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赤毛の神官騎士レアニール ~その女、無自覚につき~  作者: ふぁるくらむ
第2章 赤毛の騎士、最果ての島へ
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2-5 黒歴史は数あれど



 フォースワイア島へ来て1週間が経過した6月11日、レアニールは国境線に沿って島の対岸まで往復する偵察任務に出ることになった。


「なに、行って帰ってくるだけだ。ハイキングと思って気楽に行ってくれば良いだろう」


 一緒に島へ来た陸軍の中佐、ロザリアに駐屯する第2師団から派遣されてきたベルント・ホーネン中佐の提案だった。週2回実施されていた偵察、それの指揮を執ってきたらどうだと勧めてきたのだ。

 確かに、ロンデリオの司令部にいるだけの1週間だった。先達が持ち込み、何も無い島で暇を持て余すだろうと後進に置いていってくれた各種軍事教本を読むだけの日々が続いていた。時々ページの隅に現れる落書きに噴きだしながらも、今なら各種資格試験に一発合格できるのでは?と思い込むくらいに繰り返し読み込んだが・・・さすがにそれも飽きてきていた。レアニールはベルントの提案を天の助けとばかりに受けることにした。


 目立たないように、大人しくしていようという上陸前の決意は、既に忘却の彼方へと去っていた。



 レアニールが指揮を執るのは陸軍と海兵隊それぞれの1個分隊を組み合わせた臨時の小隊である。指揮官、構成する兵員の所属も全てバラバラという、戦闘を想定していないかなり無茶な編成だった。彼らと共に徒歩で島の対岸を目指す。

 武装は剣と槍、そして弓だ。彼らは魔導銃を装備していない。これはこの島で睨み合っているリオビオ・メキア両軍間で現在有効な数少ない協定の一つ、魔導銃の不使用に沿ったものだった。それに従いフィオラーノ連邦も魔導銃を使用できる環境を整えていなかった。いざとなれば艦上で魔弾を製造できる工場艦を派遣することもできるが現在行っていないのはそれが理由だ。両軍間で有効な協定と言えば魔導兵の運用禁止というのも有った。魔導兵、つまりは魔術師だが、両国にとっても国家防衛の要でもあり下手に損耗させるわけにはいかないというのが理由だった。当然、それに合わせてフィオラーノ連邦も魔導兵を派遣していない。



「ニューロス、君は雨女だろう?」


 出発前、見送りに来たベルントが気楽な調子で言う。ここ数日は曇りが続いていたが今朝から遂に雨となった。強く降っているわけではないが降っていない方が良いのは間違いない。

 レアニールは兵士たちと同様に赤い布カバーを被せたヘルメットを被っている。フィオラーノ連邦の停戦監視団を示すものだった。今回は存在を示す、目立つ事も仕事だと野戦服ではなく第2種制服を着てその上に神官騎士団のポンチョを羽織っている。


「ハイキング日和じゃないのが残念ではありますが・・・行ってまいります」


 直属の上官でもないのに、言い出しっぺだからと見送りに来るなんて律儀な人だな・・・と思いながらレアニールはベルントに敬礼する。


「気を付けて行ってこい」


 中佐は目を細めながら答礼した。ふくよかな口髭を携えた口元には笑みが浮かんでいる。敬礼を終えたレアニールは整然と並ぶ兵士たちへ回れ右をすると命令を発した。


「小隊―っ、前進!」


*****


 出発から半日が過ぎた。雨に濡れる緩やかな、黒い砂利の上り坂を小隊は何事もなく進んで行く。現在の先頭は海兵隊の分隊だ。それに陸軍の分隊が続く。海兵隊の分隊、それを率いる曹長の隣をレアニールは進んでいた。


「まったく戦場に見えませんなぁ」


 曹長が呑気とも取れる声で、それでも周囲への警戒を緩めず話し掛けてきた。


「そうですね・・・こうも何もないと曹長はかえって大変でしょう?」


 レアニールも前方を注視したまま答える。今の所兵士たちは気を緩めているようには見えないが、何もないことから緊張を維持させ続けるのは大変だろうなと思った。


「お気遣いありがとうございます。なに、行軍演習だと思って弛ませず歩かせますよ」


 曹長の言葉に頷き軽く周囲を見渡すレアニール。低い木々が点在し胸の高さくらいの草が一面に広がる、草原と言うには憚るような光景が続いている。リオビオ、メキア両軍の姿も見えず戦闘の痕跡も無い。これが制限無しの全面戦争であれば凄惨な光景が広がっていたかもしれない。だが武器も制限され小競り合い程度の戦闘が散発している程度の戦場だ。中佐が言っていたとおりハイキングと形容しても差し支えないように思えてきた。それでは駄目だなと自身を叱咤し前に進む。




 何とも遭遇することは無く、野営ポイントに着いたのは夕方近くであった。指定されたポイントには工兵が建てた木造小屋、宿営地に有ったものと同じ物が4棟有った。なるほど、確かに至れり尽くせりのハイキングだなとレアニールは思った。聞けば折り返し地点となる島の対岸にも同様の小屋が建っているそうだ。降り続く雨のため地面は至る所がぬかるんでいる。こんな中で本格的な野営をするのは準備からして骨が折れるから至れり尽くせりなのは大歓迎だった。


