。これでもまだ、独り身耐性がある方で、ネットなんか見てると、寂しいんでちゅうとか言って、キャバやホストに沼りまくってるやつがたっくさんいるんだから、そういう、身を持ち崩すっつーの? 底なし沼みたいな産業に足突っ込んでないだけ褒めてほしいもんだ、とか何とか考えてると、急に世の奴らにムカムカして来て、イライラがもう有刺鉄線みたいに絡み、いや、心だから脳なのか? まあ何でもいいけど、いーって感じにチクチク刺してきて、ああ、もう! 腹が立つ。結婚してるのが、そんなに偉いのか? と知人たちの顔が次から次に浮かんでくるけども、その苛立ちのストレスのおかげで、頭痛はちょっとばかし収まって、何とか寝床から立ち上がれるくらいにはなってくれたのだった。にしても、中年になると精神が嵐に揉まれる船ぐらい不安定になるってのは、実際、本当の話で、こんなんで更年期を迎えでもしたらどうなるんだろうかと今から不安、不安で、ああ、将来のこととか考えたくねー、寂しいー、面倒いー、はあ、飲まなきゃやってらんないよ。

 とにかく、水を飲もうってベッドを離れ、コンタクトもメガネもなしに、家のあっちこっちに手を突いて体を支えながらキッチンを目指し、途中、観葉植物サボテンのヒヤリハットに遭遇したものの、何度も何度も倒しまくってきた褒められない経験が活きてきて、落下という未曽有の災害は何とか防ぐことに成功、そのまま、まずまず大過なく、てかこの頭痛が一番の大過だが、とりあえず台所に辿り着いて冷蔵庫を開けると、キンキンに冷えた水道水がペットボトルに収まってて、おー、ナイスだぜ、エヘヘと笑いながら流し台で放置プレイをかまされてたコップをゆすぎ、そいつに注いでグイッと冷水を飲み込んだ。そしたら、頭の辺りにアイスピックをぶち込まれたような痺れる痛みがして、体がびくりと魚みたいに跳ね返ってしまい、はあ、今日も元気だ。いやいや、二日酔いだ。冷水で胃袋洗ったからって、痛みが引いてくれるはずもなく、こりゃ、ドラッグ決めるしかね! クソ痛えっ! 頭を摩りながら、リビングまでロメロのゾンビみたいに鈍足で移動、何せ、振動が凄いと頭がいかれちまうもんで、へへっ、と見苦しい姿を少しでもマシにしようと道化てみたりするんだが、悲しいかな観客は自分と姿見くらいのもだから、どうしようもなく寒々しく、虚しいが、ユーモアを忘れちまったら、それ以上に空虚なので、まあ、無言よりはマシだろうって感じで、たっぷり時間をかけて目当ての救急箱へと辿り着いた。正直、頭痛頭痛で物をぶっ壊したいくらいに怒り心頭、噴火も間近だったが、オッケー、ユーモア、理性を取り戻して! 一人暮らしの部屋に明るい声真似を響かせると、それで何とかアンガーマネジメントができた。箱を漁りに漁って、頭痛薬の箱を引っ張り出したが、残念、売り切れ。ストックはまるでなく、オイ、マジかよー……と肩の力が抜けたのも束の間、昨日、いや、もっと前の自分へ激怒の咆哮をかましたろうかと思うくらいに血液が瞬間沸騰してしまったりしたが、まあそこは、防音のしょぼいマンションですから、流石にそんな愚かな真似はせずに辛うじて残った余裕さで、脳内においてのみ怒鳴るに留めたが、こういう感情の制御ができるようになるのが大人ってやつなんだろうとか思ったりして、何だかさっきと言っていることが真逆な気もするなり。たまにはひまわりみたいにワンワン号泣したい気分になることもあるけれど、女ならともかく、成人男性のガチ泣きなんて世間が引いちゃうよ、まったく。

