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4-18 暇を持て余す者



 10月40日、メキア帝都は夜明け前から雪が降っていた。さほど強い降り方ではなく、薄っすらと白くなる程度であったが気温はかなり低い。時刻は9時を回ろうとしていた。昨晩の事件について、早朝から形ばかりの現場検証に立ち会ったレアニールは第5部門が用意した馬車で大使館へ戻ってきた。


「明日は16時に迎えに来るよ」

「わかったわ」

「レア、サングラス似合うね。ではまた明日」

「・・・では明日」


 大使館前の馬車寄せでファンラインを見送ったレアニールだが再びサングラスを掛けていた。理由はお洒落や実用ではない。一昨日と同じ、泣き腫らした眼元を隠すためだ。


(駄目だな、少しでも気を抜いちゃうと・・・弱いな、私)


 昨晩、というより未明といった方が正解か。休もうとベッドに入ったレアニールだったが横になり目を閉じた瞬間、失恋の悲しみがぶり返してきた。枕や布団を頭から被ったり懸命にその思いに捉われないよう抗ったものの駄目だった。脳裏に次々と浮かぶジルスとの思い出、そして仲睦まじい彼とマヤの姿・・・容易に忘れることなんて出来ないのは解っている。でもその思いに蓋を出来ない、弱い自分に嫌気が差す。悲しみと自己嫌悪、負のスパイラルのように繰り返しレアニールを責め立てた。

 眠ったのか起きていたのか、定かではないまま朝を迎えた。それでも日課の祈りの時間にははっきりと覚醒する。その後、ファンラインが迎えに来る時間に合わせて着替え準備を進めていく中で鏡を見て驚いた。全く記憶に無いが眼元は泣き腫らして真っ赤になっていたのだ。


 食堂で1人遅めの朝食を食べた後、2階に用意されていた自分の部屋に戻る。濡れタオルを用意してベッドへ向かう。第2種制服そのまま、ブーツも脱がずにその上へ倒れるようにして大の字に横たわると眼元に濡れタオルを当てる。そして他の思考が沸き上がってくる前に昨日の襲撃事件、そして親ルファール派の重要人物について考える。昨晩、資料室では余計な事を考えるのは悪い癖だと思ったがその悪い癖に本領発揮してもらう。そう、任務の本題とは関係無い親ルファール派の筆頭についての考察だ。心の中で複数の自分が討論、反駁し合い時間が過ぎて行った。


「よし、ミューラー少佐で間違いなし・・・各々方、それでよろしいか?」


 芝居がかった声を出してむくりと起き上がる。暫しの間を置き思わずプッと噴き出す。


(はい、では今の話は綺麗に消去、だね)


 少ない資料を元にした自分なりの考察、と言うか妄想を過分に加えた推理だ。頭の中に残していても先入観を、それもかなり余計な物で任務を邪魔するかもしれない。起き上がった事でズリ落ちたタオルを手に取りベッドから起き上がる。そのまま視線を巡らせベッド脇の鏡台へ、そこに映る自分の姿を見る。赤く腫れていた眼元は完全に・・・とは言い難いが隠すほどではないくらいになっていた。小さく息を吐き出し時計を見ると正午になろうとしていた。


*****


 大使館食堂で昼食を摂った後、資料室と図書室を行ったり来たりしながら任務に関係有りそうな物を読んでいる。正直やる事が無いのだ。昨日襲撃された後に出歩くなんて、いくらなんでもあからさま過ぎた。明日の夕方、16時にファンラインが迎えに来るまで大使館に籠るしかない。今日も行われている条約締結交渉は自分の任務ではなかった。元々の駐在武官であるマリアージュにしろ、事件に巻き込まれず姿を隠す事になってなかったとしても交渉には参加していない。

 各部屋を往復なんてせず、許可を取りどちらかの部屋に読みたい資料や図書を集めた方が効率も良かったのだろう。だけれど時間を潰す為にやっていることだからそれをする気は無い。閲覧机に広げた本を書架へと戻し再び資料室に移動しようとした時だった。図書室の入り口に神官騎士団副団長ディディエ・ヴァンデガル大佐が姿を現した。コートを着ているという事はこれから条約締結交渉に向かうのだろうと容易に推察できた。


「ニューロス大尉、ちょっといいか?マリアージュが話をしたいと言っているのだが」

「少佐殿が私に?」


 自分の前に立ったレアニールが礼をしようとしたのを制しつつディディエは色艶も良くなった顔に小さく笑みを浮かべている。


「うむ。忙しいところ悪いが・・・暇なんだとさ」

「・・・そうでしょうね」


 言葉使いを砕けた物に変えたディディエは申し訳無さそうに言った。

 傷一つ残さず回復したマリアージュであったが2階最奥のあの部屋から一歩も出ていない。あれほどの負傷から回復したという事を秘匿する為だった。今の彼女は自分以上に暇なのだろうなとレアニールは思った。


「ああ、それと・・・事件の事を話した」

「えっ?何が有ったか話したのですか?」

「うん・・・マリーが「言わなかったら言うまで殴る」って息巻くもんでな・・・」


 マリアージュなら言いかねない、それどころかやりかねないなと納得するレアニール。


「間違いなく殴りますものね・・・それで、マリーさんは?」

「細かい傷跡が無くなって肌荒れどころか全身の肌の調子が瑞々しいのはその為だったのかとね・・・実に複雑な顔をだな・・・それについて喜んでいいのかどうか迷っている感じだった」

