2-14 飛び蹴り神官レアニール
レアニールの逆襲回&物理的ざまぁ回
その日は実家でゆっくりと過ごした。ここからロザリアへは船で戻ることにした。深夜に出港する貨客船に空いていた客室を一つ見つけたからだ。現在の時刻は17時、レアニールは実家からほど近い丘の上にいた。そこは子供の頃の遊び場の一つだった。
「この木もすっかり大きくなっちゃって・・・」
丘の頂、ちょっとした広場になっているそこには大きな木が1本。その少し離れた隣には同じ品種の若木が1本・・・子供の頃、ジルスたちと植えた木だった。1本だけでは寂しそうだからと植えたものだ。今では樹高も伸び木登りできそうなくらいに成長している。
「とは言っても登らないけれどね・・・」
子供の頃だったら平気で木登りしただろうな・・・と、神官騎士団の第2種制服を着たレアニールはその若木の幹に寄りかかるようにして腰を下ろした。もうじき帰ってくる妹が制服姿を見たいと言っていたから先ほど着替えたのだった。着替え終えた後に妹の帰宅時間を勘違いしていた事に気付き、時間潰しとばかりに丘の上へとやってきたのだった。
(また着替えるのが面倒だからこの恰好のまま登ってきちゃったけれど、誰もいなくて良かったな)
別に誰かに見られても拙いものではないが、やはり郷里の人にこの姿を見せるのは気恥ずかしい気がした。
丘の上からは実家と教会も見える。その近くを流れるリョウ川の水面を視線で追っていくと街の向こうに海が見えてくる。その海、リチェロ湾にはあと2時間もすれば陽が沈むだろう。今日は夕陽も綺麗だろうなと、遠く湾曲した水平線を眺めた。
どうもこの木に寄り掛かっていると子供の頃からの記憶が、殆どがジルスとのものだったが、それが止めどなく溢れてくる気がして、レアニールはそれを誤魔化すように遠き眺めを見つめていた。だがその風景もジルスとここから眺めたものだった。それを思い出しては顔がニヤけたり赤面したりと、端から誰か見ていたら何をやっているのだろうと思うくらい、レアニールは挙動不審に陥りつつあった。ロザリアに帰ったらジルスに告白すると、フォースワイア島の海岸で決めたものの、どう告白したら良いものか全く考えつかない。それを考えようとすると浮かんでくるのはジルスとの思い出ばかり、もうどうにも収拾がつかない。
「・・・何をやってるんだろう私・・・うん、そろそろ戻ろうかな」
色々と諦めたレアニールはそう独り言ちて立ち上がる。小声で若木にまたねと別れを告げ、丘を降りる道へ向かおうして振り向いた。するとその道を登ってきた5人の人物が視界に入る。ちょうど丘の頂の広場へと入ってくるところだった。結局人に会ってしまったかと、軽く溜息を吐き掛けその5人の先頭に立つ人物の顔を見てレアニールは愕然とした。
「う、嘘!?マルコ・ロフ・ウェイバー・・・」
趣味の狩りへ出向く貴族のような恰好をしたマルコは、不気味とも言える笑みを細面に浮かべながら歩み寄ってくる。その彼の背後に続く4人の男たち、旅行者のような姿をして長めの布ケースを持っていた彼らは、そのケースを開けて中から武器を、長めの棍棒や短めの棍棒を取り出す。そして2人ずつの組に分かれ、レアニールの眼前で歩みを止めたマルコの左右に間隔を開けて立つ。その動きは統率が取れた・・・そう、訓練された兵士のものであった。
「ほぅ、私の名前を調べましたか・・・まぁいいでしょう。お嬢さん、パーティーの途中でいなくなるなんて非道いですねぇ」
「くっ・・・」
マルコの顔を見て数日前の苦痛と恐怖がぶり返しそうになる。身体が小刻みに震える。なんとか踏みとどまっているが少しでも挫けたら崩れ落ちる瀬戸際に立っている気がした。心の中で落ち着け落ち着けと繰り返すが震えは止まらない。
「今にも泣きだしそうじゃないですか、可愛いですねぇ。このまま大人しく捕まってくれませんかねぇ?もちろん抵抗してくれた方が面白いのですが。先日は実に良い悲鳴と嬌声でした。今度はどんな声を聞かせてくれますかねぇ・・・・くっくっくっ」
「・・・なんですって?」
