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002 防衛結果報告会

 魔王城。

 この惑星にある2つの大陸のうち、大きい方の大陸の西方を縦断する山脈(スピーネ・ドルサーレ山脈)の尾根が途切れた場所。つまり、過去の火山活動によって生じたカルデラ湖(フォッセッタ湖)の東岸に白亜の城としてたたずまふ。カルデラ湖から西方に流れ出た河川(カペッリ・ルンギ川)の流域には魔王さまを慕うものが集まり、いつしか、街を為した。そして、それは大いなる拡がりを見せ、国としての様相を呈している。

 しかし、魔王様は建国宣言を未だしていない。どうやら、その気もないようだ。街の賑わいをみても、単に楽しそうでいいなという思うだけである。それが自らの徳に依って為されているとは考えもしないのである。

 ただ、街に住まうものたちは、この地域(くに)を“魔王さまの住まう土地= 魔王国(マジックキングダム)(仮)”。河川の両岸の街を降誕の地=ランダブバスと呼んでいる。

 そして、昨日は魔王城に勇者の襲撃があったことなど、未だ、街のものたちは知らなかった。


      ◆


魔王城、会議室。

「では、今回の勇者迎撃結果報告を致します」

 進行役は、政府(仮)のトップであり、戦時下にあっては軍事の統監を務める魔人のアガレスである。

 尚、魔人とは始まりの世界(Ginnungagap)から、この世界の依り代を得て、直接的に現生した者たちのことで、そこに種別はない。

 続けよとばかりに、長卓の最奥に座る不機嫌そうな魔王さまが手を振る。

「今回の侵略者、勇者パーティはソッジョルノの森――源人族の国々が言う所の“魔の森”――を抜けて、毒の沼地の対岸に総勢12名にて現れました。その内訳は、大まかにですが、勇者1、戦士4、拳闘士1、射手1、治癒士2、摩術士3で、治癒士のうちの一人は聖女だったようで、勇者パーティと聖女パーティのダブルチームでの攻略であったと思われます」

 追い詰められた(と思っている)源人族が放った最大最後の戦力である。

 とは言っても、魔王さまは一度たりとも源人族の国に侵攻などしていない。源人族の国が勝手に攻めてきて撃退され、国力を減衰させていっているだけである。

 そこで区切り、質問が上がるのを待ったアガレスであるが、出て来ないのを見て先に続ける。

「勇者パーティはそのまま毒の沼地に入水(にゅうすい)、沼地中央の浄化の泉を経由して、東追手(おうて)門にたどり着きますが。ここで、摩術士の一人が毒沼(ギフティガ・)ワニ(クロコディル)の餌食になりました」

 ちなみに入水は“にゅうすい”と読む。自殺の場合は“じゅすい”と読まれる。ここテストに……でないか。

 魔王城の東の正門前は、瘴気の気泡が沸きあがる毒の沼地である。沼辺には紫色のキノコがノコノコと生えている。

 (セピア)色の毒霧の煙るなか、灯火に浮かびあがる幻想的な魔王城。

 魔王さま曰く、「かっちょえ~」である。

 しかし、この沼の実態はその周囲に拡がるソッジョルノの森――魔の森――に漂う瘴気を吸収し、それを沼中央の清泉にてその穢れを取り除く、一種の浄化装置となっている。そのように築城時に魔王さまが設計したのだ。城だって、その瘴気がフォッセッタ湖に流れ込まないようにするための防壁にすぎない。

 ソッジョルノの森の定まらない場所で訳の分からないものが発生して個々に対応するよりは、それを集めてしまって、まとめて浄化という効率化を求めた仕様である。例えば、過大な瘴気を放置すると、オークやゴブリン、ワイルドボアにコカトリスやバジリスクと言った摩物が大型化したり、変異したりするのである。こいつらは動くものと見れば、すぐに襲ってくる。ワイルドボアなど食えるのは狩るが、オークやゴブリンなど臭くて食えないのはソッジョルノの森から追い払う。そうすれば、森に生える薬草などを根こそぎ抜いていく源人どもをそいつらが追い払ってくれる。少しは森のためになるだろう。

