1-4 野盗のアジト
3部屋借りた内、男性兵士たち4人が宿泊する部屋に移動したレアニールはロバートから今回の野盗発生に伴う調査についてのあらましについて説明を受けていた。ちなみにアンガレクは個室、レアニールは女性兵士たちと相部屋になっている。
「野盗が発生するようになったのは先々月の末、2月45日が最初ですね・・・」
そうしてロバートは最初の発生地点から次いで野盗が現れた箇所を次々と示す。彼が広げた地図は真っ新然としていて一切書き込みなどが無い。それでいて彼の説明は立て板に水が如しとばかりに滞りがない。ちなみにこの世界では1か月は50日、1年は10か月で500日だ。曜日は日の下一桁、1の日や2の日と呼ばれている。一般的には4の日と9の日、そして0の日が休みだ。余談だが1年が500日という事もあり成長に合わせてこの世界では大体4歳から初等教育が始まり、15歳までに高等教育を終えるのが殆どだった。
「・・・直近が5日前で、ここになります。規模はどの地点でも10名前後との情報で武装は剣、槍、弓と報告されていますね。服装は覆面をしている他は共通点無しです。怪我人は出ていますが死人は出ていません」
そこでロバートは地図から視線を上げる。質問は有るか?との意味と取ったレアニールは頷いてから口を開く。
「目撃では彼らの移動手段は徒歩でしたか?」
「はい。あくまでも被害者からの情報のみですが」
「なるほど・・・発生の間隔は3日から6日か・・・」
そうして各地点の発生日を反駁するようにして地図を右手の人差し指でなぞる。
「うーん、この辺りかな」
レアニールは各地点からの距離や盗品の処理を考慮してブルンと呼ばれている丘陵地帯を指し示した。
「野盗のアジトの場所ですか?」
ロバートは何か納得したかのような表情を浮かべていた。レアニールはその言葉に頷くと説明をする。
「どの地点も並行する小道や旧道が有るから犯行前後の移動にはそれらを使うと仮定して、移動距離や盗品の処理に掛かる日数、彼ら自身の休養やらを考えると拠点としているのはこの辺りだろうなと思いました。最初の3件辺りまでは警戒して間隔を開けていたけれどその後は味をしめている感じがします。リード伍長、この辺りに利用できそうなものに心当たりはありますか?」
「以前、ブルン丘陵の森林で伐採が盛んだった頃の集落跡が有りますね。恐らくそこでしょう」
ロバートは悪戯を思い付いた子供のような笑顔で万年筆を取り出しペン先で、ただし地図に付かないようにしてその場所を指し示した。
「ありがとうございます。でもこうして予想はしてみたけれど・・・当然大尉殿も彼らのアジトについては当たりを付けているのでしょうけれどね」
レアニールは自分の考察はアンガレクの物と合っているかなと、苦笑交じりに地図から顔を上げる。するとロバートは首を横に振る。
「いえ、まだアジトの場所は考慮していないかと思われます」
「え、そうなのですか?」
ロバートの言葉にレアニールは少しだけ首を傾げる。
「今回の調査では発生地点の現場検証を行うとおっしゃってました。行程もそれだけの予定となっています」
それを聞いてレアニールはコクリと頷き地図を見つめたまま自然と腕を組む。
(現場検証をして得られるものがまだ有るってことなのかな?それとも何か他にも有るのかな?)
