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二属性の子

「くおぉーー」


 白い雲を突っ切り、空を泳ぐように飛ぶ。眼下には雄大な大地が広がり、見たことのないあらゆる生き物が銘々に暮らしている。景色も匂いも日差しの強さまで違うことに、いよいよ海を渡った実感が湧いてきて、浮き立った心に従って声を上げた。


「ぐおぉぉぉーーーーーー」

「がうぅぅーーーーー」


 わたしが落ちないように見守りながら飛んでいた(とと)(かか)が、呼応するように鳴いてくれてますます気分が上昇していく。

 丸一日かけて辿り着いたここは、棲み処のある大陸とは別の大陸の上空。もちろん睡眠休憩を挟んだ旅程だ。どこまでも続く広い海原は退屈かと思ったけど、波の形や海面の色の変化を眺めたり、波間にみえる海洋生物と戯れたりしていたらあっという間だった。


「ジラ兄さんが迎えに来てくれたみたい」

「そろそろ降りようか」

「はーい!」


 様々な形の岩と岩の間を悠々と歩く小さい岩山――(かか)がジラ兄さんと呼ぶ竜の元へと舞い降りる。小さい岩山と言ってもわたしの何倍はある。竜の中でも大きな竜だ。


「ジラおじさーん!わたし、一人でここまで飛べるようになったよ!」

「ちゃんと見ていたぞ、シエ!成長したな!」

「そうでしょ!へへへ!キュルルルッ」


 トリケラトプスをゴツゴツにしたようなおじさんの赤茶色の頬にスリスリと挨拶をして、そのままじゃれるように首にぶら下がったり背中をうろうろしたり忙しなく動き回る。前世では人間同士のスキンシップはあまり好きではなかったのに、竜になってからすっかり気にならなくなった。


「ワハハハ!元気だな!うむうむ、このまま移動するとしよう」


 こんなに長距離を飛んだのは初めてだから、両親の背を借りることもなく辿り着けたことへの興奮がなかなか落ち着かない。フレーツお姉さんに回復のシャワーをかけに行ったあの日から毎日動物たちと走り回ったり、湖を泳いだりして体力作りに励んだおかげかもしれない。ちょくちょく遊びに来る竜たちが長距離を飛ぶ練習に付き合ってくれたのも大きい。さすがにあんまり遠くへは行かせてもらえず、棲み処から近い場所を何周かしていただけだけど。


「この子、ここまで一人で飛んでいたよ」

「そいつァすごい。こんなにちっこいのにな」

「僕たちも飛べるようになるのに結構時間がかかったんだけどね。うちの子は天才だ」


 おじさんの背中に立ったままのわたしを見て、(とと)が自慢気に鼻先を上げる。親馬鹿発言で気恥ずかしくなってちょっと落ち着いてきたので、背中から降りた。


「みんなが飛び方のコツを教えてくれたからだよ」

「おやおや、僕たちのおかげだったか」

「シエがたくさん練習したからだよ」


 両親が微笑ましそうに顔を擦りつけてくる。二人に手があったらきっと頭を撫でてくれたに違いない。


「小さいほうが飛びやすいのかもしれんぞ。ま、儂は飛べんがな!」

「ジラおじさんは転移が得意じゃない。馬の晨獣様より上手だもん」


 竜は属性に関係なく飛ぶことができるが、地竜たちは飛ぶのがものすごく下手らしい。泳ぐのも下手だが水底を歩いて進めるし、宙に放り出されてもなんかいい感じに着地する。おまけに地属性は土だけじゃなくて植物や鉱石など扱えるものが多いから、かなりいろんなことができるのだ。ちょっと羨ましい。


「そ、そうか?だが儂が転移ができるのは地面のあるところだけだぞ。地竜だからな」


 おじさんが照れくさそうに大きな尾をゆらりと振りながら曲がり角に消えるのを小走りで追いかける。迷路のように立ち並んだ岩の間を歩くのは大変そうだと思ったが、隙間を風が吹き抜けていくのが心地よく、案外居心地は悪くない。


「でも地面は広いよ」

「広さでいうなら海のほうが広いだろう。海なら水中に転移しても、ひび割れたり穴が出来たりして星霊に怒られることもないからな。セイラークのほうがどこにでも行けるだろうさ」

「ええっ(とと)、転移使えるの?」

 

