1-7 その女、瞬間湯沸かし器につき
「お疲れ様です」
ロガンに到着した馬上のアンガレクをレアニールは白鴈亭の前に立ち敬礼で迎える。
「ご苦労。ふん、敬礼だけはいっぱしだな」
アンガレクが口にした聞こえるか聞こえないかの声での嫌味をレアニールの耳はしっかり捉えていた。
(どうしてかな、こういう嫌味を口にする人って何故か声量の調整が上手いよね)
妙な所に感心することでレアニールはその嫌味をスルーした。いつの間にかロバートもレアニールの斜め後ろに立ちアンガレクたちを出迎えていた。レアニールはロバートに目配せすると隊の馬車を駐車場所へ、そして馬を厩舎へと誘導させる。自分はアンガレクを宿の中へと案内しようとした。
「最近の新人様は偉くなったものだな、馬の世話は新人の仕事だろうが」
下馬したアンガレクはその様子を見て馬鹿にしたような声を上げる。さすがにそれはこの場における士官の仕事じゃないだろうと不満が高まる。言い返そうとしたものの、はいわかりましたと答えれば済むだけの話だと沸き上がりかけた怒りの感情をいったん収めた。
(そう、我慢我慢・・・)
心の折り合いをつけたレアニールが馬の世話をしますと発言しようとしたタイミングでバーンズ曹長が野太い声でアンガレクに話掛けた。
「リード伍長の馬の世話は大したものですからな。伍長に任せておけば明日の調査も順調でありましょう」
階級上位者への進言であったもののバーンズ曹長の声は有無を言わさない圧が有った。これがベテラン下士官なのだなとレアニールは感心した。
「・・・ならば良い。おい新人、お前も少しは動けよ」
アンガレクはバーンズ曹長の進言を受け入れた。それでも嫌味を混ぜてくることに、むしろ可笑しみがあるものだなとレアニールは心に余裕を取り戻して思った。もちろんそんな事は顔に出さずレアニールはサッと身体の向きを換えアンガレクに答えた。
「はい、今後精進いたします」
その様子にアンガレクは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。元より宿泊の調整は済み鍵も預かっていたことからレアニールはアンガレクたちを部屋へと案内する。
「部屋は3階になります。大尉殿は301号室、曹長たちは305号室、残りは307号室です。こちらへどうぞ」
そう行ってアンガレクとバーンズ曹長、それと女性兵士の1人を先導し階段へ向かおうとしたレアニールをアンガレクが呼び止める。
「おい待てよ。上官の荷物は率先して持つものだろうが。本当に使えねぇな」
また直ぐに嫌味が始まった事にレアニールは呆れた。大体において副官や従兵でもないレアニールに荷物を運ぶ義務なんて無いし、そもそも彼女は正式な立場においては隊の同行者に過ぎないのだがその点は都合よく無視しているらしい。もう一々腹を立てるのが馬鹿らしいという境地に達したレアニールは感情の籠っていない返事をして階段前から引き返すとアンガレクの荷物、大き目の背嚢2つを持ち上げた。液体が詰まった瓶でも入っているのだろうか、見た目以上に重いそれを抱えるように持ってレアニールは階段へ向かおうとした。
「大尉殿、前を失礼します」
頷きつつ道を空けるよう下がったアンガレクだったが自分の前を横切ろうとしたレアニールを引っ掛けるように脚を出した。彼はレアニールを転ばせてボサっとしているなと叱責してやるつもりだった。抱えた荷物による死角でそれが見えなかったレアニールだが少し床が鳴ったおかげで足元の危険を感じ取った。
(ふざけるな!)
自分を転ばそうとしている事に気付いたレアニールは反射的に感情を爆発させた。差し出されていたアンガレクの脚を、ブーツの踵で思いっきり踏みつける。言葉での嫌がらせだったらレアニールは我慢を続けていただろう。だが直接的な嫌がらせを受けようとしたが為に一瞬で彼女の感情は爆発した。
ガツン!
