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4-20 帝国軍のパーティー・中編



「失礼します。モルトケ大将閣下でしょうか?フィオラーノ連邦駐在武官を務めておりますロザリア神官騎士団大尉、レアニール・ニューロスと申します。」

「うむ、貴殿の名は聞いておるぞ。なかなかの女傑だとな」


 短期交代要員という事は端折ってレアニールは挨拶をする。モルトケ大将は貴族軍人らしい上品な笑みを浮かべるとゆっくりと立ち上がり握手を求めてきた。レアニールはその手を丁寧に取った。


「親衛隊少佐エルベ・ミューラーです。噂はかねがね聞いております、大尉」


 それに合わせるかのようにミューラー少佐も立ち上がり右手を差し出す。


(へぇ、夜会服なのに布の手袋じゃないんだ・・・革製、それも使い込んで馴染んだものだね)


 他のメキア軍人たちは夜会服に合わせた布の手袋を着用していたのにミューラー少佐は黒い革製の手袋を着用していた。彼の差し出された手を握り返しつつ、それをさり気なく観察するレアニール。その後、招かれるようにしてソファーへと座った。2人で話していたのを中断させられたものの、それを意に介する様子もなく彼らはレアニールを挟み並んで座った。

 レアニールは早速モルトケの著作について話題を切り出す。


「閣下の著書を拝読し、とても感銘を受けました。こうしてお会いできるとは望外の喜びであります」

「そうか。しかしフィオラーノの兵法とは相容れない点もあるだろう」

「いいえ、これからも両国は一致協力しなければなりません。そのためにはメキア帝国陸軍の兵法を理解する必要がありますから」


 結局、直接的な感想は避けた。微笑みながらそう言ったレアニールに対しモルトケ大将は一瞬ムッとしたような表情を浮かべた。ミューラー少佐は表情をピクリとも変えずに切り返してきた。


「そうですね、両国は協力し合わなければなりませんね」


 そう言って爽やかな笑みを浮かべるミューラー少佐。


「ええ、協力しなければなりません」


 レアニールは極力不自然にならないように笑みを浮かべる。モルトケ大将は不機嫌な表情になったままだ。


「(さてと、一気にやってしまおうかな?)ですが最近は貴国との関係を悪化させようと企む輩も我が国にはおるようです。誠に情けない限りです」


 もちろんその根拠は持ち合わせていない話だったが構わず話す。


「そうですね、そういった手合いは我が国にもいるようですから」

「ええ、全く。ルファールのような下品極まりない国に尻尾を振る愚か者は残念ながら両国に存在します。目先の利益だけで戦略を持たぬ売国奴の様な者ですね」


 レアニールの辛辣な言葉にモルトケ大将は露骨に嫌な表情を浮かべていた。ミューラー少佐は全く意に介していないかのような素振りだった。なるほど、資料にも有ったとおりモルトケ大将は感情を隠せないタイプなのだなとレアニールは思った。


「ははは、しかし彼らとて愛国者であるのでは?主流であるか反主流であるかの違いだけですよ。売国奴とは違いますね」


 楽しそうな口振りのミューラー少佐。


「祖国を思う気持ちは同じというやつですか?なるほど、一理は有りますが民の支持を得られない行為では売国行為と言っても差し支えないかと」


 ミューラー少佐の調子に合わせるかのようにレアニールも明るい口調で喋る。


「民たちは誤った情報を与えられれば楽な方へと簡単に流れるものですよ。それを正し導いてやろうとしているのならば支持なんて必要無いでしょう」

「少佐殿はその必要が有るとお思いなのですか?」

「ははは、まさか。私はただの情報に携わる軍人です。職務を遂行する上でこういった考えも理解することが必要だからですよ。大尉は違いますか?」


 レアニールが大きく肯ずきながら口を開こうとした時だった。


「失礼してもよいかな?」


 聞き覚えのある声がした。レアニールはハッとしてそちらを見る。そこにはウェイバー伯爵が不気味ともいえる笑みを浮かべて立っていた。


「これはこれはお揃いで、何やら楽しい話をしてらっしゃるようだ。私も仲間に入れて欲しいですなあ。おっと、これは無礼でしたかな?」


 以前より老け込み佐官用の指揮杖に寄りかかるようにしているウェイバー伯爵の顔色は悪い。レアニールはチラリとモルトケ大将たちを見た。モルトケ大将は先程より不機嫌そうな表情になっていた。ミューラー少佐でさえも表情を強ばらせている。かく言うレアニールの表情も似たようなものだったが。


