2-12 姉さん
「あの子と同じ色だった・・・」
カームはメキア帝都内に用意していた隠れ家の一つ、それの屋根の上にいた。スレート葺きの屋根の上、膝を抱くよう座っていた彼女はその腕の中へ顔を埋めた。
助け出したレアニールは逃走用の馬車へ運び込んだ所で気を失っていた。彼女の姿を見ればどんな目に合わされたかは想像できる。だから緊張が解けた瞬間に気を失った事を咎める気は全く無い。今はこの下の部屋のベッドで眠っている。
グレイヴから救援役に指名されメキア帝国へ向かう事が決まった時、何故他人の「レアニール」を助けなければならないのだと、全く気乗りしなかった。彼が命令ではなく依頼に近い形で指名してきたのを良い事に拒否してやろうかとも思った。だが彼に貸しを作れるという打算が働いた。引き受けた理由はそれだけだ。
そしてメキアへ向かう途中、レアニールが予定を変更し1日早く到着すると知り急ぎやって来た。着いてみれば要注意人物であるメキア帝国親衛隊員の誘いに乗って出掛けた後だった。呑気に誘いに乗るとか、全く面倒を増やしてくれてと怒りが沸いてくる。そしてレアニールが向かった邸宅へと部下たちと侵入、緊急呼び出しのブザーを鳴動させ敵を引き付けている間に彼女を救出しようとした。レアニールが捕らわれている地下室へと降りようとしたその時、階段下にボロボロになりながらも自力で脱出しようと這い進むレアニールを見つけた。
思わず怒りの沸点を維持したままの表情と声音で声を掛けてしまった。その声に彼女は苦痛に歪んだ顔にも関わらず鋭い目で睨み返してきた。その目、その瞳を見て思わず動きが止まってしまった。そのレアニールの瞳は18年前に殺された妹、産まれたばかりの彼女の瞳を思い出させるものだった。まだうっすらとしか開けられていなかったがレアニールと同じ色だった。そう、まるで払暁の今の空色のような紫色・・・
『お父さま、お母さま。わたしに名前をつけさせてください!レア・・・レアニールがいいです!』
突然脳裏にあの日の記憶が再生される。幸せだった家族との時間。あれが最後の幸せだった。ベッドで横になる母と枕元の赤子、それを笑顔で見守る父と自分。弟は母に甘えたくて不機嫌そうな顔をしていたっけ・・・その日の晩、父と母と弟、そして産まれたばかりの妹は殺された。業火に包まれる屋敷から助け出された、いや、自分だけ攫われた。ルファール王国お抱えの暗殺者集団であるブリンガー一族に1人連れていかれたのだ。
「ん・・・私泣いて・・・ふふふ、私もまだ泣けるんだ」
最後に泣いたのはいつのことだったか、最初の暗殺・・・初めて人を殺した時だったか・・・覚えてないなと、自嘲的に笑いながらカームは思った。
*****
「んっ・・・」
誰かの視線を感じてレアニールは目を明けた。そこには栗色の、窓から差し込む光でそれが透けて赤みがかっているように見える髪の女性が、ベッドの縁に腰掛け振り返るようにしてレアニールを見ていた。なんだろう、この懐かしい感じは・・・子供の頃?ううん、思い出せないけれどもっと前?それより私は一体・・・
「あっ!痛っ・・・」
昨晩の出来事を思い出しレアニールは飛び起きるようにして上体を起こそうとした。途端、右足首に激痛が走る。
「不意に動くと痛みが走るわよ。あの屋敷は神聖力が遮断されていたわね。でもここなら大丈夫」
栗色の髪の女性は痛みに顔をしかめるレアニールの背中に手を回すと優しく支えてくれた。そして微かに笑みを浮かべレアニールの顔を覗き込むようにしている。
そうだ、この女性に助けてもらったんだ!半ば痛みに支配されている思考がようやく繋がるレアニール。
「あ、あの!助けていただきありがとうございました!」
レアニールは女性にお礼を口にする。痛みの為、僅かに声が震えてしまっていた。それを聞いた女性は困ったような顔をする。
「とりあえず治療なさいな。痛みを堪えながらお礼を言われても遠慮しちゃうわ」