 とにもかくにも、薬買いに行かなきゃ、頭痛で死んだ世界初の人間になっちまう。そしたら、ギネスに載ったりなとか、痛みに悶えながらも、訳の分からんことは考えつくんだから、二日酔いにも慣れたもんだなあって孤独が際立つ思案が浮かび、やってられねえって感じ。すり足歩行で、サボテンの脇を通り過ぎ、水は後でやるからなあ、といつも通りの不精をかまし、いつかサボテンに呪われんじゃないかと思うと、なんか小さくなってる緑のトゲトゲ姿に申し訳なさ、ネグレクトの罪悪感、それに加えて、サボテンってあんま世話しなくていいんじゃないのかよって、炎上必至の最悪クレームなんかが一緒くたにグルグル渦を巻いてきて、あー、バグった脳で考え続けんのって、マージ、しんどい。寝室で寝間着を放り投げ、簡単な外行きの服に着替えると、よし、準備万端、いや、嘘、髭剃るのは面倒だから、マスクで覆い隠すことにしよう、こういう冬でなくてもマスク、オールオッケーな雰囲気になったのはコロナの唯一の功績だよな、とそれと財布を携行、玄関へ行くと、靴紐なんか結んでられねえってんで、出しっぱになってた緑のスリッポンを引き寄せ、子供みたく床に座ってそいつを履いたんだが、あれ? なんだ? 爪先が入った途端、グニャリ何かに足が触れ、気持ち悪さに靴を蹴り上げちまった。なんか、スライム、いや、アレよりはもうちょっと硬さがあり、どっちかっていうと、熟れすぎた瓜とか西瓜とか、そういうのを踏んだ感触で、腐った物に触っちまった、クソって反射的に感じたのも、みなぎるこの不快感の原因の一つだろうと、鈍い頭で結論付けはしたんだが、いや待て待て、冷静に考えたら何かおかしくないか? なんで玄関にそんなもんが置いてあんだよ? それで投げ捨てた靴を、恥ずかしながら多少はビビりつつも拾って、あれこれ観察してみたけれど、洗ってないから汚ねえなあって思った他は、異変なんつーもんは一切感じられず、んだよ、二日酔いのあまり幻覚ってか? と何だか笑いが、勿論、嘲笑が湧き上がって来て、クスクスと口を歪めている内に、何だか、心に電流が走り始めて、おいおい、こりゃ一体、何なんだよ、とちょっとばかしの怒りがフツフツ、いや、グツグツ湧いてきて、酒とか二日酔いとか、色んなものに当たりたくもなる気分になり、うう! と戦狼っすと思わず唸ったりとしたんどが、とは言っても、脳に反響する痛み痛みで、あっという間に精神はヘバり、すぐに灼熱はスッと引っ込んで、まあ、気にしてもしゃあねか、と落ち着きが巻き戻される。まあまあ、気を取り直して、と靴に足を、とここで、多少はさっきの寒気が思い出されたりもしたが、なあに怖気ついてんだよ! 怯える自分を吹き飛ばして意を決すると、えいや、再び靴へ足を突っ込んだ。そしたら、今度は問題なく、すいっと爪先が奥まで届き、ほら、ほーら、ほら、やっぱり何もねえじゃないかよお、って一安心、その勢いに乗って、もう一方の足にも無事、スリッポンを装着したんだが、その靴の色が、なんか普段と少し違うというか、見慣れた緑じゃないというか、うーん、と思って首を捻ってみても、何も分からん。