001 衝撃の勇者
前幕 報道発表 読んだ感想と評価をぷりーず
起章 虚実空論 魔王さまの思い付きまで……急ぎ足で
承章 建国宣言 地球にやってきた魔王国の者たちと接触した人たちが採る選択とは
転章 開園準備/週末勇者 前幕はここに繋がります。ラックランドの運営を表と裏から
結章 好事多魔 そして、一つの事件が……スタンピードじゃないよ
終幕 老生常譚 帰省した孫と隠棲の翁の会話
ここは、フィアーバ。剣と摩法の世界。
◆◆◆
連絡士官がノックと共に部屋に入ってきた。
「報告します。侵入者とは第三大門前庭にて交戦中。サブナック隊を投入後、我が軍が優勢に推移。間もなく、制圧できるものと思われます」
その報告に焦る、統監のアガレス。
彼は、常時は総務府の長官であり、戦時は軍事の最高責任者となる。実質、魔王領のナンバー2である。
と言うか、民を束ねているのは魔王さまだが仕事はしないので、領国の形を保つのは彼の双肩にかかっている。
その者の背中の黒い羽根――と言っても、カラスのような黒い羽毛の羽根ではなくコウモリのような黒い皮膜の羽根である――がばさりと音を立て、その爬虫類を思わす尻尾が大理石の床を強かに打つ。彼は蜥蜴を仕留めた蝙蝠を依り代に、この世に現生した魔人である。
「待て待て、誰がサブナック隊を出動させろと言った。殲滅してどうする!」
うっ、やっぱりと言う表情の連絡士官が返答する。
「サブナック将軍が俺が出るからと……申し訳ございません。私には止められません」
連絡士官は、視線を合わせないように顔を上に向けつつ敬礼する。
「撤退させろ。いや、大門を開いて、そちらに引いた後に撤退だ。エリゴール、お前が伝えに行け」
連絡士官にはお前はそっちだと壁際の器械を指し示す。
椅子に座るエリゴールは、首の後ろで手を組み、面倒くさいとばかりに、膝の上の頭でブーブーと言う。
不平の声をあげた拍子に、落としかけた頭を本来の定位置である小脇に抱えて、右手を突き上げて、ブーブーと続ける。一人シュプレヒコールである。
エリゴールは首無し騎士である。
「では、お前が受けるか。魔王さまに30分に一回、はぁ~とため息をつかれ、ちらっと非難の目を向けられ、再び、はぁ~っと。それを一週間、繰り返されて見よ。精神が崩壊するんだぞ!」
~ぞ!と一緒に尻尾がそれを強調するように床を打つ。
いや、それはぁ~と引き気味に部屋を退出していくエリゴール。
そして、準備は出来たかと、延々と床が流れてくる器械の上を全力で疾走する連絡士官に声を掛ける。
「いや、まだ……です」
連絡士官は走り続ける。息が良い感じに上がるまで。
「では、そのまま聞け。報告内容だ」
◇◇◇
「う~む、なかなか決まらぬ。これならどうだ」
巨大な壁鏡の前で、肩に外套を合わせる魔王さま。
その左側には、様々な素材、配色、意匠の外套が掛けられた洋服掛けがあり、右側には不採用を出された外套が小山になっている。
外套を合わせる魔王さまの左肩の、魔王自身の頭部の2割増しほどの大きさのドラゴンを模した肩当てが動いた。
「これこれ、待て待て。お前もコーディネートの一環なのだ。もう少し、我慢せよ」
「ぐぎゃっ」と一鳴き、仕方ないとばかりに羽根を拡げて、魔王さまの首に絡めた尻尾に力を入れる。
この黄金のドラゴンはこれで成獣である。いや、厳密にはドラゴンのミニチュアのような姿形だが、火蜥蜴という別種の生き物だ。火蜥蜴と言うと、サラマンダー(山椒魚の英語名)を思い浮かべるかも知れないが、あれとは別種のものである。口が身体の半分ほども裂け、ぬめりのある体表に、皮膚から赤き血潮(実際は赤い汗)を垂れ流し、それが後に点々と炎の路を作る。そのような摩物と同種扱いをされたと知れば彼女のご機嫌を取り戻すためにかなりの努力を要するであろう。
「ふふふ、愛いやつじゃ」
火蜥蜴の額を右手人差し指で掻いてやると、気持ち良さそうに目をつむり、「リュルルルゥ~」と顫動音でそれに答える。
この火蜥蜴、ドラゴンの係累であるにも関わらず、実はあまり頭が良くない。人種族に換算すると大まかに2~3歳くらいの知能であろうか。感情的でわがまま、自分勝手な面を持つが、飼い主にはそれがたまらないらしい。