「はい、すみません・・・」
彼女が着替えさせてくれたのだろうか、神官騎士団の制服は脱がされ寝間着に着替えさせられていた。痛む右の足首を恐る恐る見ると包帯が丁寧に巻かれていた。そこにはうっすらと血が滲んでいるようにも見える。レアニールは大きく息を吐き出すと意識を集中し『治癒』を掛けた。途端に痛みが引いて行く。
痛みで強張っていた身体がスッと緩んだのを感じたのだろう、レアニールを支えたままだった女性が優しく尋ねてきた。
「終わった?」
「はい・・・」
「傷を見せてみなさい」
レアニールは右足の包帯をゆっくりほどく。その下から現れた右足首、傷は塞がっていたが醜いケロイド状の痕がくっきりと残っていた。昔から自分自身への『治癒』の行使は苦手だったレアニールだったが、こんなに痕が残るのは初めての事だった。
「痕、残っちゃったね」
女性は心底同情するような声で、慰めるようにレアニールの背中をさする。
「こういう仕事をしているのだから覚悟はしています」
気にしていませんよ、とばかりに笑顔で答えるレアニールだったがそれが彼女の気持ちと乖離しているのは誰の目にも明らかだった。空気が重くなりそうな気配にレアニールは無理矢理話題を変えた。と言うよりもきちんとお礼を言わなければと思ったのだ。
「私、神官騎士団のレアニール・ニューロスと申します。助けていただき本当にありがとうございました。お名前をお聞かせいたたけませんか?」
ベッドの上で正座をするように姿勢を正したレアニールは手をついてお礼を言う。それを受けてその女性は、フッと軽く息を吐き口元に微笑みを浮かべ名乗った。
「カームよ。E・カーム・ダリル」
「えっ?電撃のカーム・・・?」
聞いた事のある名前だった。機械のように冷酷無比に任務をこなす凄腕の暗殺者、連邦の闇の引き受け手、ドレスを纏った死神・・・彼女を語る言葉は枚挙に暇が無いほどだが一番知られているのは割と当たり障りのない、レアニールが口にしたものであった。
「あら、知っていたのね」
口ぶりほど意外でもなさそうにカームは笑う。その目を見て、噂ではまるで感情が無いかのようにも言われているけれどそんな事はないのだなとレアニールは思った。
「はい・・・ダリル少佐、本当にありがとうございました」
再度お礼を言うレアニール。そんな彼女にカームはもう止めてよとばかりヒラヒラと手を振る。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。そうね、皆に姐さんと呼ばれているからそれで・・・ううん、あなたは特別に姉さんと呼ぶ事を許してあげる。その代わり、あなたのことはレアと呼んでも?」
「はぁ・・・もちろんです」
姐さんと姉さんの違いはなんだ?と、訝しみながらも拒否権は無さそうだなとレアニールは頷く。
「その様子だともう動けるわね?あなたの宿から荷物を引き上げてきてあるわ。あなたは試薬の役目を充分以上に果たした。着替えたらさっさとメキアを出るわよ」
レアニールの様子をさりげなく観察し続けていたのか、カームは立ち上がると部屋の隅に置かれた彼女のトランクケースを指し示す。
「わかりました、姉さん」
「言葉が固ーい。私への敬意を忘れなければもっと砕けた言葉で構わないわよ」
ニンマリと笑い腰に左手を当てレアニールを指さすカーム。なかなか無茶な事を言うなとレアニールは苦笑する。これは絶対に逆らえないやつだ・・・と。やっぱり姉さんじゃなくて姐さんの方が相応しいのでは?とも思った。
着替えようとしてレアニールは傍と気が付く。
「姉さん、私が着ていた制服はどうしたの?」
「よしよし、少し固いけれどそれでいいわよ」
カームは満足したようにうんうんと頷きながら、まるで歌うかのような気軽さで答える。
「汚れていたし捨てたわよ。ブーツは脱がす時にザックリ切っちゃったしね」
「えーっ・・・ブーツは仕方ないとして制服の方は・・・洗えばなんとかなるような・・・」
