4-11 誰の発言か、それが重要だ
10月39日、時刻は15時の15分前。レアニールは現在メキア皇城、通称「黒鳥」内の一角に有る親衛隊本部前のロビーに来ていた。
14時に登城したレアニールは着任挨拶とばかりに関係する部署を巡っていた。これが本来の駐在武官であればもっと面倒な儀礼的挨拶やらが有ったが、短期の交代要員とあって簡易なもので済まされている。半ばご機嫌伺いみたいなものだ。
(あとは親衛隊だけだね)
訪問の約束は15時丁度、応対してくれるのは殺害未遂事件の捜査に協力頂く第5部門、その部長の予定だと聞かされている。親衛隊本部の入り口から少しだけ死角になる柱の陰、そこにあったベンチに腰掛けて時間調整中のレアニール。高い天井を見上げればまるで冬の晴れ空のように青一色の世界が広がっている。この皇城の中、殆どの天井が同様の意匠となっていた。
(青空への渇望か・・・メキアらしいね)
この城が建てられたのは600年ほど前だ。既に城が戦争の道具としての役割を終えた時代、王侯貴族の住まいとして豪華絢爛なものが建築されていた時代である。そんな時代の建築にも関わらず、この城は華美な装飾が少なく質実剛健とも言える造作が目立っていた。天井にしても皇帝への謁見の間や大ホールには荘厳な天井画が描かれているらしい。それ以外の場所は今いるロビーのように青い天井だ。秋から初春に掛けて青空の少ないメキアらしい物だと納得する。
実際にはこの青い天井、もっともらしい理由が付けられているが建設当時、途中の設計変更で予算が際限なく膨らんだ事に対する、東洋の言い回しを基にした建築家の皮肉でもあった。青天井・・・ということである。この城、金が掛かっていないように見えて実はかなり掛かっている。
(それにしても・・・姉さんが言ってたとおりマリーさんが知らなくて良かったよ)
天井を見上げながら今朝の出来事を思い出す。
マリアージュは6時前に目を覚ました。彼女はカームの見立てのとおり自分の身に降り掛かった災難を、拉致された瞬間までしか覚えていなかった。それよりも目覚めたらディディエが・・・旦那さんが号泣しながら抱き締めてきた事に面食らっていた様子だった。
その時の様子、何事か理解できないマリアージュが思わずディディエの顔面に拳をめり込ませたのを思い出して噴き出しそうになる。アレは相当痛かったと思うけれどディディエはそれすらも嬉しそうだったな・・・と。
回復を果たしたマリアージュだが、条約締結が終わるまでそれは伏せられる事になった。再度彼女が狙われる事は無いだろうが、相手にその情報が知られ現在想定している行動から外れられる事になったら厄介・・・というのが理由だ。だからこうして短期の交代要員としての着任挨拶にレアニールが皇城へとやって来たわけだ。
ロビーにある大時計が15時5分前を指した頃、親衛隊本部の扉から濃い灰色の親衛隊制服を着た隊員が出てきた。黒髪でスラリとした男性・・・彼の顔には見覚えが有った。思わず口元に小さく笑みが浮かぶレアニールだったが、それは好意的なものとは少しだけズレていた。
彼はレアニールの姿を認めると少しだけ急ぎ足でやって来た。そして彼女の眼前に立つと愛想の良い笑顔を浮かべた。
「ニューロス大尉、お久しぶりです」
「ヨーレイン大尉、その節は大変お世話になりました」
メキア帝国親衛隊第5部門所属のファンライン・ヨーレイン大尉はにこやかに右手を差し出してくる。椅子から立ち上がったレアニール、まるで貼り付けたような笑顔でその手をギュッと握り返していた。
幾分か強めに力を込めてしまったがファンラインは気にする素振りも見せず涼しい顔をしている。
「ははは・・・面倒事を押し付けてしまいましたから、出合い頭に蹴られるかとビクビクしていたところですよ」
「ふふっ、そんな乱暴な事はしませんよ」
この男、私の昔のあだ名を知っているのかと思わずこめかみが引くつく気がした。無意識の内に彼の手を握ったままの右手に力が入る。握力に頼るのではなく、握る位置を微妙にズラす事でファンラインの右手を締め上げるレアニール。
「ははは・・・痛いのですけれど」
「ふふふ・・・女の細腕ですから。そんな事はないでしょう」
満面の作り笑顔に猫撫で声のレアニール、だがいつまでもこんな事をやっているわけにはいかないとパッと手を離す。ファンラインはにこやかな顔を少しだけ歪ませ痛みが残るのか右手を後ろに隠す。
「いたた・・・ニューロス大尉、これで良しとしていただけますか?」
「はい、あなたとの間については」
元よりそれほどファンラインに何か思うところが有ったわけじゃない。彼にしたって自国の益の為に行動していただけだ。自分と何ら変わるものではないと、ここでようやくレアニールは作り笑顔ではない本当の微笑をその顔に浮かべた。
それを見てファンラインも本物の笑顔を浮かべる。
「それは良かったです。ははは・・・コホン。お待たせしました。面会の準備が整いましたのでご案内します」
ファンラインに連れられて親衛隊本部に入ったレアニール、その奥の方に位置していた応接室へと案内されて来た。「第5応接室」とプレートが掲げられていた。だからといって第5部門専用というわけではなさそうだね・・・などと思っているとファンラインが扉をノックした。
「失礼します、レアニール・ニューロス大尉をお連れしました」
「入りたまえ」
(んんっ?)