 驚いて後ろを振り仰ぐ。おじさんはいつも転移でわたしたちの棲み処にやって来るけど、(とと)が使っているところは見たことがなかった。


「水のあるところなら行こうと思えば行ける……けど条件ないと難しいよ。どこでも行けるジラ兄さんは能力が高いのさ」

「条件って?」

「具体的な記憶のある場所とか、あとは同属が残した魔法かな。例えば僕だったら他の水竜が水溜まりでも置いていったら砂漠でも転移できる」

「へ~。(かか)は?」

「アタシは飛ぶほうが楽。そもそも火はどこにでもあるわけじゃないから転移は苦手」


 確かに自然に紛れて生活しているとつくづく思うけど、自然界の火ってなかなか見ない。この世界の生き物は魔法を使うから火魔法を使える生き物が熾した火を見ることはあるけど、転移の媒介にはできないだろう。でも(かか)は飛ぶのも走るのも早いから長距離移動自体は苦じゃなさそうだ。


「同属が火を置くようになればムルヒヤも転移にも慣れるだろうが……火竜は少ないからなァ」

「ん~、火を置いたところで飛ぶか走るほう選んじゃいそう」


 (かか)がマイペースに言う。困ってないならそれでいいと思うよ。


 魔法で道を開けて元に戻すこともできるだろうに、魔法を使わずにわざわざ自分が歩ける道を選んで歩いてるらしいおじさんは、くねくねと目的地へと足を進める。その後ろを細い横道をチラチラと覗き込みながら付いていくと、岩が徐々に低く小さくなるのにつれて梢の擦れる音と鳥か何かの甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 

「ほれ、シエ。あのジャングルだ」

「ジャングル!」


 岩の群集から抜けると緑が目に入る。岩は石になり、石は砂になり、石と砂の大地はやがて地を這う植物に覆われ、その先がジャングルとなっている。まるで砂地が岩群とジャングルの間に線を引いているようだった。砂地が陽光に照らされて眩しいほどだからか、樹木や草が密集してるジャングルが一層暗く見える。ジャングルがあるのは上空から見えてはいたが、地上から見ると印象が変わるものだ。


「あそこにペグラさんとサバレさんの子がいるの?」


 ペグラさんとサバレさんとは闇竜と地竜の番だ。二、三回棲み処を訪れてきて遊んでくれたことがある。


「ああ。まだ生まれて二〇年ぐらいだったか」

「赤ちゃんだ!」

「うむ、改めて歳を口にすると本当に赤ちゃんだな」


 そう!今日はジラおじさんの棲み処の近所に棲んでいる、二属性の子に会いに来たのです!




「はじめまして!わたしはシエ!よろしくね!」

「ラテルはラテル、シエに会えるのを楽しみにしていたの……」


 ラテル一家はジャングルに入ってすぐのところにいた。竜の気配を察知して迎えに来てくれたらしい。

 もじもじしながら挨拶をしてくれたラテルは、星空のように美しい、青みのある黒地に点々と白が散らばる鱗の持ち主で、全体的にもっちりとしたシルエットは幼さも相まってかわいらしい。父親のペグラさんが彼女と同じ青みのある黒い鱗で、母親のサバレさんが白砂のようなアイボリーの鱗だから、わたしたち親子とジラおじさんが賑やかに感じる。


 隣を見れば大人たちは大人同士で盛り上がっている。このまま遊びに行ってもいいだろうかと考えているとラテルが立ち上がって短い前足で隣の母親の体をちょいちょいとつついた。二本足で立つ姿がうさぎに似ていて大いに癒された。


「お母さん、沼に行ってくるね……シエ、こっちだよ」

「えっ!?ああ待ってっ」

「とっ、父さんたちと一緒に行こう!?」


 言うなり駆け出したラテルを彼女の両親が慌てて追いかける。世界が変わってもどの種族も子どもは自由だ。意外と足の速いラテルは小回りの利く小さい体(と言っても柴犬ぐらいある)でさっさと先に行ってしまった。


「シエ、止めてあげて」

「ラテル、止まって~!」


 ラテルの両親が木々に邪魔されて出遅れているのを見かねた(かか)が言い終わる前に走り出す。体高の低さを利用してラテルに追いつき、星空の体を囲むように巻き付いた。う~ん、鱗があってもモチモチだ。

