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赤毛の神官騎士レアニール ~その女、無自覚につき~  作者: ふぁるくらむ
第3章 赤毛の騎士、戦巫女になる
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3-3 調子に乗り過ぎた人たち



 8月11日、気分的には7日から4日間の連休が明けての出勤だった。生誕祭が終わると秋がやって来ると言われているとおり、晴れた空はまだ低いままだが数日前より幾分か涼しくなった気がする。青隊事務室へ入ったレアニールは同僚たちと元気なく挨拶を交わしながら自席へ着いた。他の者たちの挨拶も似たようなものだった。だが彼女と違って彼らは生誕祭後の休日を存分に堪能してきた疲れが原因だったのだが。

 今日は明日からの出張準備だけ、それを終えたら上がる予定だった。


「よーし、皆揃っているな。そのままで聞いてくれ」


 レアニールが席に着いて程なくすると事務室へ青隊隊長のファビオ・ペラルージ中佐が入って来た。彼は室内を見渡した後、室内中央へと歩みを進めながら大声を出す。


「ベルガー団長の所へ行ってきた。7日の記念行事に参加した者、ご苦労だった。それでだ、当日も有りがたく頂戴していたが、関係各所から調子に乗り過ぎだという苦情を重ねて頂戴した」


 それを聞いて室内には不満気なブーイングと失笑が広がる。だが苦情が来たと言いつつもファビオは愉快気な笑みを浮かべたままだ。


「だがそれ以上に市民からは好評だったと、団長からお褒めの言葉をいただいた。というわけでだ、来年も頑張ろう。以上だ」


 ファビオの話を聞き終えて一様に歓声と笑い声を上げる者たち。直接行事に参加した者も、見ていただけの者も、今回はいつも以上に楽しんでいたのは確かだ。だがやり過ぎたのも純然たる事実であった。ちなみにファビオは神官騎士団の団長役として参加しており、間違いなく元凶の1人である。そして元凶のもう1人だと自分では思っているレアニールは自席で俯き赤くなっていた。


 確かに、レアニールも目立つ事をしてしまった。ただし、記念行事パレードの中でではなく、前段が終わり後段スタート前の休憩時間中の話だ。




 後段から参加するレアニールは、パレード前段を終えて休憩場所であるリキオ広場に到着した神官騎士団の面々と合流した。この時彼女もパレード用の衣装、独立戦争中期からロザリア法国末期まで用いられた神官騎士団騎士服を纏っていた。


 元気が余っている者たちは広場の一角で模擬戦を始めていた。神官騎士団員同士、またはロザリア法国騎士団員役の陸軍兵士など、多種多様な組み合わせだった。模擬戦は毎年の恒例行事でもあり、非公式ではあるが公式に限りなく近い扱いでもあった。これを目的に広場へ見物に来る観客もいる。レアニールも全身鎧で何処まで動けるか試したいとか言うマヤとライド、それとロザリア法国騎士団黒騎士役で参加していたベルントと模擬戦をやった。その後はマヤとライドと雑談に興じていた。

 その雑談の中で当時の神官騎士団歌の話となった。それなら原曲どおりウェルフトー神語で歌えるよと言ったら「じゃあ歌って」と2人にせがまれ、少しだけねと歌い始めたレアニール。実は彼女、幼少期から教会で賛美歌や霊歌などを歌う機会が多かったことからそうした歌が上手かった。音が響きにくい構造だった実家の教会で鍛えられたおかげで歌声の通りも良い。

 突然響き始めたレアニールの歌声、それが古の騎士団歌だと気付くと無駄にノリが良い者だけが参加していた神官騎士たちは、自分たちが何をすべきか理解し即行動した。全員がレアニールの方へ向き直りその場に跪くと祈りの姿勢を取る。空気を読むのが上手いマヤも、空気を読むのが下手なライドを無理矢理跪かせてそれに倣った結果、跪く騎士たちの中心で歌うレアニールの構図が出来てしまった。図らずもそれは独立戦争を描いた最も有名な絵画の一つとされる、『出撃前の神官騎士』の再現となってしまった。


