第39話 忘れ物を取りに来たんだが?
時は打ち上げ前まで遡る——
俺は楓に打ち上げに先に行っててくれと伝えて、教室に忘れた携帯を取りに向かった。せっかくならみんなと一緒に行きたかったが仕方ない。
教室に足を踏み入れるとそこにはもう誰の姿もなく、夕陽に染まった茜色だけが静かに時間の流れを語っていた。
自分の机へと向かい中を漁ると携帯は簡単に見つかった。
俺はそれを手に取り画面を確認する。そこには打ち上げ会場のURLと1件のメッセージが入っていた。
【楓:会場はここ!先に始めてるから着きそうになったらまた連絡頂戴!待ってるよ♡】
そんな内容に俺は少し口元が緩む。
最後の♡の文字がめっちゃ気になっちゃうじゃん?俺、思春期の男子だし……深い意味はないだろうけど。霞はメッセージ冷たいから楓は癒やしだわ……
そんな童貞臭い事を考えながら楓の元に向かおうと足早に教室を出た時、視界の隅にふと見慣れたシルエットがよぎった。抜群のスタイルに黒髪のハーフアップ……
「………霞?」
その方向へ視線を向けると、霞が廊下の突き当たりの部屋へ入っていくのが見えた。丸山と一緒に、しかも彼に肩を抱かれながら嫌がる様子もなく。
いつもは丸山に触れられることを嫌がっていたはずなのに……
そんな光景に思考が追いつかずその場で固まってしまう。
見間違いではない、確かに彼女だ……なぜ?
俺は頭を振って記憶の残滓を散らそうとした。だが、心を引き留める見えない鎖が楓の元へ向かう足を縛りつけた。
まるで誰かに操られるように霞たちが入っていった部屋へと足が向く。
一歩踏み出すたびに、罪悪感がじわりじわりと胸の中を満たしていった。
何やってんだよ俺、ストーカみたいなことして。最低だろ……
霞にもプライベートがあるし彼女なりに考えもあるだろう。
別に霞は俺の彼女でも何でもない。俺は彼女を買った、ただそれだけだ……なのに……
心は何度も引き返そうとしていたのに身体だけが勝手に前へ進んでしまう。
斜陽が差し込む人気のない校舎。無人の教室に男子と女子が二人っきり……恋愛経験のない俺だって何をするかなんて容易に想像が付く。
気づけば目の前には彼女たちが入って行った教室の扉が静かに佇んでいた。
彼女は丸山に興味がないと言っていた。でもそれが俺への配慮からくる言葉だとしたら……?
彼女を信じたい、今しているこの行為は彼女への裏切りでは?
そんな感情が俺の心を押しつぶす。
一度深呼吸をする。すると少しだけ冷静になる思考。
俺は霞を裏切りたくない。彼女を信じよう。
だからそっとその場を去ろうとした。その刹那——
「柴乃宮さん!!君が好きだ!!俺と付き合ってくれ!」
ドアの向こうから響いた丸山の声が俺の時間を止めた。目を見開いたまま鼓動が一際大きく響く。足は重りでも付けられたみたいにその場に張りついていた。
聞きたくない……こんなの聞きたくない……来るべきじゃなかった……
そんな後悔が胸を占める。こんな話を聞いてしまった後で、俺は彼女にどんな顔を見せればいいのだろう。
「……丸山君。あなたとお付き合いは出来ないわ」
霞の声を耳にした瞬間、安堵が胸を満たす。それと同時に胸の奥を黒い感情がじわじわと蝕んでいく。
少し嬉しかったんだ。そんな自分が何より許せなかった。
俺は丸山以下だ……何一つ行動に移せないダメな男。なにが霞に見合った男になるだ……そんな戯れ言、反吐が出る……
「なんで?君も俺の事気になってでしょ?まわりのみんなも俺たちはお似合いだって言ってるし、一度試してみようよ?」
「だから無理だと言っているの。そもそもあなた、サッカー部のマネージャーはどうしたのかしら?」
「知ってたんだ……彼女とは別れたよ。柴乃宮さんの為にね」
「そう、じゃあ早く彼女と仲直りすることね。まだ間に合うかもしれないわ。私はあなたのこと全く興味ないの、つけあがらないでほしいわね」
ふたりのやりとりが途切れる…………そして次の瞬間——
ドンッ
何かがぶつかる鈍い音が部屋の中から響き渡る。すぐに霞の「キャッ!?」という小さな悲鳴が続いた。俺は身体が跳ねると共に反射的に拳を握る。
「なにその言い方?黙って俺の彼女になれよ。俺ほど完璧に近い人間なんか殆どいないぞ?普通の女ならすぐに尻尾を振るのに……」
「ちょっと!何するの!?離して!嫌っ!?」
霞のどこか焦りを含んだ声が俺の鼓膜を揺さぶる。
