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魔法は難しい

なんちゃって方言が出てきます。


 あるとき はらぺこの粘土の塊がうまれました。

 粘土はとてもお腹がすいていたので まわりに浮いてるいしをたべました。

 粘土は少しだけおおきくなりましたが なかなかお腹がふくれません。


 はらぺこの粘土はあちこちをさまよい やがて世界をみつけました。

 粘土にはわかります。

 世界はかたくなった粘土です。


 粘土は歯ごたえのあるものがだいすき。

 かたくて、いろんなものがくっついている世界は さぞかしおいしいに違いありません。


 粘土は 目についた世界をたべようとしました。


 しかしそれは許されませんでした。

 うえから とおくから やって来た<なにか>が 粘土をつかまえました。


 <なにか>は粘土のかたちを整えて いろんなものをくっつけました。

 <なにか>の手によって粘土は はらぺこじゃなくなりました。

 はらぺこじゃなくなった粘土は とてもよろこんで <なにか>に感謝しました。




 山肌にポケットのように出現する湖がわたしたち家族の棲み処だ。山頂に近いその場所は、何かがぶつかってできたように岩壁が盛り上がっていて、下からはどうなっているかわからない。飛ぶ手段のないものが湖に行くには一度山頂近くまで登る必要があるだろう。

 そんな湖のある山の裾には大きな池が二段に並んでいる。わたしの遊び場、もとい、魔法の練習場所だ。


 わたしの目の前にはそこそこ大きな窪みがある。窪みの中には体を綺麗にするイメージと傷口が塞がるイメージでつくったお湯。水属性の魔法だけでつくったお湯だ。


「うまくいってくれ~……」


 小声でつぶやいて、湯気に向かって傷の入った紫の鱗を入れてみる。しばらく観察してみたが、浄化が作用して見た目は綺麗になったものの傷はそのまま。二属性を使わずとも程よい温度のお湯が出せるようにはなったものの、回復ができる水には至っていない。


「ぐあぅぅ~……」


 難しい。尾を揺らせば、水を飲みに来ていた仔ヤマネコがじゃれついてきた。よく見れば、いつのまにかわたしの背中に引っ付いていたモモンガを気にしているらしい。

 仔ヤマネコが小規模な突風をモモンガにぶつけようとしているけど、モモンガもわたしの背中でぴょんぴょん逃げながらパチパチと雷を纏って威嚇している。はいはーい、ヒトの背中でバトルはやめてくださーい。

 二匹を軽く尾を振ってあしらっていると、木々の間から仔ヤマネコを探していたらしい親ヤマネコが出てきた。親ヤマネコが叱るように鳴いて仔ヤマネコの首根っこをくわえていそいそと立ち去っていく。


「わっ」


 振り返ると薔薇っぽい何かがいて驚いた。


「お主、竜の幼子か。聞いてはいたが実際に見ると本当に小さい」

星霊(せいれい)さん、こんにちは」

「こんにちは、紫の竜よ。飛沫(しぶき)と尾火はどうした?一人で何をしておる」


 目の前に浮かんでいるのは、星霊(せいれい)と呼ばれる自然の番人。星霊の姿をわかりやすく言うなら大きくて平たい花だ。大きなビー玉のような球体を囲む花びら、その下には細い茎と数枚の葉。球体以外は段ボールほどの厚みしかなく立体感はない。すべてのパーツは繋がっていないのにバラけることはなく、一つ一つに意思があるかのごとく自由に動く。


(とと)(かか)は上の湖にいるよ。わたしは”回復の温泉”をつくるために試行錯誤してるとこ」

「回復の温泉?ふむ、このお湯のことか」


 星霊が花びらを中心の球体にきゅっと寄せて、お湯を見つめる。無機質な見た目だけど、結構感情豊かで親しみやすい。この星霊に会ったのは初めてだけど。


「息がつけて、体が綺麗になって、竜の怪我も治せるような、そんな温泉をつくるの」

「ほう、怪我も癒す、か」


 竜は寿命まで死ぬことはできない。致命傷を負ったときは眠って回復するらしい。

 もし両親が長い眠りについてしまったらとても寂しい。まあ、寿命が長いから眠ってしまってもみんなあまり気にしてないみたいなんだけどね。


「でも回復の効果を付けるのがなかなかうまくいかなくて」


 お湯の中の鱗を見つめる。やはりひびに変化はない。


「星霊さんは回復の温泉をつくるとしたらどうする?」

「竜と星霊の魔法の使い方は異なる故、参考にならんよ。我らはお主らのように自然現象から外れた魔法は使えぬ。だが我なら、回復や治癒に効果のある植物や石を湯に沈めるな」

