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回復のシャワー

 竜って溶けるんだなあ。


 湖のほとりで巨躯を横たえてふにゃふにゃになっている二体の竜――(とと)(かか)である。薔薇の星霊と馬の晨獣のアドバイスを元に改良を加えた回復のお湯を、いつだかのようにシャワーにして降り注いだらこうなった。

 本当は露天風呂みたいにしたかったんだけど、わたしたち家族が浸かれる湯舟をつくるとなると環境破壊になりそうなのでやめておいた。穴を開けるぐらいなら地竜に頼めばさくっと実現してくれるだろうけど、ことによっては星霊に怒られるかもしれない。でもどうにかして浸かりたいなあ。


「……二人とも大丈夫?」

「いい……これが回復の温泉……すごく心地いい……」

「うん……うん……」

「本当に大丈夫……?」


 お風呂に入ったときの力が抜けて体の奥底からため息が出る感じをイメージしただけなんだけど、思いのほか癒し効果が強かったみたい。二人がふにゃふにゃすぎて逆に心配になってきた。これ、浸かれるようになったら物理で溶けちゃいそう。


「よーす!シエ、遊びに来たぞ~!おっなんだこれお湯の雨か……へああ~……」

「トキトニ兄ちゃんまで……」


 元気に突っ込んできたのは目の下に白い稲妻模様の入った黄色の竜。よくウチに遊びに来る雷竜のトキトニ兄ちゃんがシャワーの降る範囲に入った途端、ぽかぽかエリアを見つけた猫みたいにごろ~んとしてしまった。いつのまにか動物も混ざってシャワーを浴びているので竜以外にも癒し効果はあったみたいだ。この世界の動物はいろんな色をしているから周囲がカラフルになっている。もちろん地面のほとんどを占めてるのは赤と青と黄色だ。


「シエ~、これ、前言ってたやつか?傷を治すってた、あの~、あれ」

「うん、一応小さい傷だったら治るはず」


 脳まで溶けていそうなふわふわ口調のトキトニ兄ちゃんに頷いた。

 回復の温泉の治癒効果に関してはまだ鱗の傷が消えることしか確認できていないが、おそらく大怪我を治すほどの効果はない。体力が回復しているのか魔力が回復しているのか、元気になるのは感じられるけど、それだけじゃまだまだ理想の回復の温泉にはほど遠い。うん、この光景を見るとこのまま理想を追い求めて大丈夫なのか心配になるけど……。だ、大丈夫、治癒効果を上げるだけだから……癒し効果が上がるわけじゃないから……。


「あのさ、俺の姉貴分が怪我してんだけど、一緒に来てくんね?」

「治せるかわからないよ?」


 体を起こしたトキトニ兄ちゃんの表情から察するに、その人の怪我はおそらく軽いものではないのだろう。現状の回復の温泉が怪我にどのくらい効くか確認できるのならいい機会だとは思う。それに、昔ひとっ飛びであちこち行けるのが楽しくて長時間飛んでるうちに落下して以来、過保護な両親に遠出を許してもらえない身なので、知らない場所に行きたい気持ちは大いにある。でも、あんまり期待させるのも申し訳ない。


「そのうち治る傷だし、そこは気にしなくていいぜ。姉貴はこういう、気持ちいい感じ?落ち着く感じ?なのが好きだから、この雨を降らせてやれば絶対喜ぶ。ちょっと遠いけどどうする?」

「行く!」

「よっしゃ!」


 要するに姉貴分さんはマッサージとかくつろぎ空間でのんびりしたりするのが好きなのだろう。少しでも癒しになるのなら迷惑にはならないかと、気合いを入れて返事をすればトキトニ兄ちゃんが嬉しそうにわたしの体をすくいあげて背に乗せた。


「くるっ!?」

「セイラーク兄さん!ムルヒヤ姉さん!シエ連れていってもいいか!?」


 一瞬そのまま飛び立ってしまうのではと焦ったけど、ちゃんと両親に伺いを立てていたので抵抗せずに収まりのいい位置に体を落ち着ける。いかにも東洋の竜の姿のトキトニ兄ちゃんは(とと)ほどの安定感はないけど何度も乗せられているので慣れたものだ。


「どこに行くの?」

「西の山脈!」

「随分な遠出だね。いいよ。みんなで行こう」


 両親は渋るかと思ったけど、わたしたちの会話が聞こえていたのかあっさりと許可を出してくれた。もしかしたらトキトニ兄ちゃんの姉貴分だという竜のお見舞いに行きたかったのかも。


