061 続・ハクムの丘(4/6)遠くのサイレン
「皆、無事か。怪我した者は?」
「点呼に、各自の健康状態と機器の確認を急げ」
「了解」「わかった」
揺れが収まると、境 尉官と千手 薬剤官を中心に野営地の機能回復に努める。
卓に広げられていた機材や資料は地面に落ちている。卓そのものが倒れているのだから仕方がない。今は無線LANが主なので断線の心配はない。もっとも、それが脳裏に浮かんだのは年代的に境だけだったが。
「突入班との再接合できました。
任務は失敗……封印は出来ず……現在、龍穴から急ぎ撤退中……重傷者1名……
映像からは坑道の崩落などは確認できません」
確認できたものから、各所で報告が上がっていくが、その声が聞き取りずらい。
地面の揺れは収まったが、ゴォォーという音はいまだに鳴り響いているからだ。
何かが噴出している音のように感じる。
「水の匂いがするな」
池園の“野生の勘”と言いたいところだが、確かに水の匂いがする。滝壺とかに近づくと感じるアレだ。
漂ってくる方角が地中から何かが迫ってきた感覚が強かった方向と一致する。
いやな感じしかしない。
「見に行ってみねえか?」
池園がとんでもないことを言い出した。いや、予想はできたけど……。
真理の探究とか未知への追求とか表現できれば恰好いいが、彼のはただ少年の興味だ。
あっちにでぶっちょのノラ猫がいたよ。マジかよ、見に行こうぜ。
子供の頃の池園が見える。
「お前なぁー、今、それ言う?」
“土蜘蛛”の映像を見て、環境の異変と来たら、想像するものは一択だろ。
て言うか、コイツも分かってて言ってんだよな。ただ自身への危険度が頭から抜けている。お前の安全第一はどこ行った?
コイツはアレだな。怪獣出現と聞いて、安全確認と言いつつ野次馬に出かけて、真っ先に踏みつぶされる奴だ。
だが、残念なことに俺もちょっと見てみたい。これは問題だな…はぁ。
中腰で額を突き合わせてコソコソしていた太原と池園がおもむろに腰をあげると、皆が相談しているところに寄っていく。
「よし、では、突入班の帰還に合わせて、この野営地も撤退することにする。
モニター係は引き続いて突入班のバックアップを。それ以外は撤収の準備にかかれ」
太原は後頭部をかきながら、どう切り出すか考えていると、横から池園が話し出した。
「あのよー、堺さん、負傷者の移送って、無くなったってことでいいんだよな」
言葉遣いは別として、建築現場で働いている池園は大人に対して垣根のようなものがない。
「そうだね。君たちも我々と一緒にここを離れた方がいい」
境としては、別々に避難するよりは少し待ってもらって一緒に行動した方が良いと伝えたつもりだった。
「湧井さん、護衛のバイトのことだけど、残りは中止ってことで良いですよね」
「そうね。こんな状況じゃ、落ち着いて調査したり採取したりするのは無理っぽいわね」
菜々さんも常識的な考えの下に行動しようとしている。
「ここで精算って可能ですか。えーっと、半額で良いんで」
「バカか、事業主判断なんだから、そこは全額でいいだろ」
先が太原で、後の小声が池園である。バイト代はやっぱり欲しい。
「あなたたち、何を考えてるの?」
菜々さんの目が吊り上がった。そんなことを言い出せば、今、ここを離れるつもりだという事を容易に推測できる。
「えーっと、僕たちは探索者なんで、ちょっとそれらしいことをしようかなって」
太原は言いながら、自分でもいたずらをごまかす子供の言い訳だと思う。
「危険すぎる。それは許可できない」
やばい。安全じゃない?そんなの知ってる。
「申し訳ないけど、僕らは自衛官じゃないので命令は受け付けてないです」
境 尉官に頭ごなしに言われて、太原の反骨心がむくりと起き上がる。
「いや、私は君らの安全のために……」
それに危険を嫌うなら、そもそもここに来るようなことはしていない。
「警戒区域に指定されてる、どころか、ここは日本でもないので指示される根拠もないです」
災害対策基本法において、避難勧告や指示は強制力を持たず、指示に応じない場合の罰則は特に定められていない。だが、“警戒区域”に指定された場合は話が異なる。それは“命令”となり、違反者には罰金や拘留が課されることになる。
それも日本の内だけのことだ。但し、自衛隊の立場からすれば、どこであろうとも自国民の保護に動くのは条件反射のようなものだ。もっとも、今はいろいろな媒体があるので、逆に見捨てたなんてことが発覚したら、世間からのバッシングを受けることも予測がつく。
「わたしたちも本来の仕事に戻ります」
そこに由姫と獅拿の見習い掌典組が挨拶にきた。だが、その文言は上級者が下級者に命令を伝える“通達”だ。
反論することなど許さない。
家格に染み付いた自然な態度がそうさせる。
「じゃあ、俺たちも行こうぜ」
奇しくも、高校生4人が異常を示す場に向かう。
「ちょっと、あなたたち、勝手な事をしないで!遥も止めなくて良いの?」
菜々さんが一人焦るが、千手たちに止める動きはない。表情は止めたくて歪んでいたが。
現在、野営地にいる自衛官は8名。
怪我人を抱え、突入班の生命線を握り、駐留地からの指示もこなしつつ、この場所も死守しなければとなると、彼らと一緒に送り出す人員も捻出できなかった。
「いいのかよ」
獅拿が尻についてくる男子二人を振り返ることもなく親指で示し、由姫が答える。
「とりあえずは、状況の確認なんなぁ。“禍獣”なら、うちらも逃げるだけやし」
だが、地気が乱れていて、どれくらいの相手なのかが目視しないと判別できない。だから、調査に向かう訳だが。
「“狗猧”なら、ぶち倒してアキツミの飯になってもらうけどな」
見習い掌典の二人は、“土蜘蛛”程度なら二人でなんとかなると思っていた。より上位が相手だとしても支獣の“秋津巳”がいるので、逃げることができる目途もあった。
「靄ってきたな。前だけじゃなくて、足元にも気をつけろ」
池園にお出かけしていた安全第一が帰ってきたらしい。
「おかんか?まあ、方向は音で分かるからいいけどな」
やばい時はこの音から遠ざかるようにしよう。
「お前らは慣れてるよな。動きに硬さがねえし、どこの者だ?」
池園がそう言うと、別の想像が働くな。
「別に隠すことじゃないが、あたしらは“殿上の長”に代々仕える家門の生まれだからな」
「そやし、この手の怪奇には耐性があるんよ」
「ついて来んなとは言わねえけど、祓ってるのを見物すんのは遠くからにしろよ」
女子高生二人の言葉には驕りを感じない。
「腕力には自信があるんだがな。必要なら言ってくれ」
そのためか、池園が素直に受け入れている。要は手出し無用と言われているのだが、本当にいいのか?
「腕っぷしだけやあかんし、」
「おっと、頭の方は期待しないでくれよ。それは太原の担当だ。任して、損はねえぜ」
「ふふっ」
皆まで言わせずに、笑いを取った。
力まで抜けるわ!少しは緊張してくれ。
「ふわーぁ」
あくびをするな。リラックスしすぎかっ。
僕まで眠くなるわ。って、おかしくないか。緊張で寝付けないのはよくあることだが、眠くなるのは疾病だと聞くぞ。しかも、この音のなかで?
「ちょっと待て、何かおかしくないか」
太原が皆の歩みを止めさせる。靄がさっきよりも濃くなって、これは花の香りか?




