3-2 制服の胸の釦を
関係ないですが今日は地元の花火大会、3年ぶりの打ち上げ開始でございます(^_^)
「よく来たなレア。大尉昇進、猟兵資格取得おめでとう!」
「ありがとうございます。これもベンたちのご指導のおかげです」
8月2日、レアニールはロザリア近郊に駐屯する陸軍第2師団にベルント・ホーネン中佐を訪ねた。予め来意を告げておいたからスムーズに案内された。予想していたとおりというか、ベルントは猟兵資格者だけを集めたコマンド部隊である第602猟兵大隊、通称『熟練猟師』の大隊長だった。立派な角を生やした牡鹿をモチーフにした部隊エンブレムが掲げられた隊舎に入ると、その隊長室でベルントと面会することができた。
昨日、8月1日付でレアニールは大尉に昇進していた。フォースワイア島から戻った直後にその内示を聞かされ「なんで??」と思った。間違いではないか確認してみると・・・ムーサでの功績点は定期昇進の中尉昇進時には全く加点されておらず繰り越しとなっていた。そしてフォースワイア島での功績点と合わせた結果、大尉昇進に足る点数となった為・・・ということだった。それにしても、フォースワイア島から帰って間もない上、停戦交渉も続いている中でおかしくないか?とも思ったのだが・・・
レアニールが纏う神官騎士団第1種制服、襟と肩には真新しい大尉の階級章が、左袖の最上部には猟兵資格所持者を示す狼の頭を図案化したワッペンが縫い付けられている。左胸の勲章略綬、その上には剣を模った前線勤務章のバッチが付けられており、右肩のエボレットからは対となる青い飾り紐がぶら下がっている。
大尉の階級章と相まって歴戦の士官に「制服だけは」充分に見えている。昨日、初めてそれに袖を通した時、立派過ぎて気恥ずかしかった。1日立っても恥ずかしさは殆ど抜けていない。
「そういえば司教になったのだな。これでレアは戦巫女か・・・益々引き抜き難くなったな」
「過分な誉め言葉、ありがとうございます。でも戦巫女と言っても名誉職の式典要員ですよ?実任務では何も変わる所はありません。給与も特に変わらないそうです。神殿や政府からの雑用は増えそうですけれど」
戦巫女の話題になった途端、レアニールは不機嫌とも取れる声音になってしまった。彼女自身は意識してそうしたわけではなかったのだが・・・ベルントはその様子を半ば面白がっているようだ。
戦巫女、元々は神官騎士団が本物の騎士団だった頃に制定された称号であった。制定された当時、神官騎士は男性しかなれなかった事から彼らと並んで戦場に立つ女性神官たちへ贈られる称号・・・それが始まりであった。当時はそういった女性を示す物であり、特別な技能や権利を持つ者を示す称号ではなかった。独立戦争の最中、制度が変わり神官騎士に女性の登用が始まった後もその称号制度は踏襲された。だから全ての女性神官騎士が戦巫女とされていた時代もあった。時が移ろい、神官騎士団が騎士団から軍組織、神殿の儀礼用組織、再び軍組織・・・といった具合に変わっていく中でもその称号制度は授与される条件が変わったものの維持されていた。ただし、550年前に所属が神殿から軍へと移った際、神官騎士団員の条件として神官でなくてはならないというものが撤廃されたのに合わせ、戦巫女は司教以上の資格がある者と変更されている。それ以降、戦巫女の称号を得た者は20名にも満たない。
「ははは、60年ぶりって話だものなぁ・・・制服とかって変わるのか?」
「今着ている物がそれですよ?えーっと、違いが判ります?短衣の模様が変わったくらいで解る人にしか判らない違いですね。戦巫女とは関係なく、それこそ位階の上下関係なく神官の資格を持っているとこれになるわけです。団にも何人かいますね。私は今までは神父見習いで神官とは言えませんでしたので普通の模様でした。後はここに特技章が付いた程度ですね。女で司教の特技章付けていれば戦巫女の称号を持っている、ってことじゃないですか?」
投げやりとも取れる口調でそう言ったレアニールは上着の左胸、勲章略綬の下に付けられたウェルフトー教の印を象った銀色の特技章を指す。その特技章は神官の資格を持つ事を示すものだったが、色によって位階を現していた。つまり銀色は司教の位階を持つ事を現しており、女性であるならば戦巫女の称号持ちというわけだった。
更に言えば女性で神官資格所持の制服を着用し、前線勤務章という戦闘参加を示す類の物を付けているという事は「聖女」の称号を持っている事も示していた。
