1-5 ロバートの正体
本隊の到着想定時刻まであと1時間ほど、レアニールは1人ロガンの街の中心広場に来ていた。広場といっても何かモニュメントなどがあるわけでもなく、街道がその場所だけ細長く広くなっているだけだ。レアニールたちが宿泊する白鴈亭もそこに面していて、宿を利用する商人などの馬車の駐車場にもなっている。
(この広場は鉄道の駅だった場所だよね。400年経っても痕跡は残っているのね・・・ううん、痕跡を消せるほどの開発とかがこの街には無かっただけか)
ムーサからロガン、さらに北のマーノを経由して隣国のルファール王国へと続くこの街道はかつての鉄道跡だ。
今から約400年前に発生した大規模かつ急激な海面上昇によって衰退と消失を余儀なくされた科学文明、現在では消失文明と呼ばれるものの痕跡だった。文明は維持するために適切な保守が必要となる。だがその材料の供給を絶たれたものは目の前に横たわる線路を引き剥がされた鉄道のように姿を消していった。引き剥がされた線路の鉄材は溶かされ他の生活インフラに転用されていた。そして鉄道の跡地は殆どが道路として転用されている。鉄道と同じく自動車も姿を消していき馬車が主たる利用となった鉄道跡の道路は、勾配が少ないことから馬車の通行に適したものとなっていた。そして駅の跡は元々街中にあった事もあって馬車の駐車場たる広場へと転用されている事が多かった。線路を引き剝がした他は最低限の工事しか当時は行われなかったのが殆どであった。それから長い年月が経っても大規模な開発を行う用が無かった街の中には、その痕跡が色濃く残っているのであった。
この時間にロガンに到達する馬車の多くはここで宿泊することになるのだろうか。静かだった街に活気が訪れ始めていた。
広場の端、それが見渡せる場所にある石造りのベンチ、実はプラットホームの痕跡だったそれに座りレアニールは先ほどまでのロブとのやり取りを思い返していた。
(ロバート・リード伍長・・・ね。間違いなく偽装だな)
彼が所持していた地図は今回の件以外にも陸軍軍人として必要だと思われる書き込みが無かった。痕跡を残さない、まるで諜報機関の人間が使う地図のようにも見えた。彼が最初にした敬礼は同じ組織にいる者へのサインだろう。あえてそれをレアニールに見せたのは彼女がそれに気付くのか興味本位で探りを入れたのではないだろうか。そうした態度を示したという事は、他国の組織ではなく同じフィオラーノ連邦の組織に属しているはずだとレアニールは思う。多分、諜報機関である神殿警護隊などの隊員だろうと彼女は推測していた。
(もし神殿警護隊だとしたら何か私にやらせたいのかな?)
ただの野盗の捜査に神官騎士団が出向くことも本来あり得ない話だったが、神殿警護隊となるとあり得ないどころの話ではない。白アリ退治をドラゴンの火炎で建物ごと焼き払うようなものだ。神殿警護隊、名目上は神官騎士団、正式名称連邦国家安全調査団の中の1組織でもあるが指揮系統は全く別であり、身分的には対等と言われてはいるものの権限的には神官騎士団の上に位置し、主に対外諜報に当たっている。そうであるのなら彼らの目的は野盗とは別の何かだろうし、その捜査を隠れ蓑にしていると思った。だが現状ではそれが何か思い付くことが無い。いや、1つだけある。
(ルクスの町長選挙絡みの話なのかな・・・)
先ほどの話、野盗になり得る者たちについてロバートはルクスの前町長であるタルキーニの名前を出した。だけれどそれはレアニールに彼の名前を擦り込もうとした意図を感じた。ルクスは国境の街だ。もし選挙に不正が有ったとしたら場所柄からして国外勢力の介入も疑われる。神官騎士団ムーサ分駐所が調査を行ったのも頷ける話だ。だが不正は無かったと結論付けた。ロバートの口ぶりだと不正を見落としていたようだが・・・
(いや、今は考えるのは止めておこう)
持ち合わせている情報も全く無い。余計な想像は無駄な先入観を持つことになる・・・と、その件について思考する事を止めた。高さのある石積みでブラブラさせていた脚を組み直し、膝の上で頬杖をついたレアニールはぼんやりと広場に入ってくる馬車たちを眺めた。
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ロバート・リード陸軍伍長ことグレイヴ・ショール神殿警護隊大佐は白鴈亭3階の窓から眼前の広場、その隅のベンチに座るレアニールを眺めていた。彼の背後には連絡にきた部下が商人然とした恰好で控えている。