その瞬間、全身に血が巡り一気に熱がこみ上げるのを感じた。
………アイツ、霞に何してやがる…………………………
迷っている暇なんてなかった。気づいた時には扉を乱暴に開けていた。
目の前で霞の細い腕をつかんで壁に押しつけている丸谷。霞は丸山から顔を背けているがふたりの顔は触れるほどに近い。
その姿に俺の中で何かが音を立てて静かにキレた。
「おい……なにしてんだお前……」
「きょ、恭介!?」
「鷹村!?」
ふたりの視線が同時に俺に向けられる。目を丸くしたまま一瞬言葉も動きも失ったようだった。
「鷹村!?なんでお前ここに!?」
丸山は我に返ったように焦りの混じった声色で俺に怒鳴ってくる。俺はそんな彼の顔を殺意を込めて睨みつけながら、もみ合った様子のふたりにゆっくり近づいてゆく。
「ちょっと忘れ物を取りに来た……お前その手、邪魔だから離せ」
俺は霞を掴んでいる丸山の手首を荒々しく握ると「痛っ!」という短い声とともに、あっさりと手を離した。コイツは所詮その程度なんだろう。
「霞、帰ろう」
そっと握った彼女の手はかすかに震えていた。気丈であろうとしていたのは分かる。でもこの状況で平気なわけがない。俺はただ黙ってその手を包み込こむ。
「なんだよ鷹村!!俺はいま彼女と話してんだよ!忘れ物がここにあるわけないだろ?とっとと失せろ!」
「ああ?忘れ物はコイツだけど?」
霞を引き寄せ肩に手を添える。驚いたように目を見開く彼女。
だが、丸山は怒気を露わにし牙を剥くような視線を俺に向けてきた。
「はあ?お前何言ってんだよ?柴乃宮さんの彼氏でもないくせに!!遂に頭イかれたか!?お前みたいなクズが彼女なんかと……」
「俺はこいつのご主人様だ、だから俺のモノなんだよ。文句あるか?」
「恭介………………」
彼女は顔を真っ赤にしながら、ゆっくり俺に歩み寄り抱きついてきた。
その様子を見た丸山は、怒りに震えながら怒鳴り声を上げはじめる。
「ごっ、ご主人様!?どうかしてるぞお前!?柴乃宮さんもこんな目立たない社会のゴミたいなヤツの何がいいんだよ!?こんなヤツと一緒に居たら君の価値が……」
丸山の言葉が終わる前に霞が俺を離れて飛び出すと次の瞬間、彼の頬に鋭い平手打ちが響き渡った。
パンッ
「私の恭介を侮辱するのは許さないわ!!恭介が我慢してるから……だから彼の為に私も我慢してあなたに合わせてたけどもう限界よ!あなたなんて恭介の足下にも及ばない存在よ!!私の前に今後一切姿を見せないで!最高に不快よ、この下衆野郎!!」
彼女が再び腕を振り上げた瞬間、俺は反射的にその腕を掴んで止めた。
誰かを傷つければその痛みは自分に返ってくる。俺はそれを彼女に味わわせたくなかった。
「霞、もういい。そんな事する価値もない」
その手が下ろされ、次の瞬間彼女は俺にしがみついてきた。
唇がぶつかるように重なり迷いなく舌を絡めてくる。そのキスにすべての感情を込めるように…
「………………んっ♡」
あまりに唐突すぎて頭がついていかない。それなのになぜか冷静だった。
ちらりと視界に入った丸山は口を開けたまま言葉にならず、叩かれた頬をさすりながら虚ろな目で床に崩れ落ちていた。
そんな無様な彼に霞は冷ややかに顔を向けてとどめを刺すような一言を放った。
「これでわかった?私は恭介だけのモノなの。私の身体も心も彼だけのモノ。彼は私の全てなの。あなた如きが入ってこないで………それと、あなたに襲われたって先生に報告しておくわね……これで終わりね、さよなら丸山君……」
彼女の声は冷たく突き放すように鋭かった。丸山を一瞥するその目には一片の情もない。
けれど俺の方へ顔を向けると、光悦の表情ですべてを預けるように首に腕を回しもう一度強く抱きしめてきた。
俺は彼女を片手で抱き寄せ、彼女を守るために丸山に言葉の釘を打ち込んだ。
「もし次に霞に手を出そうとしたら、今度は俺がお前をぶん殴る…………手加減できねぇから覚悟しとけ……」
丸山は言葉を失い、微かに頭を動かしただけだった。
彼女はそんな彼を確認すると満足そうに俺の手を引き教室の外へと足を向けた。
「恭介、行きましょ♡」
「ああ……」
その手に込められた力強さに俺は逆らえなかった。
廊下に出ると、彼女はそっと腕を絡めてきて俺たちは寄り添いながら歩き始めた——
次回:その日生徒会長は…
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