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004 ランダブバスの酒場にて

初評価を頂きました。ありがとうございます

 カペッリ・ルンギ川沿いの街道に面したその店の正面(ファサード)の少し窪んだ場所に設けられた入口から店内に入る。

 小洒落(こじゃれ)たその入口からもわかるように内装も港町の船乗りたちが集まる居酒屋の感じではなく、店の奥は飴色の一枚板のカウンターがあり、ホールのテーブルや椅子もアンティーク調のものでまとめられている。飲んで暴れる客がいるような店では、このような家具は設置できないであろう。

 カランコロンとドアベルを鳴らし、魔王さま一行が店主に誘われて店を訪れた。

 仲間との歓談や、中空に浮かぶ映像に目を向けていた常連たちが、店主の声と思わぬ来客に歓声を上げる。


      ◇


 その者は、頭巾(フード)付きの上下一続きとなったゆったりとした外套(ローブ)を頭からすっぽりと目深(まぶか)に被り、店の奥のテーブル席で一皿の料理を一杯の果実水で流し込むように食べていた。

「味がしない」

 その客が声なき声で呟いた。


 お昼時だからであろうか、店内は8割方の席が埋まっていた。しかし、その者の周りの席だけがすっぽりと空いている。

 食事処で頭巾を被ったままで飲食をすると言うのは、やはり不自然であるし、少々、不気味な感じがする。

 その者は、周囲に対する若干の緊張感は感じられるものの、悪意などの良く感じられない気配を放っている訳ではない。ただ、ほんの少しだが臭いのだ。身体を清潔にしていない者の匂いが若干する。この店の客層は猫人族や人狐族と言った獣人族や修羅(アスラ)族や鬼人(オウガ)族と言った魔人族(魔人原種の子孫)である。源人族よりも少しばかり鼻が利く。


 カランコロンとドアベルが鳴り、先程、出ていった店の主人が客を連れて帰ってきた。

 店の主人が店内を見渡すが、空いている適当な席が店の奥のその者の周りにしかない。

「お客さん、申し訳ねえですがカウンターの方に席を移動してはもらえねえでしょうか」

 店主がその者にお願いにあがる。それを見て、魔王さまが構わぬと店主を止める。

「良い良い。カウンターが空いているではないか。そこで良い。酒食を楽しんでいる者の邪魔をするものではないぞ」

 魔王さまが鷹揚に笑う。

 しかし、店に居た者たちにとって、それは通らない。魔王さまを敬愛するこの街の住人にとって、魔王さまが窮屈な思いをして食事を取る姿など見ていられない。とは言っても、自分たちの席に魔王さまを招くのも恐れ多い。まあ、魔王さまは一言、悪いなと笑いながら相席しそうではあるが。

 間を置かずに客からその頭巾にこちらで飯を一緒にしないかなどの声が掛かる。

 だが、その頭巾は周りの招致の声を気にすることなく、片手を軽く上げた後に、目線を上げることなく無言で片手に料理皿、片手にグラスを持って、カウンター席に移動した。

 その行動に「済まぬな」と声を掛けて、奥のテーブル席に移動しようとする魔王さまであったが、店主はテーブルを拭き、店員は造形の細やかな高そうな椅子と、女王のためであろうか、止まり木スタンドを用意する。魔王さま専用椅子を用意していたのか、はたまた、魔王さまの座った椅子として展示でもするつもりなのか、あるいは魔王さまご来店の店と謳うつもりなのか。恐らく一番の理由は魔王さまに気分よく過ごしてもらいたいという気持ちであろう。

