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4-9 溢れる涙



「初めて人を殺したのは・・・ブリンガー一族に拾われてから1年経った頃。子供の暗殺者なんて珍しいからね・・・重宝されたわ。何人殺したかなんて覚えていないくらいよ・・・あーっ、気持ちの良い話じゃなくてごめんね」

「ううん、大丈夫よ。続けて」

「そう、ありがとう」


 普段の彼女らしからぬ力の無い笑顔を見せるカーム。その口調もまるで悔恨の色を滲ませているかのようだった。


「初めて人を殺した時・・・本当に悲しかった。涙が止まらなかった。自分は何をやっているのだろうって。家族を殺された自分が他の家族の幸せを奪うなんて・・・ね。何度も終わりにしようって思った。でも出来なかった」

「もしかして洗脳薬か何かを?」


 意図したわけではないがレアニールの口調はまるで告解を受ける神官のようであった。もちろんカームが赦しを、救いを求めているわけではない事も理解していた。だけれど自分はカームの過去に真摯に向き合わなければならない、何故だかそう思えたのだった。


「ええ、そうよ。でもそれは言い訳ね・・・他にやりようが無かったかと問われれば有ったかもしれない。でもあの頃の私はそれを探さなかった。そんな生き方の自分に諦めを抱いていた。そして繰り返し繰り返し人を殺し続けた」


 感情のやり場に迷っているような、カームの言葉からは苦しみしか感じられない。レアニールは揺れるカームの瞳から視線を逸らさず、その話を聞き続けていた。


「ま、それも長くは続かなかった。子供の暗殺者がいるって警戒もされたし成長して価値が下がったのでしょうね。最後は捨てられたわ。情報がリークされていた現場に行って・・・ね」


 捨てられたという言葉を、まるで安心したかのように吐き出したカーム。その頃の彼女に取ってはそれが救いだったのだろうなと思うと胸が切なくなるレアニール。


「運良く・・・なのかな?偶々リュンスナー王国のアーモット公爵に拾われて薬が抜けるまで匿われた。公爵は色々と面倒を見てくれたわ。私がブリンガー一族に追われないよう、名前を贈ってくれたし連邦の国籍を取れたのも公爵の手配。その後士官学校に入って神官騎士団、そして神殿警護隊に入った・・・ってわけ」


 連邦の同盟国、リュンスナー王国のアーモット公爵か・・・カームを再度利用しようと目論んだのか?いいや、だったら彼女が連邦の軍組織、それも神殿警護隊に入れるわけはないなと心の中で首を振る。神官騎士団でもそうだが、入団時に徹底的に身分を洗われるからだ。だとしたら・・・カームの素性を知って救いの手を差し伸べたのかもしれない。確か当時リュンスナー王国はルファール王国内の穏健派と繋がりを密にしていたはずだ。アーモット公爵とランカシャー侯爵に繋がりが有っても不思議ではないな・・・とレアニールは思った。


 カームはカップに残ったお茶を一気に飲み干す。先ほど見せた貴婦人らしい振る舞いとは一線を画したその動作、まるで開いた過去への扉を閉じた彼女の気持ちが表れているかのようでもあった・・・と、レアニールは思ったのだがそんなことは無かったらしい。


「私の両親の写真見る?」

「是非」


 この話は終わったのかと思った・・・と、漏れ出し掛けた苦笑を飲み込みつつレアニールは応じる。カームは身分証ケースからその中に入れていた写真を取り出した。左端が変色していたが、表情を引き締めた長身で細身な男性と穏やかな笑みを浮かべた赤毛の女性が並んでいる写真だった。


 その写真を見た瞬間、レアニールはドキリとした。


「家の焼け跡で見つけたの。父と母が結婚したばかりの頃の写真よ。私が産まれる前だね・・・って、どうしたの?」


 カームは言葉を発しなくなったレアニールを見て驚いた。レアニールはボロボロと大粒の涙を流していたのだった。


「わからない・・・わからないよ・・・」


 レアニール自身にも理解し難い事だった。カームの両親の写真を目にした瞬間、止めどなく涙が溢れてきた。悲しいからとか、そんな理由じゃない。一体何がこんなにも涙を流させるのか、全く解らなかった。

 カームは椅子から立ちレアニールの元へゆっくり歩み寄ると背中から抱き締める。


「そう・・・でも私の家族の為に泣いてくれてありがとね」

「・・・うん」


 カームの腕に身を委ねながら机の上に置かれた写真をもう一度見る。見覚えがあるとかそういった事はない。本当に自分はどうしたのだろう?・・・でも何処か懐かしい気持ちが有るのは確かだ。きっとカームの両親だからなのだろうなと、とりあえず自分の気持ちに説明付けることにした。そしていつも娘さんにお世話になっておりますと、写真に微笑みかけた。