 ラテルは驚いて足を止めたけど、次第に目を輝かせてキャラキャラ笑い出した。かわいいのでラテルを囲ったままクルクル回るサービスを提供しちゃう。


「シエ、クルクルね。ラテル、こうやってクルクルされるの初めて」

「そうなの?トキトニ兄ちゃんはよくこれしてきたけど」


 これ小さい頃にトキトニ兄ちゃんがよくやってくれたんだよね。(とと)やフレーツお姉さんもクルクル回りながら飛んだりするので体が長いタイプの竜特有の遊びなんだと思う。空中ならともかく、地表であれだけ高速回転できるのはトキトニ兄ちゃんぐらいだと思うけど。ペグラさんは羽は鳥みたいだけどそれ以外はいかにも西洋の竜だし、サバレさんはどことなくアルマジロっぽいからそういう遊びとは無縁だったのだろう。


「お父さんがあいつはお空に連れて行っちゃうから、近寄ったらダメだって怒るの。ラテル、いつかお空を飛んでみたいな」


 例のやらかしで警戒されている……ラテルと遊べなくてしょんぼりするトキトニ兄ちゃんの姿がありありと想像できてしまった。

 ラテルはまだ幼いから飛べるようになるかどうかわからない。特に地竜寄りであればろくに飛べない可能性が高いのだから、怪我などのリスクを考えると父親としてはそりゃあ心配にもなるだろう。ただサバレさんは、地竜は飛ぶのが下手な分、転移が得意なので落ちたら転移すればいい、そもそも竜の体は高所から落下したところで大した怪我はしないだろう、とのんびり構えているようだ。確かに、わたしも飛ぶ練習の最中に落下したことは数あれど、ちょっと鱗にひびが入ったぐらいだった。それでも幼体は万が一もあるとペグラさんは未だに背に乗せて飛ぶことすら許してくれず、低空飛行なら問題はないと提案してみても首を縦に振ってくれない。「けちんぼなのよ」とラテルがわたしの体をモチモチ揉みながら不満を漏らしている。


「ラテルがたくさん転移できるようになったらペグラさんがお空に連れて行ってくれるよ、きっと」

「本当?お父さん」

「う、ううん……いや……」


 巻き付いていた体を解くと、ラテルが追いついた大人たちを見上げる。期待の眼差しを向ける愛娘に首を後ろに引いてたじたじのペグラさんだけど「うん」とは言わない。


「ほらほら~成長したら背中に乗せてあげられなくなるぐらい大きくなるかもしれないんだから、今のうちにたくさん乗せて一緒に飛んであげたほうがいいぞ~」


 (とと)の煽りに苦悶の表情を浮かべるペグラさん。体を天から降ろされた竜たちは大きくなることも小さくなることもないから、卵から生まれたわたしたちがこれからどう成長していくのかは想像がつかない。それなりに過保護なうちの両親が、比較的早めにわたしを背中に乗せて空に連れて行ってくれたのはそういう不確定要素があったからなんだろう。


「この子が転移覚えたら一緒に飛んでくれなくなるかもね」

「そんな……!?」


 結局(かか)の一言でペグラさんは折れた。うなだれるように頭を下げて娘と目を合わせると、覇気のない声で宣言した。


「…………ラテルがもうちょっと大きくなったら空に連れて行くと約束する……」


 ラテルの顔がぱあっと輝く。


「ダメよ」


 しかし、そこにサバレさんが待ったをかけた。


「今すぐ飛ぶのよ。ペグラ」

「はっ!?」

「お空!お空に行けるの!?」


 一瞬ショックを受けた顔をしたラテルだったが、サバレさんの背を押す一言で周囲に花を散らせた。比喩表現ではない、本物の花だ。さすが地属性。


「ええ。でも最初は危ないから低空飛行でいきましょうね」

「ラテル、ていくうひこうでもいい!」


 ぴょんぴょん跳ねるラテルに合わせて周囲の花がふわふわと揺れて、いや、これラテルの体から咲いてる!うさぎっぽい星空の体をミルクを混ぜたフルーツジュースみたいな色の花が彩って、まるでおとぎ話の住人のよう。


