029 死と再生
New-S look 21
テン、テレレテッテレ、テンテレッテッテ~、古典的な音楽でテレビ番組が始まる。夜だと言うのに目覚めてしまいそうな曲調だ。
「本日、魔王国より発表がありました。東北地方太平洋沖地震に端を発した福島第一原発による放射能汚染の除去作業を本日深夜より始めるとのことです。その際、周囲で多少の揺れが感知されるかも知れないとのことですが、どう言ったことが予想されますか」
表情の硬い顔のキャスターに、論説員が応える。
「関心を払う人が多いとは言え、文字通りに今日の今日に発布して周知されるのか?確かに彼らのやり方には疑問を感じます。それは彼らの政府の発言からしか、我々が情報を得ることが出来ないことが一因として考えられるでしょう。成熟した国家と言うものには、やはり多方に情報を発信できるマスメディアの発展が……」
論点のすり替えは、視聴者の物事の受け取りに誤認を生じさせる。それをやっているのが、公営放送協会だと言うのが救われない。
◆
魔王さまが宙に浮かんでいる。
朔月の夜である。
辺りは闇に包まれ、眼下に見えるはずの福島第一原発の建屋群も我々の目には見えない。彼方には街の灯りが微かに瞬いているが、人の営みが消えれば、それも無くなる。
太陽や月の姿はなく、星々の声も遠い。この惑星と相対するには最も適している刻だろう。
魔王さまは、握り拳大の摩宝珠を右手に握ると、それに意志と力を籠め始めた。彼には不要のものではあるが、対象があったほうが定かなのは確かだ。
摩宝珠に細かな割れ目が入り始める。所詮は、小道具に過ぎない。
「うぬぬぬっxx~はぁっ!」
掛け声と同時に摩宝珠を握った右手を頭上に掲げる。
地表では、空気の湿度が増し、気温が下がり、落ち葉が舞い踊り、草木が風になびき始める。
彼の頭上で雲が湧き始めた。
天上では、白かった雲が、鼠色から鈍色、そして鉄黒色へとその濃さと重さを増し、渦を巻き始めた。黒に黒が重なる。
「慣わしによって不生、慣わしによって不滅、慣わしによって不変。我が意志に応えよ、星よ大地よ!」
言葉に力を籠めると同時に、右手の摩宝珠が砕け散った。
砕けた破片は、魔王さまの右手を傷つけ、彼の血を交えて、様々な角度に多彩な光を放ちながら、空に舞い上がっていく。
その光の粒は、今では漆黒となった、渦の中心へと飲み込まれていく。
渦の中心から、ゴロゴロと音が鳴る。入るものと出るものとの間に摩擦が生じ、その熱で空気が急激に膨張して振動で音を発するためだ。
黒きモノが渦の中心から垂れ下がるように、その身を現す。
「万物の基のモノ=デモクリトスよ。笑え!そして、全てを土に還せ!」
禁断の口とも呼ばれるデモクリトスのアギトが開き始める。
民俗学者が見れば――腰を抜かしただろうが――、それを大太郎法師と呼んだかも知れない。
その時、各地では……
聖なる神殿の奥、絶えることなく金色の炎を灯し続ける燭台の炎が黒に染まった。
額を押し当て、涙を流し、祈りを捧げる聖壁の表面が黒ずんで割れ、地に落ちた。
聖地を流れる川に沐浴する人々の周りで、水面に黒き霧が湧き出した。
不断の者の立ち入りを許さぬ御山の道場で、護摩壇の炎が激しさを増し、本尊の頬に一筋の亀裂が生じた。それは、まるで、泣いているかのように見えたと言う。
建物が壊れ、樹々が引き抜かれ、地面はひび割れて土砂と化し、そこに残っていた家畜や生を育んでいた生き物たちをも巻き込んで、その全てが禁断の口に吸い込まれていく。
デモクリトスは、色、数、形……全てを空虚と為さしめていく。
荒れ狂う天変地異の中、魔王さま自身は、その周囲を巡るいくつかの光の珠に守られている。
さらに、光の槍をその手に携えていた。
そして、投げ放つ。
光の槍は、黒きモノの身体に吸い込まれ、突き抜けた。
