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素敵な殲滅戦

 手には銃、SIGSAUER M23が握られていた。

 黒い重み。冷たい機構。硬さ、激しさ、重苦しさ。瞳に映る暴力には快楽が滾ってる。安全装置を外し、初弾を装填。辺りを見回し、状況を素早く把握。なるほどね。今いんのはどこぞの廃墟。コンクリートが剥き出しで、ところどころにひびが入ってる。オンボロ机と椅子。もう動かねえ古時計。バキバキに割れた窓。床には真っ黒なホコリが積もり、たまに嫌な虫が走り回る。いかにもな見た目の廃墟にちょっとばかし興が削がれた。まあ、本命はそっちじゃねえから別にどうでもいいけどな。四十四口径のピストルを撫でながらニヤリと笑う。やっぱ刀よりも銃のほうが気分がアガる。爆上がり。刃物の、敵を寸断する時の感触はいいが、何か、こう、虐殺って感じがあんまねえのは微妙なとこだ。でも銃は違う。銃なら遥か遠く、敵からじゃ到底見えねえような位置から相手をぶちのめせる。それが超クールで超ハッピーだ。これぞ虐殺、無双って感じがして気分がいい。いや、マジで。敵がどっから攻撃されたかも分からず、ワタワタすんのを見んのは言葉にならねえ快感、愉悦、エクスタシーだ。もちろん、たまには浮気することだってある。刃紋の揺らめきに、鋭い銀の輝き、すっとした形と独特の重み、長さ、手触り。正直、見た目のカッコよさは刀の方が超超超格上だ。比べるべくもなく、アイツはこのハートを引き裂いちまう。無惨に、ご機嫌に。振り回す時の風の感じやら、相手を斬り殺す感覚やら、それはもう、一度味わったら病みつきの、いかれたウルトラ・ドラッグだ。あの、肉に金属が食い込み、水でも割くように通り抜ける浮遊感。あれは確かに面白え。滑らかさがクセになっちまう。それでも、それでもなあって思っちまうのは、刀が、殺し続けるにはあんま向いてない、ちょっと大儀な得物だからだ。一つ、二つ斬り殺しちまうと、腕を振り回すのに飽きちまうし、いちいち血振りをしなくちゃなんねえのが、あー、もうダルくって、ちょっと殺すと、すぐに、しばらくいいかなあ、って気分になっちまうから、やっぱり銃の方が性に合ってんだろう。延々と撃ちまくる面白さはリロードの面倒さを差っ引いてもお釣りがくるレベル。轟音が耳をぶち抜いて、三半規管をビートしまくんのも、中々味わえねえ、粋な喜びだ。熱もいい。反動もいい。なにより、刀みてえに折れたりしねえのが、一番いい。手入れが厄介なモンは正直面倒だし、スカっと感が半減しちまう。中には、刀の、そういうややこしいとこを好んでいる奴もいるが、ぶっちゃけ意味不明だし、複雑怪奇だ。銃の方がずっと使いやすいし、殺しやすい……。手に握った銃を見ると、なんだか気持ちの悪いニヤニヤが浮かんじまって、今の表情を想像すると我ながらウげえってなっちまうけど、そんでも、今からの快感を考えっと、んな締まりのねえ顔になんのも仕方ねえ……。にしても遅えな。そろそろ時間のはずなんだけどなあ……。視界に浮かんでるデジタル時計を見て、チッと舌打ちする。んだよ、クソかよ、マジ、どうなってんだよ。口ん中でグチグチ唾液を弾くように文句を言ってると、ズッ、ズッ、と足を引きずる音がした。