「久しぶりだな、レアニール・ニューロス」

「はい。ウェイバー伯爵も体調の方はよろしいのですか?」


 何食わぬ調子で切り返したレアニールに対しウェイバー伯爵は苦々しげな声で笑った。


「良いはずがなかろう。ああ、そうだ、貴公のおかげでな」


 これ以上この場にいたくない。任務を遂行しなければという思いも有ったが、この場を離れたかった。やはりこの男の近くにいるのは不愉快極まりない。


「私は失礼いたします」


 レアニールはモルトケ大将らに会釈して立ち上がろうとした。その前にウェイバー伯爵が立ちはだかるようにしてきた。


「急いでいるわけでもなかろう、まだまだ会話を楽しもうではないか。それとも私の屋敷に行くかね?」


 そう言ってレアニールの右足首を指揮杖で軽く叩く。


「くっ・・・」


 レアニールは意地悪く笑うウェイバー伯爵を見上げて睨み付けた。


「止めぬかウェイバー、貴公の悪趣味は見ていて反吐が出る」


 モルトケ大将が不快感を露わにした声を出した。


「これは失礼いたしました。いやなに、知人をもてなしたかっただけですよ」


 ウェイバー伯爵の言葉は憎悪の色を臭わすかのような口調だった。その憎悪の対象がレアニールではなくモルトケ大将に向けられているのは確かだ。


「彼女は私と会話をしていたのだ。仮にそのつもりであっても今誘うのは無礼であろう」

「何をおっしゃる、会話をしていたのはミューラー君ではないかな?」

「立ち聞きとは趣味が悪い」

「ははは、仕事柄聞き耳は立てていなければなりませんのでね」

「仕事柄?はて、貴公はそのような仕事をしておったかな?」

「閣下こそ、今日は退役軍人会ではなかったかと思いますが」

「貴公こそ退役したものだと思っていたぞ。今度、退役軍人会の案内を出すよう指示を出そうと思っていたところだ」


 モルトケ大将とウェイバー伯爵の会話は嫌味の応酬となっていた。チラリとミューラー少佐の方を見ると視線が合ってしまった。彼は肩をすくめると「仕方ない」といった仕草をレアニールに示してきた。思わず互いに苦笑してしまう。


 ミューラー少佐はスッと立ち上がるとレアニールを手招きする。それに従いモルトケ大将たちと少し離れる。


「この2人はいつもこの調子だからね」


 小声で、まるで耳打ちするかのように言うミューラー少佐。


「・・・なるほど。陣営内も一枚岩ではないようですね」


 レアニールはさり気なく核心的な言葉を口にしてみた。


「引退していただく方々だから関係無いよ」


 ミューラー少佐は涼しい顔で平然と言い切る。


「では、貴方が引き継ぐと?」

「ニューロス大尉、私は一般論を言っただけだよ」


 核心に触れるようなレアニールの問いかけをミューラー少佐は楽しげな表情で切り返す。


「ただし、全面否定は出来ないけれどね」


 レアニールは小さく肯く。何処まで本気で何処までブラフか、掴みどころの無い人だなと思った。それを掴ませない為の演技なのだろうけれど・・・とも思う。


「そうだ、ヴァンデガル少佐の具合はどうだね?大怪我をされたと聞いたが?」

「それならすっかり回復されました。今は大使館で静養されています」


 思わず口を滑らした調子でレアニールは秘匿しておこうとされていた情報を口にした。もちろん独断でエサを捲いたわけだが、ミューラー少佐はそれを聞き「それは何より」と笑顔を浮かべた。


「今後とも楽しいお付き合いが出来そうだな」

「ええ、まったく」


 握手を求めるように差し出したミューラー少佐の手をレアニールはしっかりと取った。場違いなくらい固い握手を交わし、いつ果てることなく続くモルトケ大将とウェイバー伯爵の嫌味合戦を背後に聞きながらレアニールはその場を離れた。そして会場入り口付近でファンラインと合流する。


「どうだった?」

「成果としては充分かな?マークするのはミューラー少佐だけで良いと思う」


 災い転じて何とやら、ウェイバー伯爵のおかげで彼らが反目し合っている事が確認出来た。そしてモルトケ大将がただの飾りに過ぎないことも。モルトケ大将は階級、身分こそ高いがやはり指導者たる器ではない。実権を握るとか、そこまでではないにしても実質彼らの派閥を纏めているのはやはりミューラー少佐だろう。彼らとの会話は少なかったものの、その感触を得るには十分だった。

 それとファンラインには告げなかったがミューラー少佐の所持品、その何点かをしっかりと記憶に刻み込んだ。先ほどマリアージュが回復したと告げた際、彼の視線がほんの僅か揺れたのを見逃さなかった。早ければ今夜にでもルファール側工作員と接触するかもしれない。所持品の何点かの内、一つでも身に着けたままそこへ行ってくれれば・・・そう、レアニールはいつもの『探索』を用いてミューラー少佐を追跡しようとしていた。


「ちょっと化粧直ししてくるね」

「ああ、待ってるよ」


 レアニールが珍しく化粧をしていたのはこの為だった。言葉どおり取られた時の為に・・・というわけだ。ファンラインと一旦別れてパウダールームへと向かう。他に誰もいないのを確認して小声で神聖力を、ウェルフトー神語を唱える。


『探索』


 途端、レアニールの視界の中にミューラー少佐の所持品の数々が浮かび上がる。問題なく行使されたようだ。


(うん、大丈夫だね。狙いが正しければこのうち1つはずっと身に付けたまま・・・そうであって欲しいわね)


 チラリと鏡を見る。元より化粧の乱れは無いはずだが確認をする。


(化粧、似合ってないよね・・・)


 普段あまり化粧をする機会が無い自分、軽めとはいえ化粧を施した顔には違和感しかない。糊塗したところで変わるものではない、かえって滑稽に見えているのでは?と、自分の容姿に全く自信の無いレアニールは自然と溜息を吐いた。そしてパーティー会場へと戻った。






 神聖力の『探索』の優れている所は、探索対象の物に神聖力を帯びさせる事無く行使者の神聖力で対象物をマークできるという事です。つまり、こうした追跡の場合は相手に気付かれるリスクが限りなく低いというわけです。第3章でのハウヴェル一味もこうして追跡されているとは全く思っていませんでした。


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今回も読んで頂きありがとうございました。

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