 それは敵に包囲された小さな砦に残された、新教の信徒たちを救うために出撃する神官騎士たちを、跪き祈りの姿勢を取る彼らの中心で戦意を鼓舞するように歌う戦巫女を描いたものだった。圧倒的劣勢の中での出撃であったにも関わらず、常に先頭に立ち続けた戦巫女1人の犠牲で任務を完遂した・・・と伝わっている。実際には戦巫女も含め誰も戦死していないのだが、どうしてそう伝わったのか分からない。後の戦闘記録にも彼女の名前は出てくるし、独立戦争後には神官騎士団の要職に就いていたのだが・・・それはともかく、現代において戦巫女が一部で特別視される理由の一つがその絵だった。


 こうなったら今さら止められるものでもなし・・・と、その場の雰囲気に既に流されていたレアニールは声量を上げて歌い続けた。その時、確かにその絵が彼女の頭に浮かんだのも事実だ。その証拠にレアニールは絵の中の戦巫女と同じポーズを、右手は緩やかに天を指し、左手は騎士たちへ柔らかく差し伸べるポーズを取っていた。レアニールたちの格好も絵の中のそれとほぼ合致していた。その戦いで、実際には戦巫女たる神官騎士だった彼女も全身鎧を着用していたが、絵の中の彼女は今レアニールが着ている物と同じ騎士服を、全身鎧の集団の中で1人だけ着用していた。事実よりも描写の都合を優先した結果なのだろう。気が付けば騒がしかった広場は静寂に包まれレアニールの歌声だけが響いていた。それを見て自然と跪き涙を流す観衆が続出していた・・・


 その時だけ、その場だけで済んだ話だったらレアニールもさほど気にしなかっただろう。ところが翌日のとある新聞の1面に、その時の写真が大きく掲載されてしまった。寮の談話室に置かれた新聞を見た時、彼女は間抜けな絶叫を上げた。写真は正に絵画どおりのアングルで記事は好意的に、いや、かなり拡大解釈気味に書かれていた。

 特別な気持ちも無くそれをやってしまったレアニールは、恥ずかしくて当分は山籠もりでもして身を隠したい気分だった。特に明日からの出張の内容を考えると・・・である。


(うう・・・祭りだからって調子に乗り過ぎちゃったよ・・・)


 いつもなら新聞各紙を隈なく読むレアニールだったが、ここ数日は敢えて読んでいないばかりか遠ざけている。他の新聞でどんな風に書かれているか、恐ろしくて読めたものじゃなかった。

 目立つつもりなんて本当に無かった。ただ「祭り」を楽しんだだけなのに何故こうなったのか・・・


「ん?どうかしたかニューロス大尉」


 俯くレアニールの席へファビオがやって来た。レアニールは普段と比べると幾分緩慢に見える動作で起立する。


「いえ、なんでもありません。隊長こそどうかされましたか?」

「なら良いが・・・団長からこれを預かってきたぞ。ミルニアでの祭礼、最新の出席者名簿だ。明日は早いのだろう?やる事やったら早く上がれよ」


 怪訝そうな顔をしながらもファビオは大振りな封筒をレアニールへ手渡す。そして事務室の一角にある隊長席へと去って行った。


(やっちゃったものは仕方ない、か・・・うん、もう開き直るしかないね。よし、さっさと仕事を片付けて帰ろう)


 軽く首を振ってレアニールは自席へ座り封筒を開けて中身を確認する。ファビオが言ったとおり祭礼参加者の最新名簿が入っていた。


 明日朝からレアニールはフィオラーノ連邦北東部、ルファール王国とメキア帝国との国境にも近いミルニア市への出張を予定していた。今回の出張目的は8月17日に行われる独立戦争を記念したミルニアでの祭礼への派遣だった。これは神官騎士団の任務ではなく、ロザリア神殿からの派遣依頼を受けてのものだ。


 この時期は先日の独立戦争記念行事のような祭礼が多く開催される。その中でもミルニアは独立戦争時代の古戦場であり、15年にも及ぶ戦争の趨勢が決した場所でもある。それもあって比較的大規模な祭礼が毎年行われている。先日図らずも再現してしまった絵画『出撃前の神官騎士』、その舞台となった城がある街でもあった。彼らが孤立した信徒を救援する為にその城を出撃した日、そしてミルニアで独立戦争最後の戦闘が行われたのも同じ8月17日であった。つまり、その日に祭礼が行われてきたのは当然であった。