 おっと、おいでなすったぜ。

 思わず飛び出た独り言を突っ切って、ダッシュする。穴の開いた窓ガラスに近づく。窓枠から、ほんのちょびっと顔を出し、チラチラと外の様子を伺った。曇り空にすさんだ荒野が広がって、突風に砂埃が渦を巻いてる。やせ細った雑草がゆすれる音。貧相な木々のウザったい声。アーアーとふざけた鴉の反響はメチャクチャ間抜けだ。こういうのが不気味さっていうのかねえ。空を見ながらそんなことを考えた。確かに不気味だ。怖さを演出してる。でもそんだけ。そう思うだけだ。こんなクリシェを見せられて、うわッとなる奴なんかいるわけねえだろ。目を漫画みたいに細めてると、突然、窓ガラスが風に跳ね、ガガガっとでけえ音を立てた。思わず、ウワッと馬鹿みたいに驚いて、さっきの自分を思いだして何だか恥ずかしい。それは単なる風で、期待してたモンの予兆なり、前兆なりじゃ全然なかった。んだよ、紛らわしい。壁を蹴った。目の前にあんのは、荒涼、ただそんだけで、それ以外はなーんもなかった。んだよ、誰もいねえじゃねえか……。期待外れと待ち切れなさに、チッとさっきより強く舌打ちした。ゴキっと首を鳴らす。

 んだよ、聞き間違いかよ……。

 んなはずねえと思いながら軽口を叩いた。まあでも、まだ奴らが姿を見せてねえのは事実だし、そういうこともあるかもしんねえ。よく思ったら、足音なんかじゃなかったかも。あれこそ、ただの風の音……。はあー、うぜ。暇潰しに銃をカチャカチャいじりながら、荒涼にこれでもかとガン飛ばしてると、ゴロゴロッと、何かの合図みてえに空が唸り、空気が震えた。んだ? と見上げると、紫の閃光がしっちゃかめっちゃかに走って世界の終わりみてえにぶっ飛んでいた。

 ……雨かあ?

 イライラしながらぼやくと、さっきの音がまた聞こえてきて、心臓がドックと燃え滾った。へへ、やっとかよ……。お預け喰らった犬の気分ってこんなんかもな。なんつって馬鹿なこと考えながら外を睨む。そこにはまだ、荒涼しかねえが、その奥から、確かにアイツらの気配が感じられた。

 ズッ、ズッ、ズッ。

 しかも、もつれるように何個も何個も聞こえ、ライブの大騒ぎって感じだ。いや、どっちかつーと満員電車の感じか? まあ、よく分かんねえし、どっちでもいい。大漁なのは事実なんだからよ。

 ハハッ

 と獰猛っぽく笑った。犬歯がギラリと光るような、そんな笑いだ。

 いよいよか。たく、無駄にじらしてくれちゃってよお!

 カチャッと銃を構え、荒野の向こうをじっと見つめる。地平線の向こうから、ひい、ふう、みい、とたくさんの人影が現れ、亀みてえにトロトロ、こっちへ歩いてくる。雷が光る。白い、劇的なスポットライト。ヤツらの貧相な顔が照らし出される。ビカッと。そいつらは、性別も年齢もバラバラな人間の姿で、例外なく土気色の、今に死にそうな病人の顔色に、くぼんだ、クマがひでえ眼をしてやがる。髪はぼっさぼさで、口は開きっぱなし。ダラリと垂れる涎はスライムみてえにネバネバしてやがって、まあ、控えめに言ってチョー気色悪りい。服も汚ねえし、体中、アザや切り傷だらけで、そっから何か紫と黒の中間みてえな、キモイ色の血がドバドバ流れ出してる。アイツら、そんなの垂らして歩いてて、気分悪くなんねえのか? ハハッ、なるわけねえ。感覚はイカレちまってんだからな。黄ばんで、ところどころ茶色っぽくなってる不衛生な歯は、歯垢が凝り固まって粘土みてえで、触ったらぶにっとしそうて、ヤな感じだ。いや、もしかしたら煉瓦みてえに硬くなってんのかもな。ハハッ、歯石の煉瓦でできた家。うえっ、んなのあったら、狼も真っ先にトンズラこくだろうなあ。まっ、豚も住めたもんじゃねえだろうけどサ。歯は隙間だらけで、その隙間からアーアーと馬鹿みてえな、悶えなんだか、呻きなんだかが漏れ出て、スッゲー、リアルを感じさせてんだけど、まあ、いい加減慣れちまったから、実際、そういう風になんのかはよう分らん。

 たく、いい加減このデザインは何とかならねえのかね。

 口を尖らせ、迷いなくスライドを引く。小気味いい金属の音が響き合って、弾丸が装填される。心なしか、薬莢から火山みてえな硫黄の臭いがして、はあ、銃だなあ、爆発だなあってバカみてえなことを思っちまう。虐殺は爆発だ、ってか?