「い、いや、まだ心の準備が……」

「シエはもう自分で飛べるし、フォローに入れるのが僕とムルヒヤとジラ兄さんの三頭。サバレも入れたら四頭でしょ。人手の多い今がチャンスじゃない?」

「わたしも!わたしもフォローできる!」

「わかった、シエもね」


 数に入れられてなかったので(とと)に体当たりすれば、微動だにもせずに頭頂部をカプカプされた。んぎゃ~。これされると勝手に首が引っ込んじゃうんだ。


「もし落ちたら儂がキャッチしよう」

「いいえ、ジラ兄さんは私のフォローをして。キャッチするのは私がするわ」

「母の役目ということだな!相分かった!」


 というわけで、全員で砂場に行く。気合十分なサバレさんとジラおじさんが地上で待機、(とと)(かか)はペグラさんの周囲を飛んでフォロー、わたしは両親と一緒に飛びつつラテルのフォローで分担して飛行訓練となった。興奮したラテルがバランスを崩して落ちまくっていたものの、サバレさんが地属性魔法で優しくキャッチしたので危ない場面はなかった。ただペグラさんは、ラテルが無暗にソワソワするのが気になって飛びにくそうにしていた。最終的にサバレさんの「次落ちたら飛行訓練は終わりよ」という脅しに、ようやくラテルが大人しくなったおかげで安定して飛べるようになったようだ。今は夜色の羽で雲を撫でるように空を飛んでいる。


「わあああっ、高ーい!」

「地面からかなり離れているが……不安な気持ちにはなってないか?」

「大丈夫!」


 地竜が飛ぶのが下手な理由はあんまり地面から離れると不安になるかららしい。火の粉と同じように、土や種だって風によって宙を舞い遠くに行くことはあるのに、地属性だけ飛ぶのが苦手なのはなんだか不思議だ。


「あっ、お父さん、あそこに沼がある!お空から見るとこんなに小さいのね!」

「ラテル!跳ねちゃダメだよ!」


 もう何度もした忠告を飛ばす。うっかり跳ねそうになったラテルがきゅっと全身に力を入れて動きを止めた。その動きも安定してきたので、そろそろわたしのフォローが無くても大丈夫そうだ。

 沼とはさっきわたしに案内しようとしていた沼だろうか。ジャングルの緑の中にちらちらと黒く反射する水面が見えた。


「地面から離れても平気なのは、きっとペグラの性質を受け継いだんだろうねえ」

「闇属性も持ってるからじゃないんだ?」

「ペグラは闇竜の中でも飛ぶのが得意なんだよ。風竜といい勝負ができるぐらい」


 高速で上下前後左右に自由に飛び回れる風竜と互角の飛行技術ってすごい。これラテルは知っているのかな。知らないだろうな。ペグラさんをゆったりと追いかけていた(とと)(かか)からもたらされた新情報は、幸いにもラテルには聞こえなかったらしい。聞こえていたらきっとペグラさんにアクロバティック飛行をねだっていたところだろう。


「お母さん!ラテル、落ちなかった!」

「ええ、上手に背中に乗っていたわ。お疲れ様、ペグラ」

「ああ……」


 ひとしきり飛び回って砂地に降り立つと、ラテルはすぐさまサバレさんにじゃれついて感想をまくし立て始めた。緊張をほぐすように羽を震わせていたペグラさんだが、どことなく物足りなさそうな顔だ。とうとう近くにいたジラおじさんにも報告していたラテルが、おじさんに鼻先でくるっと方向転換されて黙った。のびをしていたわたしと、きょとんとしたラテルの目が合う。


「さて、ラテル。シエに沼を紹介したかったのであろう?儂が連れて行ってやろう」


 突然回転させられて尻もちをついたような体勢になっていたラテルがハッとして身を起こした。


「そうなの!沼にね、ラテルがつくったお花があるの!」

「ラテルのお花!?見るー!」


 地属性のつくった花!わたしがつくる火と水の花と違って本物の植物であり、魔法の花でもある。魔力を化かしてつくるわけだから繁殖させることも成長させることも枯らすことも意もまま。おじさんが植物を動かしているところを見たことはあるが、魔法でつくった植物は見たことがないので是非とも見せてもらいたい。

 いそいそとおじさんの背中に飛び乗る。ラテルはおじさんの尾に捕まり、振り上げてもらったところをうまいこと着地していた。なにそれ楽しそう!あとでわたしもやってもらおう!


「儂らは先に行っているからな。お前さんたちはゆっくり(・・・・)来るといい」


 ジラおじさんは親たちにそう言うと、きゃあきゃあ騒ぐわたしたちにしっかり捕まるよう声をかけて沼へと転移した。






「……よし。そろそろ思いっきり飛び回りたかったのだ。セイラーク、ムルヒヤ、少し付き合え」

「いやッ、僕は沼が気になる!沼が!うわあペグラ!角を掴まないで~~」

「アタシもそろそろ水浴びがした……あ~~~サ、サバレぇ~……」

「私はここで待っているわ」

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