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小箱-kobako-  作者: 枇榔
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満月船-mangetsusen-

昔々、船で川を渡ることが主流だった頃のお話。

 満月の夜にだけ、川を渡る船。それは私。


 船頭(せんどう)さんが()いでくれなければ、私は動けない。


 動けない間、私は川縁(かわべり)に縄で繋がれている。


 雨が降れば濡れて、太陽が照りつければ乾いて。


 風が吹いても吹かなくても、水面に体を預けて。


 暑かろうが寒かろうが、身を任せて。


 そうして、満月の夜を待つ。


 船頭さんがやって来る頃には、人の列ができている。


 乗れるだけの人を乗せて、川向こうへ。


 川向こうへ辿り着いたら、こちら側にも人の列ができている。


 乗っていた人は降りて行き、また乗れるだけの人を乗せて、川向こうへ。


 人の列が無くなるまで、行ったり来たりを何度も繰り返す。


 夜の暗いうちに終わることもある。朝日を浴びるまで続くこともある。


 人の列がなくなったら、船頭さんは一往復してから、私を川縁に縄で繋いで、いそいそと帰っていく。


 そうしてまた、次の満月の夜を待つ。


 私の体が朽ち果てるまで、その日々が繰り返されていく。





 あれは、ある秋の出来事だったと思う。


 「すみません、船を出してくれませんか。」


 緋色のちゃんちゃんこを着た細長い男が、話しかけてきた。


 手には、緋色の風車(かざぐるま)が一つ。


 「川向こうに、娘がおりまして。今日は誕生祝いの日なんです。」


 言いながら、こんこんと乾いた咳をしていた。


 満月の夜にしか船頭が来ませんので。と答えると、男は悲しい顔をして、とぼとぼと帰って行った。


 次の日の夜、緋色の着物を身に(まと)った女がやってきて、口元を袖で隠しながら、細い声で話しかけてきた。


「船を、出していただけますか。」


 言いながら、こんこんと乾いた咳をしていた。


 満月の夜にしか船頭が来ませんので。と答えると、女は悲しい顔をして、しゃなりと帰って行った。


 そのまた次の日の夜、今度は緋色の着物を乱暴に着た男の子がやってきた。


 走ってきたかと思うと、そのまま船に飛び乗り、足をばたつかせた。


 「船出して!ねぇ船出して!」


 昨日から緋色に縁があるなぁと思いながら、満月の夜にしか船頭が来ませんので。と答えると、


 「いやだい!今出して!今行きたい!」


 肩で息をしながら、船ごと川にひっくり返るのではないかというくらいに駄々をこねた。


 明日が満月です。明日また来てください。と伝えると、男の子は急にしょぼくれて、こんこんと乾いた咳をしながら帰って行った。


 次の日の夜は、満月。


 珍しく雲が晴れて、満月が煌々と照らす明るい夜だった。


 いつものように人を乗せて、川向こうに渡った。


 人が降りていくのを見守っていると、木の陰からこちらを見ている女の子を見つけた。


 「おっとうが、帰ってこないの。」


 緋色の髪飾りをしている女の子を見て、ピンときた。


 「誕生祝いの日には、帰ってくるって言ってたのに。」


 それは薄情なお父上ですね、今連れてきますから。と、また川向こうへ。


 人の列は長々と続いていて、それらしき人を見つけられないまま、また川向こうへ。


 お目当ての人が乗っていないことが分かると、女の子はがっかりしていた。


 何度か行ったり来たりしていたが、気づくと女の子はいなくなっていた。


 人の列は、だんだん短くなっていった。


 最後の人を降ろした後、一往復してから、船頭さんは私を川縁に縄で繋いで、いそいそと帰って行った。


 「あの…もし…。」


 鈴虫の()にもかき消されそうな、か細い声が聞こえた。


 緋色のちゃんちゃんこを着た細長い男が、木にもたれて座っていた。


 手には、緋色の風車が一つ。


 口を動かして何かを言おうとしているが、声は私まで届かなかった。


 娘さんがお待ちでしたよ。と伝えると、涙を一粒流し、ぶるりと震えたかと思うと、みるみる狐の姿に変わってしまった。


 (かたわ)らには、枯れた紅葉(もみじ)の葉が数枚。


 狐は、二度と動くことはなかった。

随分前に、別サイトで書いたお話を大幅リメイク。

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