 今日日、こんなゾンビもねえだろうよ。

 ロメロ・ゾンビにぶうぶう不満を垂れ、嘲るように笑ってやる。だって、そうだろ? トロい怪物なんて何にも怖くねえんだから。折角なら脚が速いのとやり合いてえんだが、まあ、でも、どのタイプに当たるかなんて完全な運ゲーだから、あんまし文句言ってもしゃあねえ。ぶっちゃけ、ロメロ・デザインなんてもう必要ねえって思うんだが、噂じゃあ、それなりに需要もあるらしくって、たく、マジかよ、一体どこのどいつが頓馬なゾンビなんか相手にすんだよ、って声を大にして言いたくなっちまうね。たくよー、つまらねえぜ、マジで。折角のチャンスに、こんなノロマのクソが相手なんてサ。奥歯のこすれ合い、歯ぎしり。

 はあ。

 ため息。まっ、ああだこうだ言っちゃあいるが、始まれば楽しいもんだし、ぶっちゃけゾンビのタイプなんて何でもいいのかもしんねえな。ロメロでも、ハザードでも、バタリアンでも。クソクソクソって思いながらも、心のどっかでは、まあ、どいつにも、違った味があるしな、みんな違って、みんないい、つーか、みんな違って、みんな殺せる、つーか。はは、洒落になってねえ、イミフだな。なーんて、アホなことを考えてるわけで、ンなことしながらでも、マルチタスクの出来る男だから無意識っつーの、なんつーの? とにかく淀みなく手近なゾンビにマズルを向けてる。スッと照準が合う。ターゲット・ロックオン。ピッと軽快な電子音。

 バーン!

 ふざけた口調で呟き、トリガーを引く。熱風と衝撃。弾丸がドーンと飛び出して、窓ガラスはこんなごなになってさ、その透明な破片が光に当たって、虹色にキラキラして、こりゃシャレた演出だぜ、って感心しちまう。廃墟が虹でいっぱい、ってか? 空気の破れる音がして、熱が顔を叩いて、ゾンビの顔がグチャッと飛散。トマトみてえに。これぞホントのキラートマト。辺り一帯、ボタボタ血やら肉やらバラまかれて、後ろにドタッと倒れ込んだ。体はゴキブリみたいに痙攣してやがったが、それが終わると、二度と動かなくなった。残ったのは、どす黒え血だまり。

 まずは、一匹。

 そのまま流れるように別の奴に狙いをつける。照準を合わせ、引き金を引く。バンと銃声。振動が腕に伝わって、ジーンとする。この感触を味わってっと、ああ、撃ってんなあ、殺ってんなあ、って気分になって、なんかこう、感慨深いからいいもんだ。弾はぴったり脳天をぶちぬいて、二匹目のゾンビを芥に還し、そっからは機械的に、狙いをつけては撃ち、狙いをつけては撃ち、狙いをつけては撃ちの繰り返しで、脳漿、骨、黒々血液、もげた首、眼球、舌の亡骸。七発撃って、ガシャンとトリガーは空回り。おっと、弾切れだ。適当なとこに銃口を向けて、カチッと引き金を絞ると、錨を上げるような音がして無事リロード完了。はい、お疲れさん。そんで、血沸き肉躍る虐殺パーティに戻れるってワケ。舌舐めずりし、目についたヤツから手当たり次第にぶち殺す。ババババババンと十分くらい撃ちまくり、それですっかりゾンビは消えて、あとにゃあ、荒んだ景色だけ。あー、あれかね、こういのが、あれなのかね、ほら、兵どもが夢の跡っていうか、国破れて山河在りっていうか……ハハッ、なんか違うかな。

 んだよ、歯応えねえなあ。これだからロメロのゾンビは……。

 ブスッと不平をこぼして、見せつけるように溜息をついてやった、まさにそん時だ。茶色のモヤが、地平線の向こうにブワンッって立ち上がってよぉ、景色いっぱいモヤモヤで覆いつくしちまった。

 なんだぁ?