 ただし、独立戦争当時は絵画の元となった砦の救援作戦は戦局には全く関与していない。実際の戦いでは新教側の戦力を見誤った旧教側が殆ど戦いもせず撤退した。救援を成功させた新教側も、敵勢力圏内に突出した砦を保持するメリットよりもデメリットの方が大きいと判断、作戦終了後に即日撤退し砦は旧教側の手に渡った。同様の救援例はこの時期、旧教側勢力圏から新教側勢力圏へと逃れる人々が続出していたから珍しいものではなかった。悲惨な結末を迎えたものや奇跡的な勝利を収めたものも数多くあった。それにも関わらず、そうした事例の代表として捉えられているのは絵画の存在が大きかった為でもある。


(ミルニアの人々に悪い印象を与えてなければ良いのだけれどね)


 ミルニアの人々があの絵を尊重しているのは容易に想像できた。そこへ安易な気持ちどころか全く気にもせず「やらかした」自分が行くのだ。開き直ると決めたものの、やはり心配となってくる。60年ぶりの戦巫女称号所持者が出たという事でミルニア側はレアニールの派遣を強く要請してきたという話だ。下手をしなくても、自分が思っているより重大な話になっているような気がしてきた。


 現時点だとどのような役割を祭礼で与えられるのか不明だった。例年だと一般から選ばれた者が戦巫女役をやっていたが、その役割の一部を担うことになるのではないだろうか。


(どうか怒られませんように・・・よし、今度こそ仕事しよう)


 気を取り直して祭礼参加者の最新名簿へ視線を落とすレアニール。

 派遣が決まった際、式典参加予定者の名簿を見て、レアニールは思っていた以上に国内外の要人が参加を予定している事に少々驚いた。殆どが欠席か名代を立てて本人の参加は無いだろうと思っていたが、今目を通している最新の名簿だとその予想どおりといったところだった。


 国内、連邦政府ではカルロツァン・ロスブラーン外務大臣の名代で外務次官が出席、ロザリア神殿からは神殿長の名代として次期神殿長候補筆頭と呼ばれるグラシーヌ・ヨースト枢機卿が参加する。国外からは隣国のメキア帝国からクルスガンナー・デフ・メキア皇子の名代で親衛隊第一部門長、他に駐フィオラーノ大使が出席となっている。同じく隣国のルファール王国からはアイネス・ボルデン外務副大臣となっていたが、その名前の横には流麗なシースニア・ベルガー団長の字で「きっとドタキャン、良くても名代参加だよ」と記されていた。旧教を国教としているルファール王国の人間が新教の祭礼に参加するというのは、やはり難しいのだろうなと思った。名代を寄こすだけでも寛容さをアピールできるからベルガー団長が書いた注釈のとおりだろう。他にはリオビオ王国やリュンスナー王国など、同盟国の駐フィオラーノ大使が出席となっている。特に変わった点は無い。いたって普通の、大きな祭礼での名簿だ。


(何だろう、違和感が有る・・・)


 そもそも、隣国とはいえ皇子に招待状を送るような祭礼かと問われれば微妙な気がする。単純に欠席とすれば良い所なのに律儀にも名代を送っているのが気になる。そうなるとロスブラーン外務大臣へ招待状を送ったのも同様に疑問となる。こちらも欠席で名代参加となっているが、そもそもこういう祭礼であれば他の大臣ではないか?と思う。


(あ、隠れ蓑か)


 最近、我が連邦とメキア帝国との間で新たな軍事同盟を締結する交渉が秘密裏に行われている。という事は祭礼への参加を隠れ蓑にした交渉が現地で行われるのだろう。


(だとしたら名代ではなくて、最初から外務次官や親衛隊第一部門長の出席は決まっていたのだろうな)


 場合によってはこれも隠れ蓑で別の場所で交渉が行われるのかもしれない。どちらにせよルファール側は疑心暗鬼になることだろう。場合によっては妨害工作が行われるかもしれない。