恐怖で震えていた身体がマルコの一言でピタリと止まった。屈辱的な言葉にレアニールは怒髪天の如く怒り、憤怒の形相で彼を睨みつける。
「下衆が・・・誰が捕まるものですか!」
「くっくっくっ、怒ったところでどうにもなりませんよ。お前たち、お嬢さんは右足首を痛めているはずだ。折角だから狙って差し上げなさい」
マルコは部下たちへそう命じる。彼はレアニールが右足を痛めたままだと思ってようだ。
「・・・・」
レアニールは右足を後ろへ引き身体の向きを斜めにしつつマルコたちを見渡す。その動きは痛めている右足を庇っているように彼らからは見えたかもしれない。だがレアニールは攻撃へ撃って出るために身構えただけだ。余裕綽々のマルコたち、二手に分かれた2組の兵士たちは形ばかりに武器を構えている。負傷し武器を持っていないレアニールを容易に組み伏せる事が出来るとでも思っているのだろう、油断していると言っても過言ではない。
なんだ、何時でも突っ込めるじゃない・・・と、鼻で笑う。
「隙だらけよっ!」
レアニールは向かって左側の組、その長めの棍棒を構えていた兵士へ向けて一気に駆け込んだ。
「何っ!?」
まさかレアニールから突っ込んで来るとは思っていなかった兵士は後ずさりながら彼女の足元へ向けて棍棒を横なぎに払おうとした。だが彼がそれを振りかぶる前にレアニールは容易く間合いに入り込む。そして低い姿勢から痛めていたはずの右足で彼の顎を鋭く蹴り上げた。
「てぃっ!」
高く振り上げたレアニールの右足の爪先が兵士の顎を捉える。
ガキッ!
「うぎゃっっっ!」
まともに顎を下から蹴り上げられた兵士は身体を一瞬宙に浮かせた後、仰け反りバタリと後ろへ倒れる。
一撃で相棒を昏倒させたレアニールの背後から短めの棍棒を持った兵士がそれを振り下ろしてきた。
「こいつめ!!」
「バレバレだっての!」
それを気配だけで察したレアニールは振り下ろした棍棒から僅かに軸線をズラして避けつつ、その回避動作も利用して振り向きざまに高い廻し蹴りを叩き込んだ。
バキッ。
それは兵士の顔面に、彼自身が突っ込んできた勢いも相まってミシリとめり込んだ。
「ぐぉっっ!」
盛大に鼻と口から血を吹きつつ彼は無意識に両手で顔面を覆いながら前のめりに倒れる。それを一瞥した後、レアニールは不敵とも見える笑みを携えマルコに視線を向けた。そして右足を見せつけるように半歩前へ出す。
「お生憎様、絶好調よ!」
10秒も経たず2人の兵士が倒された。マルコもそうだが残り2人の兵士も浮足立つ。
そこで相手が立ち直るのを待つほど今のレアニールはお人よしではなかった。最初に倒した2人と同様の武器構成、長い棍棒と短い棍棒を持った残りの組へ、わざとマルコの直前をすり抜けて突っ込んでいく。
「べーっ、だ」
そのついでに、マルコの前を通過する時に馬鹿にするかのように舌を出してやった。
「なっ!?」
マルコが反応を示したのはレアニールが通過した後だった。まさかマルコを通過して自分たちに向かってくるとは思っていなかったのだろう、兵士たちは慌ててレアニールを迎え撃とうとする。長い棍棒を持った兵士が横薙ぎに振り払ってくる。
「とりゃあぁぁ!」
「遅いわよ!」
レアニールはそれを受け流すようにして右手でがっちりと受け止める。同時に自分の身体を回して受け流しきれなかった力をいなしつつ、その運動エネルギーが向かう先を変えてやった。
「おわっ!?」
体勢を崩された兵士は自分の相棒の方へ、短い棍棒を持った兵士の方へと送り出される。そこでレアニールは棍棒を掴んでいた手をパッと放してやった。たまらず兵士は勢いよく相棒へと突っ込んだ。
「「のぁぁぁぁっっっ!!」」
兵士たちは互いにぶつかり縺れ合う。送り出した兵士を追って既に駆け込んでいたレアニールは大きくジャンプし短い棍棒を持った兵士の、無防備に空いていた喉元に飛び蹴りを喰らわせた。
「喰らえっ!」
まともに入ったその一撃は兵士を倒すのに充分だった。間髪入れずレアニールは倒れつつある彼を踏み台にして空中で身体を回転させると長い棍棒を持っていた兵士の延髄へと回し蹴りを繰り出した。
バシっ!
