4-8 カームの過去
カームが運んできてくれた夕食を一緒に食べ終えてからしばらく経った。すでにカームはメイドの衣装から神殿警護隊の制服、黒ずくめの第1種制服に着替えている。レアニールも荷物をこの部屋に移動させて第1種制服に着替えていた。もちろんサングラスは外していた。
今はテーブルセットに2人で向かい合って腰掛けている。
「やっぱりルファールなの?」
「ええ、そうよ」
冷めかけたお茶を気にもせずに口に含んだカームはレアニールの問いに気楽な調子で答える。
「危ない橋を渡るのね・・・治安維持がなってないとかで連邦との同盟を推進する者の発言力を削ぐとか、そうした狙いなのだろうけれど・・・何と言うか工作の手段に余裕が無い感じ」
同様に冷めかけたお茶を飲みつつ、レアニールは呆れたように言ったのだが・・・そんな彼女をカームは目を細めて見つめる。
「そのきっかけを作ったのはあなたでもあるのだからね」
「私?」
「フォースワイア島での件と変態クソ野郎の件。あの後、メキア内で親ルファール派の発言力が大きく低下した事も原因よ。それプラス、あなたがルクスで摘んだ国土の工作の芽。5カ月間自由に泳がせてあげた結果、最後は見事な自爆を披露してくれたって話よ。グレイヴが上機嫌だったのがムカつくけれど・・・となかく、あれで国土の対外諜報の力が一時的だろうけれど低下中。結果、現在取れる手段が強硬なものだけしか残らなかった・・・ってワケ」
「・・・」
言われてみれば否定のしようが無い話だった。フォースワイア島での一件はファンライン・ヨーレイン大尉らメキア帝国親衛隊第5部門に利用されてしまったとはいえ、その後の第4部門調整官マルコ・ロフ・ウェイバー伯爵の件については間違いなく自分がやった事だ。もちろん捕らえた彼の身柄を、条約締結交渉を有利に進ませる為のコマに使ったのは外務省だったが。誤配属騒動の渦中で起きたルクスの一件は・・・申し訳無いが国土、ルファール王国の諜報機関である国土開発室にしてみれば事故に遭ったみたいなものだった。
それはともかくとしてルファール王国、そしてメキア内の親ルファール派を追い詰める原因の一つは間違いなく自分だったと、思わずベッドに横たわるマリアージュへ視線を向ける。彼女をあんな目に合わせたのは自分が原因なのだと。
そんなレアニールの思考を断ち切るかのような、鋭い声音でカームはそれを否定した。
「だからと言ってあなたの責任ではないわ。遅かれ早かれメキアはルファールを見限っていたから」
「でも・・・」
「その時はマリアージュじゃない違う誰かが犠牲になっていただけの話。いい?こういう事に巻き込まれる事も任官した時の宣誓に含まれているのよ。私もあなたも、マリアージュも他の誰かも。いいわね?ニューロス大尉」
鋭い眼光で冷酷とも取れる口調で言い放つカーム。その言葉にレアニールは無意識に姿勢を正した。
自分は職業軍人、それも士官だ。フィオラーノ連邦という国、そして国民の益を守るためならば犠牲になる覚悟は常に持っている。それはカームが言うとおりマリアージュも同様のはずだ。心から納得できるかと問われれば納得なんて出来やしない。だがこの階級章を付けている限りは自分の心よりも優先しなければならないものだ。
甘ったれる事は許されないのだ・・・と。
レアニールの表情の変化を見て取ったカームは少しだけ表情を緩めるとマリアージュへ視線を向けた。数秒彼女を見つめた後、再びレアニールへ視線を戻す。
「でもあなたはマリアージュを救った。あなたが来なければ彼女は死んでいた。これだけは間違いなく言えることよ」
小さく笑みを浮かべ柔らかな口調で言うカーム。レアニールの心中を計ったのかガートランド(あの若い司祭の名前だった)の献身的な介抱もねと付け加える。
「確かに心に傷を負っているかもしれない。でもそこまであなたが気に病む必要はないわ。もちろんその傷を癒す手助けをしてやるのは構わないけれど、必要以上にのめり込むな・・・って話よ。マリアージュにとって新たな心の重荷になるかもしれないからね」
「・・・うん」
カームの言うとおりだった。自分がしようとしていた事はマリアージュの心へ新たに重荷を積む事になりかねなかった。やっぱり姉さんには敵わないや・・・と、思わず苦笑が漏れる。そのまま眠っているマリアージュへと視線を巡らせつつレアニールはカームに尋ねた。残忍で猟奇的な手口・・・そうした手段を用いる者で心当たりがあったわけだが、その見立てが正解なのかを。
「ところで・・・少佐殿をあんな目に遭わせたのは・・・ブリンガー一族のG?」
「正解よ」
「!・・・やっぱり。あの殺人鬼め・・・」
その手口から想像していた者の名前を挙げたレアニールだったが、カームはそれに口元には笑みを、目には殺気にも似た気配を漂わせて肯定する。
ルファール王国お抱えの暗殺者集団であるブリンガー一族。一族と名乗っているがメンバーに血縁関係は無い。メンバーは1文字だけのコードネームで呼ばれている。