 摩物は人だろうが、魔人だろうが、獣人だろうが、分別なく襲う。ただ、魔人を襲えば逆に討伐されるので源人の街のほうに逃げていく。


 医事を総括する侍医長のマルバスの手があがる。

「わざわざ、身をさらして、毒沼に浸かって、何の意味があるにゃ」

 語尾は尾が二又に分かれたイモータルキャット(猫又、元獣人の猫人族)である彼女の口癖である。

 毒沼の周囲は整備された石畳の周回路となっている。その奥、少し森に入った場所には踏み固められた森の小道、これは沼に集められた瘴気を避けたい者のために整備されたものである。但し、徒歩の者のために沼には平底の渡し船の用意もある。但し、渡し船は竿を沼底をついて移動する形のもので、全体的に浅い沼ではあるが特にその進路上の沼底は浅く固められていた。

 その固められた場所を勇者パーティは腰まで浸かって沼を渡ったのである。

 しかし、その理由がわからない。

 勇者が少人数で魔王に戦いを挑むのは、有り体に言えば暗殺のためである。暗殺に行くのに姿をさらす馬鹿はいないであろう。そもそも、正面から挑むのであれば、軍隊でもって攻めればいいのである。しかし、軍隊での真っ向勝負では相手にならないので、敵のトップを除いてから攻略するための暗殺という手段なのである。

「さあ、私には判断がつきませぬ。源人どもも人材が尽きたのではないでしょうか?」

 返り討ちにした勇者は幾とも知れず、すでに勇者としての質を伴っていないかも知れなかった。

 追い詰められるとそれに反発するように強者が生まれるというのは幻想なのであろうか。


 う~ん、と皆が首を傾げる中、頭から羊の角を生やし執事服を着て控えていた魔人が渋い声で呟く。

「そう言えば、あの沼のワニはアガレスさまのペットではございませんでしたか?」

 発言したアルフォンスは魔王さまの侍従長を務めている。

 しかし、同じ魔人どうしでいがみ合ったり足の引っ張り合いをしている訳ではない。ただ単に事実をありのままに述べた。天然である。

 その場の視線がアガレスに集まる。もちろん、魔王さまの冷ややかな視線も。

「いっ、いや、その、確かに私めのペットではありますが……。まさか、勇者が沼に入るとは想定できず……。クロコ(ペットの名)もあの沼の雷魚が大好物でして……。もっ、申し訳ありません」

 しどろもどろになり、防衛に貢献しているのだから謝る必然などどこにもないはずであるが、統監(アガレス)どのは何故か謝罪をする。

 廻りから向けられる視線を言葉にすれば、「あ~あ、やっちゃった」という感じである。

 こめかみから汗を垂らしながら弁解するアガレスを見つめていた魔王さまであったが、まあ良いと報告の続きを促した。

 勇者の奇怪な行動に対処できなかったことを、魔王さまは責めたりはしない。ちぇっ、とは思っているであろうが。


      ◇


 その後も淡々と報告は進む。

 開け放たれた東追手門を身を屈めて侵入した勇者たちがこそこそと動くさまを描写したものなのでここでは割愛させてもらう。

 そして、問題の第三大門である。

「ここで、巡回中の警備兵が城内に侵入した勇者どもを発見し……」


 『いやいや、沼の前に現れたんでしょ。そして、こそこそしてたんだよね』という読者(みなさん)気持ち(つっこみ)はわかるが、そこはほら、茶ばn……“大人の事情”というやつで。だって、魔王さま、報告を受ける前から身支度を始めてるし……。