「シエ、背中の子は下ろそう」

「え?あ、イタチ」


 二本足で立った(かか)の手にはイタチに似た小動物。こいつ素早いのになんでもないように捕まえる(かか)はすごい。(かか)は乗っかってきた小動物をどかしたいときは、よくゆっくり立ち上がってふるい落としている。

 わたしは二本足で立つのが苦手だからこういうときは尾で追い払うんだけど、背中を駆け回るだけで終わることもあって切実に人間時代の腕が恋しくなることもある。前世の自分は折り紙で紙屑つくったり羊毛フェルトの謎ぬいぐるみをつくったりしてたけど、鶏とか魚捕まえるのは得意だったんだ。いや今の体に人間の腕はいらないけども。

 ふと(とと)を見れば鋭い牙が刺さらないようにしながら口でどかしたり、尾でうまく掬い取って追い払っていた。(とと)が人間だったら折り紙とかすごく綺麗につくれそう。


 動物たちをどかしたら、忘れかけていたシャワーを止める。みんな一斉にぶるぶるして水滴がしっちゃかめっちゃかに飛び散ってちょっとしたアトラクションみたいでおもしろかった。竜の飛ばした水滴で結局びしょびしょになった動物たちに別れを告げて湖を旅立つ。それじゃあ西の山脈目指してしゅっぱーつ!




 途中で休憩を挟んで、トキトニ兄ちゃんの背から(とと)(かか)の背に乗り換えたり自分で飛んだりしながらずっと西に移動していく。こんなに長距離を移動したのは初めてだ。大幅に景色が変わったわけじゃないけど、棲み処の周辺では見ない動物の群れに人の国らしきものまで、初めて見るものが多くて楽しい。


 日が傾いて辺り一面が海の中みたいな色になった頃、ようやく目的地が見えた。用事を終えて帰るとしても夜中になるだろうか。それなら一泊してから帰りたい。こんな風に無計画に遠出ができるのも竜ならではだ。なんせ飛べるし、食事を必要としない。ただ睡眠はしたほうがいい。数日寝ないでいると熱が出たときみたいにぐったりするので。


「あ!!俺、ちょっと用事!」


 連なった山々の合間、緑の芝で覆われた谷に横たわる竜の姿を確認した途端、何かを発見してどこかに飛んで行ってしまうトキトニ兄ちゃんを見送り、首を持ち上げて不思議そうにしている彼女の元へと降り立つ。

 そこにいたのは蛇のような体に六枚の羽を持った淡い色の風竜。夜目がきくとはいえ暗いため、色まではわからないが今まで見た風竜の鱗は総じてパステルカラーなので彼女もきっとそうなのだろう。


「うわ、セイラークにムルヒヤじゃんか。怪我をするちょっと前に会ったよね。久しぶり?」

「三〇〇年ぶりだよフレーツ、起きたんだね。怪我の具合はどう?」


 (とと)にフレーツと呼ばれた竜は、大嵐の中を飛んでる最中に怪我を負ってしばらく眠っていたと道中で聞いた。ざっと見た感じ怪我らしい怪我はないけど、飛ぶのが大好きな風竜が地面に伏してるのだから一大事だ。


「あと五年ぐらいで飛べるようになりそうだよ。そこの子は二人の子?もしかしてトキトニが無理に連れて来たんじゃない?ごめんね~あいつ子どもが好きみたいで。最初の竜の子なんてしょっちゅう連れ出されて危ないってんで別大陸に引っ越しちゃったんだよ。いやちびっ子は喜んでたけど、親のほうが怒っちゃってね。そりゃそうだわな。泣きながら追いかけようとするトキトニに説教かまして、しばらく接近禁止した直後に怪我しちゃったからあの後どうなったのか心配してたんだけど、反省してなかったのかねえ?ふ~ん?ならもういっぺん説教してやらないとねえ?で、トキトニはどこに――」

「うおぉぉい姉貴!俺はちゃんと二人にもシエにも許可を取ったぞ!あと別に泣いてねぇ!」

「あ、そう?そっか。ちゃんとあんたも成長してんのね」


 だんだん声が低くなっていくフレーツお姉さんの怒涛のお喋りに親子ともども圧倒されてるうちに、トキトニ兄ちゃんが猛スピードで戻って来て喚いた。おかげでフレーツお姉さんのお喋りも不穏な雰囲気も止まってホッとする。姉貴分というだけあって扱いには慣れているらしい。