 レアニールは3名の女性兵士、陸軍が1名に海兵隊が2名の構成だったが彼女たちと同じ小屋に入った。小屋の中は二段ベッドが8つ用意されていた。場所がら布団などは当然無かったがスペースは贅沢に使える。小隊は2個分隊の、陸軍が6名に海兵隊が8名の編成だったから男性兵士が泊まる他の小屋でも同様に余裕がある。

 同室の女性兵士たちも歩哨の割り当てがあるから軽く話した程度だ。レアニール自身も最初の歩哨当番に当たっていた。何事もないままその当番は終わり、一応戦地だということで何か有ったら即行動出来るようにと、濡れていない替えのポンチョを敷きブーツを履いたまま横になった。


*****


 6月12日の夜明け前、いつもどおりの時間に目覚めたレアニールは小屋から出ると歩哨にお疲れ様と声を掛ける。雨は上がっていた。日課のウェルフトー神への祈りを奉げるため小屋から少し離れた、岩場の上に向かう。昨日周辺を確認した時に見つけた、なんとなくそこが適していると思った場所だ。


 大きな、頂部が比較的平らな岩の上でレアニールは跪くといつもどおりウェルフトー神に祈りを捧げた。新教の神官としては珍しく、旧教の神官のように神語を用いたその祈りは知らぬ者が聞いたら異国の言葉で歌っているようにも思えただろう。祈り続ける事で感覚が研ぎ澄まされていくのもいつも通りだ。祈りを終えたレアニールは新教の神官らしく右手だけでウェルフトー神のシンボルを象った印を優雅な指使いで切ったのだが・・・


「んーっ・・・こうだっけ」


 何を思ったか自分でも解らないがレアニールはもう一度、印を切った。ただし今度は両手を用いた旧教の作法で切った。ちなみに新教の教義では印を切る時は片手、両手どちらでも構わないとしている。ただし、両手で切る者は殆どいない。


「・・・これが戦争の原因になるのだから世の中怖いよね」


 そう独り言ちるレアニール。

 旧教から分離した新教、その起源は約千年前の「独立戦争」に遡るのだが、発端となったのは先ほどレアニールが片手で切った印、それだったのだ。旧教、もちろんその当時はただのウェルフトー教だったが、神の印を切る時は両手で行うものとされていて片手で行うのはタブーとされていた。それに反抗した一派がいた。何故彼らが反抗したのか、そのきっかけは定かでなく諸説あったが、その後彼らは神殿から破門され新教を興したのは間違いない。


 これを神官としての修行を始めた頃に知ったレアニールは疑問に思った。


「破門されたのに神聖力を行使できなくなる事はなかった。独立戦争の間、新教も旧教も同じ神聖力を使えていた・・・何故?」


 破門後も神聖力が行使できるのはまだ理解が出来た。破門したのは人間であり神ではないからと説明が容易につく。独立戦争中も、そして今も新教と旧教は多少の差異はあれどほぼ同じ神聖力を使えている。唯一の神と定義される同一の神を崇めているからと、説明を付けられるかもだが・・・


「様々な宗教が有るけれど、教義で唯一の神とされる神はたくさん存在する。でもどの宗教の神官も神聖力を使えるという事はそれぞれの神々が存在している。唯一の存在とは神を信ずる自分にとっては、という意味と捉えるべきなのか?・・・考え方を変えよう。本当に神は唯一の存在かもしれない。神の言葉を伝えたのは人間だ、住む場所、文化や言語が異なる人間が同じ神から啓示を受けたとしても同じ宗教になるだろうか?」


 そこでレアニールは禁忌とも言える行動をした。調べるだけ調べた他宗教の神語を用いて神聖力の行使が可能かどうか試したのだ。


 結果は全て成功した。


 ウェルフトー教には存在しない奇跡、他宗教の奇跡も起こすことかできたのだ。これが何を示すか?少なくとも自分が試した範囲において神は同一である可能性が非常に高いとレアニールは考えた。民族や言語など、伝わり方の違いによって神の名や教義も違うものとなったのだろうと。


「そうだとして・・・神の本当の名前って何なのだろう?」


 神は偉大で寛大だからどのような名前で呼ばれようと気にしないのかもしれない。でも本当の名前で呼ばれないなんて・・・寂しいし可哀想だと、その時レアニールは思った。




「・・・などと大それた事を考えた時期もありました・・・ってね」


 今思えば・・・よくも神に対して失礼な想いを抱いたものだと思う。本当に大それた真似をしたものだと、あの時の自分が恥ずかしくなる。正に自分の黒歴史だ。それに比べれば「赤毛猿」や「飛び蹴り神官レアニール」なんて呼ばれていたのは、もちろんそれも黒歴史に変わらないがどうでもよく思えてくる。幸いな事に、いや、ウェルフトー神が寛大であったためにあの実験後も変わらず神聖力を行使することができた。



(いやはや、子供がやった事とは言え見逃してくれたウェルフトー神様に心から感謝しないとだね・・・)


 レアニールはもう一度、新教の作法で印を切る。過去に色々と調べた事は書面などに残していない、全て自分の頭の中だ。もちろん今後も彼女は考え続けるに違いない。だけれどそれを書き残すことも誰かに伝えることもないだろう。






今回も読んで頂きありがとうございました。

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