大はしゃぎな一日
到着と共に視界が緑でいっぱいになる。ジャングルはしっちゃかめっちゃかに植物があってなんだか賑やかだ。わっさわさの緑に紛れて派手な色合いの花や果物が差し色になっているのも賑やかさに一役買っているだろう。
自然豊かなのはわたしたちの棲み処の山と一緒だが、雰囲気がまるで違う。広葉樹でもこちらは艶があって硬そうな葉が目立つが、棲み処のほうは葉は柔らかい植物が多い。それに、樹木の枝まで伝うような蔓草も生えてはいない。そのせいか、棲み処のほうはどちらかというと静寂なように感じる。
上から見たときは黒かった沼は近くで見ると白濁とした緑色で思ったよりも大きかった。水底に根を張る木々が本当の大きさを隠していたようだ。ジラおじさんの背中から降りてラテルと並んで沼の畔を歩いていく。目に入る植物や生き物の紹介をされながら沼の中を覗くと、うっすらと動き回る生き物や揺れる水草らしきものが見えた。と思ったら、ワニっぽいのが口を大きく開けて飛び出してきた!
驚いて後ずさると、前に出たラテルが「こら!!」と鋭い声を上げて短い前足でワニをひっぱたく。びっくりした。今まであんな風に真っ向から竜に向かってくる生き物はいなかったので油断していた。一応ラテルよりも一回り大きいはずのワニが、きりもみ回転をしながらすっ飛んでいく。ワァ……。
「いじわるしちゃ、メッ!」
かわいくっても竜。そんじょそこらの生き物には負けない。木にぶつかって痛そうに丸まっていたところをラテルに怒られたワニは、しょぼんとしている。一緒に遊びたくてちょっかいをだしたのかもしれない。
血は出ていなかったが骨が折れたりしてないか心配だったので、ぷんすこしてワニを追いやるラテルをなだめつつ、こっそりおじさんに聞いてみると問題ないと返された。いつも取っ組み合いをして遊んでいるのだそう。そういえばわたし、取っ組み合いは両親とトキトニ兄ちゃんとしかしたことないな。棲み処の生き物と遊ぶときは専ら追いかけっこが主流だ。ジャングルは植物といい、生き物といい、元気が有り余っているみたい。そんなことを考えていると、ラテルが目的の花を指し示した。
「シエ、この花よ」
そこにあったのは紫色の花。水仙と八重咲の椿をミックスさせたような花だった。中心の蕾のような形の濃い紫の花弁を、それより薄い紫の花弁が囲っている。さらにそこに三つの透明のがくが花を引き立てていた。地球にも濡れると花弁が透明になる花はあったが、この花は元からこうらしい。
「ジラおじさんからね、シエは火と水でお花をつくるって聞いてラテルもつくってみたの……」
「綺麗だろう。シエの魔法の話をしたら自分もシエの花をつくると、魔法の練習を繰り返していたのだ」
「も、もしかしてこれ、わたしをイメージした花?」
ラテルがもじもじとしながら頷く。言われてみれば、中心の蕾の形は炎を彷彿とさせ、透明ながくに合わせるように徐々に色が薄くなっていく花弁は波に見えた。綺麗な泉から紫の炎が生まれた、みたいな絵画のような花だ。
「こ、こんなに綺麗なお花をありがとう……!とっても嬉しい!」
「えへへ!」
「よかったなァ、ラテル」
感謝の意を示して頬を摺り寄せる。感動で涙が出そう。ラテルは嬉しそうにクルクル鳴きながら足踏みをしていた。飛行訓練のときのように体から花が生えたりはしていない。あれは興奮したときだけに生えるのかも。
わたしをイメージしたという花に当たらないように慎重に近づいて匂いを嗅いでみるが、匂いまでは考えてなかったのか草の匂いしかしなかった。
「地属性の魔法でつくった植物って、引っこ抜かれたらどうなるの?」
ラテルに聞いたつもりだが、ちょうど蝶々に鼻先をくすぐられてくしゃみをしたところだった。代わりにおじさんが答えてくれる。
「また同じ場所に生えてくるぞ。引っこ抜かれたほうはそのうち枯れてしまが、魔力を回収しなければそこにあり続ける。水竜のつくった水溜まりと同じだ」
