ルトと繋がれた物語
カランクレト家には不思議な話がありました。それは何とも柔らかくて温かくて目に見えないものなのでした。
今から何十年も前、カランクレトの1代目の息子アルトは両親に、古ぼけたお店の店頭で座っていた、クマのぬいぐるみをねだりました。そのクマは子供には少し大きめで目がくりくりとしていてフワフワと毛羽立った見た目は、それはそれは可愛いのでした。アルトはすぐに名前をつけ「ルト」と呼びました。
「僕と少しだけお揃いの名前にしてあげるね、ルト」
アルトとルトは他の人からは見えない絆で繋がっていました。
アルトはルトを連れてどこへでも行きました。庭、近くの森、遠くへの旅行、少しの散歩、寝る時も食事の時もいつでも一緒でした。
しかしある日、アルトに絶望が訪れました。出かけた先で馬車が暴走し倒れ、アルトを含む家族は事故にあったのです。目を開けた時は真っ白な天井。隣には誰もいませんでした。
「ここはどこ…お父様?お母様?誰かいないの…?」
その返事を聞いたのかお医者様らしき人が現れました。
「アルトくん、ここがどこだか分かるかい?」
そんなの分かりませんでした。幸せな気分で出かけたはずがベッドの上なのですから。
アルトは静かに首を振りました。
「そうか…。アルトくん。ここは病院でね、君たち家族は事故にあったんだ。」
アルトの心臓は音を立てて鳴り止みません。
「それで…その…。」
「…なに?」
お医者様は一息ついて、
「君のお父さんとお母さんはね、亡くなったんだ。」
アルトは何を言っているのか本当の意味で理解が出来ませんでした。
「え?...嘘なんでしょ?…僕を笑わせるための嘘なんでしょ?…ねぇ!そう言ってよ!お父様とお母様は?!」
アルトは顔を崩し泣きながらお医者様を叩きました。そして怒りは悲しみへと変わりました。
「そんな…そんなの嘘だ…」
失意の底という言葉を聞いたことがあったアルトはまさにこの瞬間だと確信しました。
そんな途方もない悲しみの中お医者様が話しかけてきました。
「それでねアルトくん、なんでアルトくんだけ助かったかと言うとね、君のクマのぬいぐるみが頭のクッションになって打ち付けられずに済んだんだ。」
ルトのことでした。
「え?」
「君のクマのぬいぐるみはアルトくんのことを守ってくれたのかもしれないね。」
アルトはすぐさま周りを見渡しました。しかしルトはいませんでした。
「ねぇ!ルトは?ルトはどうしたの?」
「ルト?あぁクマのぬいぐるみのことかな?今持ってこさせるよ。」
少しして看護師さんが腕の取れかかったルトを持ってきてくれました。
「ルト!ルト…こんなボロボロになって…ありがとう。僕を守ってくれて。」
アルトはルトをきつく抱きしめ顔を埋めました。
「ねぇお医者様?このルトの腕、治す方法を教えてくれない?」
アルトの大切な家族はまだここに居ました。そして助けてくれたお礼に今度は助けてあげようと思いました。
「もちろんだとも。一緒に治そう。」
「うん…!」
アルトはルトと共に悲しみながらも生きていく決心をしました。
それからアルトはルトを隣に年月を重ね、身長も大きくなり、カランクレト家の当主を引き継ぎ、愛する人と結婚をし、子宝に恵まれました。そして歳をとり、ベッドの上のアルトは息を引き取る前に遺言として「このクマのぬいぐるみ、ルトをカランクレトの名と共に引き継いでいって欲しい」そう子供たちに言い、自身のお父さんとお母さんのいる場所へと行きました。
それから綻びを縫われたルトとカランクレトの名とこの話は何代も引き継がれました。そして7代目のとき、カランクレト家に娘が産まれました。その娘アリウはルトをとても気に入り、どこへ行くにも何をするにも一緒にいました。
「アリウ!ルトを持って森に入っちゃいけませんよ!」
お母様はアリウが方向音痴なのも好奇心旺盛なのもずっと知っていました。だから森には入ってはいけないと何度も言われていました。でももう我慢の限界になったアリウはルトと一緒にあれほどダメと言われた森に入って行ってしまいました。そんな好奇心に溢れた森は不思議に満ちていて、鳥の鳴く声がまるで聖堂の合唱のようでした。
「ねぇルト。ルトはアリウのことすき?」
アリウはルトをギュッと抱きしめキスをしました。それほどルトが大好きなのでした。
アリウはどんどん好奇心を滾らせ、森の奥深くへと入っていきました。しかし木々は生い茂り、昼間なのに暗く感じられ、まだ小さいアリウにはだんだん怖く感じられました。
「ねぇルト、こわいよ…」
さっきまでの聖堂の合唱が怪物の鳴き声のように思えました。
アリウは泣きじゃくりその場に座り込んでしまいました。
すると頭を柔らかいものが撫でてきました。それはとてもフカフカで温かいものでした。アリウは泣き止み、顔を上げるとルトが腕を動かし頭を撫でているのでした。
「ルト?」
(さぁ僕と一緒にお家に帰ろう)
アリウにはそう言っているように聞こえたのでした。ルトを抱き上げ、縫い目のある腕の指す方向へアリウは歩いていきました。するとだんだんと明るくなり見慣れた景色になっていきました。
「おうちだ!ルトがたすけてくれたの?」
(そうだよ、でも僕が動けたことは内緒ね)
そう言っていたのでした。
「わかった!ルトとアリウのやくそく!」
アリウはルトを抱きしめ家へと帰りました。それからアリウは一人でいる時にルトに何度も話しかけました。
「ねぇルト?私と握手しようよ。」
(…)
ルトは動きませんでした。アリウはもしかしたら夢を見ていたのかもしれないと思い、話しかけるのを諦めましたがそれでもルトとアリウはずっと一緒にいました。何十年経ってもどんな時もアリウのそばにはルトがいました。
「そして今私は他の家へと嫁ぐことになってしまったの。だからね、あなたにこのルトを次の代へと引き継いでいって欲しいわ。今よりもっと素敵な世の中になったらルトにもっともっと素敵な景色を見せてあげてね。」
そう言ってアリウはカランクレト家を引き継ぐ小さな弟にフカフカで目がくりくりとしたルトをそっと渡したのでした。