部屋の中から壮年の男性らしい声が聞こえたのだがレアニールはその声に違和を感じた。扉越し、直接向けられた声ではないから断言は出来ないが素の声ではないようだ。
そしてファンラインに続いて応接室に入った瞬間、レアニールは目の前に立つ男性が面会予定だった第5部門部長ではないことに気が付いた。
(この波長、リネラ神の『幻惑』だな)
リネラ教の神聖力、異なる姿を見させる『幻惑』を封じた魔道具か何かを用いていたのだろうが、彼女は素の観察力・・・常に自然と発動している神聖力によって容易にそれを見破っていた。
(これは・・・気が付いてないフリをしていた方が良さそうだね)
何のつもりで相手が入れ替わっているかは今の所解らない。だけれど自分がそれを見破っている事は知られない方が良いだろうとレアニールは判断した。
そんな事は表に出さず。毛足の長い絨毯が敷かれた上を進み彼の前に立つと姿勢を正す。そして深々とお辞儀をして着任の挨拶をした。
「フィオラーノ連邦国家安全調査部大尉、レアニール・ニューロスです。メキア帝国駐在武官短期交代要員として着任の挨拶に参りました」
「メキア帝国親衛隊第5部門部長のフェリペ・ロフ・オボワノール大佐だ。ニューロス大尉、噂はかねがね聞いているよ」
「お耳汚し、大変恥ずかしい限りです」
口元にだけ笑みを浮かべながら姿勢を戻すレアニール。
(第二皇子でもあるクルスガンナー・デフ・メキア親衛隊大将だな)
直接の面識は無いが相手がメキア皇族とあって写真資料は豊富に有る。見間違える事はない。もちろん公表されているそれらの写真がフェイクではないという条件が付くけれど。
型どおりの挨拶、それだけやって退室・・・という先ほど訪問した各部署と同様の流れになるだろうと思っていた。だがオボワノール大佐のフリをしたクルスガンナーはレアニールに椅子への着席を勧めてきた。
(いや、わざわざ第二皇子が出てきたのだからすぐに帰すわけがないか)
あくまでも大佐という階級を持つ者に示す態度を崩さず、勧められたとおり着席するレアニール。クルスガンナーはレアニールの会い向かいに着席した。ファンラインは入り口脇に立ったままだ。
そのクルスガンナーの背後の壁、そこには横長の風景画が飾られていた。その風景画も『幻惑』の神聖力が掛かっているものだった。
(あの後ろ、この部屋を観察するためのスペースだね・・・あ、オボワノール大佐本人はそこか。それともう1人・・・殿下の副官かな?)
もちろんそれも気が付いていないフリをする。全く、面倒極まりないなと内心辟易していた。
着席したと同時に従兵がコーヒーを運んでくる。それが厚い一枚板のローテーブルに置かれて彼が退出すると、クルスガンナーは背もたれから身体を浮かせ姿勢を正し切り出してきた。
「ニューロス大尉、先日の諸々の件について心からお詫びする」
「国と国との付き合い上、仕方の無い事でしょうから気にしておりません」
「うむ、そう言ってもらえると有難い」
本心は別としてほぼ社交辞令だな・・・と、朗らかに応答しつつも何処まで本気なのやらと訝しむレアニール。それに具体的に何に対して、ではなく諸々についてとボカしている。部分謝罪にすらなってない。
(これも私の出方を見る為のものか。よーし、そのつもりならば・・・)
こうなったら自身の本心と乖離しようが全て受け流す応答にしよう、ついでに最低限の礼を欠かない程度な態度で・・・と、レアニールは決めた。
「ウェイバー調整官・・・ああ、今は役職無しだったな。奴への対応は見事だったぞ。奴が再起不能になった事で喜ぶ者も多いことだろう」
「偶然の結果に過ぎません。それで喜ぶ方がいらっしゃったとしても偶々の結果です」
「タマだけにか?」
「(ふ・ざ・け・る・な!)あら、お上手ですね」
下品とも取れる笑みを浮かべて平然と面白くもない駄洒落にこじつけたクルスガンナーにレアニールは口元に右手を軽く当て小さく笑う。
実際は、昔の自分だったら間違いなくブチ切れていただろうな・・・と、自己分析をすることで平静を保っていた。そうでもなければ最低でも無表情になっているところだ。
視界の片隅ではファンラインが一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。恐らく彼はオボワノール大佐がクルスガンナー第二皇子と入れ替わっている事に気付いていなかったが、今の発言はおかしいと思ったのだろう。つまり、オボワノール大佐は普段こうした発言はしないということだ。
(絶対わざと・・・だな。殿下は私の反応を見て楽しんでいる?)