「あー・・・まぁ確かにそうした効果も有ったかもですね・・・はい」


 本人にしか分からない傷や肌荒れも有ったかもしれないが、レアニールが全力で行使した『再生』や『治癒』でそれらは綺麗さっぱり消えているはずだ。もちろんレアニールに限らず力のある神官であれば同様の効果が現れる。ただし、美容目的でそれを所望する者が出るのを危惧して神殿では公言していない話だった。

 それを聞いたディディエ、周囲に誰もいないのに殊更小声で聞いてきた。


「・・・神聖力って薄毛には効くのか?」

「無理です」


 レアニールは即答した。どういうわけか薄毛には効かない事は遥か昔に実証されていた。何故かその報告書の原本を父ニコラが所有していて読む機会が有ったのだが、そこにはこう記されていた。『ハゲは神からの贈り物。ハゲを理解し和解せよ』と。


「・・・そうか。い、いや、俺じゃないぞ」


 あからさまに落胆し慌ててベレー帽を被ったディディエにレアニールはどういう顔をして良いものやらと、実に曖昧な表情を浮かべた。


 レアニールは知らなかった。彼女の力であれば薄毛どころかハゲも治せるという事を。


*****


「レア!来てくれてありがとう。暇で仕方なかったのよ」

「マリーさん・・・実は私も暇で」


 大使館玄関で馬車に乗り込み交渉会場の皇城へと出発して行ったディディエを見送ったレアニールはマリアージュが隠されている、いや、今は隠れていると言った方が正解の部屋を訪れた。

 レアニールの神聖力によって全快したマリアージュはベッドの端に腰掛けて本を読んでいた。いや、ベッドの様子を見る限りレアニールが訪れる前はその上に寝転がって読んでいたのだろう。部屋着とか私服でも構わないだろうに、彼女は律儀にも第1種制服を着ていた。


「レア・・・私を助けてくれてありがとう。聞いたよ、私・・・死んでもおかしくなかったって。こうしていられるのもあなたのおかげね。どんなに感謝してもしきれないわ」

「私だけの力じゃないですよ。皆がマリーさんを助けようと頑張った結果です。私は最後に仕上げをしただけですから」


 ベッドから立ち上がり涙を浮かべ深々と頭を下げるマリアージュ。レアニールはそんな彼女の両肩に軽く手を置くと静かな口調で気にしないでくださいとばかりに告げる。


「うん、でも・・・私はレアにお礼を言いたいの。本当にありがとう・・・」


 顔を上げたマリアージュは涙を流したその顔をいっぱいの笑顔にしてレアニールを抱き締め、何度も感謝の言葉を繰り返した。

 それからベッドの端に並んで座り他愛もない会話をした。


「旦那がね、最近頭が薄くなったって気にしているんだ」

「へぇ、そうなんですか(あーっ、さっきの質問はやっぱりそうだったんだ・・・)」

「私は気にしないのだけれどねぇ・・・ハゲても変わらず好きだから」

「惚気てくれますね。ご馳走様です」


 そこでマリアージュは何かを思い出したように止まる。どうしたのだろうと、首を傾げたレアニールは彼女の手が僅かに震えている事に気付いた。


「ねぇレア・・・その・・・私って、されちゃったのかな・・・」

「それは無いと思いますよ」


 女性が敵の手に落ちれば・・・当然の心配であった。絞り出すようなマリアージュの言葉を、レアニールは言下にそれを否定した。


「えっ!?・・・本当?」

「神殿警護隊のダリル少佐に聞いたのですが、犯人は少年にしか興味が無いそうです」


 本当の話だった。カームは冗談めかして「美少年100人並べておけばGを釣れるかも」と言っていたのだ。もちろん釣れるは冗談だが、彼が少年にしか性的興味を示さないのは事実だった。彼は少年を愛すことを望むのか、それとも愛されることを望むのか・・・うん、どうでもいいねとレアニールは一瞬浮かんだ思考を心の奥底に勢いよく仕舞い込んだ。


「へ?・・・ええっ・・・う、うん、それなら良かった・・・のだよね?」

「はい・・・多分」


 互いに苦笑いを浮かべ見つめ合う2人だったが・・・数秒後、マリアージュはまるで万歳するように伸びをしながら心からの笑顔を浮かべた。


「そう、それなら良かったよー。旦那以外の男は御免だもの。それだけが気掛かりだったんだー」


 貞操が守られたとはいえ身体を切り刻まれたのは事実、だというのにそれを気にしている様子は全く無い。強がりなのか?それとも実感が無いからか?だとしてもマリアージュは強いな・・・と、レアニールは羨望にも似た眼差しを向けた。


(マリーさんは凄いな・・・私なんてまだめそめそしているし・・・)


 一体何日経ったと思っているんだ、しっかりしろ自分!と叱咤激励しかけてまだ3日しか経っていない事実に気付き愕然とする。自分の中ではもっと日数が経過したものだと思っていたのに・・・それすらも曖昧になっていたのかとがっくり項垂れる。


「レア?さっきから1人顔芸やっているけれど・・・どうしたの?」

「え!?あーっと、ごめんなさい!ちょっと考え事してて」

「ふーん・・・」


 ニタァと笑うマリアージュ。それを見て、ああ、これは洗い浚い喋らされる羽目になるやつだ・・・と、レアニールは乾いた笑いを漏らした。





今回も読んで頂きありがとうございました。

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