 大蛇が吐き出したみてえな、猛烈な砂煙に驚きながら目を凝らすと、どうやら何かが走ってきてるらしくて、ドンドンドンっつう激しい騒音が腹の辺りにビートを刻む。

 ハハッ!

 地面からの振動にワクワクが止まんねえ。胸は高鳴りっぱなしだし、頭はバチバチにキマッてる。テンションがグングン上がってんのが、肌感覚で分かっちまう。

 なんだよ! 速いゾンビもいるじゃねえか!

 たったそんだけのことで、テンション爆上がりのブチ上げなのは、我ながら単純つーか、ガキっぽいつーか。まあ、いいんだ。楽しけりゃ。ンなもん、なんだっていいんだ。銃を構え直し、地平線をニラむと、砂煙がユラユラーって揺れてて、激しい、ドンドンドン、ドンドンドンっていう足音、地響き、地鳴りの数々。さっきよりも雷が激しく唸って、雲はピカピカ、パチンコじゃねえんだぞ、クソッたれってくれえ、眩しくなってくる。アドレナリン出まくりで、脳汁やべえーってなってると、ついについに、敵の姿が見え始める。見た目は全体的にのろまゾンビと同じだが、顔つきだけはビビるほど違ってて、こっちの速足ゾンビはメチャクチャに目を吊り上げてケダモノみてえに吠えたくってる。口には長え牙が何本も生え、サメやらワニやらみてえな感じで、あー、あれだな、モーロックってフインキだ。ヤツら、走る速度はすげえ速くて、まるで車みてえで、足がなんかもう、よく見えねえ。言うまでもねえけど、さっきのロメロ野郎とは段違いのスピードだ。こりゃ、うかうかしてっとこっちが殺られるなー、まじいなー、なーんて、ポップに笑いながら照準器を覗くと、俺の眼球に光が灯り、カーソル動いてロックオン。

 おりゃ!

 引き金を引く。轟音。震え。そんで灼熱。いつものセット。馬鹿でけえ弾丸が敵の頭を吹っ飛ばし、肉がヒマツと散った。いえーい、ナイスショット! そう叫びたくなっちまう。

 うし。

 だけど、流石にいい年だろ? 感動するにもたしなみをってやつで、軽く歓声を上げてガッツポーズするくらいにしといてやる。てか、何度も何度もぶち殺してんのに、毎回の快感って言ったらねえな。ガチで。なーんで、こんな楽しいんだろ、って終わるたびに、少し不思議になっちまう。あれ、頭イカレちまったかな? って。んで、喜ぶのはスグやめて、銃を構え、次々ゾンビを殺してく。軽快に、正確に、しかもヘッドショットの一発で。死体が荒野にゴロゴロ転がり、地面は薄汚え赤に変わってく。ブレなくミスなく敵を殺すと、まさに一流のスナイパー気分で、アドレナリンは超全開。興奮に心臓バクバクで、痛いのなんのって、いやー、テンションやべぇ! 撃たれては転げ、撃たれては転げるゾンビの死体。まさに匠の技ってやつ? 銃の腕前サえ渡ってる感じに、テンション爆上げでゾーンに入る。へへって、ちょいキモな感じで笑いながら、敵をぶち殺しまくる事、幾星霜、相手のウェーブが収まったところで、一息ついて、そんで死屍累々を眺めてみると、アリ? なんかおかしくねえか? ちょいと妙なことに気が付いた。

 なんか、数が増えてねえか?