天からは雷が降り注ぎ、それを迎え撃つように地からは竜巻が吹き上がる。
そこに舞い踊る一匹の蛇、いや、龍だろうか。
突き抜けた光の槍は、星の意を受けて、黒き龍と化し、魔王さまに襲い掛かる。
彼を喰らって、その檻の外に出ようとする。
魔王さまがそれを掴み、口から二つに引き裂いた。
盛大に地に流れ落ちた血の跡に樹々が生まれ、枯れ……を繰り返す。
生命が地に定着しないのだ。
魔王さまの両手に別れた龍がそれぞれに再生し、再び、一つになるべく、互いの尻尾に食らいつき、無限(二つの円環)を描く。
魔王さまはその両端を引き延ばせば、それは二重の螺旋の槍と化す。
胸を張り、足下に投擲する。
その余波はすさまじく環状の山脈を形作った。山環は投擲に角度がついていたためか、南西が高く偏りが出来た。
世界の終わりか、原初の世界か。
始まりと終わりが再び地に戻された。
魔王さまが、守護の光珠を地脈に打ち込んでいく。
それは楔だ。
また、惑星との約束でもある。
宙が落ち着きを取り戻し、その視線を下に転じて見れば、光を帯びていた地面から輝きが失せ、ただただ平坦で茶色く、何もない大地が姿を現した。
いや、朝日が昇れば、草木がもの凄い勢いで伸びていく様がうかがえるだろう。
空虚の後の再生。
いや、全てを亡くしたのだから、再生とは言えないだろう、そう、新生である。
生まれ変わり、今から、始まる。
再生は人の手によって為さねばならない。人類とは限らないが……。
◇
「「「「…………」」」
茫然自失といった感じのアガレス以下の見学者たち。
魔王さまの雄姿を拝むと言うか、ちょっとアイドルのコンサートに来てみましたくらいの感覚であったのに、デモクリトスの姿が見え始めた辺りから、その異常さ加減に驚き、必死になって結界を構成した見学者たちである。
そこに、手を前にだらりと下げて、疲れた感じの魔王さまがふよふよと飛んできた。
「つぅ~かぁ~れぇ~たっ。我は、もう、当分の間、働かぬぞ!」
堂々の就労拒否宣言である。
と言うか、今のは仕事と呼べる程度のものだったのであろうか。
腹が減った、肩が凝った、腰が張ってる、脚が疲れた、などと様々なことを言い残して、アクア・スら宮女たちを引き連れて、幻島に転移して行った。
「魔王さま、パねえ。まじキテんですけど。チョ~エキサイティン!」
再起動したパイモンが興奮し始める。
「あれほどのものだったとは」
アガレスが額に手をやる。似たようなことをできると言った前の自分を消してしまいたい。
「あれは、天地創造とか言う類のものでしたね」
アルフォンスが遠い目で呟く。
そう、人外の存在であると言っても良い彼らにとってさえも、異常であると認めるほどの事象であったようだ。
「ふっふぅー、魔王さま、神がかってるぅ~」
うぇーい、と手をあげて、ハイタッチを求めてくるパイモンがウザい。
「ハイハイ、うぇーい」
「俺たちも魔王さま、目指しちゃう的な?アルくんも、うぇーい」
強引に肩を組んで来るパイモンに迷惑な視線を送るアガレスと、取り合わないアルフォンス。
「アルくん、照れてるしぃ~、ふぅーうっxx!」
パイモンの興奮が冷めるまで、次の段取りに取り掛かれないのであった。
◇
デモクリトスが霧散した足下には、デモクリトスの聖襤褸布が一筋の光明に絡みながら、地表に舞い落ちていく。
果たして、この聖襤褸布に気付く者はいるのだろうか?
筆者注)“取材源”や“引用”の明記、“署名”、“訂正”、そして“反対意見”の掲載は、海外のメディアでは最低限の原則であり、ジャーナリズムの鉄則だ。ところが日本では、大新聞でさえこの原則を守っていない。
デモクリトスの聖襤褸布(Holy Shroud)…シュラウドは直訳では覆うもの、幕の意。沸騰水型原子炉で、炉心の燃料集合体全体を包んでいる円筒形のステンレス製の隔壁のことも指す。