水竜が魔法でつくった水を置きっぱなしにすると、動物たちに飲みつくされてもなくならないし、雨が降っても氾濫しない。水をつくるときに「綺麗な水」を想像すればずっと綺麗なままだ。浄化作用が働くのだろう。
「さすがに魔力を手放して放置すればただの植物になるがな」
普通ならばそのまま枯れてしまうのだろうけど、それで逆に繁殖した植物とかありそう。場合によっては星霊さんに説教されるやつ。しばらく顔を洗っていたラテルが、会話が終わったタイミングでわたしの体をつつく。
「シエのも見たい」
お?わたしのつくった花が見たいって?任せて!水を螺旋状に回転させて派手に花の形をつくる。いつもはこんなパフォーマンスなんてしなけど、今日はサービス。花の中心に極小の黒と白の火をいくつも灯した。色味は違うが、棲み処によく生えている花だ。「よく生えている」というのは繁殖力が強いのではなく、咲いている期間が長いという意味だ。じっくりと観察できるので、魔法でなにかを模す訓練に持ってこいだった。いや、時間が有り余っているからなんだってじっくりと観察できるけども。
「わあ……きれい……」
「うーん……もうちょっと……」
咄嗟だったから白と黒の小さな火にしたけど、どうせならラテルの星空のような鱗を再現してみたいな。さっきの花はそのまま、新しく青みのある黒い水をつくり出してみるがまだ少し黒い。あまり水や火に色を付けたことないからすぐにはうまくいかない。また新しく水をつくる。
「シエ?」
「もっとラテルっぽい花にしたい……」
「ラテルもお花つくる」
水で星空を表現するだけなら、水面に浮かぶ星空をイメージすればいいのでそんなに難しくなかった。でも二属性でやるなら星の部分は火を使いたい。しかし極小の白い火をたくさんつくるのがなかなか難しい。ここからこの火をいい感じに散らばせるのか。繊細な作業だ。
近くで作業しているラテルの鱗を参考に微調整していたら、ふいにサバレさんの声が聞こえて集中が途切れた。いつのまにか至る所に黒っぽい水が浮かんでいる。
「あら、静かだと思ったら魔法で遊んでいたの」
「二人ともいい子で遊んでおったぞ。見ろ」
「まあ綺麗」
座ってまったりしていたおじさんが立ち上がり、一つの水の球を鼻でつつく。ぽよんと揺れる夜空色の水には白い小さな花が漂っていた。
「いつのまに」
「ラテルがやったの」
ラテルが胸を張る。前世にこういうインテリアあった気がする。バーバリアンみたいな名前の……なんだっけ?とにかくフレーツお姉さんが好きそう。サバレさんもこういうおしゃれなのが好きなのかキラキラした表情をしている。サバレさんはよさげな場所を探すと、クリスタルのような透明の石を地面から生やして上面を平らにすると中心をへこませた。
「シエ、シエ、ここにこのお水を注いでくれるかしら?」
「うん!」
意図を察して思わず大きな声で返事をしてしまった。サバレさんの指示通り、窪みに夜色の水を注いでいく。隣でラテルが淵に手をかけてその様子を覗き込んでいた。クリスタルは体高の低いわたしが覗けるぐらいの高さだからそこまで高くはないけど、小さいラテルにはまだ見えない。いつのまにやらサバレさんがクリスタルに足場をつくってあげていたようだ。
「ラテル、ここにおは――」
「お花?お花?」
「ええ!お願いね」
ラテルが花を浮かべている間に、気の利くおじさんが植物をいい感じに整えていった。移動させられた木から何事かと小動物が降りてきておじさんの背中で見物している。わたしも魔力を回収して後片付けをしよう。
「おお、いい出来だな」
「ふふ、あとでペグラに自慢しましょう。きっと悔しがるわ」
なんてことでしょう。ジャングルに忽然と神秘的なバードバスが現れたではありませんか。
小動物たちもおじさんの背中から興味深そうにしている。ちゃんと綺麗な水をイメージしたおかげで汚れることもないので、存分に水浴びするといい。現時点ではものすごく警戒されているけども。大丈夫だよ。色が黒っぽいけど、飲んでも問題ないぐらい綺麗な水だよ。
「そろそろ降りてきてるわね」
