SS 041_R 報道発表(4/4)
「本日はお忙しい中、我が魔王グループが進めるプロジェクトのお披露目にご参加いただきありがとうございます」
再びたかれるフラッシュ。そして、微笑む礼装子兎。Formal(形動)正式であるさま。
「本日、紹介いたしますのは、この目の前の広大な地域を舞台とした体験型アトラクション施設です。
細々とした説明は、実際にアトラクションを体験してもらう方の映像をもって、それに替えることにいたしましょう。
それでは、引継ぎをお願いします」
魔王様の報道官たるレヴィアがステージから降りた先には、タレントがテーブル席で待機していた。
スク東――スクリーン東京の略――では、本日の歴史的な司会の席を巡っての熾烈な駆け引きがあったと言う。
私なら、演者たちの後ろについていき、現地からレポートも出来ますと言い、鉄道路線を歩く特番を重ねてスク東に貢献してきたと自負する福池。
歩く特番なら私だって、出ていますよ。それに私には格闘技などの中継の実績も充分ですと、大御所の新橋が割り込んできた。
選考に残ったのは、共に還暦を越え、黒縁眼鏡の知性派の二人であった。しかし、最後の提示で口にするのが、過酷な長歩きの経験と言うのは、今回の催しの基調のためか、スク東の体質か、それとも、昭和のおじさんだからか。
格闘技の番組なら、私もやってました。「ぐぅ~~っと、タイミンッグ」と福池がシャウトする。
しかし、大舞台の経験なら私とばかりに、年末歌合戦の司会や世界水泳、世界陸上の実況の経験などを新橋が指折っていく。
そして、その結果は……
「はい、マイクを預かりました。これからの中継は私、新橋が務めさせていただきます。中継場~」
この施設内の写真がスライドショーで流れていた、記者たちの目の前のワイドビジョンの映像が、森の上からの空撮映像に切り替わった。
どうやら遠隔操作の無人マルチコプターからの映像のようだ。
「今、見て頂いている映像は、この先の森の上空を飛ぶドローンからの映像であります。
このアトラクションに参加するためには、参加できるだけの身体基準を満たしているかの審査があります。
スタッフは、その審査を受けていないため、入場することは叶いません」
そんなタレントの説明を聞いているのかいないのか、会場にいる人たちはただの森の空撮映像を注視している。時折、展望フロアから見える森に目を向ける者もいるが、そこに動くものは確認できない。
そして、映像が森に降下すると前方に数人の人影が写り込む。
「そう、本日、ココの開場式典に駆けつけてくれた勇者たちは、既に準備を終え現場入りしているようです。
ここ福島を中心に活動するローカルアイドルではあります。
しかし、そのグループ名は本日のイベントにマッチすること請け合いであります。
では、紹介しましょう。闘いに勝利する男たち、トゥーリオの皆さんです」
闘里男と書いて、トゥーリオと読ませる、歌にドラマにバラエティにと多彩な活動を見せるロックバンドである。
ドローンの映像が拡大され、本日の挑戦者たちの横顔を捉える。
「先陣を切るのはこの人、斥候を務め、今日はモンスターをどのように料理するのかぁ~、軽戦士ぃぃxx~、トーイチィ~
ファンをノックアウトする美声を剣に載せて、リズムを生かして右に左に切り伏せるぅ~、長剣士ぃぃxx~、ナガトモォ~
チームの要、鉄壁の陣地を作ります、守護戦士xx~、テツヤァ~
長身の身体を闇から闇へ、一撃必殺の仕事人xx~、リョウジィ~
そして、このパーティをまとめるのはぁ~、魔法使いぃぃxx~、カケルゥ~
この後、トゥーリオの皆さんには、このオープニングイベントで試験者を務めて頂くことになっています」
紹介の際に加工された静止映像と名前が斜に入り、ちょっとしたプロモビデオを思わせる。
が、今、注目すべきは、そこじゃない。
えっ、今、何て言ったんだ。モンスターと聞こえたような気がするんだが……。
そんな、最初の説明からして混乱を覚える中、トゥーリオのメンバーが森の小道を進んでいく。
司会の滑舌は超絶である。海外からの訪問があろうと、会場に通訳の英語が流れることもない。
日本に居るなら、日本語を使え。
媚びない姿勢はスク東の社風なのか、さてまた、魔王グループの方針なのか。
いずれにせよ、聞き間違えるような環境ではなかった。
映像に音声はない。だが、暗い森の中の環境に、映像の揺れと、時折、見切れる感じが、逆に臨場感を煽る。
画面に映るトーイチが、左手を後ろに出し、皆を静止、そして、身体を下げるように手で合図を出している。
無人マルチコプターも降下したのか、狭い視界が不安と期待を誘い、やけに胸が騒ぐ。
その合図の後、トーイチが単身、草叢の中に入っていく。
寸刻をおいて、トーイチが走って戻ってきた。トーイチが向かう先にはテツヤがいる。
その後を追って、草叢から分け入って出てきたのは異形の獣?
ではない!
対象そのものが黒く、影絵のようで分かりづらいが、二足歩行だ。
「お、おっ~と、斥候に出たトーイチ。急転直下の大逆走。何かに追われているぞ。
黒兜に、黒光りする大きな目、下あごから生えた2本の小さい牙、そして、背中に背負った甲虫類のような黒茶色の翅鞘!