 そう思った瞬間に、次のウェーブがやって来て、そいで殺しの作業に戻るんだが、ショット、リロード、ショット、リロードって繰り返し、めちゃハイスピードで殺しまくってるってえのに、いつまでたってもゾンビが減らねえ。ははーん、と得心顔で、これは結構珍しい乱数を引いたらしく、ロメロ・ゾンビは勿論、普段のより発生数が大分多いみてえだ。なるほどねえ、そんでゾンビが全然減らねえわけだ。普段と同じペースで殺していたんじゃ、処理が間に合ってなくて、しかも、面倒なのは、新しく出てくるヤツらほど走るスピードが速くなっているってこと。このままちんたらしてっと廃墟にたどり着かれちまう。それが分かった瞬間、ニヤリと笑って、

 なるほどねえ。難易度マニアックって感じか。

って呟くと、ポイと格好良くピストルを放り捨て、空間からマシンガンを二つ取り出した。ブローニンMK2、そいつをガシャンと窓辺に飾り、狙いもそこそこに、オラっとゾンビどもを撃ちまくる。弾幕が襲いかかり、ズバババババって、ヤツらの薄汚れた、キモい体中に大量の穴を開ける。頭だとか、胸だとかが撃ち抜かれ、液体が流れ出し、肉片が四方八方に弾けまくる。それでも慣性の法則が働いてっから、死骸はすぐには止まらねえ。よたよた余った力に背中を押され、それもやがては減衰し、最期にゃ、モチロンなくなるわけで。速度は落ち、命の無くなった四肢がもつれ、そんで無様に地面に転がった。芋虫人間みてえな、そんな姿よ。一体のゾンビが転がると、その上に次々死体が折り重なって、ドミノ倒しみてえに悲惨な有様、ありゃありゃ、見てらんねえぜ。走るしか能のねえゾンビたちは、コースを変えるってのも難しいらしい。馬鹿の一つ覚えみてえに、そこら辺の死体につまずいちまって、もう、あほくさくって、おかしくって。トリガーを引く指にも力が入るってもんだ。んで、ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ、と一つの音としか思えねえ、なっがい銃声が轟き、俺も廃墟もビビるくらいに揺れまくり、すげえ勢いの射撃がゾンビの群れを殲滅、壊滅、皆殺し。あるヤツぁ頭に赤い花、あるヤツぁ胸から噴水だ。足もげ、腕もげ、見るも無残な肉塊に、あらよっとゾンビは変化する。それこそ、光の速さかって感じで、あっちゅう間に土塗れの肉山できあがり。なんだか見てるだけで、キモイ有様だ。ハハハと笑いながら、適度にリロードを挟んで、高速ダッシュしまくりゾンビが死に尽くすまで、ガガッとマシンガン、ブローニングMK2をかましまくった。鼓膜が破れんじゃねえかってくらいのキテレツな音と、空気をぶっ壊すくらいの熱量、大震動。そうこうするうち、あんなにいたゾンビも最後の一匹になっちまって、あー名残惜しいわー、名残雪だわーなんつって、バカ言いながら、よーく狙いをつける。

 こいつでラスト……。

 丁寧に、モッタイぶるように引き金を引く。空気の割れる音。錐が螺旋を描き、一直線に飛行する。酸漿の潰れる感じ。奇声を上げるバケモンは首なしお化けに姿を変えて、ドッチャと地面に突っ伏した。こっからでも見える複雑な赤の諸相。最後の獲物をぶちのめし、荒々しく額を拭ったけど、気分は最強の殺し屋って感じだ。実際、難易度マックスってわけじゃねえけど、数とか速さはやべえから、手とか顔にはびっしり汗をかいていた。たく緊張で汗かくなんて久しぶりだぜ。

 中々楽しいじゃねえの、これもさ。

 すっかり満足して、そんなことを呟いた。新しいゾンビはやって来ねえ。どうやら今日はこれで終わりらしかった。銃をしまい、ホッと一息つく。完全に気を抜き、ストレッチの真似事なんかしたりした。たく意味ねえのにナ。すっかりリラックスモードの体。と、いきなりでけえ、低い音が辺りに轟いた。ぎょっとして耳を澄ますと、ドスンドスン、つう象みてえな足音が地平線の向こうから大地を震わせてんのがわかった。