「ぉぉっっっっ・・・」
狙い違わず綺麗に入った一撃に兵士は白目を剥いて先に倒された相棒の上へ重なるようにして倒れた。蹴りを決め悠々と着地したレアニールは乱れた髪を掻き上げマルコを睨み付ける。
「ふん、不意を突かれなければこんなものね。次はあなたよ、覚悟なさいマルコ・ロフ・ウェイバー!」
挑発的にマルコを指差すレアニール。アドレナリンを身体中に巡らせた彼女の言動はここ数年の彼女しか知らない者からしたらまるで別人のように見えただろう。だが昔からの彼女を知る者たち、教会の裏山とも言えるこの丘などで彼女と遊んだ悪童どもは「赤毛猿」が、教会での彼女を知る近所の者たちは「飛び蹴り神官レアニール」が戻ってきたと言うに違いない。もちろん、その2つのあだ名は紛れもなく彼女の黒歴史であったが。
「よくもやってくれましたね。活きの良すぎる獲物も困るのですよ!」
部下4人が一瞬ともいえる間に倒された事に半ば呆けていたマルコだったがレアニールの挑発に鳥の巣頭を掻きむしるようにして怒りを露わにする。彼は腰にブラ下げていた一本鞭を、バラの棘のようなイバラを持つそれをシュッと鋭い音を立てて構える。
「あはは、本当にそんな武器を使う人がいたんだ!」
嘲笑うようなレアニールの態度にマルコは怒りイバラの鞭を振り回す。空気を切り裂く音がレアニールを掠める。それを左右にステップして避けつつ、レアニールは足元に転がっていた短い棍棒の一端を力強く踏み付けて空中へ浮かし右手に取る。
「そんな短い棒でどうしようというのですか!喰らいなさい!」
「どうするって?投げるのに丁度良かっただけよ!」
再び鞭を振るおうとしていたマルコに向かってレアニールは短い棍棒を、それが鋭く回転するように投げ付けた。そしてそれを追うようにしてマルコへ突っ込んで行く。
「おわ!?」
まさか棍棒を投げつけてくるとは思っていなかったのか、マルコはレアニールに向かって振り出そうとした鞭を引くようにして身体を捻りそれを避けた。
「隙有り、よっ!」
鞭を引いたマルコへレアニールは駆け込むと眼前でジャンプするような素振りを見せる。
「なんてことですか!」
先ほどの兵士への攻撃と同様に飛び蹴りが来ると思ったのかニジェルは咄嗟に上半身をガードする。
「バカね、がら空きよ!」
だが飛ぼうとしたのは見せかけでレアニールはガードが上がりガラ空きになったマルコの鳩尾へ突っ込んだ勢いのまま左膝をめり込ませた。
ドフッ!
「ぐふぉっっ!!」
たまらず胃の内容物を吐しゃするマルコ。それが降りかかる前に一歩引いたレアニールはとどめとばかりに彼の顎を狙って右足を蹴り上げた。
「沈めっ!」
その瞬間だった。鳩尾へのダメージが思いの外入っていたマルコが前方へと半歩よろけた。今更止められずレアニールはそのまま蹴り上げる。
グシャッ。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁっっっ!」
レアニールの蹴り出した右足は狙ってもいなかった彼の股間を直撃した。鉄板入りの第2種制服のブーツ、その鉄板越しでも爪先に何かを潰したような感触が伝わる。
「・・・あっ?」
ゆっくりと足を引き抜く。すると白目を剥いて泡を吹いたマルコがバタリと倒れた。
倒れ伏したマルコを見て、ざまぁみろと言ってやりたい気もあるが・・・それはさすがに口に出すのには憚るなと、徐々に冷静さを取り戻しつつあったレアニールは思った。それよりも・・・だ。
「それもそうなのだけれど・・・この人たちどうしよう?」
倒した彼らの後始末をどうするか、レアニールは途方に暮れた。
今回も読んで頂きありがとうございました。
続きが気になるとか、少しでも気に入っていただけたら☆評価やブックマーク登録していただけると励みになります(^_^)
よろしくお願いしますm(__)m




