2-13 父の告白
7月10日、国境のリョウ川に架かる長大な鉄橋を渡りレアニールとカームはフィオラーノ連邦最北端の街、そしてレアニールの故郷であるリチェロへと入った。
「この後実家へ向かうのでしょう?じゃあ私はここまで、次の任務へ向かうわ。この先も気を付けて帰ってね」
橋のたもと、フィオラーノ側の国境検問所で長距離馬車を降りた2人はリチェロ正門橋という立派な石柱の前で別れることになった。
カームにも実家へ来てもらいたかったのだが・・・
「レアの実家って教会でしょ?信仰心の欠片も無いような私が行ったらウェルフトーだって迷惑だわ。やめとくー」
・・・といった具合で断られてしまった。
「本当にありがとうございました」
こればっかりは心を込めて言わねばならないと、レアニールは姿勢を正し深々と頭を下げる。固いのはお断りと文句を言われるかと思ったが、カームは頭を下げるレアニールの肩をポンポンと軽く叩く。そしてレアニールが頭を上げると優し気な笑みを浮かべて小さく頷いた。
「結局、絆されまくっちゃったな・・・」
違う任務に向かう体でその場を離れたカームだったが軽く空を見上げて呟く。亡き妹と同じ名前に同じ瞳の色、髪の毛の色は妹と一緒に死んだ母にそっくりだ。年齢も妹が生きていれば同じ・・・自分勝手だと解っている。だけれどあの子の姿に妹を重ねて見てしまう。極めつけは自分でも何故そうしたのか解らないが「姉さん」呼びをさせたこと。何故かあの子にはそう呼ばれたかったのだ。
「全く・・・こんな甘い姿、恥ずかしくてグレイヴたちには見せられないね」
カームは軽く自分の両頬を叩くとリチェロの街、その雑踏の中へ姿を消した。
*****
カームと別れたレアニールは市内を運行する乗合馬車に乗り換え市街東部、背後に小高い丘陵が控えたエリアへ向かう。そこには彼女の実家であるリチェロ東教会が有った。実家に帰るのはリチェロ駐屯の陸軍第3師団に勤務していた時以来だから7カ月ぶりだった。
「何度見てもこれがウチの教会だって思えないわ・・・」
昔馴染みの御者だったから他の乗客が全て降りた後に教会前まで乗せてもらいそこで降りた。目の前に建つ教会は2年前に建て替えられまだ新しい石造りの、それでも前と同じこじんまりとしたものだった。何度も父と修理を繰り返した木造のあばら家然とした以前の教会とは雲泥の差だなと思う。それにしても、どうにもこれが実家だという実感が沸かない。それがたまに帰ってくる者の自分勝手な郷愁だと分かってはいるのだが・・・
「ただいま」
教会の裏へと回り同様に新築された実家の扉を開けた。やっぱり建付けのしっかりとした扉は実家じゃないみたいだと、再び自分勝手な事を思いながら。
新しく、そして立派になった教会と実家には馴染めないとか言いながらも、結局養父母、そして妹と弟の前では寛いでしまった。その日の晩は遅くまで家族と語り合った。
*****
翌朝レアニールはいつもどおりウェルフトー神への祈りを、当然ながら家族と一緒に教会の祭壇で捧げる。養父や養母、そして自分もだがこればかりは昔から変わらない繕いだらけの法衣を着て、だけれどそれが心地よかった。養父が大司教、養母が司祭であり神官騎士団の予備役少佐だというのは一昨年、新教会竣工の祭礼の様子を妹と弟に聞いて初めて知った。だが養父も養母もその後は普段どおりこの恰好だ。神へ祈りを捧げるのにどのような恰好をするか、それは些末な事だと教えてくれているようだった。自分が着ているこの法衣、ロザリアへ持って行こうとレアニールは思った。
朝の祈りを終え、養母は家へと朝食の準備に戻り妹と弟は学校、2人とも高等学校に通っているがその準備という事で同様に家へと戻った。今は養父と一緒に教会の中を掃除している。一通りそれも終わり祭壇前で養父は感慨深げといった調子でそこに鎮座する神像を、これだけは以前から引き継いだそれを眺めていた。
「実はまだ実感が沸かないのだよ。ここが私たちの教会だということに」
振り返りつつ苦笑する養父二コラ。それを見てクスっと笑うレアニール。
「お父様がそんな事言ったら駄目ですよ。でも、立派になりましたよね・・・」
そう言って神像を祀る祭壇、そしてその背後の天井まで続くステンドグラスを見上げる。それは養父の要望でウェルフトー神話の最初の一節を図案化したものだった。それを見ていてレアニールはふと養父に昔やらかした数々の実験について告白しようと思った。怒られるどころでは済まないかもしれないが、養父ニコラの意見を聞いてみたかったのだった。
「お父様、聞いていただきたい事があるのですが・・・」
レアニールはニコラに自分が今までこっそりやってきた、敬虔な神官からすれば冒涜的な実験を、その結果も含めて全て話した。レアニールの瞳を見つめ黙ってそれを聞く彼に驚いた様子は無い。そして彼女の告解にも似た報告が終わると苦笑いを浮かべる。
「ああ、予想はしていたよ。お前の神聖力の流れがある日突然変わり始めたからなぁ・・・」
そう呟くように言うとニコラはゆっくりと振り返り、鈍く銀色に輝くウェルフトー神像を仰ぎ見るようにして盛大に溜息を吐いた。そんな彼の背中を見てレアニールは言わなければ良かったかな・・・と後悔し始めていた矢先、衝撃的な言葉が耳に届いた。
「それにしても・・・お前もやってしまったか・・・」
「・・・え?お父様、今、お前もって言いました?」
まさかのニコラの言葉にレアニールは驚きのあまり聞き返してしまった。彼は苦笑いのままポリポリと白髪が目立つようになった頭を掻きながらレアニールへ振り返る。
「ああ、私も昔やったよ。ロザリアの大神殿にいる頃・・・まだ司祭だった時だな。調べられるだけ調べた他宗教の神語を用いて、な。結果はお前と一緒だった。それでお前はどう思った?」
ある意味衝撃的な話ではあるが、養父は自分の師なのだからと妙に納得しながらレアニールは答える。
「はい、神はこの世界にただ1人である可能性が高いと思いました。結論付けるにはまだ検証が必要ですが、これ以上はさすがに・・・ですね」
その言葉にニコラは静かに頷き同意を示した。
「私もそう思うよ。確かに、これ以上は検証する必要があるのか、自分の興味だけで追及するには事が大きくなり過ぎてしまうと思って止めた。偉大なる神は、こうして神聖力が使えるという事は咎めだてしないのであろうが、神は許しても人が許さないだろう」
「そうですね・・・神が許すのだから構わない、それはエゴだと思います。過去に戦争を引き起こした亡国の指導者のようですよね。私もこれ以上の検証はいたしません。でも一つだけ気になるのです」
レアニールもこれ以上の検証をする気はないがどうしても気になっている事が有った。これだけはいくら考えても答えが導き出される事はないと分かっているけれど・・・
「・・・ただ1人の神の名、その本当の名前は何だろう?って」
規格外の力を持った理由のヒント・・・みたいな?
*************************
今回も読んで頂きありがとうございました。
続きが気になるとか、少しでも気に入っていただけたら☆評価やブックマーク登録していただけると励みになります(^_^)
よろしくお願いしますm(__)m