 いつのまにか(かか)に引っ付いていた体を離すと、もう怖くないよ~とでもいうように顔をひと舐めされてちょっと恥ずかしかった。


「すっごい喋るね。びっくりして口挟めなかった」

「だってムルヒヤ~、飛べないんだよ。今私にできるのはくねくね動くか喋るだけ。ま~これがストレス溜まるわけよ」

「そんな姉貴にいいもん持ってきたぜ」


 軽い音を立てて何かが芝生の上に落ちる。降りて来たトキトニ兄ちゃんが地面に落としたのは木の枝だった。そこそこ太い枝はまだしなやかでへし折ったのではなく爪で切り取ったのか、切り口はそれなりに綺麗で葉はしっかり取り除かれていた。辺りにぶどうと花のような匂いが広がる。


「さっきからいい匂いすると思ったらこれだったんだ。ありがとうねトキトニ」

「これだけじゃないぜ、姉貴。なあシエ!ここにお湯の雨を降らせたらたぶんいい感じになるんじゃねえ?……な、なんだよ、その顔」


 前世より三倍は長生きしていて初めてと言っても過言ではないほど渋い顔だよ。つまりこの木はアロマってことで、雲一つない夜空には星と三日月が浮かんでいてロケーションはばっちりで。わたしは回復の温泉をつくることばかりに気を取られて環境を整えるだけでも癒しは得られるということを思いつきもしなかったわけで……。あんなに娯楽が転がっていた世界の元人間なのに……。


「シエちゃんだっけ?わかる、わかるよ~君の気持ち。こいつが気利かして小洒落たことするとなんかちょっと負けた気になるよね」

「トキトニ、こういうこと思いつくんだね」

「意外」

「俺だって気を使うぐらいできるわ!」


 まさかのトキトニ兄ちゃんのムード作りのうまさに悔しさを感じつつ回復のシャワーを降らせた。溶けた竜が四体できた。




「もう止めるよ~?」


 ぐでんと地面に落ちてる竜たちに声をかける。もう結構経ったしいい加減シャワーを止めたい。お湯の温度は四〇度ぐらいのはずだけど、植物も地中の生き物もあんまり喜ばないだろう。「止めないで~~~~」「まだダメ」「もうちょっと」「へうるぁ~」と駄々をこねる大人は無視だ。へそ天キメてるトキトニ兄ちゃんはなんて言ってるのかもはやわからない。


「止めま~す」

「「ああ~~~……」」


「なんかすごくスッキリした気分。もうちょっと浴びたかった」


 名残惜しみながらもフレーツお姉さんが風で地面の水分を飛ばす。さりげなくシャワーを浴びていた夜行性の動物たちも去っていった。すっかり乾いたそこには元気そうな芝生があるだけだ。ひとまず環境破壊にはなってなさそうで安心した。


「フレーツお姉さん、怪我の調子はどう?」


 じっくり確認してみても、淡い色の体には特に変化はなく回復の効果が表れているようには見えない。


「怪我?……ん!?あれ、ちょっと良くなってる!なにこれ!」

「本当!?」

「やったなシエ!」

「よかった、よかった」

「クルルルルルッ」


 ちゃんと回復が効いてる!嬉しくてクルクル鳴き声が出てしまうのをそのままに、宙返りするように飛んでいたら(とと)(かか)もトキトニ兄ちゃんまで一緒に喜び始める。


「おお!?なになにどうしたの?」

「シエはね~、傷も癒す温泉がつくりたいってずっと魔法練習してて――……」


 突然の乱舞に驚くフレーツお姉さん。(とと)がわたしたちを長い体でぐるりと囲んで揉みくちゃにしながら、お湯に回復効果を付けたくて試行錯誤を繰り返していたことを話すと、めちゃくちゃ褒められた。一緒に(とと)の包囲網に巻き込まれたトキトニ兄ちゃんが話の合間合間に苦しそうに呻いているのはなかったことにされていた。


 結局、二日留まって何度か回復のシャワーをかけたところ、フレーツお姉さんの怪我は完治に五年かかりそうだったのが半年短くなって、完治まで四年半となった。とりあえず鱗の傷跡だけではなく体の怪我にも治癒効果があったようで一安心。たとえ一歩でも前進したのを自覚できたのは大きい。

 帰り際には巻き付かれて感謝された。フレーツお姉さん、足がないから(とと)やトキトニ兄ちゃんより盛大な巻き付きっぷりだったよ……。

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