「竜の怪我に効きそうなものってある?」

「いや、聞いたことがない」


 だよねえ。そんなものがあったら大人たちがこぞって教えてくれると思う。


「竜の外殻はこの世界の粘土に上位世界の材料を混ぜたもの。それ以外ほとんどが魔力で出来ておるからな。魔力の化身みたいなものだ」

「中は魔力だから病気はしないけど怪我はするんだって聞いた」

「そうだ。ついでに言えば上位世界の材料のせいでお主らの魔法は制限がかかるのだ。上位世界はあらゆる世界に干渉できるが、過干渉にならぬように上位世界のものは外に出すと何らかの制限がかかるようになっているらしい」

「へ~~そうなんだ」


 竜の魔法が属性に縛られるのってそういうことだったんだ。そういえばドラゴンブレスとか使えないや。

 物知りな星霊に感心しつつ魔法で遊ぶ。水で薔薇をつくり、重なり合う花弁の中心に火を入れれば、青から透明へ変わっていくグラデーションの薔薇の完成だ。二属性の魔力を同時に化かすのも慣れたものである。二属性を使ってお湯をつくるときとは比べ物にならないほど苦労した。


「もう二属性を使いこなしているのか。器用だな」

「これができるようになるのに一〇年ぐらいかかったよ。水と火の切り替えがうまくできなくてさ。遊びにきた竜たちがどうしたらいいか一緒に考えてくれた」


 二属性の竜は他にもいるけどまだ幼くて、お互いにあんまり移動できないせいもあって会ったことがない。というわけで情報交換はほとんどできず、二属性の扱い方を探るのを一からやらなきゃいけなくて大変だった。

 水と火の薔薇を眺めていた星霊が、その薄っぺらい花びらと葉をこちらに向けた。じっとわたしを見ている。


「最初の竜はな、天から降り注ぐようにしてうまれたのだ」


 これはきっとこの星霊自身の記憶なのだろう。それはそれは穏やかな声色だった。


「元々は魔力が意思を持ったことが始まりであった。魔力はただそこにあって、あらゆるものを観察していた。それだけなら何も問題はない。しかし世界の意思はこのあと魔力が何を起こすかよく知っていた」


 そこで星霊は一呼吸おいた。世界の意思。この世界には意思があるのか。わたしは続きを促す。


「何が起こったの?」

「何も」


 きょとんとするわたしの反応がおもしろいのか星霊は一度花びらを上に寄せて揺らすと語り出した。


「何かが起こる前に世界の意思は我ら星霊を創った。アルジリンディルジェヌドゥユファの真似をしてな。世界の意思は、そのうち”意思を持った魔力”があらゆるものを取り込もうとするのではと考えていた。そうなると世界に何らかの影響が出る。よって世界の意思は我ら星霊に魔力を監視するよう命じた。同時に、アルジリンディルジェヌドゥユファに意思を持った魔力を助けてやってくれと頼んだ」


 アルジリンなんちゃらってのはわたしに竜にならないかスカウトしてきたあの方のことだ。何度聞いても名前長いなあ、アルジ様。


「それで竜がうまれたんだね」

「ああ。我らは竜の体が出来るまでずっといつ暴走するかわからぬ魔力を見守っていた故、あの子を囲んで喜んだものよ」


 なるほど、わたしが生まれたときと同じですね。最初の竜さんもびっくりしたりしたのかな。


「ふふ。アルジリンディルジェヌドゥユファが張り切ったせいで、最初の竜は大きすぎてな。何度か調整を入れつつ、歩き方や飛び方、魔法の使い方をああでもないこうでもないと探って、そのうちに新しく意思を持った魔力に余った粘土でまた体をつくって……と忙しない時代であった」


 星霊は懐かしそうに語る。首を傾けるような仕草は昔を思い出しているのだろうか。


「お主のすぐ上の代までは竜はそうやって天から体を降ろして生まれていたのだ。成体の姿でな」

「そうなの!?」

「竜が増えたことで魔力が均されて意思を持った魔力が生まれることはなくなった。あ奴らにはお主のように親という存在はおらん」

「あっ、だからみんなわたしのやることにいちいち騒いでたんだ!」

「であろうな。お主は三体目の竜の子どもだ」


 割と最近まで大人たちが入れ替わり立ち代わりにやってきて、わたしが何かするたびに騒がれたのだ。みんな竜の幼体の扱いがわからなかったのか。なかなか魔法の使い方も教えてもらえなかったのも納得である。竜がのんびりやなのもあると思うけど。


「アルジリンディルジェヌドゥユファは、いつか竜をこの世界の生き物として根付かせる気だったのだろうな。竜には死が与えられている。死があるということは次代が必要だ。そのおかげで生殖に必要な欲や機能も与えることができていたのだ」


 ……アルジ様、計画的犯行じゃないよね?この世界に竜が生まれそうになかったからつくれる状況にしたとかじゃないよね?