これ以上はないというくらい情けない顔になるレアニール。実は彼女、入団以来、と言うよりロザリアに戻ってから既に2着の第1種制服を駄目にしていた。それに比べれば昨日のはまだ再起できるのではと思ったのだが。
「もう手遅れ、諦めなさい」
「はい・・・(また始末書だぁ・・・)」
がっくり項垂れたレアニールを見てカームはからからと笑いながら部屋を出て行った。クレアやローラがあんな態度なのはきっとあの人を見本にしているからだなと、溜息一つ吐いてレアニールは着替え始める。その時、突然昨晩の記憶が蘇ってきた。
「うっ!?」
ガタンと音を立てレアニールは身体を庇うようにして蹲ってしまった。ガタガタと身体が震える。
(あのままだったら・・・私、レイプされていた・・・)
震えは止まらず呼吸も早くなる。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。この仕事を選んだ時に問われたじゃないか、敵の手に落ちればそういう目に合う可能性が有る、それでもこの仕事を選ぶのか?と。
(それでも選んだのは自分じゃない!今さら甘ったれるな、レアニール!)
大きく深呼吸をし、レアニールは立ち上がると自分で頬を軽く数度叩く。
「よしっ、大丈夫!」
空元気に近いのは自分でも分かっていた。でも今はそれでも前に進むしかない。いや、自分の意志で進むんだ!とレアニールは心の中で気合を入れる。
気持ちを切り替えたレアニールは手早く第2種制服へと着替える。最後にブーツを履き右足の爪先でコンコンと軽く床を突く。その時右足首に違和を感じた。ケロイド状の傷痕が引きつっているのかと思ったが少し違うような・・・でも痛みがあるわけじゃない。
(ちょっと違和感有るかな?)
爪先を床に付けたまま足首を回してみる。・・・問題無い?うん、大丈夫。気のせいだったかな?
その時、レアニールが着替え終わった気配を感じたのかカームが部屋へ戻ってきた。
「大丈夫?」
心配そうな声音でカームが尋ねてきた。何に対しての大丈夫なのだろうと一瞬だけ思った。だけれど彼女の心底心配しているような瞳を見て理解した。だからレアニールはカームへ向き直るとキッパリと答えた。
「大丈夫です」
それを聞いてカームは作ったような笑みで頷く。色々と見透かされている気がするが仕方ないなと、思わず苦笑いが出てしまうレアニール。
「お待たせしました・・・ところで一つ聞きたいのだけれど・・・」
レアニールは一度顔を下げ、それから一拍間を置いてから上目使いがちに切り出す。
「・・・私を襲ったのは誰なのですか?」
それを聞いたカームは左手を頬に当てながらレアニールの瞳をジッと見つめて答える。
「あなたを襲ったのはメキア帝国親衛隊第3部門調整官のマルコ・ロフ・ウェイバー伯爵、筋金入りのサディスト。国土からの依頼を受けてフォースワイアの件について報復を行ったわけ」
「そう、ですか・・・」
メキア帝国親衛隊第3部門、国内の治安維持を担う軍警察で、神官騎士団に似たような組織ともいえる。やっぱりニジェルという名前は偽りだったかと、自分をあんな目に合わせた男に怒りが沸いてくる。
「・・・止めなさいよ」
「え?」
今までの軽い調子は何処へ行ったのか、底冷えのするような声のカームにレアニールは戸惑う。
「レア、あなたウェイバーに復讐したいとほんの少しでも思ったでしょ?そんな思いに囚われているとロクな事無いからね。いい?」
冷たい口調のカームの言葉にレアニールは神妙な面持ちで小さく頷く。自分に向けている言葉なのだけれど他の誰かに向けている言葉みたいだなとレアニールは思った。そんなレアニールを見てカームは表情を緩めた。
「でもヤツが自分から目の前に現れたなら話は別。その時は全力でやってあげなさい」
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