(しかし、それだと警備も大変だろうな・・・あ、ウチのミルニア分駐所にも動員掛かっているんだ。なるほどね)


 祭礼出席者名簿の他に祭礼の要項も同封されていた。ミルニア教会主催、ミルニア州・市共催の祭礼だから警備はミルニア州保安隊が担当するはずだ。だが要項を見ると神官騎士団のミルニア分駐所からも警備の人員が出されることになっていた。今回の自分は祭礼参加予定者名簿に記載されている身、つまり警護対象だ。実際、祭礼参加以外の指示は何も受けていない。


(何も言われていないという事は祭礼に大人しく参加していろってことだね)


 任務に勤しむ同僚を横目に祭礼に参加するのも、例えそれが自分の任務だとしても少々気が引けるのも確かなのだが・・・


 ミルニアには8月14日の夕方に到着する予定だ。15日と16日は休暇を入れて街や周辺を観光するつもりでいる。その予定は神殿を通してミルニア側へ伝えられており、その間は特段自分に構う必要は無いとも伝えてもらった。16日夕方のミルニア市主催の歓迎行事には出席予定、そこから職務へ復帰の予定だ。本当は面倒な行事に参加したくないけれど、仕事で行くのだから我儘も言っていられない。17日当日も祭礼が終わった後、その夜の晩餐会へ出席して18日の朝にミルニアを離れる予定としている。


(結局、礼服も夜会服も間に合わなかったか)


 騎士団需品部からはその後連絡が無い。急かす気も無かったし無い物は仕方がない、16日の歓迎行事と17日の晩餐会は礼服などの代用として可とされている第1種制服で出席することにしよう。ちなみに17日の祭礼は先日の独立戦争記念行事でも着た、当時の騎士服を着る。


 その騎士服は第1種制服の単衣に似ているがそれより丈の短い黒いシャツ、そこには現在の神官資格所持者用の物に似た模様が金糸で刺繍されていた。下は黒いトラウザーで側面には金色のラインが入った物を履く。それに第2種制服用に似た膝上丈の白いブーツを合わせる。上着は第1種制服用にどことなく似た感じの白い物で、これまた金糸で刺繍が随所に入れられているものだ。この上着、当時はサイズを間違って大量に製作してしまった全身鎧用のサーコートを転用した物だと伝わっている。その上には白地に赤・青・紫3色の糸を使用したウェルフトー神語の刺繍、階級を表すものが入った肩掛を付ける。頭には白いベレー帽を被るが現在の物より大柄で左側が大きく垂れさがったものだ。当時は隊色での区別なく全員この白いベレー帽だった。先日のパレードでは帽子の形を整えるため、髪の毛をサイドアップにしてそこへ詰め込んだ。この服を簡素に、そして宗教色を薄めていった結果が今の第1種制服になる。


(使い回しの衣装かと思ったら、まさか私専用たったとはね・・・)


 独立戦争記念行事パレードに参加した者たちの衣装、それらは神殿やロザリア市が管理する衣装だった。当日自分が着る衣装もそうだろうと思っていたのだが、同じく法王の護衛役として参加する者が衣装合わせに呼ばれたのに自分は呼ばれない。どうしたのだろうと思っていたら騎士団需品部から衣装を渡された。まさかの新製、自分専用に仕立てられたものだった。騎士団需品部に聞くと「60年前も戦巫女の称号所持者は祭礼などに出席する際は当時の騎士服を用いたらしいですから」とのことだった。


(記念行事は他も同じ時代の恰好をしていたから問題無かったけれど、1人仮装大会だけは勘弁してもらいたいなぁ・・・)


 そう思ってみたものの、恐らくそうなるだろうという悪い予感しかなかった。目立ちたくないのにどうしてこうなるのか、殆ど自分が蒔いた種なのだという事は理解した上でレアニールは頭を抱えた。






この世界のこの時代、カメラは存在していますがフイルムカメラのみです。極稀に消失文明期のAF/AEカメラも奇跡的に稼働状態で存在していますが、殆どは全てマニュアル操作のカメラです。


新聞は配送手段が限られる事から大都市圏のみで発行されている場合が殆どです。


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今回も読んで頂きありがとうございました。

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よろしくお願いしますm(__)m

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