男と猫
むかしむかしあるところに、一人の男と、一匹の猫がいました。
男は、それはそれは猫のことが大好きで、どこに行くにも、何をするにも、猫を連れて歩きました。
ある日から、男は自分の体を思うように動かせなくなり、寝たきりになってしまいました。
そんな男の傍らには、いつも寄り添うように猫がいました。
日に日に男は弱っていき、石のように冷たくて重い手で猫を一撫でした後、静かに、息を引き取りました。
――――――
「おい、おい。じいさん?」
十数年世話になっている男が、動かなくなってしまった。猫の手に置かれた手は、先ほどよりも冷たく、硬く、重たくなっていく。
「おいってば。重いんだけど。」
自由が効かない体勢。まぁいいか、まだ眠たいし。
猫は、夢の中へおちていった。
――――――
「おい、おい!おいってば!!」
うるさいなぁ。まだ寝かせてくれよ。
「おい起きろ!どーなってんだこれ!!」
何が?
「俺今死んだんだよな!?」
は?
「なんで俺の死体が目の前にあるんだ!?」
は?何言ってんの?
「わけがわからん!」
いやそれ俺のセリフだし。
「てゆーか手!手が重い!!」
いやそれも俺のセリフ…。
「身動きがとれん!!」
いや俺も…。
「なんなんだこの状況はー!死んだんだから安からに眠らせてくれないのか!!」
さっきから何言って…
あ。
そういう…こと?
――――――
「まさか俺、猫になってる…?」
まさか俺、お前になってる…?
「いや俺、もう生きなくていいよ、生きるの疲れたよ。」
いやお前はそうだろうな。でも俺はまだまだ生きて、のらりくらりしたいんだが。
「え、これって、どういう状況?」
頼むから夢オチであってくれ…。
――――――
「手、まだ乗ってるし。」
冷たく、硬く、重たい。まるで、ここから動かすものかという、強い意志すら感じる。
「はぁ…。…ん!?」
――――――
「あれ!?今一瞬戻れたような気がしたんだが!?」
いや、うん。俺も思った。
「もうやだ…。安らかに眠らせてくれよ…。」
俺は今すぐ体を動かしたいね。
「だから手!手が重いんだって!!」
動かせねぇんだよ!!
――――――
「困ったなぁ…。」
困った。
「まぁでも、このまま動かないでいてみるのもいいか。」
そうかもしれないな。
「それにしても、死んだと思ったら猫になって。猫になったと思ったら動けなくて。」
これは死んだも同然だな。
「こいつの寿命も、そんなに長くはなかっただろう。」
はて、俺にも寿命がきていたのか。
「このまま、一緒に逝けたらいいのになぁ。」
だからそれは困る。俺はまだまだ生きて、のらりくらりとしたいんだ。
「なぁ、このまま一緒に、眠ってしまおうか。」
――――――
むかしむかしあるところに、一人の男と、一匹の猫がいました。
男と猫の間には、ゆっくりと、男と猫だけの時間が流れていきました。
やがて、男が息を引き取ると、猫も後を追うかのように息を引き取りました。
男と猫は、まるで眠っているかのように、死んでいるのでした。