これは、業悔卑だ。ゴブリンの群れに追われているぞぉぅxx~」
新橋は、手元にある分厚い資料を目にすることなく、画面を見ながら臨場感豊かに謳いあげる。
はぁ~、ゴブリン?ゴブリンって、アレか。ファンタジー小説とかに出てくる、アレか。
画面が分割され、一部に業悔卑の切り取られた画と情報が映し出された。
100cmほどの身長に、古舘が実況する描写に加え、人に似た造作の顔面に、後頭部に橙色のぼこぼこしたコブがあり、翅鞘の下には黄土色の蓑のようなものが生えている。
そのゴブリンが、手足の細さに見合わない太枝――と言うか木製の棍棒と言うべき――を振りながら、トーイチの背後から迫っていた。
「トーイチ、逃げる。そして、盾を構えるテツヤの横をすり抜けたぁ~」
視線を受けたテツヤが森の小道をふさぐようにでっかい盾を地面に突き立てているところに、トーイチを追いかけてきた先頭の異形の怪物がたどり着く。
そして、怪物は木製の棍棒を振るった。
「いつもは華麗なスティックアクション、
ドラムを華麗に叩く彼が、今日は自らの盾を叩かれまくるっっっxx!
しかし、引かない、退かない!
ゴブリンが前に出た。
棍棒を振り上げたっ。
叩く、叩く、叩く。
だが、まだ、ツッコミが足りないぞ!」
間を縫ってのテツヤの返しの武具が炸裂する。
「あっーという間に攻守が逆転!」
調子に乗って棍棒で盾を乱打していた異形の怪物に向けてテツヤが連接棍棒を振るう。それは、側方から振り出されタワーシールドの手前で柄の部分は静止するが鉄片で補強された打撃部は元の振り出された軌道を維持したまま、怪物の脇腹に命中!くの字に折れ曲がり、異形の怪物が吹っ飛ぶ。
「グゴゲ!?」
声を発したように見えるのは、吹っ飛んだゴブリンではなく、その後続のゴブリンである。当のゴブリンは、外殻と内臓を砕かれた衝撃で、その瞬間に絶命したからだ。
その後、テツヤの元にたどり着いた右の異形の怪物に直径10cmほどの火の玉が直撃。左の異形の怪物の額には小振りのナイフが刺さっている。
「お、おぅ~っと、ここで繰り出したのは、カケルが放った必殺のファイアボール。
もう一匹の額には、投げナイフが刺さっているぞ。
それを放ったのは、トーイチ。
さては、逃げたと見せたのは作戦だったかぁぁxx~」
杖を片手に――杖は旋棍の形状で、短部を前に銃のように狙いをつけて――身体を斜に構えるカケル。出で立ちはドラ○エⅤの勇者のようである。
そんな彼と背合わせに、ナイフの刃の部分を持ち投擲の構えを見せるトーイチ。演技とは思えない真剣な眼差しを周囲に払う。
テツヤの横から、さっそうと抜け出したナガトモ。
刃渡り80cmの両刃のロングソードを打ち下ろしの一閃、さらに続けて、切り上げの一閃。
左右の異形の怪物にトドメを刺した。
仲間を瞬殺され、棒立ちとなった最後の異形の怪物。
その背後に、上空から降り立った黒い影。片刃の直刀で項を深く抉ると、すぐに闇に消えた。
「ナガトモのスウォードアクション!
舞うような剣の立ち回りに見入っていましたら、その背後の出来事を見落としてしまいました。
新橋、一生の不覚であります。
しかし、闇から闇へ姿を見せず、一撃でゴブリンを仕留めた、掟破りのその所業。
これはリョウジの仕事に違いない。まさしく、垂直移動の影法師だぁxx~~」
なんか始まったと思ったら、あれよあれよと言う間に終わってしまった。
えぇ~っと、モンスター?ゴブリン?
映像を追従させた際に、最初に吹っ飛ばされた怪物の辺りで何かがキラキラしていたのが気になるのだが?
立体映像?Computer Graphics?
現実 か 偽物 か ?
「強ょぉ~ぃ。
トゥーリオの皆さんは、今回の実演が決まってから、数週間もの特訓を積んだと新橋は説明を受けておりました。
ですが、私、これ程の迫力のある映像を見ることができるとは思いませんでした。これから……」
今まで、映像を見て、ざわざわしていた観衆の興奮度がここに来て、一気に表面化する。
「「「おおおぉぉぅおぅxxx~~~」」」
俺の隣の外国人ジャーナリストが、「ゾンビ、ゾンビ!」と連呼している。いや、どうでもいいけど、ゾンビじゃねえだろ、こいつ、合州国人か?
大混乱な会場である。
実況の新橋が、説明を続けようとするが誰も耳を傾けない。
そんな中、ステージの袖から、6人の……ん?毛?頭の頂部に生えた耳……ケモミミ、尻尾?……えぇ~っと、獣人さんですか?
スラリとした片足を前に、片手を腰に、もう一方の手を前に差し出して、声を揃えた。
「「「福島に、ようこそ!」」」
この施設が開場し、探索者を生業とするものが現れ、後に週末勇者――終末信者の皮肉も込めて――と呼ばれるようになった彼らの一人が取材に応えた。
「トラックに轢かれる事なしに、異世界が尾っぽを振って自ら“来ちゃった♡”言うんなら、こりゃもうイクしかないっしょ」
もちろん、尾っぽの台詞には獣人のお姉さんが振り向きつつ手を振る場面が彼の頭の中で再生されていたに違いない。
この物語は福島原発による被災地域を舞台の一つにしています。どのような形であれ、この地域を物語の舞台として扱うことは、被災された方々にとって辛い記憶などを呼び起こしたりするのかも知れません。もし、そう言ったことで不快な気持ちを覚えた方には申し訳なく思います。そっと、ブラウザを閉じて頂ければ、ありがたいです。
この物語はフィクションです。ただ、どのような形でもいいので、一日でも早く復興が進み、故郷を想う方々にとって、この場所の記憶が辛いものではなく、新しく楽しい記憶で上書きできるような時節が来ることを作者は願っています。