 その時、マリアージュが小さく寝返りを打った。寝息は相変わらず穏やかなままだ。


「それにしても・・・あの状態を治したってどんだけ規格外なのよ、あなた」


 レアニールを抱き締めたままマリアージュへ視線を向けたカームが呆れたように言う。


「そうなの・・・かな?前にショール大佐からも言われたけれど、私はこれが普通だと思っていたから」

「その普通が明らかにおかしい。確かにニコラ・ニューロス大司教も充分規格外だけれどさ・・・」


 背後からレアニールの首元に腕を回しながらカームは耳元で囁くように尋ねてきた。


「言いたくなければ言わなくても良いけれど、マリアージュに何をしようと考えていたのかな?あなたの様子からして、常識的な理解の範疇を超えている事を考えていたような気がしてね」


 カームに隠し立てするつもりはなかったレアニールは素直に答える。


「事件当日からの記憶を消してしまおうかと」

「・・・え?あっと、ごめんね。予想していた以上の事を言うものだから・・・待って、それってウェルフトー神の神聖力には無いものよね?」


 絡めていた腕を解いたカームはレアニールの正面に回って膝を付くとその顔を覗き込んできた。カームの紫がかった青い瞳には驚きの色が浮かんでいた。


「・・・うん。古の知識神や商売神の神聖力よ」


 椅子の上で少しだけ身体の向きを変え、正面からカームを見つめてゆっくりと答えるレアニール。


「なんでそれを使えるの?」

「それはね・・・」


 レアニールは正直に自分が何故に他神の神聖力を使えるのか、その理由を説明した。膝を付いたままその話を聞いていたカームだったが遂には笑い出してしまった。


「あはは、無茶苦茶だわ。信じらんない」

「そう・・・だね、まぁ若気の至りというか・・・ね」

「でもあなたはウェルフトー神の力も普通に使えるわけだよね・・・そして他神の力も使える・・・そうなるとあなたの説のとおりなのかもしれないわね」


 カームはレアニールが実験の末に立てた仮説、神は名前が異なるだけで同一であるというものに同意を示した。それを見て安心したように小さく笑みを浮かべるレアニール。


「うん、でも本当にあの頃は興味本位だったの」

「子供の興味にしては危ない橋だったと思うけれど?」

「ははは、そうだね」


 ポリポリと頭を掻きつつレアニールは苦笑いを浮かべる。カームは肩をすくめながら立ち上がると再びレアニールの対面の椅子へと座った。


「で、その記憶を消すのは?」

「やらないわ。さっき姉さんが言っていたとおりだもの。少佐殿が立ち直る手助けは出来るだけするつもりだけれどね」


 それがいいわねと頷くカーム。無理矢理納得したのではなく心から納得した様子のレアニールに彼女は満足げに微笑む。


「私の予想だとマリアージュに事件の記憶は無いわね。私が救出した時、かなり強めの麻酔薬で意識が無かったから」


 そしてサラリとレアニールの気苦労が吹き飛ぶ事を口にした。


「えっ、本当?・・・でもGって相手の意識が有る状態で切り刻むって・・・」

「そういう場合も有るし薬で意識を奪った間にマリアージュみたいな状態にして、それから覚醒させてって場合もね。とにかく反吐が出るわね」


 マリアージュに事件の記憶が無いのは喜ばしいことだが、改めてGに対する怒りが沸々と湧き上がってくるレアニール。カームがそんなレアニールに何か言おうとした時だった。俄かに部屋の外が騒がしくなった。何事かと一瞬椅子から身体を浮かしたレアニールだったがカームがそれを制する。


「心配無いわ。外交団が帰ってきたのよ」


 何時から交渉を行っていたか聞いていなかったが、今は間もなく日付が変わる頃だった。この時間までとは大変だなとレアニールは思う。その僅かな表情の変化を見てクスリと笑いカームは席を立った。


「さてと、そろそろ戻るね」

「うん、ありがとう姉さん」

「いい?くれぐれも気を付けるのよ。知らない人の誘いに乗ったりしないこと」

「もうっ、子供じゃあるまいし・・・」


 心配するなとばかりにそう返したレアニールだったが、カームはそんな彼女をジト目で睨む。その目に思わず頭を下げる。心当たりが確かに有ったからだった。


「・・・ごめんなさい、気を付けます」

「よろしい。それと・・・もしGと行き会ったら生かして捕らえようなんて思わないこと。殺す気で対応なさい」


 表情を引き締めて姿勢を正したレアニールはその言葉に黙って頷いた。






活動報告にレアニールのイメージ画像を追加しました。今の設定とは相違部分も多いですがイメージってことでどうか一つ。。。


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今回も読んで頂きありがとうございました。

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