出来栄えに満足気なサバレさんが砂地に戻ろうと言った。ラテル一家の棲み処だと狭いらしく、みんなで砂地でお泊りと聞いたラテルが大喜びだ。行きと同じように転移すると何故かへとへとになっている両親と一人ピンピンしているペグラさんがいた。
「あ~~~シエ~~」
ものすごく疲れた声を出した父がわたしに尾を絡めてくる。母も無言で羽の下に仕舞いだした。もうわたしもそこそこ大きくなってきたから、羽の下に仕舞うのは大変じゃないかな?人間でいうとたぶん一〇歳ぐらいの感覚なんだけど。
「な、なに?疲れてるね?回復のシャワーいる?」
「いる……」
いつも以上に覇気なく答えたのは母だ。暑いから温度は少し下げたほうがいいかな。竜に温度なんて関係ないけど、なんとなく。自分たちの頭上だけにシャワーを降らせると、ラテルが自分も浴びたいと突撃してきたので範囲を広げる。はい、溶けた竜が六頭になりました。今日はたくさん動いたのでわたしも溶けております。唯一ラテルだけはしゃいでいる。た、体力あるなあ。
「シャワー、気持ちいいねえ」
「本当はね、このシャワーを溜めて泉にしたいんだけど」
「できないの?」
「難しいの」
一応星霊さんに竜が数体浸かれるような大きな穴がある場所か、そのくらいの穴を開けても問題なさそうな場所がないか聞いてるけど、そう簡単に見つかりそうもない。枯れた湖だの、広くて深い穴を開けても平気な地面があればいいんだけど。あ、岩を高く積んでもいいのか。でもそこに暮らしてる生き物とかもいるからな……。
「回復のシャワーを泉にするなら、紫の泉がいい。シエの泉だってわかりやすいでしょ?」
「それ、いい!やりたい!」
水の色を紫にして、さっきつくったみたいな色水の花で飾って……。いや周りに植物を植えて石なんかも運んで景観をよくするのもありだな……。
「はあ、早く温泉つくりたいな」
小さく溜息をついて、シャワーを止めた。さりげなく母が透明な火で周囲を乾かしてくれる。要するに熱だけをつくり出しているようなものだ。最近母が編み出した魔法である。最初は燃えない火で乾燥させていたが、火に耐性がない動物たちが怖がるので透明な火にしてみたらしい。とはいっても熱がくるから、どっちみち動物たちが逃げることには変わりないけど。
「オンセン、ラテルもお手伝いしたい!」
「本当!?いい匂いのする植物とかつくってくれる!?」
「つくる!綺麗な石で泉の周りを囲ったりもする!」
「最高~!」
やっぱり地属性って最強じゃない?お湯以外のほとんどをラテルに任せることになりそう。
「ラテルも、シエみたいに二属性でなにか、闇属性の植物とかつくれるようになりたい」
「きっとつくれるよ!」
「そのときは、ラテルがシエのところに行くの。魔法と飛ぶ練習、たくさんするね。それで、一緒にオンセンつくろうね。約束よ」
「うん!ありがとう、ラテル」
鼻息荒く、気合いを入れるラテルに巻きつ……抱き着く。そのまま二人で夕日に照らされて赤くなった砂の上で転がって遊んでいたら、ラテルが電源が落ちたように寝落ちした。さすがに限界だったらしい。あまりにも突然だったから慌てふためいてしまった。両親が懐かしそうにシエもそうだったとわたしの失敗談を語ってくるのがちょっと不服である。だって、食事がいらない体なら睡眠もいらないと思うじゃん!
次の日、朝までぐっすりコースだったラテルに起こされてまた飛行訓練をした後、全員で沼に行き、ラテルとサバレさんがバードバスを見せびらかした。それにペグラさんが感動し、自分も一緒につくりたかったと悔しがるので、チームを変えながら共同でいろいろつくっていたら、父親チームが邪神が封印されてそうな禍々しい名状しがたい何かを爆誕させていた。たぶんペグラさんの不器用さと父の魔法の大雑把さと手先の器用さが混ざり合った結果ああなったんだと思う。名状しがたい何かはちゃんとスタッフが回収しました。鱗が逆立つかと思った。
その後もジャングルを探検したり、沼にいたワニと遊んだり、充実した数日をラテル一家とジラおじさんと過ごしてわたしたちは帰った。とても楽しい遠出だった!