第23話 えっ?なんで一緒に風呂入るの?
その日のバイトを終えたのは19時過ぎ——
疲労感を抱えながら俺は家を目指して一直線に歩いていた。
ガチャリと音を立てて開いた玄関の向こうには、どこかほっとするような暖かな灯りと美味しそうな食卓の香りが漏れている。
「ただいま」
俺はそう言って靴を脱ぎ家に上がると、すぐに奥から足音が近寄ってくる。
「お帰り、恭介」
霞が小さな声でそう言って微笑んでくれる。これが俺の最近の日常。
彼女を買ったあの日から、俺の人生は思いもよらぬ方向へと進んでいる。
でもそれが悪いなんて一度も思ったことはない。
「どうする?ご飯も出来ているけど、お風呂にする?それとも、わ・た・し?♡」
「お前……それやりたいだけだろ?」
「そんな事ないわよ?むしろ私を選んで欲しいくらいよ、最近ムラムラが酷いの」
「お前……それ俺に言ってどうすんだよ!?」
「それは恭介が考えてほしいわね♡」
こんなのも俺の日常……これは正直辛い。その、嫌とかではなくて俺もムラムラしちゃうから……
どうしても俺の貞操観念上、付き合わなければ一線を越えてはいけないという古臭い考えのせいで、日々気合いでムラムラを押さえつけているのが現状だ。
「霞……いつもご飯ありがとな」
「ふふっ♡いいのよ。ほらっ、ご飯一緒に食べましょ」
「そうだな」
俺は軽く洗面所で手洗いうがいを済ませると、彼女の背中を追ってリビングへと向かう。そこには数週間前までは考えられなかった光景がいつも広がっている。
ダイニングに灯る温かな照明。その下に並んだ料理たちはどれも美味しそうで、見ているだけで気分が上がる。
この歪な関係さえなければ心から幸せを感じられるはずだろう。
思っていた以上にお金が絡む関係というのは心をじわじわと蝕んでくる。最近、それを痛感するようになってきた。もちろん気の持ちようかもしれないが……
恋愛経験がない俺にはそれがまるで、動けなくなるほどの重たい足かせのように感じられてならなかった。
俺は霞と一緒に席に着くと、両手を合わせ「いただきます」とつぶやいて食事を始める。
彼女が作り上げてくれたこの空間は、今や俺にとって欠かせないものになってきている。
だから、もしそれを失ったらと思うと心の底から怖い
そんなことを考えながら、俺は今日も彼女との大切な時間を少しずつ消費していくのだ。
————
食事を終え、ふと溜まっていた疲れを感じた俺は早めに風呂に入ることにした。
最近はなんとなく霞が先に入っていたから、念のため彼女に声をかけてみるが「私はあとでいいわ」とのことで俺は脱衣所へと向かった。
手早く服を脱ぎ、浴室に入ると頭からシャワーを浴びる。温かさが全身を包み込み、自然と息が漏れる。
全身を丁寧に洗い、清潔さと共に一日の疲れを洗い落とすと静かに湯船へ身を預けた。
最近は特に清潔感に気を使っている。理由はわかるだろ?なんだかんだ霞とその……色々ある可能性が大いにあるから…
俺はじっくりと湯船に浸かりながら目を閉じる。そして力を抜こうとしたその刹那…
パチッ………
微かな音に導かれるように目を開けると、目の前には突然闇が満ちていた。
……ん?………停電?
そう思って辺りを見回す。すると今度はガチャリと小さくドアが開く音が耳に飛び込んで来た。その音の方向へ目をやった俺は言葉を失った。
「……っ!?」
「恭介……入るわよ?」
そう言いながら霞が浴室に入ってきたのだ。しかも裸で。
まあ風呂って裸で入るものだからそりゃ当たり前だよね……っていうワケにはいかないんだよ!!
「霞!?何やってんだよ!?」
「あなたと一緒にお風呂はいるのよ」
「はあっ!?」
ああそうですか、ではこちらへ、ぜひ湯船をご一緒に……ってなるか!!