その部屋には、もう一人、魔王付きの女性将官がいる。魔王国の主席報道官、褐色の肌に銀白混じりの栗色の髪、夜兎のレヴィアである。すらりとした肢体にスポーツブラとホットパンツに身に着け、小山となった魔王さまの外套をひと嗅ぎしてから、洋服掛けに戻している。
夜兎とは通称で、獣人種兎人族野兎類が学術的には正しい。種族の特徴として、すらりとした容姿に矜持を持っているので、飼兎類と間違えると機嫌を損ねるので注意が必要である。
「あんな生白いズングリムックリと同類視されるなんて、有り得ないんですけど!」
報道官と言えば、米国のスポークスパーソンを思い浮かべるかも知れないが、その実務内容と影響力は日本の官房長官の方が近い。
これでどうだと、魔王さまに意見を求められると彼女は毅然とした態度でそれに答えた。
「はい、お似合いかと思います(うわぁ~、ちょ~、かっこえっっ~、もう、何を着てもお似合いなんですぅ~)」
主席報道官が鼻息を荒くする。髪が飼い色の白に変わりつつある現状に本人は気付いているのだろうか。
そして、そこに息を切らせた連絡士官が報告に現れた。
先程の部屋にいた連絡士官である。ようやく態勢を整えたようだ。
「ほ、報告いたします。我が軍は善戦しましたが、侵入者に第三大門を破られました」
「なんと言う事だ……」
言葉を発した魔王ではあるが、その言葉とは正反対の表情(喜色)をしている。
「申し訳ございません」
連絡士官が謝罪の言葉を口にする。
「良い。レヴィア、映像を……」
魔王さまが皆まで言うなと連絡士官を手で制し、返すその手で主席報道官に指示を出す。
その命にレヴィアは、ぴょんと一足で制御卓につくと、片耳形の通話機を装着し、装置を起動させる。卓に非接触型の操作盤が浮き上がり、魔王さまの目の前の中空にいくつかの画面が浮かび上がる。
もちろん、機器を操作せずとも、摩術の“リモートビューイング/遠隔透視”を使えば、レヴィアならば同じことが再現できる。実際は摩術が先で機器でそれを再現した訳だが、反復される作業では機器を使った方に様々な優位性が生まれるのは自明のことであろう。
魔王さまは宙から椅子を取り出すと足を組んで座り、膝に降りて見上げてきた火蜥蜴にゆったりとした動作で干蟹を与える。もちろん、それは見拵えに付き合わせたお礼だ。そこに居城に攻め込まれた緊張感など微塵も感じられない。
宙空に揺れる画面に視線を向ければ、煙と粉塵が舞い上がる第三大門の映像が浮かび上がる。
大門は開かれ、地面に剣が、折れた槍が突き刺さり、壁面についた焦げ跡とその周囲に倒れ伏した人影がそこでの激戦を物語っている。
「う~む、残念な結果ではあるな」
魔王さまは深刻な声を出そうとしているが、放たれる気にのる興奮と歓喜がそれを打ち消してしまっている。
宙の画面に音声はない。連絡士官の説明を耳に受けつつ、門の映像を魔王さまは確認する。
宙に映る一人の兵士の腕が動き、顔を上げようとしたところに小石大の石塊がぶち当たる。
「む、まだ、生存者がいるようだ。直ちに医療班を差し向けよ」
手を振り、指示を出す魔王さまに、レヴィアが頷く。
宙が再び揺らぎを見せ、元の落ち着きを取り戻せば、部屋が少し明るくなったようだ。そして、レヴィアは右手を機器の上から耳に被せて各所に連絡を取り始める。
◇◇◇
ぱんぱんと手を打ち鳴らす音が第三大門前庭に響く。
「よぉ~し、皆の者、もう起きていいぞ。レヴィアさまから連絡が入った。魔王さまもご満悦だそうだ」
よっこらしょと、あちこちで倒れていた私たちの目には見馴れない雑多な種族の者たちが立ち上がる。
ぱたぱたと服についた埃を打ち払う兵士たち。
「おう、今回の俺の殺陣はどうよ。勇者の剣に斬られて、2回転半してバタリと倒れる。俺、すごくね」
額から2本の短い角が生えている鬼人と呼ばれる種族の者である。そりのある刀剣を素振りする。
「バカだな。勇者の後ろから殴りかかって、ばさりと斬られた後、天に向けて腕を上げて、バタリ。これが様式美ってヤツよ」
白髪、金目、赤銅の肌の太マッチョは修羅族の者だ。拳最強を自負する種族である。