とにかく、今はこの、釘をガンガン撃ち込まれてるみたいな頭痛の方が問題だもんで、のろりと立ち上がったんだけど、その瞬間に、さっきの、グニャリとした嫌な感触がして、うへえっと間抜けな声を出し出し、反射的に靴を脱ごうとしたが、えーい、おい! いかれたことに、全然、靴が足から離れず、それどころか無理に脱ごうとしたら、痛みがキンと、二日酔いの頭痛とは違う、針で神経を直になぞられたような鋭い痛みが、アキレスさんの辺りからぐわっと駆け上がって来るわけで、驚きと痛みに、我慢ならずに変な声。何だあ? こりゃ……。声がスッと乾燥した。おおわらわでしゃがみ込むと、絵本で見たがらがらどんみたく目を見開き、靴を注視。汗が瞼の上を通り抜け、あれ? なんだ? 汚れかと思ったら、違う、何だ? 靴から何か生えている? だが、持ち前の眼の悪さから、良く見えない。くっそ。声が出る。面倒がらずに眼鏡を持ってくるんだった! 仕方なしに、首をぐいっと突き出して、靴を近くから観察すると、なんか針みたいのが靴全体にチクチク生えていて、ちょっと待て、トゲ、か? これは。後ろに何かが立っているような気配がしたけれど、いいや、と首を振って、靴の入り口の方に目を移せば、案の定、そこにも返しのようにトゲがある。トラバサミのようにして足首に突き刺さって、ちょっとだけれども血も流れていて真っ赤だった。……ごくりとつばを飲み込んだ。訳の分からないトラップ、いや、トラップ? 何の? 誰のトラップだ? 混迷が煮えたぎるマグマのように皮膚の下を熱くし、脈が破裂するほどに全身を殴打した。何だ、どうする、どうすりゃいい? 分からない。分からなかった。とにかく、これを脱がなきゃ。今はまだ何ともないが、その内、どんなことが待っているのか知れたものじゃないんだ。もう一度、口に手をかけ、さっきよりも力一杯と、引っ張る寸前、ぐっ! 鋭利な痛みが再びやって来て、神経系の辛うじて金属的な部分をかき乱した。頭がまだ痛い。だが、それ以上に足が、足が……。二日酔いと困惑で、もう、思考はぐわんぐわんだったが、何とか、ふうふうと深呼吸して、考える余地を取り戻すと、もう一度、靴を脱がせようと手を駆けたら、うひゃあ! 思わず叫び声をあげてしまう。ブワッっと、靴が膨らんだような気がして、まるで、生きてる、生きてるみたいで……。途端に、この場のおかしさ、異様さが絨毯爆撃みたく怒涛と押し寄せて来て、汚泥に似た、黒く、まとわりつく不安が強く強く、サブイボをぶち立てていく。どうするよ、これ、どうすんだよ……。独り言はますます大きくなっていたが、寒気が勢いを増したせいなのか、震える感じが強くなって、これ、夢だよな? と確かめるみたいに、もう一度、もう一度、さっきよりも強い力で靴を引っ張ったが、痛い……! 効果なし。