「うぉっ!!」
鈍い音が宿のロビーに響いた。狙ったわけではなかったがレアニールの一撃はアンガレクが履いていた軍靴の爪先、鉄板で保護されていた部分を外れ彼の甲を思いっきり踏んでいた。アンガレクたちのように陸軍仕様の軍靴、その平べったい踵であれば鉄板からギリギリ外れず少々痛い程度で済んだかもしれない。だがレアニールが履いていた神官騎士団第1種制服の女性用ブーツはそれよりも細い踵、野外での活動には全くと言って良いほど向いていないものだったが、鉄板の防御を避けアンガレクの足を踏み付けるには適していた。
アンガレクにとって不幸だったのは自分が持たせた荷物によって重さが7割増し、おかげで威力も増していたということだ。
「あっ、失礼。でもそんな所に脚を出していると危ないですよ」
アンガレクの荷物を床に下しつつ、レアニールは感情のまるで籠っていない平坦な声で詫びの言葉を口にする。アンガレクは呻き声を上げて足を押さえていたが、やがて憤怒の表情でレアニールを見上げ睨み付ける。
「お前・・・わざとやったな!」
「危険が有った時は下手に避けるよりもむしろ突っ込めと新人研修で習いましたので実行しました。それが偶々大尉殿の脚だったわけで他意はありません。ところで何故そこに大尉殿の脚が有ったのですか?」
レアニールは冷めた目でアンガレクを見下ろし堂々と言い切った。上官を侮辱するギリギリのラインだったがレアニールに引き下がる気は毛頭無かった。しばらく睨みあうかのような状態が続く。だがアンガレクは新人とは思えぬ底冷えがするような、冷たい瞳を向けてきたレアニールへ言い返すことが出来ない。その紫色の瞳に恐怖すら覚えたほどだ。遂にはレアニールから目を逸らし顔を真っ赤にしたまま立ち上がった。
「・・・部屋へ案内しろ」
怒気をはらんだ声だったがレアニールは臆することなく平然と、ではこちらですと応じ荷物を抱え直し部屋へと先導した。後でアンガレクがびっこを引くような足音をさせていたが彼女は振り返らない。最初は引き下がる気なんて無かったものの、時間が経つにつれ後味の悪さが勝ってきてレアニールは顔を僅かにしかめる。
(やり過ぎたよね・・・)
そして彼女は誰にも聞こえない声でウェルフトー神語、俗にいう神聖語を呟いた。すると徐々にアンガレクの足音が普通のものへと変わった。
(すぐにカッとなるのは悪いクセだよね・・・気を付けないと)
我慢できず感情を爆発させてしまった事をレアニールは悔いていた。自分の悪いクセの一つだと解っていたのにまたやってしまった・・・と。贖罪とばかりに治癒の神聖力を行使してしまった偽善に自虐的な笑みを浮かべたレアニールはそのまま階段を3階へと上りアンガレクを部屋へと案内した。荷物を部屋の入り口に置いたレアニールだったが、アンガレクはさっさと出て行けと怒鳴り彼女を追い出すと大きな音を立てて扉を締めた。
(完全に怒らせちゃった・・・うん、当然だよね)
この様子だと今後の調査について意見具申するのは難しいかなと、レアニールは閉じられた扉を眺めて思った。頭を軽く振りこのまま扉の前にいても仕方がないと、続いてバーンズ曹長を部屋へと案内する。
「曹長たち男性の部屋はこちらです・・・それと、先ほどはありがとうございました」
バーンズ曹長を部屋に案内したレアニールは、宿の入り口で先ほど助け舟を出してくれた事に軽く頭を下げながら礼を言った。バーンズは空気が抜けるような笑い声を出すと小さく頷いた。
「はっはっはっ、何、思った事を言ったまで。それにしても少尉殿、見事な一撃でした」
困ったような顔をしたレアニールはやり過ぎましたよね?と小声で聞く。厳つい顔をほころばせ笑うバーンズ曹長。
「少尉殿は降りかかった火の粉を払っただけでしょうや。気にする必要なんてありませんな。ああ、それと・・・」
そう言って彼は背嚢の上部に丸めるかのようにして収納していた陸軍のポンチョを差し出す。
「少々古くて臭いかもしれませんが使ってください」
レアニールはそれを両手で受け取った。
「ありがとうございます!」
自然と満面の笑顔になるレアニール。バーンズ曹長はそれを見て満足そうに微笑むと部下たちの面倒を見てきますと部屋に荷物を置き階下へと降りていった。レアニールはそれを見送ると残った女性兵士を部屋へと案内する。自分でも気づいていなかったが自然と足取りも軽くなっていた。
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