「まあ、あそこで断末魔をあげられりゃ、良かったかもしれんが、あれじゃあな、まだまだよ」
「知らねえのか、宙画には音声はつかないんだぜ」
「だから、坊やなんだよ。視聴者には伝わる!」
ピンと尖った耳と全身を漆黒に染めたインプ族の者は、充血した目で喚く。ところどころにキィーと鳴き声が入るところに愛嬌がある。
各所で俺どうよ自慢が沸騰するなか、そこにいる全ての兵士が立ち上がると、再び、手が打ち鳴らされた。
「皆の者、ご苦労だった。適当に清掃作業の後、今日は解散とする」
おおっ~、今日は半ドンかよ。じゃあ、この後、飲みに行かねっ。たまにぁ、家族サービスも……なんて、がやがやと談笑する兵士たち。
皆が笑顔に溢れている。
「でもよ、焦ったよな、サブナック将軍が来られた時はよ」
獅子族のサブナックが配下の獣人を引き連れて、戦いに乱入したのである。
「おお、勇者パーティをどんどん倒しちまうんだもんよ」
「まあ、エリゴールさまに獣耳を引っ張られて連れて逝かれたけどな(笑)」
先程から、手を鳴らしていた……まあ、この門の防衛責任者であるが、彼が一人の兵士を指差して言う。
「そこのお前っ、何故、指示を受けぬ前に動いたっ。もう少しで魔王さまがお気づきになられるところだったとレヴィアさまがお怒りだぞ」
門の防衛責任者に指された兵士は、魔王さまが映像を確認していた時に顔を上げようとして、門の防衛責任者に石を投げつけられた者である。
「バカ者っ!お前は、減給3か月だっ!」
がっくりと、うなだれる兵士。
その廻りの兵士たちがその者の肩を叩いて慰める。
「お前も飲み会に参加しろ。演技のコツを指導してやろう」
どうやら、その兵士は新入りのようだ。
そして、勇者たちの必死の討ち入りも彼らにはお遊戯としかならないらしい。
◇◇◇
魔王城、謁見の間。
縦長のステンドグラスの窓から陽光が差し込む。その室内は赤と黒の配色を中心としたカーペットやタペストリーの内装に、各所に散らばる鈍色の銀の意匠が差し色になっている。
その部屋の奥の数段の段部によって高くなった中央に置かれた高い背もたれの椅子にどっしりを足を組んで座る者がいた。
魔王さまである。
遠目には威厳をもって落ち着いているように見えるが、見る者が見れば魔王さまの本当の心情が伺えるだろう。
その指は先程から椅子の肘置き台をこつこつと忙しなく叩いている。
その視線は椅子から段部に、そして、その先の大扉に向かって伸ばされ、踏めば沈み込みそうな絨毯の上を行ったり来たりしている。
魔王さまの待ち人がようやくに来訪したようだ。
緩みそうになる表情を引き締め、居ずまいを正す魔王さま。彼にはコレと思う魔王の形というものがある。
大扉がわずかに開かれ、その隙間から光が漏れる。
徐々にその隙間は大きくなり、一人の戦士が部屋に歩みを進める。
その光の中にシルエットとなった者に向かって、立ち上がった魔王さまは、外套を大きく翻し哄笑する。
「はっはっは、良くここまでたどり着いたっ。勇者よ、そうだ、この俺様がお前の目標である魔王である」
勇者は数歩、前に身体を進めると、ゆっくりと腰に帯びた聖剣を抜いて、その先を魔王に向ける。
「魔王よ。ご、ごほっ、うっ、う~ん……」
勇者は、膝を付き、そのまま前のめりに倒れ伏した。
「我が威勢の前に恐れをなして、声も出ないのか、脆弱者がっ!」
声が出ないどころか、倒れたままである。
「魔王で……お、おぃ、勇者っ!我が力の前に永久の眠りにつかせ……って、魔王の前で寝るんじゃない!」
「…………」
倒れたままで、勇者はぴくりとも動かない。
「えっ、どうした……。立てっ、立つんだ、勇者っあぁっ~~」
「…………」
勇者は死んでいる。ただのしかばねのようだ。
「せっかく、仕立てたばかりの森の妖精素材の燕尾服に、希少な白色の地獄蛾のネクタイを取り寄せ、外套も恐ろしく決まったのに……」
ぶつぶつと呟き、がっくりと肩を落とす魔王さま。
「ぐぎゃぁぁ~」
静かな室内に魔王の肩の黄金の火蜥蜴の鳴き声が元気に響いた。
……“笑劇”の勇者(完) 本編はもちろん続きます
筆者注)摩法は誤記では無いです。どこかで解説する予定です。