4-21 帝国軍のパーティー・後編
「お待たせ」
パウダールームから戻ったレアニールはホールのサブエントランス付近で待っていたファンラインと合流した。彼は同じ第5部門の、貴族出身の女性課員と何かを話し終えたところだった。レアニールとすれ違いざまに彼女は「化粧直しに行ってくるわ」と微笑んで去って行った。
「パーティーの後、ミューラー少佐を追跡する為の打ち合わせをしてたんだ」
合流したレアニールにファンラインは部内の機密とも言える情報を事もなげに伝えた。
狙いが有っての事か、それとも自分には伝えて構わない内容なのだろうと、それを意に介さずほぼホール反対側にいるミューラー少佐の方を見るレアニール。
「まだ会場から出る気配は無い・・・みたいだね」
パーティーが始まって約1時間が経っていた。このパーティー、4時間ほど続く予定と聞かされている。そうなるとこのタイミングで出るのはあからさまに怪しいと思われる行動だ。自分がマークされているとミューラー少佐も解っているはずだ。急ぎルファール側工作員と接触を持ちたいと思ってもあと1時間は待つのではないだろうか?
だとしたら、自分も待つことにするべきだとレアニールは思う。ミューラー少佐たちと接触するという目的は果たしたが、考えてみれば今の所親ルファール派の者たちにしか挨拶をしていない。例えバレバレであったとしても、あまりにもわざとらしい行動だった。
「まだ時間もあるね・・・そうだ、部長のオボワノール大佐殿に紹介してよ」
「え?ああ、そうだったね」
悪戯っぽい笑みを浮かべたレアニールの言葉にファンラインも噴き出すようにして頷く。そしてホール真ん中辺りにいたオボワノール大佐の元へと案内された。
「大佐殿、よろしいでしょうか?」
「ああ、ヨーレイン大尉か。構わんぞ」
「ありがとうございます。大佐殿にフィオラーノ連邦の神官騎士団大尉、レアニール・ニューロス殿を紹介させてください」
「うむ、ありがとう」
ファンラインへ鷹揚に答えながら振り返ったオボワノール大佐だったが視界にレアニールを捉えると何処か困ったような色を目に浮かべたのだが・・・
「はじめまして、フィオラーノ連邦神官騎士団大尉、レアニール・ニューロスです」
「メキア帝国親衛隊第5部門部長、フェリペ・ロフ・オボワノールです。はじめまして、大尉」
はじめましてと言ったレアニールの言葉に、一瞬嬉しそうな笑顔を浮かべたオボワノール大佐は同様にはじめましてと挨拶を返す。そしてファンラインには聞こえる程度の小声で尋ねてきた。
「・・・どうして分かったのかね?」
「大佐殿があのような言葉を選ぶとは思いませんでしたので」
「そうか・・・ははは、それはもっともだな」
レアニールは何食わぬ顔で答える。それを聞いてオボワノール大佐は満足そうに、いや、安心したように笑う。
「よし、では我が親衛隊の司令を紹介しようではないか。付いてきたまえ」
「それは願ってもないこと、実に光栄であります」
二言三言、当たり障りのない会話をした後にオボワノール大佐は機嫌良く親衛隊司令、クルスガンナーを紹介すると言ってきた。話の流れからして「あの発言をしたのはクルスガンナーだぞ」などと言外の意がありそうな調子だった。
オボワノール大佐に引き連れられてホール前方、皇族主催のパーティーなどでは玉座が設置されるエリアへと向かう。近付いていくと煌びやかな、将官用夜会服を纏った者たちが多くなってくる。その殆どがオーダーメイドしたものなのだろう、通常の物とは微妙に異なる色彩と色艶をしていた。デザインは同じでも素材を変えて洒落を愉しむといったところか。どの国の将官も似たようなものだなと思いながら進む。そうした一団の奥に親衛隊司令長官で大将でもあるクルスガンナー・デフ・メキア第二皇子の姿が見えてきた。今日の彼は皇族用である真紅の夜会服を纏っていた。その奥にもチラリと同様の色が見えたのは第一皇子であるクリューガー・デフ・メキア陸軍大将だろうか?