その中でGと呼ばれている者は残忍かつ猟奇的な手口を用いる事で恐れられている。普通暗殺者であれば対象の殺害に余計な時間を取る真似は絶対にしない。目的を、対象の殺害を果たす為の準備は入念に時間を掛けて行う事もあるが、目的を果たした後は出来るだけ速やかに現場を離れるものだ。だがGは違った。暗殺を果たした後にGは遺体を損壊し、まるで現場に飾り付けるようにして去って行く。その暗殺方法にしても時間を掛けて、身体を切り刻んだりして肉体と精神を痛めつけ、極限まで苦しめながら殺していく時も有ると聞く。
Gだけはブリンガー一族の中で暗殺者ではなく殺人鬼と呼ばれていた。
『治癒』の神聖力を行使する前、包帯を外した直後のマリアージュの悲惨極まりない姿を思い出したレアニール、自分では全く気が付いていなかったが眉間や鼻筋に皺を寄せた剣吞な表情になっていた。そんなレアニールの表情を見てカームは小さく息を吐くと席を立つ。
「お茶のお代わりはいかが?」
「うん、ありがとう」
カームはカートに積んであったティーセットでお茶を、自分の分とレアニールの分を淹れた。再び椅子に座り軽くカップに唇を湿らせ程度に付ける。そしてそのカップに視線を落としたまま切り出した。
「ちょっと昔の話をしてもいいかな?」
「うん・・・」
カームは再び軽く口を付けてからカップをテーブルに置くと椅子の背もたれに身体を預けつつ優雅とも取れる仕草で脚を組む。
「とは言っても何から話そうか・・・そうだね、私の名前・・・E・カーム・ダリルのEの意味って何だと思う?」
「「電撃のカーム」だからEって付いてるって話なら聞いたこと有るけれど・・・もしかして昔のコードネームとか?」
「あら、さすがね。3分の1は正解よ。残りの3分の2はね・・・私の本当の名前の頭文字なの。エミール、エミール・シェクト・ランカシャーが私の本当の名前」
その名前には聞き覚えがあったレアニール。驚きの色を滲ませて聞き返す。
「シェクト・ランカシャー?・・・まさか18年前にルファール王国で穏健派が粛清された事件のランカシャー侯爵家?」
「ふふっ、正解よ」
意図してか、まるで貴婦人のような優雅な笑みを浮かべるカーム。それだけで今しがた彼女が告げた話は真実であると直感した。幾分芝居がかっている面も有るが、これが持って産まれた血筋なのだろうとレアニールは思った。
カームは表情に合わせた口調で続ける。
「父は盟友であったシュレイバー伯爵の裏切りに遭って死んだわ。母と弟、そして産まれたばかりの妹も一緒に。家族の中で私1人だけ生き残った・・・というわけよ」
カームの妹・・・あの事件は18年前の3月頭に有ったから生きていれば自分と同じ歳なのだなとレアニールは思った。
「妹さんって名前は付いていたの?」
「まだ名前も付けられていなかったわ。でもね、私は父と母にこの名前にして欲しいってせがんでたな・・・2人とも困った顔をしていたけれど」
「どんな名前を?」
レアニールの問いにカームは一拍の間を置いて恥ずかしそうに、でも何処か懐かしそうに答えた。
「・・・レアニール」
「あーっ、なるほど」
「何納得しているのよ。ええ、まぁ、そうよ。確かにあなたに姉さん呼ばわりさせたのもそれが関係していたのかもね」
苦笑を浮かべ納得したかのような声音のレアニールにカームは開き直りのように捲くし立てた。
「ちなみにレアニールの由来は?」
「・・・始まりの聖女」
「なるほど、そっちなのだね」
先ほどよりも恥ずかしそうに答えるカーム。以前、自分は不信心者だと言っていたからだろうか?それとも物語か何かを読んで影響を受けた事の恥ずかしさか?
「じゃああなたのレアニールは?」
「それが分からないの。養父母に拾われた時には既にこの名前が付けられていたって」
「そうなのね・・・もしかしたら同じ由来かもね」
「ふふっ、そうだね」
この名前の由来の種類からして同一の確率は大体3分の1程度、いや始まりの聖女と女法王は同一と考えれば2分の1くらいかもだとレアニールは笑った。この時、何故かは分からないがカームの妹と同じ由来だったら良いなと彼女は思った。始まりの聖女への憧れではなく、単純に一緒だったら良いな・・・と。
「話が逸れたわね。それで私1人だけが生き残ったのだけれど・・・その時家族と一緒に死んでいた方が私は・・・ううん、私に殺された人たちは幸せだったのだろうね」
笑みを収めたカームはお茶を一口含むと話を戻した。その口調は僅かに震え先ほどまでの懐かしさを楽しむ物とは一変していた。それはまるで告解に訪れた信徒のようでもあった。
その彼女の口から告げられた言葉を、レアニールは話の冒頭に語られたコードネームの話と結び付け・・・驚愕した。
「・・・まさか」
「そうよ、私はブリンガー一族に拾われた。Eはその時に付けられたコードネーム。私はGと同じ暗殺者、ううん、殺人鬼だったのよ」
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