 まだ続きあんのかよ……。

 殺戮に飢えたニヤリをしながら荒地の向こうをキツくニラむ。そこには三メートルはある巨大なゾンビの群れが現れてた。頭や腹から、腕がうじゃうじゃ生えてて、まー気持ち悪い。真真っ赤に充血した目とでっけえ口。くすんだ白のでかい牙。額辺りに顔が五つくっついて、喜怒哀楽怨の五行をそれぞれ表してる。進撃の巨大ゾンビどもは、のっそりのっそり近寄って、やがてこっちを発見した。そしたら突然、大口を開け、空に向かって咆哮、ゴギャアア。空気の塊が四散して、爆発みてえな音がする。

 んだあ?

 イラついて、がなり叫ぶと、まるでそれを合図にしたみてえに、奴ら一斉に突進を始めた。その速度はさっきのゾンビに負けず劣らず、超ハイスピード。

 マジかよ……。あの体であの速度って、いろいろおかしいだろ。物理やり直せよ、マジで。

 呆れた感じで呟きながらも、へへ、って唇の笑ってる俺はもう一回マシンガンを召喚した。黒い殺意をじいっと眺め、困ったような嬉しいような、深ーい溜息をこれ見よがしにつく。

 流石にあの大きさは無理だよなあ。

 どさっと銃を横に捨て、今度は馬鹿みたいに大きな砲身を呼び出した。ちっとばかし古風なデザインのご立派な高射砲、8.8 cm FlaK 18/36/37。通称、アハト・アハト。弾丸口径は八十八ミリもあって、どー考えても人の使える代物じゃねえんだが、そういう無茶も苦茶もここではなんも関係ねえ。なにせ、あんなワケの分かんねえゾンビつーか、生物がいれるんだから、人間様が高射砲を手持ちで使えたところで、問題ねえって寸法さ。綿でも振り回すようにそいつを持ち上げ、バレルをガコンと敵に向けると、網膜んところをカーソルが動き回り、ゾンビの群れをロックする。ピピピ、と胸のすく音。アメコミの悪役みたいなイカした笑顔。いいねえ、この感じ、昔観た漫画を思い出すぜ。

 殲滅だぜー!

 めちゃハイテンションの、アドレナリンドバドバで、俺は雄叫びを上げ、凶悪な砲弾をヨウシャなくぶっ放した。ダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリダリ、と隕石墜落みてえな轟音とムチャクチャな熱気が砲身から、いやってほど吐き出され、皮膚全体を包みこむ。凄まじい大口径が、次々と休みなくゾンビをぶちぬいていき、お決まりみてえに全身、あっちこっちをグチャグチャにして、ゾンビ映画も真っ青なスーパー・スプラッタを顕現させる。これぞ、この世の地獄ってね。血の池も裸で逃げ出す、真っ赤な洪水、ビバ氾濫。んー、超クール。前に突き出たゾンビの腕が木っ端微塵に砕け消え、爪やら指やらバラまきまくって、パラパラ、ドチャドチャ、ちょっといいじゃんな音を出す。掌を貫いた凶弾が頭から腹、足までヨウシャなくぶっ壊し、粉砕し、血とか内臓が盛大に、それこそ、ドッパーという擬音で飛び散った。赤い液体はスコールみてえにザザッと荒野に降り注ぎ、相手の体のでかさもあって、あっちこっちに池みてえな、いや、最早、湖みてえなバカでかい水溜まりを作ってく。足にはでっけえ、でっけえ大穴たくさん。そっから向うの景色見えるくらいで、いくらでけえつっても、流石にゾンビもフラフラしちまう。そこを、バシッと、追いアハト・アハト。ゾンビ共の全身には更に風穴。次々引くくらいに開いてって、そんで、バランス崩した奴から順繰り順繰り倒壊道中膝グロげ。グジェリと脂肪の潰れる音。揺れる地面。巨体がドスンと転がった。薬莢がジャンジャカジャンジャカ廃墟を埋めて、燃える空気と命の破裂。重量。光輝。死の轟音。ああ、いい熱、爆音、サイコーだあ! ギャハハっつー、アニメみてえなバカっぽい笑い声を上げ、トリガーを引きっぱなしにすること十数分。カシャンと、弾丸の切れる音がして、リロードしなくちゃと思ったのも一瞬、周りを見て、ああ、これが最後の一発ねと理解する。カランと虚しい金属音。意識の緊張と興奮が解け、体中がダラーって、垂れたパンダみてえに力の抜けた感じになる。顔を上げ、改めて辺りを見回すと、動けるゾンビは一匹もいなくなっていた。みんな死んだ死体に逆戻り。荒野は薄汚れた赤に染まり、あちこちで腐った肉がのさばった。