「そんなにアルジ様に好き勝手されて世界の意思は嫌がらないの?」

「さすがに竜が子を産むにはアルジリンディルジェヌドゥユファの許可がいるようにしてある。だが世界の意思は竜が増えることに不満を持ってはいない。我らに魔力の監視をやめさせ、自然の番人という役割を与えたのが証拠だ」

「そっか」


 星霊は花びらだけをくるりと一回転させると、気持ちを切り替えるように声色を変えた。


「懐かしくなってあまり関係のない話をしてしまったな。すまぬ」

「ううん、知れてよかったよ」


 宙に浮かべたままの薔薇の魔力を自分に戻す。薔薇は紐解けるように消えていく。


 ばしゃん。


 紐解ける薔薇を打ち消すように、池のほうから音がした。

 浅瀬に四本の脚を浸けていたのは真っ白な毛色の大きい馬。太陽の光を反射させ肉体美を晒す白馬の目は閉じられていが、木陰で陰ったその目元からは瞼の上からでもわかるほど瞳が光っている。その姿は朝靄の立ち込める森のように神秘的で美しい。


「ほい~、失敗したわ」

「馬の晨獣(しんじゅう)様、いつも転移に失敗してるね」


 白馬は濡れた脚を適当に払いながらこっちに寄って来た。わたしの言ったことはまるで気にしてない。


「シエー、えいところに。雷竜見よらんか」

「見てない」

「はああ。すーぐいなくなりゃ、あいつぁ」


 この神々しい見た目に反して訛った喋り方をする獣は晨獣(しんじゅう)というこの世界の監視者だ。晨獣はこの世界の崩壊を防ぎ、魂の管理をするのが主な仕事なのだそう。わたしの魂が別世界から来てるのも知ってる。ちなみにアルジ様はわたしを竜にしたとき、晨獣たちに何故まずこちらに相談しなかったのかと怒られたらしい。


「晨獣よ、何かあったか」

「ほぃ!?お、おお、星霊もいたんか。おん。手を出しちゃあ、いけんもんに手を出そうとするヤツがいよったけ、ちぃと罰を与えることにしたんよ。わーらが魔法使ったらやりすぎになっから、雷竜に雷でも落としてもらわんと思ったんやが」


 晨獣はアルジ様と同じで上位世界生まれらしいんだけど、アルジ様と違って何故か訛ってるんだよね。謎だ。


「ふむ、ならば我が同行しよう」

「おお、手ぇ貸してくれんのけ?ありがてぇ」


 でもそっか上位世界の生まれか……。竜の外殻に上位世界の材料が使われているなら何かヒントになるかも。


「ねえ、晨獣様は回復魔法使える?」

「使えるぞお。ただほれ、わーらのは上位世界の魔法やからあんさらには使えんのよ」

「回復するとき、どんなことイメージしてる?」

「ほうじゃな~、まず一旦自分を分裂させて」

「分裂……?」


 んん?細胞を分裂ではなく自分を分裂させるんだ……?


「分裂したほうをえげつねぇほど元気にする」

「えげつねぇほど」


 星霊さん!感心した声で復唱するのやめて!


「ほいだら分裂させた自分を元の自分に馴染ませていくイメージじゃあ」

「馴染ませるのか」

「な、なるほど」


 よくわからないけど百聞は一見に如かず。岩の窪みに張っていたお湯の魔力を回収し、ただのお湯を張り直して今聞いたことを実行してみる。なんかこれ、動画サイトで見た画像加工アプリの広告を思い出すな。


「お湯に回復の効果付けようとしとるんか。考えたのう」


 魔力が化けた手ごたえを感じて窪みを覗く。気になるのか、星霊と晨獣も覗き込んできた。ゆるく波打つ水面の下、そのままにしていた鱗に変化は見当たらない……ううん?少しだけ綺麗になった気もする。


「……失敗、かな~?」

「いや、先ほどより鱗のひびが治っている。そこの小さきものの爪程度だが」


 星霊が葉っぱで指したのはわたしの背中。モモンガが鬣に埋もれて眠っていた。まだいたんか。


「でもこれ、自分にしか効果がないかも」

「大丈夫じゃあ。明確に魔法の効果範囲を指定したわけじゃないけ、他にも効く」


 そう言われればそうだ。火の球を特に考えないでつくると、文字通り目と鼻の先にできたりする。そう簡単に火傷なんてしないけど、眼前に火が現れたらびっくりする。


「これ水属性しか使いよらんよな?シエーは火と水の属性じゃろ?水ばっかじゃなくて火も使ってみりやあ。そのほうがもっとえいもんができるんじゃねーかい?」

「えっ……一纏めにしたほうがこんがらがらないかなって思ったんだけど」

「お主のやりやすいほうでいいとは思う。ただ水の特性と火の特性を活かしたほうが効果はあがるだろうな」

「ぐあぅ……」


 振り出しに戻った……。

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