「ああ、そうか!「戦巫女」の他に「聖女」の称号も得たわけか」
「・・・間違ってもおめでとうなんて言わないでくださいよ?それこそ貰って恥ずかしいこと、この上ないのですから。ベンはよくご存知でしょう?私がフォースワイア島で何をしていたかを」
司教の位階を持てば自動的に授与される、現在ではお飾り的な戦巫女の称号と違って聖女の称号は戦地に赴いた女性神官へ授与される、本当に名誉あるものだ。レアニールはそう思っている。身の危険も顧みず、戦場で献身的な働きをした者が授与されるものだと。見せかけの小競り合いをしている国境線上をハイキングしたり、草むらからこっそりそれを見ていたり、後は教本読んでのんびり過ごしていた自分が貰うのは、いささかどころか完全に気が引けていた。だが前線勤務章を授与されたとあっては断れるものではない。同じ条件で前線勤務章を授与されたのは自分だけではないからだ。拒否をすれば他の者にも迷惑が掛かる。
「おかげで名乗りも端折らなければフィオラーノ連邦神官騎士団ロザリア本部青隊所属戦巫女・聖女レアニール・ニューロス猟兵大尉・・・になりました。無駄に長ったらしいでしょ?」
うんざりといった様子のレアニールにベルントは苦笑するしかなかった。
「なるほどな。ん?フォースワイアで着ていたあっちの制服だとどうなのだ?あれは特技章とか付けないだろう?」
「第2種制服だと戦巫女や聖女を示す物は何も無いですよ。現場で目立っても仕方ないじゃないですか。大体ベンだってフォースワイアでは猟兵資格証や特技章付けてなかったでしょう?」
そう言うとレアニールは讃嘆の眼差しでベルントの制服を見た。各種微章類の賑やかさはベルントが数段上回っていた。陸軍の通常勤務服と呼ばれる緑色の制服の上着の右肩には第2師団所属の猟兵資格者を示すワッペンが縫い付けられていた。左胸には前線勤務章のバッチが、7回の前線勤務を示す7つ星の物が有る。その下には降下兵を示す落下傘のバッジと飛竜操縦者章と並ぶ。勲章略綬は実質最上位とされる銀星殊勲章から始まり3列5段ある。その下に並ぶ特技章も重なり合って付けられるほどの数だ。右胸のネームプレート上は部隊感状を示す略綬が並んでいるが所属部隊が所属部隊なだけに数も種類も派手だった。左肩のエボレットからは前線勤務章の青い飾り紐は当然として他にも2本、他国から部隊に送られた感状を示すものがぶら下がっていた。とにかく重そうな上着だ。各種飾りで元の重さの倍以上いっているだろうなとレアニールは思った。
「ははは、それは違いないな。俺だっていつもはこんな恰好してないのだぞ、お前さんが来るから久々に盛ったのだよ」
照れたように頭を掻きながら笑うベルント。それに釣られてレアニールもくすりと笑う。実際、普段の任務であれば自分が付けたいと思う物以外、そういった略綬や特技章などは外すのが一般的だった。おかげで初対面の相手には必要以上に気を使う時もある。何も略綬やらを付けてない、功績を上げた事もない者だとタカを括ったら後で連邦最高峰の勲章である連邦名誉勲章の受章者だと知り恥をかいた・・・などという話は有名だった。
「60年ぶりだから需品部も気合を入れて制服を用意しようとしたらしいですが、いざ記録を調べてみたら特殊な制服じゃなかったとかで拍子抜けだった・・・って聞かされました。司教以上って条件が付く前はそんなに珍しい存在でもなかったからなのでしょうね。その代わり礼服や夜会服は特製品が用意されるって話です」
これまたうんざりといった具合のレアニール。それでも要望だけは伝えておいた。通常の神官騎士団用と大して変わらないものにして欲しい、それと先日傷を負った右足首が露出しないように、と。通常だと肌色ストッキングにパンプスだからどうしても傷痕が見えてしまうからだ。
「なるほど、もっともな話だ。礼服ね・・・そうだな、出席させられる機会も増えるのだろうな。それについては同情するよ。アレを着るのが好きって者とは話が合わないしな。そうだ、7日の行事と8日の祭礼には参加はするのか?」
「はい、7日の行事は後段から、神殿長様たち周辺の警備として参加します。8日は丸1日、司教として参加の予定です」