彼女は両手で大事な所を覆いながらじりじりと俺に近づいてくる。そのたびに薄暗い中でもその輪郭ははっきりと姿を現し、目を奪われるような身体のラインが俺の視界に焼きついていく。
「流石にそれはマズいって!俺出るぞ!?」
俺は彼女の身体をできる限り見ないように下を向きながら湯船から出ようとする。
「ダメッ!!出ないで!!」
急に浴室に響く彼女の声。両手を広げて俺が湯船から出れないようにブロックしたせいでもう全てが丸見えだ。
マジかよっ!?暗闇に慣れてきたせいで全部見えてるって!!おっぱい綺麗だなおい!!
頭がパンクしそうなくらい混乱している俺に構うことなく、彼女は俺の肩に手をかけるとその手は俺を湯船の中へと導いていった。
「ちょっとまっ……」
チュッ……♡
彼女は抵抗しようとする俺に急に口づけをして黙らせると、なだれ込むように湯船に滑り込んでくる。
全ての事があまりに突然で俺は完全に思考が停止。大人しく湯船に身体を預けた。
霞マジでどしたん?……これさっき言ってたムラムラが酷いってやつ?…
完全に思考が現実逃避……
湯船の背にもたれるように横になる俺の上に、霞が覆い被さるように重なってくる。
彼女の美しい顔が目の前にある。自然と視線が絡まり合い、時間がゆっくりと流れ始めた。
吐息が首筋に掛かり、彼女の大きく柔らかいおっぱいが俺の胸に当たる。優しい刺激が身体を駆け巡る。
「ねぇ恭介……」
かすれそうに小さな彼女の声が俺の耳に届く。その言葉の続きは思いもよらないものだった。
「神山先輩の事……どう思ってるの?」
「先輩の事?なんでそんな事聞くんだ?」
失言を追加。でもわからないんだからしょうがない。
彼女の表情が険しくなり少しだけ声を荒げる。
「なんでって、気になるからよ!」
「おい!わかったって!……別に何とも思ってないぞ?ただのバイトの先輩」
「ほんと?」
「本当だって!」
なんなんだ今日の霞……なんかおかしいぞ?唯先輩となにかあったのか?
彼女はまた小さな声で俺に聞いてくる。
「好きとか……付き合いたいって思ったりしてない?」
俺は彼女の言葉に素直に驚いた。そんな事思った事もなかった。確かに先輩は可愛いが、そもそも職場の先輩であり女性として見たことなんて……
「それは絶対ないだろ」
「そう……信じてもいいのね?」
なぜかいつもと違う声色や話の流れを作る彼女に強い違和感を感じる。俺には今の彼女がなにを考えているのかわからない。
「信じるもなにも、そんな事考えた事ないって……霞?お前今日なんか変だっ……!?」
「………んっ♡」
俺が最後まで言い切る前に彼女はもう一度唇を重ねてきた。
今度は深く、激しく舌を絡めてくる。そのキスはまるで何かを求めるように切実で……そして長く続いた。
「恭介……」
「なんだよ……」
暗がりの中でも彼女の瞳が潤んでいるのが見て取れた。荒くなる吐息が、彼女の高ぶる感情を物語っているようだ。
「エッチしよ…………」
俺が何よりも恐れていた言葉がついに口からこぼれ落ちた。その甘美な響きは俺の心を高ぶらせると同時に奈落へと突き落とす。
その言葉を受け入れたらたぶん、俺は彼女と付き合う事が出来なくなってしまう。
それを受け入れた弱くて欲にまみれた自分が許せなくなるから……
今ここで好きだと言えたらどれだけ楽だろう。それで付き合えたとしても、それは彼女が激情に流された結果であり、いつか結局後ろめたい結果になるだろう…
こんな状況に身を置く俺が言うのも変な話だが……霞が大事だからこそ、せめてそこだけは誠実に彼女と向き会いたいんだ。
「霞……俺、まだ心の準備が……」
「………わかってる…………けど恭介このココ、辛そう……」
彼女は気づいていた、俺の心とは別に反応してしまう身体に。
そっと彼女が俺の股間に手を触れると、一瞬で全身に痺れるような衝撃が走った。心臓は暴れるように脈打ち、体中に熱が駆け巡る。
「霞っ……ダメだ!お前の大事なものをこんな感じで失わせたくない………」
その言葉を伝えた瞬間、俺の身体はまるで糸が切れたように力を失っていった。
意識はみるみるうちに沈み、目の前の景色がぼやける。そして抗う間もなく俺はその場に崩れ落ちた——
次回:私に渦巻く醜い気持ち——霞SIDE
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