「レアニール・ニューロス少尉、先月末に18歳になったばかりですね。一昨年末に士官学校を卒業しリチェロ駐屯の連邦陸軍第3師団本部に配属、今年1月1日から神官騎士団に転属し4カ月の新人研修を終えてめでたく今回の誤配属、というわけです。リチェロ出身、実家はリチェロ東教会で彼女自身も神官です」
任務に関わる情報を受け取った後、今回のイレギュラー要素であるレアニールの情報をグレイヴは部下から聞いていた。優秀な部下はレアニールの情報もそつなく用意していた。もちろん彼女が間違ってムーサに配属されたこともだ。それについては冒頭に伝えられていた。
「へぇ、女性の神官騎士団員で神官か。60年ぶりに『戦巫女』の称号が取れそうなレベルか?」
窓の外を眺めたままグレイヴは楽しそうな声で応える。
彼が口にした『戦巫女』とは神官の資格をもった女性神官騎士に贈られる称号だった。起源は神官騎士団が発足した約1000年前、神官騎士団が本物の騎士団だった頃に遡る。ウェルフトー教、今では旧教とされるそれからウェルフトー新教が袂を分かった当時、迫害を受ける新教の信徒を守るために主に神官たちによって組織されたのが神官騎士団だった。『独立戦争』と新教の中では呼ばれている20年に渡る旧教との戦いの中で神官騎士団はその先頭に立って戦い続けた。最初は男性のみで構成されていた騎士団であったが戦いが長期化する中、補佐のために女性神官が同行することになった。彼女らは騎士たちを支援魔法で援護したり彼らの傷を癒したり、そして時には自ら剣を振るったりもした。勇敢に戦場に立ち続けた彼女らに『戦巫女』の称号が授けられるようになったのは『独立戦争』の半ば頃のことだった。その後、神官騎士団に女性の入団が認められるようになった後には『戦巫女』は女性騎士の称号として授与されていた。それに代わりに戦場に立った女性神官には『聖女』の称号が授与されるようになった。
「残念ながら神官とはいっても神父見習いですから全く要件は満たしませんね」
グレイヴの部下は心底残念そうな声音で言う。
当時は戦場に立った女性騎士全てに、神官の位の上下関係なく贈られていた称号であったが、現在では神官騎士かつ司教以上の位を持つ女性と定められている。司祭クラスまでであれば今でも何人かの団員がいる。だが高位神官である司教となると話は別だ。それが条件である『戦巫女』の称号を持つ者は60年ほど現れていない。その者にしても40年ぶりだったそうだしその前も数十年単位で間隔が空いている。
過去のように神官でなければ神官騎士団員にはなれなかった時代とは違う、そういうことだった。
ちなみに従軍女性神官へ贈られる『聖女』の称号を持つ者は現在でも多数いる。
「神父見習いか・・・なるほどね。リチェロ東教会でニューロス・・・ニコラ・ニューロス大司教とエレナ・ニューロス少佐か?」
「はい、彼女の両親はニューロス夫妻です。養父のニコラ・ニューロス大司教ですが、本人は神父と名乗っていますね」
「養父?」
「はい、彼女は赤子の頃に教会前に捨てられていたそうです。当時実子のいなかったニューロス夫妻の養子として育てられました」
「ふむ・・・で、彼女は使えるのか?俺の感触としてはなかなかいけると思ったが」
「士官学校は次席で卒業していますね。本来は主席だったらしいですが一部の教官と折り合いが悪く・・・依怙贔屓が過ぎる教官を授業中に堂々と批判したようですね。士官学校では既に伝説と化していますよ。とにかくそれで成績を落とされたようです」
「あー、確かにそんな気がする。優しそうな娘だけれどキレると怖そうだから。ま、それでも次席なら大したもんだな」
半日レアニールと過ごしたグレイヴの大雑把な分析に部下の男はニヤリと笑う。
「それに美人ですしね」
「いや、それは関係あるか?」
茶化したような部下の言葉にグレイヴは表情は変えずに呆れたような声を上げる。
「美人じゃないよりは・・・でしょう?と言うか大佐の好みじゃないのですか?美人だしスタイルも良さそうだし何より脚が綺麗じゃないですか」
「よしてくれ、嫁さんに殺されちまう」
そうして笑い合う2人。ひとしきり笑った後、グレイヴは軽く咳払いをした。
「ま、いいや。使えるならばあのアホじゃなく彼女に手伝ってもらうか」
「それは良いですがどうやって切り出すのです?」
「うん、それなんだよな。さてどうしたものか」
グレイヴが見つめる先でレアニールはベンチから立ち上がり新たに広場へと入ってきた隊商の馬車へと近付いて行く。大型の立派な馬車を4台連ねた隊商だった。
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