 魔王さまは、その椅子にゆったりと座ると周りを見渡す。

「まず、席を譲ってくれたあの者にこの店のお薦めの皿を、そして、他の皆には好きなグラスを一杯、頼む。もちろん、私の奢りでな」

 店主に放つ注文に、店内が一斉に賑やかになる。

 そして、魔王さまの左の席にレヴィアが、右の席にテケリ・リが腰を下ろす。ジェミニ・ンは魔王さまの後ろに目を伏せたまま静かに立つ。

 レヴィアは、侍医長のマルバスに教わった「好きな彼と親密になるにはデートの時に彼の左の席に座るにゃ!」を実践している。

 テケリ・リは、ただ単に己の食欲を満たすために席についた。

 魔王さまの護衛の任を直接果たしているのは、ジェミニ・ンだけである。


 料理が運ばれてきて、ワイワイし始めた魔王さま卓をちらりと覗いた頭巾が呟く。

「勇者に攻められたばかりだと言うのに呑気なことだ」

 自分に直接関しないことについては、声に出せるらしい。

「マジかっ」

 しかし、その呟きを拾ったカウンター席の獣人の兄ちゃんが、頭巾に目を見開き、ガタリと席を立つと魔王さまに尋ねる。

「こいつが勇者に攻め込まれたって」

「心配いたすな。勇者かどうかは知らんが、あっさりと撃退されおったわっ。実にあっさりとな」

 付け加えた言葉に残念な思いをにじませながら、左手にグラスを持った魔王さまが、右手をひらひらとさせて、それに答えた。

 ひらひらさせる右手から、何かもらえるのかと、火蜥蜴の女王がそれを首を前後させて追いかける。

 手に何も無いことに気付き、グルルゥと唸り声を上げる。

「しかし、あいつら、魔王さまがお優しいのをいいことに好き勝手しやがって」

「魔王さま、いい加減、攻め込んで滅ぼされては」

「俺らも戦います!」

「魔王さまについて行きやすぜ。なあ、みんな!」

 皆も席から立ち上がり憤る声を上げるのを見て、魔王さまが押し止める。

「待て待て、やり返すために攻めるのは簡単なことだが、その後はどうする。皆殺しか?支配するのか?」

 右手を突く火蜥蜴の女王に、「待て、落ち着け」と声を掛けながら、魔王さまは彼の言葉を聞くために場が鎮まるのを待つ。

「管理されない自然というものは荒れるものであるし、源人族を支配して世話をするなど、私は嫌だぞ。面倒ではないか」

 あ~、そう言えば、魔王さまはこういう人だったと、皆して目蓋を半分落とす。

 魔王領でも正式に建国宣言なされてないし、実はそちらのほうをしてもらいたいと願う住民は多い。魔王さまに庇護されたいというか、形のある繋がりが欲しいのだ。魔王さまが不意にどこかに行かれてしまわないように。

 火蜥蜴の女王の口元に魚のフライを運べば、魔王さまは次を要求される。自分が料理を口にする暇がない。まあ、散策中のお薦めでお腹は満たされているが。

 同じように魔王さまの口元に、あ~んとばかりにレヴィアが料理を差し出す。

 我関せずと、次々と運ばれてくる料理を自らの口に運ぶテケリ・リ。

 ジェミニ・ンは薄っすらとした微笑みを浮かべ佇んでいる。


「そんなことでいいのか。シナヘゲモニ公国は八千人の民を犠牲にして、異世界からの勇者を召喚したと言うぞ」

 またしても、頭巾が場を荒らす一言を投下する。

 シナヘゲモニ公国は大陸の東側中央に位置する国土面積も人口も最大である源人族の国である。但し、その富と権力は一部の者に集約され、貧富の差は激しく、また、南方の小国家群に対しても侵略の手を伸ばす好戦的な国家であった。

 八千人の犠牲と聞いて、魔王さまとレヴィアが眉をひそめる。

「酷いことをする……」

「強いぞ、きっとな」

 言いつつ、頭巾が気配を放つ。それに気付いたのは魔王さま以下3人とカウンターに座る一人か。少し臭かったらしく眉をひそめている。気配に指向性を持たせるとは、なかなかできないことであるが、慣れていないのか、違うもの(おならじゃないよ)も放ってしまったようだ。

 魔王さまがこつこつとテーブルを指で叩くと、後ろのジェミニ・ンが薄目を開けて頭巾を見た。そして、すぐに再び目を閉じてしまった。


 魔王さまの次の言葉を待つかのように深く被った頭巾の奥から向けられた目は、奥に理性の光が感じられるものの霞んだように曇っていた。まるで、その者が羽織る灰色というか、鉛白から薄墨、鈍色(にびいろ)まで濃淡の入り混じった曇天(どんてん)色の外套(ローブ)のように。

「同族だろ、いいのか、そんなことをして」

「これ以上、おっかねえことを仕出かす前に、やっぱり滅ぼされるべきでは」

「自分のことしか考えない奴らだからな」

「つくづく、この地に居られて良かったぜ」

 皆からは源人族に対する否定の言葉しか上がらない。大陸の東方、源人族のなかで生まれ落ちた獣人族や魔人族はもっと酷い扱いを受けてきたのだ。そこから、魔王領に逃げてきた者もいる。

 食餌に満足した火蜥蜴の女王の眉間を掻いてやりながら、魔王さまは頭巾の者に答えを返す。

「構わぬぞ。勇者であれば、我が城に直接、乗り込んでくれば良い。我が力のほどを示してくれようぞ、ふっはっは」


      ◆


 城に戻ったジェミニ・ンは女官長のアクア・スに魔王さまの散策中の出来事について報告する。もちろん、酒場でもことも。

「その者はこのような姿でした」

 ジェミニ・ンの身体の輪郭が崩れた次の瞬間には曇天色の外套の者がその場に立っていた。そして、頭巾を後ろに脱いだ。そこには黒目黒髪のまだ若い娘の顔があった。酒場では頭巾の者の顔は見ることはかなわなかったはずであるが、ジェミニ・ンの能力は外見を模写するものではない。その目に見た者の姿を映すものであり、それはドッペルゲンガーに似たような性質のものであると言える。

「なるほど、では……」

 アクア・スが手を払うように振るとその影から、黒きモノが分離する。

「……この姿の者を監視しなさい」

 その黒きモノは輪郭を震わせると姿を消した。黒きモノの正体はパラサイトシャドウ。その名の通りに生物の影に寄生する生命体である。


 女官長のアクア・スを頭とし、ジェミニ・ンやテケリ・リなどの頭以外の5人の宮女は、戦時下にあっては特務要員となる。彼女たちは、その際には“ワン・ハンズ”と呼ばれ、それぞれ諜報に適した能力を保有していた。


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