 何度か試して、ビクともしない、どうにもならないといよいよ分かると、焦る気持ちが流砂のように心を飲み込み始めてきやがって、冷や汗もドバっと止めどなく、そしたら手には脂汗が出て、滑る滑る、どんどん不安がエスカレート、もう、どうしたらいんだよ、頭ん中は大渋滞。……とりあえず深呼吸、深呼吸しよう。脱げないだけ、脱げないだけ。トゲは刺さってるけど、そこまで痛くない、痛くない。心に芯を通して応急処置的に精神を落ち着けると、とにかく現場第一だ、とか意味の分からんこと呟いて、観察を再開してみたんだが、それで分かったことといえば、履いてるのが靴ではなく、ザラザラとした独特の感触があって更にはトゲも多少生え、全体に凸凹して、ってこれはサボテンじゃねえか! 大声出すついでにバッと居間の辺りを見遣って、そういや、サボテン、昨日より小さくなってたっけか……なんだ、サボまさか分裂……? いやいや、馬鹿言うな、そんなのあり得ない、のか? いや、どうなんだ? 専門じゃないから、こんなサボテンもいるって……痛っ! 痛っ! 痛痛痛痛痛痛痛っ! 急に激痛、しかも頭じゃない、足! 足だ! 足の方から激痛がする。殴られたような、刺されたような、いや、そんな感じじゃなくて、燃えるように、溶けるように、そうだ! 何かが、何かが蚕食しているような、そんな痛み、えっ? 嘘だろ? まさか、食われてんのか? そう思いついた瞬間に精神はオーバーロードして真っ白で、余裕の枯れ果てた精神が荒野みたいで、と、急に恐怖、恐怖恐怖恐怖! えっ? えっ! おっ、クソっ! やけくそに靴を引っ張りまくる、まくる、まくっても、さっきよりトゲは鋭く、深く肉にはまり込んでいて、引っ張る度に、我慢できないくらいの痛みが、痛みがヤバい! んだよ! これ! 洒落に、洒落になってねえよ! このままだと足が引きちぎれそうな感じがして、てか、間違いなく食われてるっ! そう思うと、ぞぞっと鳥肌が立ち、呆然とする。心臓の音だけがドクドク激しく聞こえる中、手であれこれしながら、じっと見てると、なんだか、靴も脈打っているようで、それで『寄生獣』の、放射状に開く口の絵が急に頭の中に浮かんで。まさ、か、まさかな……。氷雨のような汗が喉元をスッと、流れ落ちて、床にポトリ、その一瞬後には、あっ、救急車、救急車だっと誰もいないのに助けを求めて叫び出している。自分でダメなら、プロに! 大慌てでポケットを漁ったが、スマホが、ない、どこにもない! なんで、どうし、あぐっ! 足から熱い、灼けるような感触がまた、まただよ! 肺が詰まった感じ。そ、そうだ、寝室! スマ、スマホっ! 己を鼓舞するためのなのか何のか、混乱していてよく分からないけど、とにかく、報告するように震え声を漏らすと、大急ぎで立ち上がり、室内に駆け込もうと力を込めた。が、まさにその時。グラっと、不意にバランスを崩し、無様に転んでしまう。受け身なんて取れるはずもなく、鼻頭とか前歯とか、顔の出っ張ってる部分がモロに床とガッチャンコして、痛え! ジンジンするが、そんなのよりも靴から感じる熱と鋭利な痛みの方が一層、深刻で、悶える暇もなく、直ぐさま起きて走りだそうとしたが、あれ? 力が入らず、二度目の転倒をかましてしまう。ファック! 心にぎっしり詰め込まれた、真っ黒い泥の塊が、苛立ちと焦りを加速させ、それを発散するため、自分の足に八つ当たりの叱責を浴びせようとして、目線を向けると、意識空白、信じられない景色と対面させられた。サボテンに囚われた足は、孤独な背中を見せて微動しながら、玄関の土間でぽつねんと何かを待っていた。泳ぎがちな目線を何とか固定して、照準を合わせると、靴と一体化した足首に赤い円と赤い汁が付いているのが分かり、なんだか模型を見ているみたいなだあという印象を抱く。ふしゅーと声にならない空気の塊が歯の隙間から抜け出し、唾液が急速に乾いていく。と、そこで正気づき、自分の方の脚を眺めれば、一番先の部分は、先は、先は……消え失せていた。う、嘘だ、いあ、ま、まだ、酔ってるんだって、夢なんだって、おそるおそる腕を伸ばして幻だと証明しようとする。指先が虚空と触れ合う。人差し指には生温い血が付く。皮膚が敏感になった気がした

 ……なかった。確かに何もなかった。幻覚じゃない、足の先は本当に消えている……。現実の容赦ない進行が脳の認知を歪め、あ、あ、あああ……! 呆然と頭は真っ白になる。なんだ、何が、どうなってるんだ……。頭が世界を受け入れ始めるにつれて、足のもげた激痛が体中を駆け巡り、踏み荒らし、ぐううう! 呻きながら、横たわるしかできない。ぐうう……。苦しみから逃れるための自然な仕組みなのか、なぜか段々と瞼が落ちていく……。痛い、痛い。痛みだけが自我に残り、それさえも霞むようにして、気が遠くなっていく……。静かさ、静かさ、静かさ……。

 ジュル。

 闇に包まれる意識の片隅で、何かが溶けるような音と心拍が虚しく響く……同時に、もぞもぞとこちらに、何かが近付いて来る気配がじんわり……。


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