 ふう。

 すっかり敵をぶっ潰して、満足の息。アハト・アハトを手放すと、それは地面に衝突する前に、小せえ立方体の群れになって消えた。それを見届けてから、ついつい反射的に大きく伸びをして目を閉じた。まぶたの裏にデジタル時計が現れる。

「あ、もうこんな時間か……」

 それを皮切りにキーンという甲高い音がして……。

 静かな、しかし、もっとも人間の聴覚神経に働きかける周波数のアラームが、男の覚醒を淀みなく促した。腕時計型ウェアラブル・コンピュータ(通称WC)には睡眠状態の浅い時を見計らって目覚ましを鳴らす機能があり、男は常に爽やかな目覚めを味わえた。彼は、眠気も疲れも一切見えない、健やかな表情で起き上がり、そのまま浴室カプセルに向った。屹立するそれの蓋を開け、中に入ると、支えにもたれかかり、手足を広げた。蓋が締まり、四方から液体とシャボンが飛び出した。機械は効率的かつ合理的に身体を洗浄、乾燥させ、数分でシャワーは終わった。男は裸のまま寝室に戻ると、クローゼットを開き、白色の全身タイツをそのまま身に着けた。WCを操作し、お勧めから適当な色を選ぶと、スーツのホログラフィック映像を展開する。姿見を覗くと、またWCをいじり、フェイス部分をホログラムで覆った。元の顔を適切に加工したその映像は、「表情が柔らかく見えつつも他人からは侮れない強さも漂わせた若者向けスタイル」という指定通りの出来栄えだった。男は台所に移って食事の準備を始めた。と言っても棚から個包装の粉末を選び、白湯に溶かすだけだ。一食当たりの必須栄養素とカロリーが詰まった、厚生労働省認定の完全食パウダーで、各社努力の結果、数百万近い味が存在していた。今日の気分に合わせてオムライス(百年前まで食べられていた擬洋食)セットを取り、三種の粉末をそれぞれカップに入れてお湯を注ぐ。定められた順番で飲み干すと、備え付けの食洗器へ軽やかにカップを放った。機械は小さく振動し、食器を適切な位置に動かした。

「おっと、忘れてた忘れてた」

 男はおどけた調子で引き出しを開け、赤青黄に塗り分けられた三種のピルを取り出した。椿色は睡眠補助剤で、脳に作用することで睡眠の質を大幅に引き上げ、必須睡眠時間を三時間にまで引き下げる優れものだ。桔梗色はストレス軽減薬であり、コルチゾールやアドレナリンの分泌量をコントロールすることでストレス感応性を鈍化させ、精神耐性を向上させる。桔梗薬発明の結果、自殺率は大幅に減少し、今や自殺で死ぬ人間は富裕層以外に存在しなくなっていた。蒲公英色のピルは集中力高高度促進錠、通称フォーカス・メディスンと呼ばれる。これは脳内ホルモンとシナプスの電気信号をコントロールすることで、脳機能の活性化と鎮静化を同時に行い、集中力を極限まで高める。かつては発達障害患者に頻繁に見られた、過集中現象を人為的に引き起こす薬なのである。薬品摂取後、WCをコントロールすることで、任意のタイミングで集中力を最高レベルにまで引き上げることができ、その状態を八時間継続させられる。この状態に入った人間は直径五メートル圏内で爆発が起きたとしても、何ら気を紛らわされることなくタスクを続行できた。これら三種の錠剤は厚生労働省から就学年齢以上の国民に、毎週規定量が支給され、学校や仕事前に頓服することが半ば義務化していた。上記薬品が開発・発売された当初は、富裕層やエリート層がこぞって買い求め、彼らの資産・収入が有意に増加した。そのため、幅広い階層で当該薬品を求める声が高まった。そこで政府は製薬企業を買収、三種の錠剤の配給を決定した。その結果、日本はグローバル経済戦争における圧倒的優位を取り戻し、そのGDPは米中を追い抜いて一位になった。男は、やべえやべえ、と思いながら、三原色をまとめて飲み込み、ランチ用の粉末を携帯ケースに詰めた。