クルスガンナーの態度からして何かを意図しているとは思えなくなってきた。偉い身分の方特有の高尚な遊びとか?だとしたら良い迷惑だわ・・・と、レアニールは内心小さく溜息を吐く。
そこでクルスガンナーはわざとらしい態度で手元に有ったファイルを開くと中に挟んだ書類を読み上げる。いや、読み上げているように見えるだけで実際に読んでいるかすらも疑わしいなとレアニールは思う。
「それでだが、マリアージュ・ヴァンデガル少佐が襲われた件の捜査についてだ。貴殿には自由な捜査権を与えようと考えている」
「それは願っても無いことです」
その話は既に大使館で聞かされていたし、今更の話だった。だが身振りも入れた少々大げさな態度で、嬉しそうに反応してみる。クルスガンナーはそれを気にも留めず、微かな笑みを崩さない。
(間違いなく書類なんて読んでないな。全く、何のつもりなのだか解らないな。態度に裏も無さそうだし・・・もしかして、本当に何も目的は無いとか?)
書類を読む為に視線を動かしている動作と口から出た言葉のタイミングが僅かにズレていたのを見て取り、その書類なんてファイルに挟んでいない事を見抜く。そうなると益々クルスガンナーの目的が解らない。
そんな調子で任務に関係有るのか無いのか、微妙なラインの会話を続ける。
「ヴァンデガル少佐の容態はどうだね?」
「今はゆっくり休んでおります」
「回復を心から祈っていると伝えておいてくれ」
(これは芝居じゃないな。本心から心配してくれているのだね)
「お気遣い、誠にありがとうございます。大佐殿からお見舞いのお言葉、しかと伝えましょう」
クルスガンナーの声音からそれが彼の本心だと読み取ったレアニールは丁寧にお辞儀をした・・・
*****
「・・・気が付いていたと思うかい?」
「どうでしょう・・・気が付いていたようにも見えますが全く気が付いていないようにも見えましたな」
レアニールとファンラインが退室していった応接室、隣の隠し部屋から移動してきたオボワノール大佐とクルスガンナーの副官が応接椅子に座る。そんな彼らにクルスガンナーはレアニールが気が付いていたかどうか尋ねたのだが・・・
「おいおい、断言しないってフェリペらしくないねぇ」
「それだけ堂々としていたという事ですよ、ニューロス大尉は」
「そうだな。全く、思っていた以上の女性なのは確かだねぇ」
従兵が淹れ直してくれたコーヒーを一口含むと先ほどのレアニールを思い出し自然と笑みがこぼれるクルスガンナー。彼の相向かいに座っていたオボワノール大佐は不機嫌そうな顔を隠しもせず、その顔に見合った抗議の声を上げた。
「それは良いとして・・・殿下、もし気が付いてなかったのなら私がセクハラ発言した事になるのですが?」
そこでクルスガンナーも自身が口にした、オボワノール大佐の歳に見合った親父ギャグ的駄洒落を思い出し・・・そして慌てた。
「ん?・・・なんてことだ、フェリペに擦り付けるから問題無いと思ってあんな事を言ってしまったが、彼女が気が付いていたとしたら僕がセクハラ発言した事になっているじゃないか!」
「他の泥ならいくらでも被りましょう。ですがこれだけは勘弁してください。私がこんな寒いセクハラ紛いの駄洒落を言う男だとは思われたくありません」
「僕だって嫌だよ。彼女、間違いなく不機嫌になってたし。やっぱりここは一つフェリペが泥を被って穏便に」
「絶対に嫌です!」
メキア帝国の貴族はミドルネームに「ロフ」が入るのが一般的。ちなみに皇族は「デフ」というミドルネームです。
リネラ教は主にフィオラーム大陸の南方に位置するリネール大陸で信仰されている宗教です。その神聖力『幻惑』を封じた道具を使用しましたが、メキア帝国の国宝級のアイテム。第3章でハウヴェル一味が用いた悪戯神キリクスの物と異なり一般的な宗教の為、その神聖力の波長を子供の頃の実験を通して良く知っていたレアニールはあっさり無効化しました。クルスガンナーたち、「バレているかも?」と思っていますが、まさかここまでしっかりバレているとまでは考えが及んでいません。見るだけで自然と見破る、それはあまりにも非常識だからです(笑)
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