クルスガンナーの傍らにいた親衛隊第1部門部長、アルミン・ロフ・ロッケンフェラー少将がレアニールに気付き茶目っ気たっぷりの笑顔で小さく手を振ってきた。ロッケンフェラー少将とはミルニアの祭礼で顔を合わせていたが、彼が敬虔なウェルフトー新教の信徒で、同い年の娘もいるという事もあって会話が弾んだ。レアニールも微笑みを浮かべ小さくお辞儀をして応える。
その動きで察したのかクルスガンナーがレアニールたちの方へ視線を向けた。
「殿下、フィオラーノ連邦の戦巫女殿を紹介させてください」
「うむ、よろしく頼む」
クルスガンナーの前に立ち姿勢を正したオボワノール大佐がレアニールを紹介した。それを受けて恭しく礼をしながらレアニールはクルスガンナーへ挨拶をする。
「ご拝謁の機会を賜り身に余る光栄であります。フィオラーノ連邦ロザリア神官騎士団の戦巫女、レアニール・ニューロスと申します」
「帝国親衛隊総司令のクルスガンナー・デフ・メキアだ。戦巫女に会えるとは嬉しいぞ」
「はい、私も殿下にお会いできたのは望外の喜びであります」
オボワノール大佐が戦巫女と紹介したからそれに合わせた挨拶を行う。それにしても・・・皇族、と言うか高貴な身分の者特有の、まるで仮面のような笑顔。そして鷹揚ながら感情を表さない言葉を聞いて先日とは違うのだな・・・とレアニールは思う。オボワノール大佐のフリをした面会は本当に戯れに近いものだったのかな?・・・と。
レアニールの挨拶を受けたクルスガンナーだったが、仮面のような作り笑顔を消すと自然な笑みへと変わる。
(うわっ・・・)
その表情の変化にクルスガンナーは何かとんでもない事を言うのかしらと、まさかこの場でそれはないだろうとレアニールがほんの一瞬でその考えを打ち消した時だった。彼は突然レアニールの前に跪く。そして彼女の右手を取りそこへ口付けを落とすと本当にとんでもない事を口にした。
「レアニール・ニューロス嬢、我が妃になっていただきたい」
「「「「「「「!?」」」」」」」
クルスガンナーの発言に周囲の喧噪がピタリと止んだ。彼の副官は持っていたグラスを落としそうになっていた。ロッケンフェラー少将やオボワノール大佐は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。いや、周囲の高級軍人たちは皆同様に驚いた顔をしていた。
(え?え?・・・殿下は今、なんて言った?)
一瞬何を言われたか理解が追い付かなかったレアニール、思わず視線が泳いでしまったがその途中で驚愕の顔を浮かべこちらを凝視している第一皇子の姿を捉えた。
ようやく思考が追い付いたレアニール、当たり障りのない言葉をなんとか探し出し貼り付けたような笑みを浮かべ答えた。ただし動揺でその声は僅かに震えていた。
「殿下、お戯れが過ぎますよ」
少々童顔な、整った顔に自然な笑みを浮かべたままそれに頷いたクルスガンナー。
「冗談でこんな事言わないよ。本気なんだけれどなぁ」
先ほどまでの上品な皇子の言葉使いではない、彼の素の言葉使いだった。
「その透き通る紫の瞳の前ではリオビオ産のアメジストすら路傍の石だね。煌めく赤髪の美しさは世の全てのルビーが結集したかのようだよ。どのような女神像よりも美しいその顔、どうか末永く我が傍で・・・」
レアニールの容姿を褒め称えるクルスガンナーであったが、彼の言葉が積み重なるほどにレアニールは皇子を前にしているにも関わらずキョトンとした顔になり首を傾げていく。
「殿下・・・一体、何をおっしゃっているのですか?」
「何をとは?僕の心を掴んで離さない君の美しさを称えているのだが・・・言葉が足りなかったかい?」
へぇ、そうなんだ・・・と、納得し掛け、それが自分に向けられた言葉だとようやく認識したレアニール、顔を真っ赤にして狼狽する。
「わ、私のような醜女にそのような・・・こ、こんな衆人環視の場で・・・か、か、からかわないでください」