思案を巡らすレアニールを面白そうな顔をして眺めていたロバートだったが遂に吹き出すかのようにして言う。
「難しく考えておいでのようですが、単純に考えてよいかと思いますよ」
「?」
「大尉殿は少尉殿が至った考察にはまだたどり着いていない、そういうことです」
快活に言い切るロバート。その言葉にレアニールは困ったような表情を浮かべるしかなかった。ロバートの言葉は言外にアンガレクのやり方を批判しているものだったからだ。
「そう、ですね・・・後ほど意見具申してみます」
レアニールの言葉に肩をすくめるような素振りをするロバート。それを見て諦めたような表情を浮かべるレアニール。ロバートは意見具申をしても無駄だと言っているかのようだった。彼の見解が正しければアンガレクがレアニールの意見を受け入れるとは思えなかったが何も言わないという選択肢を選ぶ気もレアニールにはなかった。
「ところで少尉殿、一つ質問してもよろしいですか?」
一拍間をおいた後、ロバートはレアニールへと顔を向ける。
「許可します。あ、それと・・・私のことはレアと呼んでください」
それを正面から見据え頷くレアニールだったが少しだけ恥じらうように愛称呼びを提案した。階級が問われない場所において士官と下士官(場合によっては将官と兵)は互いに愛称呼びをするのがフィオラーノ連邦軍では非公式に認められている。いや、これは推奨されていると言っても良い風習だ。起源としては上下の円滑な意思疎通の一助になるからとか、とにかくそういった理由だ。
ただし、今のレアニールはそうした理由よりも昔の軍記物語を読んでそうしたやり取りに憧れていた・・・そういった動機の方が大きかったのだが。
彼女の申し出にロバートは一瞬だけ楽しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。では自分の事はロブと呼んでください・・・レアはこれをただの野盗と思うかい?それとも違うと思う?」
愛称呼びに切り替えたロバートの口調はそれに合わせてくだけたものに変わった。だがその口調に対し表情はある種の冷たさを感じるものになっていた。ロバートの言葉に黙って頷いてからレアニールは答える。彼女の口調もロバートに合わせたかのようにくだけたものになった。
「ただの野盗・・・だね。発生場所にしろ発生日の間隔にしろ彼らの都合以外の意図は感じられないな」
「確かに」
「そうね・・・ここ数か月で数10名単位で失業者が出た話とかムーサ近辺であったかな?」
「ムーサ倉庫、1月の半ばに倒産した倉庫運営会社。それと10月、前年の終わりをもって失職したルクスの前町長一派とかだな」
「ルクス・・・最東端の町だね。そっちはないかな。だとしたら可能性が有るのはムーサ倉庫絡みかな。確か失業者に満足な補償も無かったと先月の新聞に出ていたと思う」
「なるほど・・・あまりにも見事過ぎる流れだね。いや、レアを馬鹿にしているわけじゃないぜ?俺もそれには同意する」
腕を組んで納得したかのように笑うロバート。
「だとしたら、これって陸軍、そして神官騎士団の仕事じゃないね」
「ええ、そのとおりよ」
レアニールは肩をすくめた。連邦国家安全調査団こと神官騎士団はフィオラーノ連邦国防省直属の軍組織で主な任務は国内の治安を脅かす事象への対応であった。その為、解釈次第ではどのような事件にも首を突っ込むことが出来るのだが、ただの野盗であれば神官騎士団が管轄する事件ではない。フィオラーノ連邦各州に配置されている警察組織、ここムーサ州では保安隊と呼ばれている組織が対応することになる。状況次第では軍が補助につくこともあるが今回は規模からしてそれに該当しないだろう。
「でも、なんで保安隊が動いてないの?」
右手を頬に当て首を傾げるレアニール。
「大尉殿が止めたんだよ、この野盗には裏が有るから神官騎士団の管轄だって」
「・・・まさか捜査が進んでいないのは存在しない証拠を探しているからじゃないよね?」
「正解、それだよ。大尉殿は意気揚々と取り組んでいるがね」
レアニールは眉間に皺をよせて腕を組む。
「まだ被害が続くかもしれないのになんて迷惑な・・・ところでルクスの前町長の一派というのは?確か現職の町長だったのに選挙で敗れたのだっけ?」
アンガレクへの批判を思わず口にしてしまったレアニールは軽く首を振ると話題を切り替えた。確か新聞にも掲載されていたが3期続けていた現職が新人に敗れたという話だ。失政があったわけでもないのに珍しいものだとその時思った記憶があった。
「そのとおり。陸路での貿易拠点の町であるから前町長も現町長も商人なのだけれど、前町長のタルキーニは失職してから・・・確か先月頭に自分の商会を畳んで町を出たそうだ。以後の消息は不明って話だ」
「選挙に不正は?」
「タルキーニは不正が有ったと主張していたけれどね。それを受けて神官騎士団ムーサ分駐所が調査を行い不正は無かったと結論付けた。担当したのはワルター大尉殿だ」
「むーっ・・・」
そう言ったロバートの口調は何処か楽しそうであった。だけれど、その目は「アンガレクが不正を見落とした」と如実に語っていた。それを見て唸り声のような溜息を吐いたレアニールは地図上の右端にあるルクスの辺りを見つめた。
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