「……警笛が鳴らされ、第三守備隊が防衛行動を開始しました」

 守備隊と勇者パーティによる一進一退の攻防を、ぐわっとか、うおっとか、アガレスの身振り手振り付きで説明がなされる。

 アガレスは何かを挽回しようと必死である。

 これはこれで楽しい。魔王さまも目を輝かせ、背中も背もたれから離れている。


「ここで、サブナック隊が防衛の援軍として参加しました」

 均衡を保っていた戦線が魔王軍有利に展開する。

 猫人の獅子族であるサブナックが咆哮し、両手使いの大剣を一振りするたびに、勇者パーティが一人ずつ欠けていくのである。

 守備隊の面々が、“いろいろと”頑張っていたのに、すべてが台無しである。

「しかし、サブナックは熱心にその大剣を振り回すがゆえにその切先が我が軍の将兵も傷つけていったのです」

「なっ……」

 どきどきしながら報告を聞いていたサブナックが絶句する。


「何か弁明でも?」

 アガレスが眼鏡男子であったなら、ここで確実に眼鏡を“クイッ”とするシーンである。

「いや、それは(そりゃあ)少しは(ちったぁ)当たったかも知()ねえが……」

 ごちゃごちゃした前庭で、大剣を力任せに振り回せば、味方にも当たろうというものである。もちろん、そのあたりは大剣使いならば承知している話で配慮はしつつ振るっている。

「それは認めるんですね!故にエリゴールにサブナック隊の撤退を指示し実行しましたが、すでに遅く味方の戦線は崩壊。勇者に第三大門を突破されました」

 サブナックのぼやきに、アガレスは言質を取ったと検察官ばりに言葉を被せる。

 魔王さまの前では本件を追求できないので、重箱の隅をつつく別件での取り調べの形になるのは致し方ない。

 一応、サブナックが勇者パーティを削ったことは評価されることですが……と補い、サブナックも防衛の役には立ったと付け加える。

 しかし、それは魔王さまには逆効果である。魔王さまのサブナックを見る眼が冷たい。それが意味するところは、『お前、俺の楽しみを奪ったの?』である。


 その視線を受けて、サブナックの必死の弁解を試みる。

「いや、俺は魔王城の防衛を考えてだなっ」

 首無し騎士(デュラハン)のエリゴールが、自らの頭をつかんでサブナックの耳元に近づける。

「で、その本音は……」

「いや、ちょっと暴れられるかなって」

 指先同士をちょんちょんさせるサブナック。

「アレのせいで、勇者のパーティが崩壊したということでございますな。アレがなければ謁見の間にたどり着けたかも知れないのに……」

 後半をぼそっと呟く侍従長のアルフォンス。事実をありのままに述べているだけなのであるが。

「かも知れないのに……かも知れないのに……かも知れないのに……」

 魔王さまの耳に渋い声が木魂のように繰り返され(リフレインす)る。魔王さまの口元がひくひくしている。

「そうか、そうか、我が城のことを思ってか。では、その働きに魔王として報いねばならぬなっ」

 なにか不吉な言い回しにコメカミから数筋の汗を流し始めるサブナック。


「サブナックを地獄門の守護者に命ずる!」

 地獄門は東の第一大門。そして、それは魔王城の最終関門。

 魔王さまのネーミングセンスで付けられた名称である。

「やっぱり、魔王城の顔となる場所だから、地獄の名が相応しいだろう。う~、かっちょえぇ~」とのことである。

 その先には、魔王さまの謁見の間が控えるだけである。

 そこまで侵入できるものなど、この世界にはもう存在しない。

 そこを防衛する部下は交代制だが、守護者だけはそこから動くことは許されない。

 もう、日がな一日、暇を持て余す。それが昼夜を問わず永遠と続く。まさに地獄である。

「魔王さま、それがしの身には重すぎる大役でございまする。なにとぞ、御再考をっ」

 コメカミからだけではなく、額からも玉の汗を流し、なんとか地獄行きから逃れようと必死の嘆願を試みるが。

「よかったじゃん、栄転だよ。栄転」

 エリゴールに襟元を捕まれ、サブナックは引きずられていく。

「魔王さまぁ~」

「ふぅ~、バカモノめが。責め苦……責務に励むが良い」

 魔王さま、言い直しはしたが初めにバカモノと言ってしまっているあたり、本音が零れ落ちてしまっている。

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