「よし、準備完了」

 男は一人ごちると、「消灯」と小さく言った。部屋中の電気がひとりでに消え、ドリーム・キャッチャーの電源も落ちた。ドアに手をかけ、外に踏み出す。

「ふうー、いい朝だ」

 冴えた空気を肺の奥まで吸い込む。紺色の空に月と星が輝き、一筋、流れ星が走った。WCの時計を見ると、もう午前二時半だった。

「やっべ、ちょっとギリギリになっちった」

 少し慌てながら男は小走りに駅へ向かった。時間ギリギリだったから自動運転タクシーを使ってもよかったが、家計を考えて走ることにした。道中、今夜見る夢のことを考えてニヤニヤ笑った。

 ドリーム・キャッチャーは二十年ほど前に開発された寝具で、微弱な磁気を脳細胞に流すことで、使用者に好きな夢を見せることができた。赤青の指定ピルを使っても人間の心的、身体的疲労を完全には解消できず、その蓄積が健康被害をもたらすことが以前から問題視されていた。それに対するソリューションが、「夢の持つ疲労軽減作用の定量的研究」という論文で、夢体験が人間の疲労低減および感情制御に大きな効果を持つことを証明するものだった。これを受け国は、種々の機械メーカーを買収して個人的夢体験最適化装置の開発に巨額の資金を注入、遂に通称ドリーム・キャッチャーの完成にこぎ着けたのだった。この装置によって労働環境の最終的改善は達成され、政府は労災やストライキの根絶を宣言した。実際、過労による健康被害は激減。経団連および政府は労働時間の肯定的見直しに着手し、結果として週の労働時間上限が百十二時間に引き上げられ、年間休日付与の努力義務は三十日に削減された。

(そういえば、じいちゃんの世代とかだと週八時間労働が普通だったんだっけ? なんか、今考えると信じらんねえよな)

 何とか電車に間に合った男は、つり革を握りながら朝の黒空を見つめた。車内は人で溢れ、WCはいじれないから、毎日の短い移動時間は否応なく思索に費やされた。

(正直、短すぎって感じ。まあ、昔は薬とかなかったわけだからわからんでもないけどさ、それでも八って。小学校より短いわけだし、どうなってんのって感じだぜ。そりゃ、経済も停滞しますわ。にしてもそんなに早く帰って一体、何してたんだ? ドリーム・キャッチャーもないなら、まともな娯楽なんかなさそうだけどなあ……。まさかずっと寝てたとか? いやいや、流石に……。そういや、昔は映画や漫画なんかも外付け機器で見てたんだっけ? ……それって、確か結構時間がかかるんだよな? 詳しくは知んねえけど、カミ? を手で何かしなくちゃいけないらしいしな。それなら、まあ、時間が有り余るわな。そういや、名作映画を観るだけで一生が終わってた、なんて話も聞いたな。なんじゃそりゃ、時間の無駄だぜ、たく。ああ、にしても気楽でいいもんだよ。昔の人がもっと頑張ってくれてりゃあ、今頃、アメリカや中国に追いつかれそうってことで、ビビんなくてもよかったのにな……)

 あれこれ考えている内に車内アナウンスが流れた。

 間もなく、霞が関、霞が関……。

 電車は滑らかにホームへ流れ込み、停車位置にピッタリ停まった。扉が開く。チャイムが鳴り、人間が吐き出されていった。


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