ロザリアへ戻ってきたその日、8月8日のウェルフトー生誕祭の祭礼に併せて行われる7日の独立戦争記念行事、それに参加する「神官騎士団」役の応募が既に終わっていた事を聞いてレアニールは残念に思った。その記念行事のパレードでは神官騎士団が本来の神官騎士団に戻る数少ない日でもあった。もちろん姿恰好だけの話で、独立戦争当時を再現した全身鎧を装備して参加するというものだ。ただし参加するのは全員ではなく希望者から抽選で選ばれており、その数50名。新人であるレアニールが選ばれる可能性は低いと思うが、応募すら出来なかったのでは諦めきれるものではない。しかもだ、同期のマヤやライドが当選しているとなると尚更・・・というものだ。
8日の生誕祭にしても、企てていたジルスへの告白という一大行事が肝心の彼がロザリアに不在という現実に叩き潰され、何もやることが無くなってしまった。とにかく色々と空回りになってしまったこの2日間の目論見、それもあって代替えで何をするかとか、全く考えを出せなかった。
ところが司教の位階を授けられる、それに併せて戦巫女の称号を授与されるという話が(レアニールの知らないところで準備が進められていたけれど)突然降って湧いたかのように告げられた。自動的に生誕祭の祭礼には参加決定となった。記念行事は後段からパレードの列に加わる、ロザリア法国法王役の神殿長たち周辺の警護役をやることになった。全身鎧を希望してその選から漏れた者が当たると役だったが、ロザリア法国時代の神官騎士団制服を着て警護を行う事になっていた。それを聞かされた時は行事参加ではなくて仕事じゃないか・・・と、少し騙されたような気分になった。それでも初の参加なのだからと、喜んで引き受けようとも思ったのも事実だ。
8日の生誕祭は司教の位階を授けられた者として、参加しないという選択肢は無かった。そちらは神官騎士団員ではなく、1人の神官、司教としての参加だ。特に特別な事もなく、居並ぶ高級神官たちの末席に加わるだけだ・・・と思っていた。
その際に着る司教の法衣だが、白地に青の装飾が入るもので今までレアニールが着ていた見習い神官の簡素な法衣と比べていかにも神官の服といったものだ。大きな祭礼ということで装飾の入った肩掛も今回は付ける。それとまだ現物を見てないから知らなかったことだが、レアニールの司教服、その両の袖口には神官騎士団員を示す腕章が付き、左の袖には聖女の伝統として戦闘参加回数を示す黒い刺繍のバツ印が一つ縫い付けられていた。つまり、一目で戦巫女と聖女の称号を持つ者と解る状態なのである。
それを彼女が知るのは今から数時間後のことである。
「それにしても、今まで数々の冒涜的な行いをしてきた私が司教ですよ?どう考えてもおかしいじゃないですか。一体どうしてそうなったのか、全く意味が分からないです。何か功績を上げたとか、本当に心当たりが無いのにですよ」
そう捲くし立てるレアニールを見てベルントは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「そうは言っても神殿に認められたってことだろう?俺は軍人としてのお前さんしか知らないからなぁ・・・その冒涜的行為とか当然知らないし今は聞こうとも思わんよ。ま、自信を持って堂々とその任に当たるしかないだろうな」
「そう、ですね・・・はぁ・・・」
確かにそのとおりなのだけれど・・・と、レアニールは思わず溜息を漏らした。
「それにしても名誉な事なのに本当に嫌そうだな」
この話題になると自動的に辟易しているかのような口ぶりになるレアニールにベルントは人の悪い笑みを浮かべている。
「名誉な事だから嫌なのですよ。大体、戦巫女の有り難い話って、神官騎士で女ならば誰でもその称号貰えた時代の物ばかりじゃないですか。確かに今は条件が厳しくなって希少価値が上がりましたけれど、だからと言ってこんなに騒ぐ必要あります?ただの飾りですよ?たかだか60年ぶりってだけじゃないですか。先輩方は本当に偉大でしたが私はまだ何も成しえていません。それに何かを成しえる機会なんて巡ってこないのが一番なのですから。戦巫女が評価されるって戦の中とかですよね。誰かの不幸の上に得られる評価なんて絶対にいりません」
「本当に目立ちたくないようだな」
「私はいつだって目立ちたいなんて思ったことないですよ」
噴き出しそうになったベルントを見てレアニールは天を仰ぐかのようにしてポツリと言う。
「ええ、わかってます。そのつもりが無くても結果的に目立つ事になってしまうのは」
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