「君のような美しい女性がそのような過ぎた謙遜をしては嫌味にしかならないよ。もっとも、その優しく慈悲深い声が紡ぎ出す言葉は嫌味になんて聞こえないけれど・・・もしかして君、自分が美しいって自覚無いのかい?」
少し呆れたように唇を尖らせるクルスガンナー。童顔も相まってまるで少年のように見える。
(まさか私にプロポーズする人がいるなんて・・・)
レアニールは目を閉じ、動揺を鎮めようと一度深呼吸する。クルスガンナーは本気で求婚している。彼がそうした事を口にした事が無いのはレアニールも外交資料を見て知っていた。
その時一瞬、脳裏にジルスの姿がよぎった。想いが潰えたのにまた思い出すなんてね・・・と、思わず自虐的に笑い出したくなる。未練か・・・そう、未練だ。すでに叶うことはない想いだ。だけれど、私はジルスの事がまだ忘れられない。諦めなければならないのは解っている。でも・・・
(ジル、ごめんね)
捨てきれぬジルスへの想いを利用してレアニールは気を奮い立たせる。そうでもなければその場しのぎの安易な言葉に逃げてしまいそうだった。
「殿下、どうかお立ちください」
目を開けたレアニールは狼狽していた先ほどと打って変わって、波静かな湖面のような穏やかな声でクルスガンナーへ語り掛ける。
「身に余る殿下のお言葉、大変嬉しく思います。ですが私はフィオラーノ連邦と国民に忠誠を誓った身です。そして想い人もおります。謹んでお断りさせていただきます」
ゆっくりと立ち上がったクルスガンナーは頭を掻く。まるで悪戯を怒られた子供のような情けない顔をしていた。そして庇護欲を誘うような目でレアニールを見つめる。
「こういう時の台詞は考えておきますじゃないのかなぁ。こうもあっさり断られるなんて・・・僕、傷付いちゃうよ」
その目に動じる事もなく、レアニールは変わらず穏やかな口調で告げ深々と頭を下げる。
「ご無礼、申し訳ありません。ですが先延ばしをしても答えは変わりませんゆえ、何卒ご容赦ください」
それを聞いてクルスガンナーは小さく笑うと仮面のような皇族の顔へと戻った。そしてそれに見合った口調で言う。
「そうか、これがフラれるというものなのだな。想い人がいたとはね・・・それなら仕方がないな。その者より巡り合うのが遅れた我が身を呪うとしよう。戦巫女とその想われ人の未来に光の祝福があることを祈る」
「有り難き幸せ」
最初と同様にレアニールは恭しく礼をするとクルスガンナーの前を辞した。他にも、ロッケンフェラー少将や他の将官に挨拶したかったがとてもそんな空気じゃなかった。恥ずかしさに走って逃げたい気分だったが何とか平静を装った歩調に止める。
(本当の事は言ってないけれど嘘も言ってない・・・か。いつもどおりだよね)
想い人はいるがそれが叶うことはない。自分の心の中での話だ、誰かに知られるわけではないけれど、こうしてジルスへの想いを利用した事に胸が痛まないわけがなかった。だけどそれが今の自分の気持ちだ。無理矢理蓋をしようとしても無駄だという事は既に痛感している。時間を掛けても、自然とそれを受け入れられるようになりたい・・・昨晩マリアージュに想いを吐き出した時にそう思った。
だったらゆっくりでも前に進むしかない・・・と、レアニールは思っていた。
周囲からの注目を浴びながらクルスガンナーたちから離れホール中ほどまで進む。そこでファンラインが小声で尋ねてきた。
「・・・レアには好きな人がいたんだね・・・」
「うん・・・」
そうだね、まだ彼以外の事は考えられないとレアニールは小さく頷く。
「俺じゃないよね?」
「うん、違うわ」
「はい、そうですよね。知ってました」
何言ってるの?と思わずファンラインを振り返ると彼はガックリと項垂れていた。
「?」
それを見て、一体どうしたのやらと首を傾げるレアニール。と、そこへ先ほどファンラインと話をしていた女性課員が前方から近付いてきた。そして2人にだけ聞こえる声で静かに告げた。
「ミューラー少佐が動きました」
ファンライン、撃沈。
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